皇国公爵家
ワイナール皇国暦286年、1の月
今日も今日とて僕は毎日の日課である朝からの魔法の学習を終え、昼食後は中庭で白い息を吐きながら剣の鍛錬に励んでいた
文武両道は貴族の務めだと、幼い頃から父や家令に言い聞かせられてきたから今更疑問はない
皇国創世史に燦然と輝く公爵コロージュン家の長男として当然だとも思っているし
後に続く弟達や妹達の先達にならなくてはならないという責任もある
だから今日も気を抜かず貴族らしく高潔に見えるように見られるように文武の鍛錬に励む
僕は、まだ6歳になったばかりだというのにだ
しかし、権利と責任とはそう言うものだろう
貴族として産まれたからには、そうあれかしと教育されてきた
それとは別に、何故か僕は産まれて間もないぐらいから
しっかりと物事を考える事が出来た
さすがに言葉は話せなかったが
何故か自分に向けられる感情と場の空気が読め、言葉と自分の立ち位置を理解し
どうすれば周りの大人達が喜ぶのかと考え
然るべき時に泣き、笑顔を振り撒いたおかげで1歳ぐらいには
『ロウ様マジ天使』
と、好評価をもらったが
何故か、その言い回しはダメゼッタイって思って不思議な気分になる
「「ロウ兄様、今日こそ体術でなく剣術の相手をして下さい!」」
「いやいや、まだ早いよロドニー、ロジャー。
僕も剣は6歳になってから始めたんだよ?
それにいくら木剣であっても当たり所が悪ければ大怪我をしてしまうよ」
「でも!でも!早く兄様のようになりたいんです!」
ロドニーの隣では双子の片われカミーユも頻りに頷いているし、その後ろでは第3夫人の子であるロジャーとマリーも握り拳で必死な目をしているのを見て僕は苦笑するしかない
「カミーユとマリーは女の子なのに、君達も剣を振るうのかい?
それよりも魔法や社交マナーを勉強してみてはどうかな?」
妹達の後ろに控えるメイド達に目を向けると…
そっぽむいた!?
なんで!?
仕事しろよ!
「君達には家政は任せらないのかな?」
と、ジト目で睨むと
「あ、いえ、私どもは見守るよう命じられてますが行いを止める権限が無いのです」
必死に頭を下げるメイドさん達
「ふぅ、もういいよ」
後で家令のハンスとメイド長のアイリスに話しを聞こう
「あた…私達も兄様の力になるんでしゅ!」
あ、噛んだ
無理して正しく話そうとするから(笑)
彼等、第2夫人の子で異母弟妹の双子は日頃から必死に僕の後を追いかけてくる
彼等ばかりでなく、第3夫人の子達もそう
僕みたいな異能が無い代わりに、僕の後を追って真似をすれば周りが喜ぶと幼いながらも理解しているのだろう
妙に可愛らしい弟妹達だ
思わず彼等をヨシヨシしようとした手を引っ込め中庭の一角に目をやると
僕の母と第2夫人、第3夫人がガーデンテーブルでお茶を嗜みながら笑顔で此方を見ている
相変わらず母達は仲が良い
なんでも母親達は普段の父がおっとりした性格のせいで、いがみ合う暇もなく
それぞれの家の力と権力で父をバックアップしてコロージュン家を守っている内に仲良くなったらしい
だからか、第2夫人と第3夫人は僕を立てる事を最優先にするよう弟妹達に厳しく躾けている
いつだったか、邸内を歩いていると聞こえてきた
「いいですか、ロウ様の足を引っ張ってはなりませぬ
彼の方は貴方達の兄様ですが公爵コロージュン家の惣領です。
将来この皇国のワイナール皇の直臣衆筆頭として実務を取り仕切り、諸侯を率い皇国に安定を齎らす方です。
幸いにして幼少より才色兼備、コロージュン家の将来は安泰でしょうが貴方達はそんな兄上様を補佐し助け、いざとなれば命を懸けて盾とならなければなりません。
その為にも兄上様に負けないように自らを高めなさい。」
「「「「はい!」」」」
お、重いよ母様達…
まだ、3歳の子達になんて事を…
【三つ子の魂百まで】っては言うけどそれは、僕みたいな【チート】じゃないと無理だよ…
ん?
あれ?
まただよ…
そんな言葉この国にあったっけ?
