前世の記憶と追憶
ワイナール皇国暦286年、1の月
四半刻ほど馬車に揺られると窓から長塀に囲まれた皇居の尖塔が見えてきた
まだ幼い頃、1度だけ陛下に拝謁しに来たけど
少しだけ成長しても皇居の威容には身が竦み
皇居の巨大さに圧倒される
聞いた話しによると、皇居の広さは諸侯の都市1つが丸々入るぐらいらしい
って事は皇居だけで1万人ぐらいは余裕で暮らせるんだなぁ
と、遠い目をして現実逃避に余念がない僕
間も無く堀割りに架かる跳ね橋と開け放たれた巨大な鉄門が見える
門の両脇には皇旗をはためかせる近衛2人とハルバードを立て構える近衛2人が立っている
僕はと言えば、既に緊張のピークに達しようとしていた
そして口から出る微かな小声で出る呪詛
「どうしてこうなったドウシテコウナッタ」
同乗する神官は、初め怪訝な顔をし
次に『わかるわかる』とでも言いたげに無言で何度も頷いた
まぁ、祝福が終わるまで他人とは一切無言で行なう神事だからしょうがないんだけどね
だから門脇の衛兵も無言で馬車を止めて
馬車を覗き込んで僕と神官を確認すると
無言で門脇の立ち番へ戻って馭者へ目で合図をして通す
馬車は皇居内を大回りして奥へ奥へと進んで行く
広大な敷地を暫く進むと大木の丸太で作った組み木の赤い門の様な物が見えてきた
門にしては周りに何も無く、それ自体が自立して立っている
デッカイ鳥居だなぁ
鳥居?
赤い門の奥に木造の立派な建物が見える
屋根は薄緑だけど建物は赤を基調にして所々は金で模様をあしらってある
皇都の建物は石造りばかりだから もの凄く目新しい
街中の神殿も石造りなのに、なんで皇居内の神殿だけ木造なんだろう?
そして、神殿の前左右には魔獣?の様な彫像が2台ある
神獣や聖獣なのかな?
守り神的な?
そして彫像は薄っすらと光っている
それを見た神官が驚愕して目を見開く
馬車は赤い門の前に停まり、神官が少し焦ったように神殿の正面に行き
垂らされていた綱を振ると、ガランガランと音がする
ドアベルみたいな物なのかな?
街の神殿にもあんなのあったっけ?
ベルを鳴らした神官はパンパンと手を打って1礼して中に入って行くから
僕もジャリジャリと音を立て小走りに後を追う
丸い小石が敷き詰めてあって歩き難い
神殿の中に入ると正面に祭壇があり
祭壇には大きく丸い水晶?が置いてあり、その奥に大きく丸い鏡があった
祭壇の前には折り畳みの簡易的な、でも豪奢な椅子が1脚置いてある
その椅子に座るよう神官が手招きして、僕を座らせると
神官は慌てて外へ出て、紙?で出来てるような扉を閉め
ジャッジャッジャッジャッと小走りで何処かへ向かう足音が次第に小さくなる
後は僕が懐から手を出し、掌を合わせて祈るだけだ
祈りの言葉は練習してきた
『は~ふ~』と1度深呼吸して
「祓いたまえ~清めたまえ~守りたまえ~幸いたまえ~」
と2回繰り返した
そして一礼し立ち上がろうとしたら…
…っ
眩しい…
突然、正面の鏡が輝きだして水晶?を照らすと
光が増幅され辺り一面、視界が真っ白になった
公爵家の惣領を公爵邸から皇居の神社に案内した神主は焦っていた
陛下に命じられ、禰宜などには任せず神主である自分が直々に
今日の為に前夜から公爵邸に行き初祝福の準備を整えていた
そして、禊ぎをさせて皇居まで連れてきて
まぁ万事上手く勅命を果たせたと一安心するはずだった
途中の馬車内では長男坊が緊張で青くなりブツブツ言ってるのが聴こえ微笑ましくもあり
初めて見るであろう、神社の社殿を見て目を見開いたのを見て
心の中で『どうだ?凄かろう』とほくそ笑んだ
それがどうだ、長男坊の目を追って自分も社殿を見たら狛犬が薄っすらと発光しているじゃないか
この神社で長年、神主として社務してきたが初めて見る光景に狼狽えてしまう
しかし、勅命である以上、初祝福を中断させる訳にはいかない
となれば、祝福中に陛下に報告するしか手がない
馬車を鳥居の前に停まらせ、我々は馬車を降りて鳥居を潜り社殿へ向かう
両脇の発光する狛犬を脇目に急ぎ社殿の前まで辿り着くと鈴緒を振って柏手を打ち社殿に入る…
しまった!長男坊を連れてきていない!と焦るも
後ろから玉砂利を踏み鳴らし追ってきたのでホッとした
しかし何だ?今日の社殿の聖浄さは?
