旅の過程にこそ価値がある
ワイナール皇国暦286年、3の月
「さて、では伝えたい事とは何かな?ハンプティ」
「はい、少しは御存知かと思いますが皇家の動きについてです」
「あゝシュルツ殿が君を通してロウの後ろ盾になってくれた事とかかな?」
「やはり御存知でしたか、他にはセト様がセロルを使い色々と動いている様で御座います」
「うんうん、スタイナー家の事はハンスが動いているみたいだね」
「ほ~、流石で御座います
では、数日前に壁外でロウ様の従者が襲われたのはセロルの動きによるものというのは?
まぁ、アレは悪手も悪手、愚の骨頂のような手ではありましたが」
「あゝアレはそうだったのか、ハンスとアイリスに伝えておこう
かなり怒っていたからね」
「は、次に皇帝は東の各貴族領へ早馬を走らせているようです」
「おや?それはロウの前途に、あまり良くないね…
それはどう………ん?」
“ドンドンドン”応接室の扉が叩かれる
「父様!父様!」
「うん?どうしたんだい?ロジャー?」
「父様、大変です!直ぐに兄様の部屋に来てください!」
「ロウの部屋に?君達への置土産があったんじゃないのかい?」
「そうなのですが、とにかく来てください」
「あぁ…はいはい」
「面白いモノが見れそうですな
それに、あの麒麟児が育った部屋も気になります
私も付いて行っても?」
「ん?構わないよ」
ロマンとハンプティがロウの部屋に入ると
ロドニー、カミーユ、マリーが頭を寄せ合ってテーブルに置かれた紙を覗き込んでいる
机の上には他に緋金の金属棒が4本と、頭が丸い置物が置いてある
「ちょっと良いかな?」
ロマンが紙を手に取り目で文字を追い
「ふむ、なるほど、君達、この文を読み上げるから用意しなさい」
「「「「はい」」」」
“光剣、取り扱い手順
【1】光剣それぞれに名前が刻印してあります
安全の為、刻印された人以外は使用出来ません
勿論、破壊破損変形出来る金属ではありません
では先ず、名前が打刻してある金属棒を手に持ってください
*安全の為、この時から隣り合う人とは一定距離を取りましょう
【2】金属棒の穴が空いてる方を前方か上に向けます
*決して人に向けてはいけません
【3】金属棒にあるボタンを押しながら魔力を流し込みます
【4】穴から光が漏れ出てきましたか?
光が出てこなかった君は修練不足です、もう少し頑張ってから再度挑戦しましょう
光が出た君、安心するのはまだ早い
もっと魔力を流し込み、最低でも30cmの光の刀身を作りましょう
60cmまで出せたら問題なく合格です
頑張りましょう
【5】60cmまで常時安定して刀身を形作れる様になったら
それを自在に操れるようになりましょう
*但し、決して敵対者以外の人に向けてはいけません
そういう事があった場合、没収しますし従魔も無しです
以上、楽しみながら使ってください、ロウより”
ロドニー、カミーユ、ロジャー、マリーが金属棒を手に、必死になって唸っているのを横目に
「ふ~む、また面白いモノを作ったものだねロウは」
「ロマン様、コレは面白いどころでは御座いませんぞ!
