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第七章 斯くして因果は応報す

日曜日だと言うのに、珍しく彩は早起きしていた。すでに朝の八閃流の自主練習を終えて机に向かっていた。

集中出来そうな時に勉強すると効率はすこぶる良いのだ。

逆に気が乗らない時には全く頭に入って来ない。

一度、授業で聞いたことや教科書で見たことは殆ど忘れる事はない。

それでも応用問題で覚えていることを再確認出来るのは彩にとって『記憶』を意識出来る嬉しい瞬間でもある。

キュルルと自己主張を始めるお腹がそろそろ朝食の時間だと伝えている。

彩が問題集を閉じるのと、ドアがノックされるのは同時だった。

ドアを開けると櫻子とアルマの二人が立っていた。

櫻子は何やら眉間に皺を寄せ、アルマは櫻子の手を引いて少しだけバツが悪そうにしている。

何だか、理不尽な気配だ。


「鈴宮くん、アルマちゃんのスカートの中を覗いたって本当なの?」

「な!そんな事する訳…」


途中まで言いかけてアルマを見る。ちろりと舌を出すのが見えたが気のせいだろうか?


「櫻子お姉ちゃん、違うんだってば。お話聞いてって。

彩は私が木から落ちそうな所を助けてくれてその時に見られたっていう話なんだってば。」

「それ、不可抗力だよね!」

「覗いた事は否定しないのね!?」


彩はアルマを睨みながらここに来るまでどのような会話がなされてきたかを想像するだに恐ろしい。


「えーっと。鷹司さん、落ち着こう。」

「そうそう。」


アルマは無責任に頷いている。

彩は元凶を睨みつつ、興奮冷めやらぬ櫻子を宥める。


「アルマ、一から鷹司さんに改めて説明してくれるかな?」

「私は櫻子お姉ちゃんに彩にスカート覗かれたことある?って、聞いただけだよ。」


(何故、聞く!そんなこと!)


彩は心の声を何とか飲み込み、櫻子を見る。


「別に覗いてナイからね。」

「そー…なの?」


少し落ち着いたのか、櫻子はアルマと彩を交互に見比べてアルマに真意を尋ねる。


「見られたけど、捲られてはないかな?」

「微妙に表現変わってるけど、木から落ちたのを助けただけだから!」


コクコクと頷くアルマを見て、櫻子も事態を把握する。

意図的な早とちりを引き起こされた櫻子は居た堪れない様子で彩を向いて頭を下げる。


「なんだー、そうならそうと言ってくれれば。あははは。」

「いや、気にしないで。それより朝ご飯を食べに行かない?アルマはお手伝いだよね?」

「あ、いっけなーい。先に戻ってるねー。またねー、二人共!」


吸血鬼改め疫病神のアルマは手を振りながら去って行く。

気不味い雰囲気の中、お互いに俯く。


「おはよう。」

「おはようございます…ゴメンね、早とちりしちゃって。

アルマちゃんに、『櫻子お姉ちゃんは、彩にスカート覗かれたことある!?』って聞かれたものだから…つい、そうなのかと。」

「僕って…ん、まぁ、誤解が解けたなら良かったよ。」

(あんまり良くないけどね、信用ないんだな〜。何だか絶対嵌められているような気が…。)


彩は心の中でぶつくさ呟きながら、櫻子と並んで食堂へ向かうことにした。

今朝は少しはしゃぎ過ぎたかもしれない。アルマは階段をトントンと軽やかに降りながら反省する。

彩を下僕候補に決めたことで重荷が降りた事もある。それに、やはり彩が自分を、ありのままの吸血鬼としてのアルマを認めてくれたのが嬉しかったのだ。

厨房でお皿洗いのお手伝いをしながら、昨日からの彩との会話を振り返っていた。

しかし、櫻子を焚き付けたのはちょっとやり過ぎたかもしれない。後で謝っておこう、と素直に反省するアルマであった。

ありのままの自分で良いと言ってくれた。吸血鬼としてでも、大公女としてでもなく、一人のアルマディータとして受け入れてくれた。

生まれて初めての…いや、二度目の経験だ。


初めては幼馴染みの大親友コティ…コトリア=ヴァルフオーレ。

クール大公家に次ぐ吸血鬼族4大貴族の一つ。ヴァルフオーレ公爵家の長女にして、アルマの幼馴染み。

アルマの母親がヴァルフオーレ家当主の姉ということもあり、元々両家の仲は良かった。

それに加えて、生まれた日も同じという偶然は十分に二人を仲良くさせた。

同じ時期に身籠るという男では分からない悪阻や身体の変化を共有できる同性が身内にいるのだから、自然仲良くなる。母親連合に対抗するため義理の兄弟で父親連合を結成したようだが、華々しい戦果を上げるには至らなかったようである。

