この世界のコトワリで
ワイナール皇国暦286年、3の月
関所を抜け30分ほど進んだぐらいで
「ロウ様、少し早いですが
少し先の野営場で今夜は過ごしましょう」
フワックが騎馬で近寄ってきて言った
「野営場?そんなのがあるの?」
「はい、関所は夜は閉じられますから緊急時以外は通行出来ません
村や町が近ければ宿もありますが、山間の関所などは難しいので野営場を近くに設えてあります」
「ふ~ん、野営場って事は野営の設備もあったりするの?」
「ええ、井戸と共同炊事場があります
あと平場ですが馬車置きには馬繋ぎの杭もあり飼い葉桶や水桶も置いてあります
それに1番良いのは関所から毎晩2人ぐらいの不寝番が来てくれて防犯に備えてくれる事ですね」
「ふ~ん…じゃあ、行ってみようか…」
『そんなのって旅人が信用出来るのか?
下手すりゃ完全犯罪出来ちゃうんじゃないか?
リズとミアは油断しないだろうけど、フワック達は少し甘いんだよなぁ
まぁ狼も居るし大丈夫かな?』
「ロウ様、御安心ください
私とミアは油断致しませんから」
「はい、お任せください
私とリズは、こんな環境は種族的に得意ですから」
「あれ?僕は顔に出してた?
でも、リズとミアを当てにするよ」
「うふふ、胡乱な目をされてましたよ」
「はい、お任せください」
暫く進んだら木々に囲まれつつも拓けた場所があり
数台の馬車と大型テントが数張りあった
ざっと見た所、交易商人と護衛らしい者達が20人ほど
定期便らしく乗合い馬車を含めての商隊みたいになっていて、子供を連れた家族と旅人らしき男女も数組混じってた
その集団の横を、ロウの馬車が音も無く通り過ぎる様を見た商人達が目を見開き
家族連れや旅人はヴァイパーの威容に瞠目し
護衛達は馭者台に座るリズとミアの美貌に目を奪われた
フワック達は下馬すると、“一応”テキパキと動きだす
今日は朝から失敗しているから挽回しようとしているのだろう
自分達の馬を馬柵に繋ぎ、ヴァイパーから馬車を外すと
馬車の横に据え付けてあった2本の鉄棒を外し、馬車後部の輪っかに通して地面に刺す
「ロウ様、アンカーしました
ヴァイパーは繋ぎますか?」
「いや、いざという時にヴァイパーには動いてもらわないといけないから繋がないでおいて
他の馬を守ってあげてね?ヴァイパー」
「はい」「ヒヒン」
「ロウ様、今晩の食事は如何なさいますか?
作りますか?持って来たモノを食べますか?」
「う~ん、そうだなぁ
初めての野営だし作ろうか?
こっちの世界の一般的なキャンプ飯も食べてみたいし」
「こっちの世界?」「キャンプ?」
「気にしない気にしない、で?何を作るの?」
「そうですね、今から冷え込んできますから
普通に肉と野菜を煮込みましょう、食材と塩を出してもらえますか?」
「はいはい、じゃあ馬車に入ろう」
馬車の中で収納魔法から適当に野菜を出すと
リズとミアがニンジン、ジャガイモ、カボチャ、ニンニクの根菜類を選り分けて大きめの鍋に入れて馬車を出ていく
「コマちゃん、旅に出てから良く寝るなぁ」
馬車の中で大の字になって寝ていたコマちゃんの腹をワシャワシャする
【う~ん、それは私も不思議なんだよね?】
「ひょっとして皇居の神社から離れたからって言わないよな?」
【まさかまさかぁ……あるのかな?
確かに神社で、この体は創ったけど…
そんな神社から離れるぐらいで神の力が薄まるかな?】
「神の力がどれほどかは分からんけど薄まるってか、弱くなるのは不味いんじゃないの?」
【まぁ少々弱くなったところで、やろうと思えば大概な事は出来るけどね?
ん~神社の神力が減ってるのかな?
あの神社の在る地は元々神力溜まりだったから枯渇してきたのかも?
だから気付かない内に、私が補充してる?】
「それは必要な事なの?まぁこの世界にとって、って意味だけど」
【必要性は無いっちゃ無いかな?
神力が薄まれば相対的に魔素が強く、っていうか濃くなるけど…】
「それって色々と世の中が変質してきそうなんだけど…」
【変質は…するかも……ヴァイパーなんて、普通はあんな簡単に魔獣化しないからね】
「ヤバくない?キッカケさえあれば、そこらで新しく魔獣が生まれてくるんだよね?」
【ヤバイかなぁ?ひょっとしたら、この世界のありのままの姿に戻るのかもしれないよ?