さして広くもない社殿内の空気が澄み渡っている
無音なのにリーンと鈴音の幻聴が聴こえるかのよう
そして、何かの力が鏡から出るのを今か今かと溜め込んでいるような雰囲気だ
私は、これはもう待った無しだと悟り
長男坊を胡床に座らせ外に出て障子扉を閉め鳥居前の馬車まで小走りで馳ける
するとどうだ、狛犬から発する光が社殿を覆うように半円形に広がり光が社殿を包み込んだ
これは間違いなく結界だ
それも普段から常時張っている神域結界を完全に上書きする規模
我が身に充てられる魔力の気配からして超階位魔法だろうと推察していると
障子扉越しに見ていられないぐらい眩ゆい光が溢れ出てくる
これは間違いなく社殿の中で降臨が起きている
今、結界内に踏み込もうものなら矮小な人間など一瞬で消滅してしまうだろう
早く陛下に知らせなくては!
眩しさに目元を手で覆い、心配そうに社殿を見る公爵夫妻に
「陛下にお知らせしてきます」
と、一言断ると
「大丈夫なのでしょうか?」
と問われたので
「おそらく中では神が降臨しています
輝いてる内は問題無いと思います
なにぶん私も初めて見ますので陛下に判断を仰ごうと思います」
「神…が…」
絶句している公爵夫妻を置いて城内に走る
おそらく公爵夫妻は『神が降臨』で思考停止して棒立ちになっているから放置で問題無いだろう
急ぎ宮中に向かいながら宮内兵に
「至急陛下に御取次を!
公爵家惣領の初祝福にて想定外の事態が起こりました!」
と叫んだ
僕は、目は開いてるはずなのに何も見えない
何もかも見えてるはずなのに何も見えない
立っているのか座っているのか寝ているのかさえ分からない
白い闇というべき不可思議な現象で混乱の極致にあった
なにしろ自分の手さえ見えないのだから…
【……………………い…】
そして、厳かな声?音?が聴こえてくる
【お…………た…………】
いや、聴こえてってのは適切じゃないかもしれない
【だ…………?わ…る…】
耳で聴いている感覚じゃない
【まだ………が…んら……?】
直接、脳に聴こえるような心に聴こえるような…
そして、【俺】の混乱は治った
思い出したから
前世を
前世に居た家族や友人を
何故、俺がこうしているのかを
『創世神さん、ありがとう
全部思い出したよ』
【それは良かった、少し心配してたんだよね
違う世界に馴染ませる為とはいえ6年は永いんじゃないかって】
『ははは、心配してくれてありがとう
でも丁度いい頃合いなんじゃないのかな?
前世じゃピッカピカの小学1年生だからね』
【そっか、そういう考え方もあるのか
相変わらず日本人の考え方は面白いね】
『つーかさ、創世神さん、皇帝に天啓するって
あからさま過ぎない?
絶対に後で根掘り葉掘り聞かれるってロウ君w』
【う~ん、先走っちゃったかなぁ
でも早く見たかったんだよね
誰にも邪魔されない新しい君の生き様】
『まぁ確かに前世じゃ、せっかくの加護持ちに生まれたのに
15歳で親元離れるまで、小さい頃からの手枷足枷が凄かったもんね
よくもまぁ無事に50歳近くまで生きれたもんだね』
【うんうん、視ていてもどかしかったなぁ
君がする事、しようとする事、全部否定されて止められてたよね
あのままじゃ自殺してたんじゃない?】
『あー………ねー………
でもまぁ、家を出てからは色んな意味で無双出来たし結果オーライじゃない?w
俺はほら、日本の混乱期にこっち来ちゃったからアレだけど
あっちは大変じゃないの?