『あの二人を敵に回すなら、国中の難題が同時に来る方がマシだ』という二人の愚痴は侍女から漏れて、ことある毎にチクチクと虐められる事となった。早々に白旗を挙げた二人の無条件降伏に『近年稀に見る英断』と侍女達の間では専らな評価であった。

決して本人達の耳に入らないように最重要機密として扱われた事は言うまでもない。


コトリアの父親であるヴァルフオーレ公爵は、魔王城に出仕する事の多いアルマの父親クール大公の代わりに吸血鬼族の政務を代行する事が多く、多くの場合には大公宮にいた。

大公領に屋敷も拝領しており、どちらが領国か分からない程、二カ国を行き来をしていた。

行き来と言っても空間移動するので時間的な煩わしさはない。

正に隣の部屋に移動するかのように行き来は出来ている。

それだけの魔力量を公爵家当主は持ち合わせていた。

クール大公の義理の弟ではあったが、誠実な人柄で公明正大な判断で周りからも信頼されていた。

そんな両親の良好な関係もあり、アルマとコトリアは上下の関係もなく、一緒に学び、一緒に遊び育った。

正に双子のように。

自然とお互いに意識することすら無く、『アルマ』と『コティ』の間はあるがままの二人をお互いに受け入れていた。

お転婆な十歳にもなると侍女も連れずに、二人でいることの方が多くなる。

二人のひそひそ話の大半は、自然と宮廷の青年が話題になる事が多くなっていた。

どこの令嬢が社交界デビューで誰がダンスを真っ先に申し込んだか?とか、どこどこの青年が求婚してあの令嬢から素気無くされたとか、噂話には事欠かない。

魔力量でも群を抜いていた二人は、自分達にそれ程選択肢は無い事は口には出さないけれど、自覚していた。

自由恋愛なんて夢のまた夢。

二人にとってはよく寝物語に読み聞かされたお伽噺のようである。

『そうして、二人は、幸せに暮らしましたとさ。』

そんなお決まりのフレーズが自分達の魔力量では如何に縁遠い事なのか理解し始めている年齢でもあった。


『ぢゃぁ、私は次の魔王様が現れたらその人と契約するわ!…魔王を下僕として使うのよ!』

『まぁ、アルマ。貴女、魔王様よりも強い魔力量のつもり?…あー、でも何となくありそうで怖いなあ。』


いま、思い出しても顔からドラゴンの焔が出そうな思い出だがその当時は割りと真剣に思い込んでいた。

アルマの黒歴史の一つである。

母親にも『どうしたら魔王と会えるのか?』を真剣に聞いたらしいので(うっすらと記憶はあるが覚えていない事にしておく)何とも幼い発想だった。

当時は必死な思い込みに突き動かされていた…はずである。

そんな高い目標に到達する為の努力を怠らないのが二人の良いところではある。

二人して城付の教師からの講義は勿論、淑女としての嗜みを必死に身に着けるべく努力した。

周りも勉強熱心になった二人に態々水を差挿さずにいたのだからアルマとしては『責任の一端はある!』と弾劾したいところである。

そんな双子のように育った二人に転機が訪れたのはコティが十二歳の時。

若い専属近衛兵が付けられた時からだった。

シャイターンという妖精族の青年貴族は、近衛兵の中でも腕利きであり、ほっそりした身体付きに黒眼黒髪で、見た目は吸血鬼族や魔人族と変わりはなかった。しなやかなレイピア捌きは誰も追従できない程、軽やかで華麗だった。