元々の戦乱渦巻く群雄割拠の世界にね?
今の平和な世界は、この世界の理から外れた歪な存在の5人の召喚者が神社を建ててから始まった世界だからね】
「じゃあ俺は?俺の存在はどうなる?」
【君は新しくこの世界で生まれたからね、君が為す事は歪なものにはならないよ
何をするにしても、この世界の意思に沿うだろうね】
「……そっか……」
「フワックさん、誰でも良いのでロウ様から豚肉とパンを貰ってきて下さい」
「「はい」」
「誰か薪で竃の火を起こして下さい」
「はい」
「あ、ロウ様に水を御願いしてください
さすがに共用井戸の水をロウ様の食事に使う訳にはいきませんから」
「「はい」」
「今ごろはロウ達も晩御飯食べてるのかな?
どの辺りまで行ったんだろうね」
「旦那様、野営しているならロウ様達は明るい内に食事を済ませていると思います
夜の野外は驚くほど暗く油断なりませんから」
「うんうん、そうだったねアイリス
私も前に辺境領まで行った事を思い出したよ」
「まだ御結婚前の事でしたな、旦那様」
「そうだねハンス、まだ好き勝手に出来ていた頃だね」
「あら?ちょっと聞き捨てなりませんわ?あなた」
「私どもと一緒だと自由がありませんか?」
「まさか、そんな風に思ってらしたなんて…」
「「「「父様…」」」」
「いやいや、ちょっと待ってくれないか?
先代が居たから自由に動けたって意味だからね?
ほら、子供達も、そんな目で私を見ない
それよりもロウからの宿題は?
上手くいきそうかい?」
「「「「むずかしいです…」」」」
「そうかぁ、難しいか
まぁ君たちの兄さんが、そんなに簡単な宿題を出すはずが無いからね
ロウが帰省するまで頑張って修練しなさい」
「「「「は~い…」」」」
「旦那様、奥様方、トランプは如何でしたか?」
「あゝアレは楽しいね♪
ロウが書いてくれた全てのゲームを試してみたけど
いやぁ面白かったよ
私はセブンブリッジが好きだなぁ
あの、なかなか手札が揃わないもどかしさがね
君達はどう?」
「私はババ抜きが面白うございました♪
ババを相手に引かせる時のドキドキが堪りません」
「私は大富豪ですわ、あの革命の爽快感と悔しさったら♪
思わず笑ってしまいました、ウフフフフフ…」
「私は7並べが楽しいですわ♪
並びを止めている時の優越感は何にも代え難いものがありました」
「ふふふ…みんな悪戯っ子みたいな顔をしているよ
しかし、あんな娯楽があるとはねぇ
ひょっとしたら、トランプって元々は神々の娯楽なんだろうかねぇ…」
「うん、美味しい♪
豚の脂と野菜からの旨味がしっかり出てる、味付けが塩だけでも充分なんだね
いや?塩だけだからこそなのかな?」
「ロウ様の口に合って良かったです」
「庶民的な味付けの料理なので心配していました」
「いや充分だよ、文句の付けようがないね
固焼きのパンにも合ってるよ」
「しかし、パンは固焼きで宜しかったのですか?」
「そうです、普段は柔らかいパンを食べられていたのでしょう?」
「うん、全然問題無かったよ?