なんでそんな言葉を知ってるんだ?
誰かから聞いたっけ?
でも記憶力がいい僕が聞いた記憶がない?
なんだろう、気持ち悪い
けど、同時に胸が熱くなる
妙にモヤモヤした気持ちを抱きながら部屋に戻った
アレから1年は経ったが、あのモヤモヤ感は消えない
でもまぁ、何かの勘違いだったと胸に仕舞うと困った風を装って母様達を見る
頼むよ、弟妹達を止めて下さい
「ロウ様、厳しく鍛えてやって下さい
怪我をするのも勉強ですわ」
「そうそう、その子達は将来の惣領の家臣ですから遠慮は要りませんよ」
まぁ良い笑顔ですこと
いや、僕が嫌なんですけど…
どうしよう…
「「「「いざ!参ります!」」」」
いやいや『参ります!』じゃねーよ!
悲壮な覚悟をした顔してるし!
4人同時に相手するなんて手加減とか無理じゃん!
防具も子供用とかないから普通の服だし
どうすんのこれ!
「ちょっと、ちょっと待って!僕の武器を変えるよ」
中庭の四方に控える騎士の1人の所に走って
「何か怪我をさせないような武器はない?」
「はっ!杖にするような細い棒であれば丁度良いかと思いますが」
「なるほどね、良いのがあるかな?」
「トレントの若木で作った指揮棒のような物で宜しいですか?
少し魔力を通せば柔らかくも硬くもなります」
「あ、丁度良いね。ありがとう 借りるね」
急いで戻り、少ない魔力量ながらも指揮棒に軽く魔力を流すとフニフニになった
これ良いな、貰えないかな?ふふっ
「お待たせ、じゃあやろうか
最初は好きなように掛かっておいで」
「「「「はい!」」」」
おおう、本当に一斉にきた
とりあえず、それぞれの動きを見て木剣をステップで躱す
そして、打ち込みでバランスを崩したところで頭をポコンと打つ
暫く続けたら弟妹達はへばって座り込んでしまった
「ははは、もうお終いで良いのかな?」
「兄様ズルイ!全然当たらないもん!」
「そりゃ当たったら超痛いからね、当たらないように頑張ったよ
それに、僕は君達よりも体術を頑張ってきたからね
分かったろ?
ちゃんと基礎をしないと、まだまだ僕には追い付けないよ」
「ゔー悔しー!体術頑張る!」
よしよし、これで暫くは安心だね
日が暮れて家族揃っての夕食時
ウチの夕食時は庶民と比べて遅い
父様が暗くなってからしか下城しないからだ
だから、コロージュン家の子供は皆んな宵っ張り
だが、それも灯火の魔道具を沢山持っている貴族ならでは
庶民は高価な魔道具を殆んど持ってないし、灯火の生活魔法は断続して数刻も使えないからしょうがない
家族で今日の出来事を面白おかしく会話しながら和気藹々と食事を楽しむ
これも社交マナー教育の一環だ
将来、昼餐会や晩餐会に招かれた時には、料理を楽しみながら食事中に相応しい会話をしなければならない
無言で静かな食事はホストや料理人に対し失礼なのだ
何故ならホストは家の料理人の腕を自慢しつつゲストの胃袋を掴みたいし、それで政治的な優位を保ちたい
料理人の長は部屋の片隅に控えゲストの料理に対する反応を窺っている
ある意味では食事も闘争なのだ
なにせ毒殺もありうる世界なんだから
食事も終えて風呂に入るまでのマッタリした雰囲気の中
円卓の向かい側に座る父ロマンに話しかける
「父様、僕も6歳になりました
神殿に行き祝福を受けなければならないのでしょう?」
「うん、そうだね
君も近々神殿に行って祝福してもらい生活魔法を覚えないといけないね」
父様は相変わらず、相手の心を撫でるようにホワンと話す
これがあるから海千山千の諸侯を相手に宮中で立ち回れるのだろう
「生活魔法だけなのですか?」
「うん、子供は魔力が少ないからね
大人でも よほど才能がある人じゃないと生活魔法を使うだけの魔力量しかないんだよ
まぁ、我々貴族は遺伝的に魔力量は高いけど
それでも低階位以上の魔法は難しいね
何よりも中階位や高階位魔法の魔法陣を構築出来ない
ウチの始祖、ワイナール四英雄の1人、大魔導士ロンデルは莫大な魔力で空を飛び強大な高階位魔法で敵を蹂躙したって皇国叙事詩や皇国創世記にあるけど
私は誇張されてるんじゃないかと思っているよ
だって、皇国創世の時代以外でそんな強力な魔導士は私達子孫を含めても居ないからね
英雄譚にはありがちな話しだよ」
「そうなのですね
でも魔法で空を駆け巡り、悪しき者を高階位魔法で攻撃とは夢がありますね
ドラゴンですら一掃したとワイナール叙事詩で読みました
僕も始祖のようになってみたいです」
「うん、なれるように頑張りなさい
偉大なる始祖を目指して高みに至るのは、とても良い事だからね」
「父様!じゃあ僕達が兄様の四英雄になります!」
弟妹達が目をキラッキラさせて話しに乗ってきた
「おお、そうか~
じゃあコロージュンの四英雄だね♪
でも、カミーユとマリーは女の子なんだし武ではないほうが良いんじゃないのかな?」
幼女達がシュンとなる
「いや、強いのは良い事だよ?