此の世に2つとない無二の逸品ですぞ!」
ハンプティの頬が興奮でプルプル震える
「でもね?ハンプティ、もう1つ無二の逸品があるみたいだよ?」
テーブルの端を顎で指し、頭が丸い置物を見る
「へ?コレは?」
ロマンが敷いてある紙を抜き取る
“父上、これは置き時計です
1日を24分割し、24時間として時を刻みます
長針が一周して1時間、中針が2周して1日
中針が1回目に12の位置に来たら日時計の中天と同じ真昼です
1番短い針は、後ろのツマミを回すと好きな位置に合わせられます
中針と重なると音が鳴りますから、朝の目覚ましや仕事の予定管理といったことに便利に使ってください
*コレは誰でも使えますから盗難に御注意ください
ロウより、父上へ”
「ほっほう…これが刻を計る時計…」
ツマミを回し短針を中針に合わせると
“チリリッチリリッ チリリッチリリッ”と音が鳴った
「へえ~、これはまた面白いね?魔道具かな?」
ロマンが満面の笑顔で置き時計を矯めつ眇めつ眺める
「なんともまぁ……ロウ様は…いや、ロウ様の頭の中にはどれほどの知恵が詰まっているのでしょうか…」
「知恵…そうだね、知恵か…
ロウの知識は人智では計れないかもしれないね」
「人智では…それは神のみぞ知る、ですかな?」
「「ハッハッハッハッ」」
ロウが、ホワァ~っと大口開けながら大門を眺めつつ通り過ぎようとしていたら
目の端に姿勢正しく、こちらを見る男と女数人が見えた
「あれ?あそこに居るのってハンスとメイド達じゃない?」
「あら、本当ですね?」
「どうしたのでしょうか?」
人通りが増えた中ではロウ達の馬車は目立ち、遠巻きに野次馬が見やる中
ハンス達が馬車の前まで来て優雅に一礼する
「ロウ様、お見送りに参りました」
「屋敷での見送りに居ないと思ってたら、こんな場所まで来てたんだね?」
「ええ、差し当たり屋敷では人手が足りておりましたから
露払いがてら少々掃除をしておりました」
「へぇ…掃除ね…ハンスの事だから、さぞかし綺麗にしたんだろうね、ふふふ…」
「ふふふ…そうですな、暫くは必要無いぐらいには
ねぇ皆さん?」
「はい、朝の運動にしては気持ち良かったですわ」
「ええ、ゴミを片付けるとスッキリ致しますわね」
「たまには野外清掃も地域の為には必要ですものね」
「また、ゴミが溜まったら清掃に来ましょう」
「ハハハ…その調子で僕が居ない間のコロージュン家も、しっかり守ってね」
「はい、勿論で御座います
ではロウ様、道中御無事でいってらっしゃいませ」
「「「「いってらっしゃいませ」」」」
「ありがとう、いってきます!」
「リズ、ミア、しっかりね」
「ええ大丈夫!」
「ロウ様に擦り傷1つ負わせちゃだめよ」
「もちろんよ!」
「ロウ様は耳掻きが好きだからね」
「え、ホント!?」
「他の女を寄せちゃダメよ」
「命を懸けて阻止するわ!」
「おいマテ!後半の話題が変だよ!
あーもう、行くよ!
じゃあね!」
ハンス達に別れを告げ、大門を通り抜けた
暫く馬車を進めると、今まさに崩れたといわんばかりの半壊した建物が見えた
その近辺ではガラが悪そうな若い男達が右往左往している
「ハンス達の仕業かな?」
「ええ、そうだと思います」
「あの者達の中に先日襲撃してきた顔が見えます」
「なるほどね、フワック!よそ見しない!立ち寄らないよ!」
「ハッ!申し訳ありません!」
「ゔぅぅぅぅー」
力を込めた手がプルプル震える
「ググググググ…」
こめかみに血管が浮き立つ
「ギ ギ ギ ギ ギ…」
真っ赤に上気する顔
「アアァァァァー」
青褪めつつある顔
中庭でロドニー、カミーユ、ロジャー、マリーが光の剣を出そうと必死になっている
全く反応しないならば、ここまで必死になっていないだろう
諦めそうで諦められないのは何故か?
それは少し魔力を込めると光が溢れ出てくるからだ
ただそれが伸びそうで伸びない
こういった直ぐクリア出来そうなのに、油断したらクリア出来ないのに人は熱くなり
なんとももどかしい気持ちをくすぐる
地球でも異世界でも、それは変わらなかった
ロウが企んだ心理誘導は、まんまと図に当たり
この光剣を手にした4人の子供達の頭の中からはロウの旅立ちが綺麗さっぱり飛んでいた
しかし、それは親たちも同じで
中庭が見渡せるテーブルには、ロマン、クローディア、アルモア、エリーが座り
テーブル中央に置き時計が置かれ、寄ってたかって時計を弄り
“チリリッチリリッ チリリッチリリッ”
と頻繁に鳴らす
「ロウったら、こんな楽しく可愛らしい物を父親にだけ置いていくなんてズルイわ」
「それは仕方ないんじゃないかな?置き手紙にも仕事に使えるって書いてある、ほら」
ピラッと手紙を見せる
「それでもですわ、私どもにも何か残していってくれれば良いのに…」
「そうですわよね?」
「あの、宜しいでしょうか」
「ん?どうしたのかな?アイリス」
「屋敷の皆の息抜きにとロウ様から預かったモノが御座います」
“ガタッ!”