しかも妖精族の中でも希少な羽根持ちであった。意識すると現れる光り輝く羽根で空を翔べる事ができるのだ。

空中から繰り出されるシャイターンに敵はなかった。

シャイターンはその強さや容姿というより、空を飛べるという点でコティの好奇心の的となっていた。

まだまだ子供だったと言える。

アルマとコティの二人切りで過ごす時間が少しずつ減りだしたのはこの頃からだ。

アルマがコティを見つけるとシャイターンが側にいる事が多くなった。

しかも、必ずコティの機嫌はすこぶる良かった。

公爵家の一人娘の為の近衛兵なのだから、側にいるのは当たり前である。だが、アルマはコティを取られたように思えて、最初はシャイターンを好きにはなれなかった。

決定的になったのはコティがシャイターンを伴侶としたいと打ち明けられた時だ。

自分の半身の様に思っていたコティの裏切り。

いつの間にか自分とは違い、将来を決めてしまった幼馴染みへの怒り。

想い人さえいないアルマの妬み。


『おめでとう、良かったぢたゃない。きっとお似合いのパートナーよ。』


それはアルマがコティに初めて作り笑いをした瞬間だった。

子供ながらに平凡な、ありきたりの台詞だと思っても、それ以上の言葉は出て来なかった。

あまり考えたくない事だったから…。

だから、コティが不安を口にした時に何も考えずに親友の背中を押してしまった。

初めて紹介された時には魔力量はコティの方が上だったが、シャイターンも同じくらいはあるように見えた。最近は体調のせいか、わざと魔力放出を抑えているのか弱々しく感じていたが、自分の気のせいだろうと言葉を飲み込んだ。

幸せいっぱいな花嫁の気持ちに水を挿したくなかった。

…それも、言い訳。


『でも、契約になれば人形になってしまうかもしれないわ。』

『大丈夫よ、コティとシャイターンならきっとお似合いの恋人になれるわよ。』


…止める事も出来た。

色々調べてからでも良かった。

何故、急にコティに近衛兵などという護衛が付くようになったのか?

なぜ生来、魅了チャームや毒が効かない妖精族のシャイターンが選ばれたのか?

結婚が決まって、何故シャイターンは寝込む事が多くなったのか?

子供だったから分からなかった。

宮廷の力関係や大人の権力闘争なんてものから一番遠い所にいたから。

誰も教えてくれなかったから…それは子供じみた言い訳。

ちょっとだけ疎遠になったのは独り置いて行かれて寂しかったから。

親友のコティを取られてしまうという妬みがあったから。

物心ついてから二日と置かず会っていた親友と、それから二ヶ月も会わなかった。


コティの年齢にしては早い十五歳でシャイターンとの婚儀は盛大に行われる事になった。

魔王様がお隠れになっていて、霊魔界は自粛雰囲気だったが、吸血鬼族としては久々の明るい話題である事や、クール大公家が一族を上げてお祝いすると宣言したこともあり、婚儀の当日は国中がお祭り気分であった。