でも、世の中には女の子にしか出来ない事もあるんだよ
その辺りも良く考えてごらん?
よし!さぁ皆んなでお風呂に入ろう」
「「「「「はーい!」」」」」
ウチの大浴場は広く、20人ぐらいは余裕で入れる造りになっていて
魔道具のおかげで水抜き掃除をする時以外は常に温かい湯が張ってある
理由は家中の人達全員が入るから
勿論、自分達が入る時間帯には入らないけど
それ以外は1日中空いた時間に入っている
常務騎士なんかは3交代制で勤務しているからね
公爵家に勤める者達は全員身綺麗にしておかなければならなくて
汗臭かったりするのは以ての外だからだ
メイド達に至っては匂い袋も常備するよう義務付けられている
まぁ、その義務化もほんの数年前に始まったんだけど理由は知らない
そんな感じで、僕らが風呂に入らないって選択肢は無い
いや、むしろ入りたい!
肩まで浸かって手足伸ばして
『んあぁぁぁ~』
って魂のシャウトを叫びたい!
家族の中で唯一、僕は何故か少し熱めの湯が好きだ
汗をダラダラ掻きながら長風呂するのが好きだ
輪廻転生なんかはあまり信じてはいないけれど
前世の僕は風呂焚きみたいな仕事をしていたんじゃないかって気がする
それぐらい家族の中で僕だけが超風呂好きだ
あゝ家族やメイド抜きで1人でユッタリ入りたい…
でも、個人風呂は父母達の自室にしかないし
立場的にも年齢的にも自分独りで入るのは今はまだ叶わないから
今はまだ耐え忍ぶしかない
弟妹達がバシャバシャ泳ぐのをニコニコ見遣る父様に先ほどの話しの続きをする
「父様、先ほどの続きですが神殿に行くのはいつ頃になりそうですか?
何と無くなんですが、早く行かないといけない気がするんです」
「おや?そうなのかい?
ロウがそんな風に感じるのは珍しいね
ひょっとしたら神様が呼んでいるのかもしれないね…」
と、父様が普段は愛嬌があるタレ目を深刻な目にして考え込み始めた
「いえ、父様、そんな大した事ではないのでは?」
「それは違うよロウ、君は自分の勘を過小評価してるよ
君は気付いてないかもしれないけど
君が産まれてから助かった事が多々あるんだよ
たった6年の間にね」
と、父様が顔をプルンと湯で一撫でしながら言った
「そうなのですか?
全然知りませんでした…」
ヤバイ、本当に何の事か分からない
「そうなんだよねぇ
実は、家中の者達も全員風呂に入れるようにしたのもロウが言ったからなんだよね」
「え…」
「悪い事ではないんだよ?
いや、むしろ良い事だと断言出来る
実際、そうしてから家中の者が病に冒される者が減り
貴族仲間にも『いつ来てもこの屋敷の者は清々しい』と言われる様になったからね
今や皇家も真似てるぐらいだよ、ふふふ…」
「は、はぁ…畏れ多いことです…」
そんな大それた事は言った覚えが全くない!
ないったらない!