「「「それは本当ですか!」」」
「へえ~、ロウは抜かりないねぇ
それはどんな物なのかな?」
「はい、こちらで御座います
使い方?遊び方?は、この手紙に」
アイリスが左右の胸ポケットからトランプと手紙を
スカートのポケットからダイスを取り出した
「それはまた小さな物だね?それが息抜きに遊べる道具なのかい?」
「はい、使う人が増えて数が足りなくなったら同じ物を作りなさい、と言付かりました
こちらの紙束がカード、またはトランプ
こちらはダイス、占術にも使われる物です」
「ほう、カード…遊び方の書いてあるのを見せてくれるかな?」
その紙にはカードゲームの7並べ、ババ抜き、セブンブリッジ、ポーカー、ブラックジャック、大富豪、神経衰弱がルールと遊び方共に事細かく書いてあり
ダイスはチンチロリン、丁半、スゴロク、ローラーコースターの事が書いてある
「なるほどね、これは面白そうだね
アイリスも混じって何かゲームをしてみよう
先ずは7並べからだ
しかし、これは…大人数が病みつきになるかもしれないねぇ…」
この予想は当たり、コロージュン家で大ブームになり
次に東街区に広まっていき、皇都中に広まる
後にワイナール皇国全土に広まった
勿論、広めたのはパウル・ハンプティ
ロマンやハンス、アイリスからロウが創った事を知り
各種カードゲームの公式ルールと公式トランプを作りパウル家が独占的に一般に売り出す
ダイスゲームは賭博性が高く危険なので東街区以外の街区の裏社会へ高額で売り捌いた
トランプは売上げの60%をコロージュン家に納め、ロウの将来の資産とし
ダイスゲームの売上げは準備金としてプールした
将来、【ロウの金庫】と呼ばれる事になるハンプティは着実に夢の階段を登り始めた
陽も傾いてきた夕刻、ロウは頭を抱えていた
それもそのはず、まだ皇都を出れないでいたからだ
昼時に、以前フワック達が襲撃された場所を通ったのが運の尽き
助けてくれた民衆が馬車を取り囲み、銀貨の礼をするまで通さないと宣う
要はタダ飯を食っていけと言うことだった
これには、さすがにロウも断り難い
「ありがとう、御馳走になりますね」
と、露天の椅子に腰掛けるやいなや
出るわ出るわ料理の山、みんなで頑張って平らげると
「坊っちゃま、旅に出るなら持ってってくれ」
と、大量の酒や食材を持ってくる
「いや、さすがに礼で差し上げた銀貨以上は頂けないから」
と、遠慮するも
「公爵家の坊っちゃまとはいえ子供だ、遠慮なんかするもんじゃないよ!」
と、天秤棒肩げた犬系獣人のオバハンが威勢良く宣う
仕方ないからフワック達に馬車に積み込ませ、銀貨100枚入った革袋を投げるように渡し
礼もソコソコ、礼を受けるもソコソコに逃げる様に出発した
「もうね…なんて言うか…ね…マイッタよ…」
「ロウ様、お疲れ様です」
「齢6歳にして、こんな精神的な苦労をするとはねえ…
ゆるい生活をしたいなぁ~」
東街区、人通りが少ない路地端で2人の男が立ち話をしていた
「キーピーさん、先日ウチの、と言うよりロウ様の部下が壁外で襲撃された件は御存知ですか?」
「は、はい…その件の後に報告が上がってきました…」
「以前、私は忠告しましたね?」
「はい…しかし言い訳をさせてもらうと、あの件は誰も知らぬ間に頭取が手配しまして
私や情報部はチンピラが慰謝料を貰いに来るまで知りませんでした」
「番頭の言い訳にはなりえませんね
では、落とし前は如何つけますか?」
「は、取り敢えず慰謝料を取りに来たチンピラは話を聞いた後に消えました、此の世から」
「当然ですね、跡形も無く治ったとは言え2人が大怪我をしました