アルマはせめてお祝いを言いたくて、挙式の寸前に意を決して親友の部屋をノックした。

真っ白なウェディングドレスに身を包むコティは可憐で見た事がないくらい綺麗だった。親友を後ろから抱きしめて、『おめでとう』を言った。

そして、『会わないでいて、ごめんね』と心から詫びた。

それ以外は言葉にならなかった。

二人共声を上げて泣きあって、二月に及ぶ仲違いにようやく終止符を打つ事が出来た。

はにかむコティは親友の祝福にそっと目頭を抑え、『次は貴女の番よ』と親友の腕をそっと撫でる。

『魔王様はまだお隠れになっているわ。見つけに行かないとね。』

新婦の部屋にキラやかな笑い声がこだました。

仲直りした親友に今度は心から『おめでとう』が言えて、アルマも幸せのお裾分けをもらった感じがした。


国を上げての祝賀ムードは神の祝福を受けた伴侶の契約儀式をする所で頂点を迎える。

魔術式が二人を包み込み、七色の光りが螺旋状に天空へ登って行く中でコティの口がシャイターンの首元へ近づく。恥ずかしげに目を伏せながら…。

シャイターンは少し青い顔で、でも花嫁を包み込む優しい笑顔で何事か睦事を囁き、コティを耳まで真っ赤にさせた。

全部鮮明に覚えている。

忘れたくても、忘れさせてくれない。

そして、コティの犬歯がシャイター ンの首筋に埋められた。

花嫁の契約のキスを受けたシャイターンが右手を上げるのを観衆は遠目で見て、大歓声で応えた。

でも、アルマは見ていた。

生気のなくなったシャイターンは涙を流すコティの言うとおりの動きしかしていないのを。


式典はお祝いムードで幕を閉じる。

大公主催の祝賀の宴会は三日程は続くと思われた。

外の喧騒がかえって私室に戻ったコティの嗚咽を打ち消してくれているのは有難かった。

泣き崩れるコティを両親が抱きしめる。

シャイターンは命じられた通り、ドアの脇までコティをエスコートしたままで微動だにしない。

コティの命が狙われ、魅了チャームされた侍女が食事に毒を盛る事が相次いできたこと。

直接的に寝所で命を狙われた事など私達の知らない事実が公爵の口から語られた。

如何に毒の耐性があると言っても、解毒には魔力を大量に消費する。その為、コティとは釣り合いの取れていた筈のシャイターンの魔力が枯渇しかけてしまっていた事。

一人娘が後継者を設ければ、相続を狙った暗殺は減るはずだと考え、婚儀を早めた事。

婚儀を大公が取り仕切り、後ろ盾となる事を明示して穏便に事を収めようとした今回の婚儀であった事。

子供だった。アルマは痛感した。

知らされていない事は、何の言い訳にもならない。

自分が大公家の、親友が公爵家の娘である事を知っていたなら、もっと自覚して全てを知るように努力すべきであった。

全ては自分の怠慢。

シャイターンの魔力回復が成れば、自由意思を取り戻す事もあると、一筋の希望を頼りにコティは今日まで2年間を自室に篭って過ごしている。


『アルマ…ちゃんと考えてね。一度してしまえば、もう取り返しがつかないから。』


見た事がないほど憔悴しきったコティの泣き顔をまともに見れずにアルマはそんなコティの言葉を聞いて、泣きながら部屋を後にした。

シャイターンが契約の儀でコティに囁いた言葉を聞いたのは随分経ってからだった。


『君の美しさに私が我を忘れても、私に貴女を護らせて欲しい。』


シャイターンは分かっていたのかもしれない。婚儀をする事でコティが生きながらえるならば、自らが人形となって側にいるだけでも幸せだ。

公爵から結婚の打診があった時にシャイターンはそう応えたそうだ。


(止めれば良かった。)