お風呂に関しては
ただちょっとだけ家中の皆が汗臭かったり、ウ◯チ臭かったり、アンモニア臭かったりしたから
皆んなが、お風呂に入るようにしたら?
って言っただけなんだよー!
ん?アンモニアって何だ?
「ははは
そういう訳で、私を含めて家中の者はロウが何気なく言った事でも真剣に考える癖がついちゃったんだよね
執事達やメイド達の中にはロウを崇拝してる者も居るぐらいさ
現に今も控えているメイド達が聞き耳を立てている」
ほら、見ろ、と父様がアゴで指すと獣人やエルフのメイドの耳がピクピクと動いている
よく見ると澄まし顔の人族のメイドの耳も器用にピクピクしてる
「だから、なるべく早く神殿に行く事も考えるとしよう」
「あ、はい、宜しくお願いします…」
ただ神殿に行くだけなのに
なんか大袈裟になりそう
ちょっと不安…
あれから3日が過ぎた
今日は朝から書庫で先祖ロンデルが書き遺した魔導律書を読んでいる
いや、何とか読み解こうとしていると言った方が正しいか
なんかね?
この魔導律って、使ってる文字?が普段使ってる文字と全く違ってて
カクカクしてて縦線と横線と、ほんの少しの斜線で構築されててさ
普通の文字列の並びで書いてあるから
多分、文字だろうって見解なんだけど
妙にこう、解読出来そうな…
でも、出来なそうな…
なんつーかさ、こう、喉元まできてんだけど出てこないっつー
たまにある知らない単語が頭に浮かんで
普通に使ったのに、その単語を何か知らないモヤモヤ感
なんとなくなんだけど
神殿に行って祝福受けたら解読出来そうって漠然とした予感があるんだけど
公爵家としての行事だから、さっさと1人で行くって選択肢もとれない
だから、無駄だと分かってても魔導律を解読しようと悪戦苦闘中
こんな時は頭の中で音楽が鳴って鼻歌として出るんだけど
これまた、皇居でも聴かないような心が沸き立つ
ズンズンズンズンダン!ズンズンズンズンダン!
みたいな曲で
見た事もないような、ヒラヒラが付いてない動き易い服を着た幼女のお姉さんが部下と共に戦空を駆け巡り凄い魔法を撃って敵の魔道士達をバタバタと撃ち落とすイメージが頭の中に出るんだなぁ
この魔導律が解読出来たら、あの空想の幼女みたいな英雄的な事が出来るかもしれないって思うと
wktkが止まらない♪
wktk?
なんだコレは?
読めもしない文字が頭に浮かんで意味が分かるなんて重症だな…
まぁいい
そんな日を過ごしていたら
まだ陽が落ちない内に父様が帰ってきた
そして、帰ってくるなり
「ロウ!決まったよ!」
と満面の笑みだ
「父様、何が決まったのですか?」
「ロウが神殿に行く日が決まったんだよ
それも、皇居内の神殿を使っていいそうだよ」
「え、僕は街の神殿でも構わないのですが…」
「私も、そう言ったんだけどね
『臣が皇居内の神殿を使うのは代替わりの時だけではないのですか?』
って、そしたら陛下が
『諸侯の上に立つ公爵家の惣領に街の神殿で初祝福させるなどならぬ』
だってさ
皇居の侍従長に聞いたら、陛下に天啓が降りたとか
私の時は街の神殿だったんだけどねぇ」
父様の顔が泣き笑いみたいな微妙な変化をしているよ
まぁそうだよね、初めての事だから混乱もするよね
僕もイミフだよ…
イミフ?
「と、言うわけで5日後に登殿するから、その日は朝から身を清めるようにね」
「は…い…」
頭がクラクラする…
陛下に天啓ってなに?
ただの6歳の初祝福じゃないの?
大袈裟どころじゃないじゃん…
少々どころじゃない混乱を引き摺ったまま4日を過ごし
5日目の朝を迎えた
陽が昇る前から起き出して
日の出と共に冷水を頭から浴びる
上から下まで真っ白な礼服を着
手を内懐に入れて何にも触れないようにして皇居から来た神官の後を付いて屋敷を出
門の前に待機していた馬車に乗り込んだ
父様と母様は2台目の馬車に乗り込み付いてくる
そして、寒気で霜柱が立つ街路をシャリシャリと音を立て
ゆっくりと馬車が皇居まで進んで行った