神様的にも傍観出来ないんじゃない?』
【地球はねぇ
いや、日本はねぇ か…
他の国の神様も悪神も邪神も、神様には違いないから拝んじゃえって
良く言えば、凄く懐が広い
悪く言えば、八方美人な御国柄だからねぇ
まぁ、だから?
関連する神様達はアタフタしてるよ】
『創世神さんは慌てないの?』
【ん~、創世神はその名の通り最初を作り出す存在だからね
他の神に比べれば神力は強いけど創世した後はする事がなくてね、ヒマなんだよw
だから、前世で楽しませてくれた君には前世と違う創世神の加護を与える事にしたんだ
前世で加護を授けたのは運神だからね
運の全てを司るから、幸運も不幸運も良運も悪運も全て付いてしまうんだよね
まぁでも、君は引きが強かったし神社にもこまめに通ってたから良かったよ
御朱印集めも趣味だったよね】
『意識して神社に行ってた訳じゃないんだけどな?
なんか、そうした方が良いって勘が働いてね
そういえば、勘は最後まで冴えてたなぁ
それも加護だったのかな?
【なんとかなるよ】が口癖だったしw』
【うん、それは運神の加護だね
でも、こっちでの私の加護は強力だよ~
創世神の加護は君らが言うチートそのものだからね
この世に君が創世出来ない物はないよ、それが例え生命であってもね】
『1度死んだ時にも聞いたけど、ありがたい話しだなぁ
でも、俺が言うのもなんなんだけど
そんな途方もない力を個人に与えても良いの?
こっちの世界が破滅するかもしれないよ?』
【無問題!
それは創世神の裁量だね
こっちの世界では楽に天下を獲れるだろうし、滅亡させる事も出来る
せっかくだから前世では制約縛りプレイで出来なかった事を思いっきりやってみたら?】
『モーマンタイってw
日本のサブカルやネットスラングに毒されちゃった創世神ってどうなの?
そして軽い!』
【それは仕方ない
それに、毒されたのは君になんだよ?
君の人生の殆どを視てきたんだもの
サブカル大好きで多趣味な君をね
私も億が付く永い刻を在るけど
君を視ていた時は地球創世と同じくらい面白かったし
その辺りは君にも自覚があったじゃないか?】
『う…否定出来ない…
前世って日本での記憶しかないけど超easy LIFEだったって自覚があるし…
まぁいいや、思い出話はこれぐらいにして
こっちの世界の事を教えてもらえないかな?』
【そうだね、いいよ何が知りたいのかな?】
『そうだな、先ずは始祖のロンデルって日本人でしょw
魔法律の文字って漢字じゃんwww』
【ピンポーン!正解!
皇帝と四英雄は召喚者だよ
君と同じ時代の男女5人の高校生が身の回り品と一緒に召喚されてたね】
『あー、って事はスマホもかぁ
だから、あんだけ漢字使えたんだ?
って事はキリル文字っぽいのもかな?』
【ピポピポーン!またまた大正解!
ある意味で彼等のチートは召喚者特典よりもスマホだったみたいだよ
色んなジャンルのweb小説をダウンロードしてたみたいだから、突然の異世界召喚にも対応出来たみたい
それに、召集した新興宗教に対する要望が凄かったw
新興宗教が要望に対応出来ないし、種族差別までしてると知った途端
『俺達は勇者じゃない!ただの高校生なんだ!正義なんて1つじゃないんだ!(ドヤ)』
って、アッサリ新興宗教壊滅させて高位神官皆殺しだもの
そして、片っ端から周辺王国に攻め入って併呑したからね
まぁ5人で殺しも殺した数百万人、厨二全開の子供って怖いよね】
『なるほど厨二ね、オマケにアニヲタも居たんじゃない?