今から言っても、どうにもならない。

でも、後悔の波は決してアルマの心から引くことはなかった。

コティはそれ以来、自分の部屋から一歩も出る事がなかった。

泣き顔がアルマの見た最後の親友の顔だった。

何通も手紙を書いたり、贈り物をしたりしたが彼女からの返答はなかった。

あるのは代筆と思われる通り一片のお礼状だけ。

あれ以来、親友の声を聞いていない。

祝賀の宴が終わった後、ヴァルフォーレ公爵家の身内に原因不明の流行病で2〜3の家の縁者が次々と亡くなり、途絶したがアルマの耳に入ることはなかった。


何故か思い出したくない悲しい思い出と共に、『魔王を下僕に』という黒歴史にくさくさとした気分になったアルマは彩の部屋を訪れていた。

気分転換に彩の顔でも見ようと思ったのだ。

一応、朝の件も謝れるうちに謝っておいた方が良い。

後悔しても遅いのだから。

深呼吸をして空気中の勇気を吸い込んで、ドアをノックする。


「こんにちは、彩。今朝はごめんなさい。」

「アルマ、大丈夫?」


ドアが開くと共に意を決して頭を下げたアルマに意外な言葉が降る。


「はい?」


思わず首を捻りつつ、頭を上げる。

次の瞬間、彩に抱きしめられたアルマは驚きで声も出ない。


「何があったのか知らないけど、きっと大丈夫だよ、アルマ。」


しゃがみ込んだ彩に、抱きしめられたアルマはしばらく呆然とされるがままになっていた。

頭ををトントンと撫でられる。

彩の心地良い温もりがアルマを包み込む。

気恥ずかしげに離されたアルマの目の前にキャンディー棒が差し出される。

思わず、受け取ってしまう自分が悲しいが美味しいのだから仕方がない。


「な、な、な、な、どうしたの?いきなり?…契約なら受けて立つわよ。」


未だに驚きから立ち直っていないアルマは、気恥ずかしさを誤魔化すために強気を装い聞いてしまう。


「アルマが泣きたいのに、我慢してるように見えたから、つい…。

何かあったのかなって。ごめん、いきなりレディに抱きついたりしたら失礼だよね。」


何だか分かられてしまった事が嬉しくもあり、気恥ずかしくもあり、彩の顔を見れなくなってしまう。


「ちょっと…ううん、なんでもないわ。でも、心配してくれて有難う。今のセクハラ分で朝のイタズラは帳消しよね?」

「何だか随分割り引かれているような気もするな…。」


困ったような彩の顔にアルマは心の中の冷たい部分が溶けていくのを感じた。ホントに太陽みたいな人ね…何度目かの感想を心の中でアルマは繰り返す。


「ねぇ、アルマ。アルマのお家の図書塔って、どんな本が収められている?」

「やっと、契約する気になった?さぁ、首筋を捧げなさい。」

「いやいや、そうじゃなくてね。吸血鬼族の書庫って人間のとは違うんじゃないかなーって思ってね。

人間界についての本とかもあるの?こっちをどんな風に見てるの?」

「なかなか、しぶといわね…そうねえ、私も全部読んてる訳じゃないけどうちの一族の歴史とかが多いみたいね。

何だか日記っぽいのが多いかもね。何年は作物の出来が良かったーとか、どこの当主の就任式は貧相だったとか。」

「貴族の書庫にしてはせちがないね。」

「貴族って言ってもみんなの調整役だから。うーんと、こっちで言うと村長さんみたいな感じかな?

そんなにイザコザがある訳じゃないから、普通はのんびりしてるわよ。

だから、三食昼寝付だってば。待遇良いわよ〜。

嵐とか、洪水なんかのみんなに手の負えない災害のときくらいかなー、忙しいのは。」

「こっちと同じように、天候はあるんだ。四季とかもあるの?」

「勿論、あるわよ。その辺はこちらと一緒。違いがあるとすれば、魔力や魔術の有無だけぢゃないかなー。

人間界とは表裏一体だから、殆ど気にすることはないわよ。

寒い冬を越えて、春にお城のお庭に咲くお花は綺麗よ〜。」

「へぇ〜。アルマのとこじゃ、魔法ってみんな使えるの?」

「多かれ少なかれはね。ただ、私たちは魔術って呼んでる。術式を展開して、その上で魔力を流し込むと発動するの。使うための法則があるのよ。

術式はそれこそ無数にあるし、新しいのも作れるから事実上、無限と言っても良いわ。」

「魔法とは違うの?」

「どう説明すれば、良いかしら。魔法は自然界の法則を無理矢理改変して、作用するの。

例えば彩は昨日、空間転移の魔術を発動させたように見えたわ。

それは空間のある点とある点を結びつけて、移動するという魔術なの。

でも、移動するという法則は守られているの。移動する距離を最小化したというべきかしらね。」


ここまでは理解できたかな?と彩の顔を見上げる。

彩は学習机の椅子に、アルマはキャンディー棒を片手に彩のベットの端にちょこんと腰掛けている。

ここからだと少しだけ見上げることになる。


「もしこれが、魔法だとすると自然の摂理も変えて、同時刻の同次元に 二人の彩が存在して片方が消えることであたかも移動したかのような方法を取るの。

昔は自然の理を無視した力任せの魔法が横行してたんだけど、世界に歪みが溜まって反動が出たから、今ぢゃあ誰もしないわね。するのは旧代の神々くらいなものよ。」

「旧代の神々?神様にも年代があるの?」

「だぁ〜!今のは忘れなさい!教えちゃいけない事もあるんだってば!

こうなれば『聞いてはいけない秘密』を聞いた彩とは契約するしかないわ!さぁ、首を差し出しなさい!」

「アルマに早く理想の王子様が見つかると良いね。」


サラリとアルマの要求を躱して、彩は自分の質問を重ねる。アルマが何故か本気で言っているのではないと分かるのだ


「つまり、魔術は自然の摂理に反しない範囲で、自然に優しい。魔法は自然を無視して、無茶が出来るってこと?」

「まぁ、例えば魔術で死人を生き返らせる事はできないけど、魔法なら不可能ぢゃないわ…今やできる神はいないけどね。」

「何となく、魔法の方が万能な感じだね。なんでも、ありってことでしょ?」

「魔法の反動は予測不能だから、自分の恋人を生き返らせたら、母親が亡くなるなんて事があるわ。

そういう無責任な力の行使は私達はしないわ。だって、理不尽だもの。」


それを言ったら、空間移動も理不尽なのではないか?と思うが…彩は口にしなかった。

理不尽を行使できる側にはその論理はどこか違って見えるのだろう。人間界からすればどちらにしても理不尽である。


「アルマは弓を射る時に何かしたよね?あれも魔術なの?