もしも治らなかったら、ロウ様の旅での戦力が単純計算でも25%の低下です
それはコロージュン家にとり許されざる事です」
ハンスから静かに怒りの感情が噴き出す
「ヒッ…クッ…し、暫くお待ちください、何とか頭を挿げ替えるよう動きます
しかし、皇家の手がどう伸びてくるか予測が難しく…」
「ふむ、皇家……皇家とは直接ですか?」
「はい、そのようです。私には頼まず自分で皇居へ行きますから」
「ふむ、どちらが敵か、どちらも敵か、どうにも嫌な感じがしますね
まぁ良いでしょう、キーピーさんは御自分の身が危なくならない程度に動いて下さい
では、これで」
ハンスが存在感薄くスッスッと歩きだし
10mも行かない内にキーピーには見えなくなった
「ロウ様」
「なんだいフワック?」
「もう暫く進むとコロージュン家の馬房がありますが
今夜はそこで泊まり、翌早朝出発するのは如何でしょうか?」
「え?そんなに急に泊まれるものなの?」
「それはもう、コロージュン家の物であり、使用人達ですから問題ありません」
「そっか、じゃあそうしようか、先導ヨロシク」
「はい」
民家が途切れ、暫く進むと馬房と放牧場が見えてきた
馬房の奥には宿舎であろう建物も見える
先触れのつもりかフワックが1騎で駆け出した
10分ほど馬車を進めると、管理の者達だろうか10人ぐらいが宿舎の玄関前まで出てきて出迎えてくれた
「ようこそ御出でくださいやしたロウ様
初めての旅でお疲れになったでしょう
今夜はゆっくり休んでくだせえ」
高齢の人間種が声をかけてきた
ここの管理人的な立場なんだろう、が、他の者達も総じて高齢者
理由は騎士を引退した希望者に管理をさせているからだ、いわゆる福祉
コロージュン家としては、騎士時代に馬の世話に馴れた人間が、常に確保しておかなければならない馬の面倒を見てくれラッキー
元騎士達は年を取り、力も衰え、独り身で寂しい晩年を送るはずが、仲間と共に衣食住に不自由せず、手馴れた仕事が出来る
正にwin-winの関係になっていた
「ありがとう、急で済まないけどお世話になりますね」
「いやいや、そんな事をコロージュン家の惣領に言われるのは勿体ねぇですわ」
口語が伝法なのは歳のせいか、生まれつきか
畏まられるのが苦手なロウは少しだけ精神的な疲労が抜けるのを感じた
「しかしまぁ、つい先日送り出した軍馬が立派になりやしたねぇ」
「あゝヴァイパーのこと?
あ、ヴァイパーって名付けたからね、そう呼んであげてね
ヴァイパーは元々魔獣の血が混ざってたみたいでね
ちょっとしたキッカケがあって完全に魔獣になって僕の従魔になったんだよ」
「はえ~そんな事があったんですかい、スゲェこっですなぁ
それに、曳く馬車も浮いておりますな?
何処かに繋いどきますか?」
「あゝアンカーを作ってきたから大丈夫
馬車置き場まで運んだらアンカーで固定するよ」
「あの、ロウ様?降ろして車輪が地面に着いたらアンカーが要らないのでは?」
「それは僕も最初に考えたんだよミア
でもね、一旦魔方陣に流し込んだ魔力を抜くのが大変でね
それに、毎回魔方陣を消して創るのも面倒臭いからアンカーにしたんだよ
さて、じゃあ馬をお願いしていいかな?
お腹空いてるだろうからタップリ飼い葉をあげてね」
「はい、承知しやした
馬車と馬を置いたら飯にしやしょう」
「そうだね」
『しかし、まさかまさか皇都から出られないとは予想外過ぎる…』
「わふわふ」(まぁ、旅の過程にこそ価値がある、って有名人が言ってたじゃない)
『お、誰だったっけ、ジョブズ?』
「ワフ」(正解、だからコレもアリだよ)
『そっか、そうだよな』