固焼きパンのお陰でスープの味がゴチャゴチャにならなかったからね」
『前世とは違って西洋式のパンの食べ方にも慣れたしな
しかし、パンって本当に主食じゃないんだな
刺身のツマみたいな感じなんだよなぁ』
「お、1人分?2人分か?スープが残ったね
ひょっとしたら食べる人が来るかな」
「あ、なるほど、分かりました」
「器に別けておきましょう、来たら温め直します」
焚き火を囲んで話しながら食事をし
夜の帳が下りる頃合
食後にマッタリしていると、商隊のほうから1人歩いてくる
焚き火の灯りに照らされた顔は、狼の獣人だった
「こんばんは、ロウ様ですか?」
即座に反応したのはリズとミア
ロウと狼獣人の間を遮るように立つと
「何者ですか?」「そこで停まりなさい」
と言いつつ、リズは腰のナイフに手を当て、ミアは少し腰を落とす
そのサマを見たフワック達も、慌てて狼獣人を取り囲む
狼獣人は満足気に頷くと、軽く手をバンザイし
「あ、ポロの仲間のペローです、我々の話しは聞いていますか?」
「ポロさんがロウ様に話していたのは聞いていましたが…」
「あなたがポロさんの仲間と言う確証は?」
「あぁ、なるほど、それは考えていませんでした
どうしましょうか…
御覧の通り丸腰で身分を証明する物も、何かの符丁も持っていません」
「あゝでは私が仲間だと保証致します」
野営場の外の暗がりから1人出てきた
「お、やっと顔を出したねポロ
食事を余したから食べない?」
ロウが振り向きざまに声をかける
「ハハッ、さすがはロウ様、なるべく気配を消したつもりだったんですが御見通しでしたか
食事が余ってるなら頂きます」
「ウチの使用人には化け物レベルが最低2人は居るからね
それよりも要所に配した仲間って彼?ペローだっけ?」
「いや、彼は仲間ではありますが
あの商隊がパウル家がメインなので、ペローは商隊と共に動いているのです
偵察兼護衛兼情報伝達って感じです
ですから、野営場で会ったのは…たまたまですね」
「ええ、そうですね
頭取から話しは届いていました
出逢ったらパウル家の株を上げるようにと、ハハッ」
両手を軽く上げ肩を竦める
「へぇ、面白いな
狼の獣人って、皆んな、そんなに洒脱なのかい?」
「…?どうなんでしょうか?
狼に限らず、獣人は全般的に社交的だとは言われますがね?」
「ええ、そのせいで獣人の子供が誘拐される案件は後を絶ちませんが…」
「そうなんだ、善し悪しか…」
「それよりもロウ様、我々の商隊は明日関所を通り皇都へ向かいますが
連絡とか、言伝があれば承りますよ?」
「う~ん、僕にはこれといって無いなぁ…
あ、リズとミアは?」
クリンとリズとミアを振り返り、パチッとWinkする
「あ、あぁそうですわね!直ぐに書いてきます!」
「あ、私も書いてきます」
タタッと馬車に駆け込んで行くと馬車内に明かりが灯った
「ちょっと待ってあげてくれる?ペロー」
「はい、承知しました
あ、そうそう、ロウ様
乗り合い馬車で旅してる獣人家族は、多分ですが父親はコロージュン家の騎士に士官しに行きますよ」
「へぇ?そうなんだね?」
「虎の獣人一家で、この先の男爵領で冒険者をしてたそうなんですが
年々、亜人差別が酷くなってきたらしく
表立っては亜人差別が無い皇都に移住する事に決めたらしいですね
まぁ、本当に差別が無いのは東側だけなんですが、それは教えていません
皇都の現実を見て家族を養う手段は経歴からしても騎士を選ぶでしょう
そして、人間種以外も騎士になれるのはコロージュン家だけですから」
「なるほどね、さすがは商家の者だね、良い読みをする
ひょっとしたらフワック達の後輩になるかもしれない、か
ちょっと話してみようかな?
紹介してくれる?コロージュン家ってのは内緒で」
「はい、では行きましょう」
「うん、フワック達もおいでよ
あ、ポロは食事しなよ、ロクなものを食べてないでしょ?
リズ達が作ったスープは美味しいよ」
「「「「「はい」」」」」
「はい、ありがとうございますロウ様
干し肉ぐらいしか食べてませんでしたから有り難いです
遠慮無く頂きます」
「うん、小鍋に移して温め直してね
固焼きだけどパンも置いておくよ
じゃあペローお願い」
「「はい」」
ペローの案内で家族連れや旅人が囲んでいる焚き火に近づくと向こうから声をかけられた
「おや、さっきの立派な馬車に乗ってきた少年だね」
「あら?本当だわ」
「君たち何処へ向かってるんだい?」
「あの馬も凄く立派だね」
「僕たちは皇都から東の辺境領まで向かってるんですよ」
「ほう、辺境領へかね?」
虎獣人の父親が話しかけてきた
「俺たちも辺境領へ行こうかと最初は迷ったんだが、息子が勉強好きでね
息子が学ぶ為には皇都が良さそうだから辺境領じゃなく皇都に向かっているんだよ」
「へ~そうなんですね?皇都では学校へ?」
「いやいや、まだ、そんな余裕は無いからな
先ずは俺が稼がなきゃならんのだ
まだ皇都の事は全く知らないんだが
学校とやらは色々学べるからには、大層金が掛かるのだろう?」
「そうですね、12歳以下の幼年期は数年間の寄宿制になりますから少なくない金銭が掛かる事になりますね」
「やっぱりかぁ、息子は今7歳なんだが、せめて3年ぐらいは行かせたいから
2年は頑張って稼がなきゃならねぇなあ」
「父さん、俺の為に無理はしなくていいんだよ?