魔法に階位でランク付けするなんて、狂家で二期が発表された超越者のアニメみたいだ
ただ、おかげで魔法がどう言う物かは超越者アニメの原作書籍版を思い出せば自在に使えそうで助かるね』
【そうそう、君もweb小説読みまくったんだから参考にするといいよ】
『この世界、時計がないから分からないんだけど時間と日にちはどうなってんの?
微妙に長く感じてんだけど?』
【時間は君の想像通り少しだけ長くなってるよ、1日25時間、1ヵ月は53日の1年は13ヵ月
この星の大きさは地球の約半分くらいかな
まぁ、それでも充分広大だと思うけどね
あとは、魔素があるから地球より大気が濃いぐらいかな?
あんまり地球と変わらないでしょ?】
『いや、変わるわ!
なにテヘペロみたいに言ってんの!?
見えないけど、顔もテヘペロしてんでしょ!
はぁ…
でも、いろいろ感覚変えなきゃいけないって思ったけど
それもあっての6年か…』
【そうだよぅ
その6年間は君にとっては大事な準備期間だけど
私は誰も構ってくれないから退屈でヒマだったんだよう
理由も無しに降臨するわけにもいかないし…】
『え?なに言ってんの?
前世で俺が死ぬまでの48年間、会話した事ないよね!?
つーか、まさかの構ってちゃん神様!?』
【しょうがないじゃないか
それまで億年間経験した事がないのを経験したんだ
それが思いの外 楽しかったから
猿のオ◯ニーみたいに、ヤメラレナイ止まらない某えびせんだよ!】
『比喩がヒドイ…
そして庶民くさい!
そんなんなら神獣にでも化けて、気に入った人間の従魔のフリして現世に居ればいいじゃないか』
【…っ…】
『あ、息をのんだな…
驚愕してる顔が見えるようだ
今まで気付いてなかったのもなんだかなぁ』
【そ……な……何の神獣が現世ではウケが良いかな?
ディテールとか?】
『そんな、やる気満々でモジモジ聞かれても草はえるわ!
人間にウケが良いのは世界が変わってもモフモフかな?
ここって地球の神社を模してんだよね?
だったら狛犬?』
【狛犬!イイネ!
コマちゃんって呼んでもらおう!】
『顔本みたく言うな!
そして、その愛称なんかヤダ』
【ふふふ、前世の君のニックネームに似てるもんね】
『わざとか?わざとだろ!
でも、まぁいいか
創世神が近くに居てくれるのは何かと助かるしな
これから宜しくな、コマちゃん』
【任せたまえ!】
『うわ、声が漲ってやがる
ラノベ展開まっしぐらだな』
【良いではないかヨイデワナイカ♪
では先ず、ロウ君の身体を創ろうか】
『は?なに言ってんの?
俺の体を新しく作るのか?』
【そりゃそうだソリャソーダ?
ロウ君の体は私が降臨した時に神威に耐え切れずに消滅したからな
神域に行っても耐えれるような無敵な身体を創らなきゃ】
『某蕎麦焼酎のCMみたいな言い方ヤメレ!
つーか、体が無くなってんの!?
大事に育てた体だったのに…
って事は、今は魂だけの状態?』
【そうだよ、だから先ずロウ君を創るから少し待って
……よっ……と、と……ふぬ……うりゃ……はぁん……
完成♪バッチグー!】
『最後に何した!?』
【え?いや…いろんな付与…だよ?…】
『はぁ…もう、なんつーか、いろいろ言いたい事はあるけどいいや
コマちゃんも体作んなよ』
【私は簡単♪ ほら!】
『おお…モフモフの豆柴みたいだ…しかも神威も収まった』
【さあ外に出ようか!
神威結界も解いたから外でも気付いてるんじゃないかな
これからコマちゃんとしてヨロシクね、ロウ】
『あゝヨロシクなコマちゃん』
俺達はグータッチして社殿を出ていった
外に出ると驚愕して立ち竦む人の群れ群れムレムレ
あ、陛下だ…