今だから言うけど、蒼い光りが見えたんだ。最初は見間違いかと思ったんだけどね。」

「あー、あれはいつもの癖が出てね。矢に方向を織り込む術式を付加したの。ちょっとやり過ぎたと思ってるわ。」

「ふーん。うちの八閃流にも『気』を込める八つの型があるんだ。

もしかして、共通するところがあるのかもしれないね。まだ、一つしか会得してないんだけどね。

古くは災厄除けの儀式で使ってたみたいだから、そちらと関係してるかもね。」

「そうね、人間界にも人外なるものから身を守る技は伝承されている可能性は高いわね。」


確かここは魔王を輩出している魔人族が守護している領域である。

苛烈を極めた旧新神聖戦争では常に最前線で戦い続けた一族。その名残で人間界にも助力を求めている事は大いにありうる。

元々旧神と呼ばれる前世代の神々は信仰を力の源として、己の力を誇示してしていた。魔法全盛期である。

信仰を集めれば集める程、その神の力は大きくなった。

悪魔信仰だろうが、土地神様だろうが純粋な帰依の心が神の力となった。

邪な人間の欲望に付け込もうが、純真無垢な子供の羨望を勝ち取るのも力の源になり得た。

その力を背景に旧神たちが好き勝手に魔法を放ち、その魔法が生み出す歪がは人間界にも波及し、干ばつや洪水などの自然災害を次々と引き起こしていた。

人間の欲望が業となり、転じて自らに災厄として戻って来るのだ。

まさに因果応報。

ムー大陸が海の底に沈んだのも、ポンペイが火の渦に飲み込まれたのも、旧神達の魔法による歪の結果である。

信仰によらない世界を構築しようとした新たな世代の神は、長い戦いを経て旧神を封印し、世界の安寧を保った。

世界的に見れば、実は新旧神の代理戦争がオスマン帝国の侵略であり、魔女刈りに代表される欧州の教会闘争、比叡山の焼き打ちの裏に隠された真実であった。

勿論、人間界でも歴史の表舞台に出て来るわけもなく、ホンの一握りの人間しか知り得ない事実である。

信仰を求めない一人の新しき神。

唯一神となった彼は自らを『名無し』と名乗り、天界、霊魔界、人間界の秩序を護り現在に至っている。

勿論、彩の知る由もない事であった。


「ここにいるうちに、アルマに魔術の講義でもお願いしようかな?興味はあるし。」

「それは契約しない限り、ダメ。私が怒られてしまうもの。人間界に私達が干渉する事は禁止されているの。」

「でも、アルマはここに居るよ。そもそも、なんで契約しなくちゃいけないの?」


根本的な質問を受けて、アルマは一瞬答えに詰まる。


「何度も言わせないで。私に相応しい魔力を持った下僕を連れて帰るのよ。」

「うん、それは聞いたけど『それはなんでココで必要』なの?」


またもや、鋭い質問である。


「それは、強い魔力反応がココにあったからよ。釣り合いが取れるくらいにね。感謝なさい…選ばれたことに。私は、貴方の魔力を使えるようになるし、貴方は吸血鬼族の回復力の恩恵を享受できるわ。」


アルマはそれとなく論点をすらず。

彩の瞳は全てを見透かしてしまうようでアルマは視線も外してしまう。

自分の知っている人を人形に変えるなんてできないと思い、こちらに来て契約者を探しているなんて言えない。

結局、『知らない』で契約なんてできないんだ。

アルマはモヤモヤしていたものが、ストンと腑に落ちた気がした。

もう、自分は鈴宮彩という青年を知ってしまっている。

愛しい人、知っている人を人形にはできない、したくない。

そんな自己中心的な考えで人間界に来た。自分の知らない人物であれば、人形にしても後悔が少ないと思っていたのだ。

身勝手な自分に自己嫌悪する。

結局、そんな相手はいないのだ。

後はどう向き合うかだけなのだ。


「彩…。」


アルマは思い切って、呼びかけた。

優しげな笑顔を言葉が詰まる。

この人の笑顔は全てを溶かす。

アルマは何度となく感じている感想を噛みしめる。

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