勉強は俺次第で何処でだって出来るんだからさ
今までだってそうだったじゃないか」
「いや、そうは言うがな?
古い英雄譚の書物だけ読んでたって、大した知識は得られんだろう?
皇都の学校?とかに行けば、もっと詳しい戦争の本とか見て勉強出来るかもしれないじゃないか」
「それはそうかもしれないけどさ…」
「そうよお、あまり心配しないの
お父さんに任せておきなさいな」
「そうよガルム、私も皇都でだったら差別が無いから安心して働けると思うから任せなさい?」
「母さん、姉さん…」
「君、ガルムって言うんだ?僕はロウ
君は戦争の勉強をしているの?」
「あゝガルムでいいよロウ」
フワック達から不穏な気配が漂うとロウが睨む
「そうなんだ、俺は英雄達がワイナール皇国を興した物語が好きでさ
まぁそれは獣人であれば誰しもそうなんだけどさ
英雄達は亜人種を解放した聖戦士でもあるからね
その中でも俺は、英雄達がどうやって当時の群雄達を打ち破っていったのか
その方法なんかに興味があって勉強しているんだ」
「へぇ凄いね、じゃあ将来は軍師とかを目指してる感じなのかな?
でも、それじゃあ確かに英雄譚だけじゃ限界があるね」
「ええ、確かに、皇国叙事詩や皇国創世記などを読まないといけませんわね」
いつの間にかリズとミアが戻ってきていた
その場に居た旅人達全員が焚き火の灯りに照らされたリズとミアの顔にホェ~っと見惚れる
「あ、それなら良い方法が!コロー……」
「ミア!」
「ひゃい!?」
「ペローに頼むものは渡したの?」
「あ、はい…」
ペローがコッソリとリズとミアに耳打ちしている
「ガルム、ちょっとだけ裏ワザになっちゃうんだけど
あまり家族に負担をかけない方法があるけど聞く?」
「え?何かあるのか?聞くよ!勿論聞くさ!!」
「じゃあ、え~っと」
ガルムの父親を見ると察したのか
「俺はガロ、そして妻のキリムと娘のキアンだ
獣人だから名字は無いな」
「じゃあ、ガロさん家族だけ申し訳ないけど僕たちの焚き火まで来てくれますか?
フワック達は、ここで皆さんと旅の情報交換でもしててよ」
「「「「「はい」」」」」
ロウとリズ、ミア、ガロ家族、ペローがポロの所へ来て焚き火を囲む
「ポロ、しっかり食べた?」
「ええ、大変美味しかったですよ
ところで狼は耳が良くて聞こえてたのですが
このまま私も話を聞いていても?」
「勿論良いよ、追い出したりはしないよ、ハハッ」
「ありがとうございます」
「さてとガロさん、負担が少なくガルムを学校へ行かせる方法
それは、皇都へ行ってガロさんが皇家か公爵家、または裕福な商家へ士官したり雇われたりする事です」
「俺がかい?それは普通だろう?負担が軽くなる方法じゃないのかい?」
「そこは第一歩、次は上の人にガルムを引き合わせます
その次は、ガルムが勉強してきた知識をお披露目して将来有益なのだとアピールします
成功すれば、より有益になるように学校へ行かせてくれるでしょうね
ただ、やはり競争はあるし厳しいでしょう
ガロさんを通して、いろいろとガルムが建白するのも良いかもしれません」
「そんなに簡単にいくのか?」
「簡単ではありませんよ、先ずはガロさんが上手くいかないと先は無いですから
その為に、勤める先も厳選しなければなりません
人種差別をしないか、評判は良いか、安定しているか
他にもあるかもしれませんね
その厳選した所に雇われなければ全てがパーです
どうですか?ガロさん?」
「う~むむむむ…」
「父さん、だから無理しないでいいからさ…」
「チッ!息子に遠慮させるなんて
俺もダラシねぇ親父になっちまったもんだな
いっちょやってやろうじゃないか」
「でもさ、皇都にそんな家が本当にあるのか?ロウ」
「探せば必ずあるよ」
「ええ、ありますね」
「はい、あります」
「うんうん、ありますな」
「あるな」
「ほらね?皇都から来た全員が言ってるから心配ないよ」




