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第四章 斯くして華は芽吹く

下から斬り抜ける。

上段から斬り下ろす。

抜き手を持ち換えて突きを放つ。

一ノ型である一閃から七閃までの型を丁寧になぞっていく。

一つ一つの技を放つ度、遅れて風切り音が耳に届く。高速の斬撃は八閃の特長だ。

型は身体に染み込んでいる。

それでも毎日やらやないと落ち着かないのは既に習慣になっているから。

三十分休まず動いた身体からはほんのりと蒸気のような靄が立ち昇る。

スウェットとTシャツというラフな格好は昨日と変わらない。

学院の武道場には行かず、寮の裏手の茂みに空き地を見つけて、彩はそこで練習をしていた。

風城先輩には悪いが、練習に付き合うのが面倒というより、これは人に見せるものではないと思っているからだ。

朝日が辺りを白く染め上げている。夏の朝は早いから好きだ。

彩は虎杖丸いたどりまるを鞘に納めて深呼吸をしてから虚空に一礼するとクルリと回れ右する。


「なんで何もないところに頭を下げるの?」

「のあぁ。」


仰け反りながらバクバクいう心臓を飲み込む。

何故、気配を察知できなかったんだろ。武道の嗜みとは別に割りと勘は鋭い方だ。練習に集中しすぎたかな?

固まりながら彩は辺りを見回す。他には誰もいなさそうである。

近くの岩にちょこんと腰掛けているアルマがニコニコと手を振っている。


「おはよう、アルマ。えっと…ここまで一人で来たの?」

「おはよう、サイ。そうよ、窓からサイが出ていくのが見えたから。」


なんでも無いように答えたアルマは改めて問う。


「そこには何もないのになんで頭を下げるの?」

「うーん。」


何と言って説明すべきだろう。彩は一頻り悩むと訥々と説明し始める。


「昔から僕達は自然の中にも命があるって思ってる。動物とか植物ってだけじゃなくて、今アルマが座っている岩とかにもね。」


思わず胡乱な目で自分の下の岩に目を落としたアルマはすぐに視線を戻す。


「だから、この場所を借りた事のお礼を示すために一礼したという訳。

道場の中にも神棚があって中には鏡とかが飾ってあるけど、そういうのも自然信仰の一つなんだよ。

すべてのものを生命あるものとして敬う…そういう考えに基づいているんだよ。

まぁ、宗教によっても考え方は違うと思うけどね。」


キリスト教やイスラム教などの一神教では、八百萬の神々というなんでもござれの多神教は奇異に映るのだろうけど。彩は慌てて最後のフレーズを付け加えた。

宗教観は人によって様々だ。『良い悪い』とか、『合ってる間違っている』ではないのだ。


「『何処にも神は宿り給う』…というやつね。私達も神器や系譜石板なんかには敬意を払うもの。よく分かるわ。」


アルマは岩から立ち上がるとスカートのホコリを払って彩に近寄る。

白いワンピースに黒いサマーカーディガンを羽織ったアルマは少しずつ大人びていくようにも思える。


「今日も授業なの?」

「そうだね。今日は割りと真面目に参加するかなぁ、鷹司さんに怒られそうだし。」

「サイとサクラコは仲が良いの?愛人なの?」

「あ、愛人って…僕らはそんなんじゃないよ。ただのクラスメイトだよ。恋人って訳じゃない。」


微妙なニュアンスでの質問に全力で否定する。アルマの言葉遣いはたまに斜めに行くのでちゃんと直して上げないとだめかな?

このままでは何か間違った方向に行きそうで怖い。


「そうなんだ。ふーん。」


何となく納得していないようなアルマを横目に彩は片付けを始める。

そろそろシャワーを浴びて講義に行く準備をしなくては。というか、アルマをこのままここに置いておいては騒ぎになりそうだ。


「さぁ、帰ろう。」


サイが刀を担ぎ、帰り道を目指す。

さりげなくアルマは空いている方のサイの手を握る。はぐれる事はないと思うのだが、昨日確認できなかった魔力マナの確認をするには好都合な状況だ。

サイの霊体アストラルボディに触れたアルマの意識は一瞬で昨日の場所にいた。

2回目という事もありアルマは落ち着いて視る事ができた。

また何も視えない。でも、魔力マナがあるのは感じられる。

サクラコにも劣らない力だと・・・思う。

力の強弱が波動のように感じられる。拡散しやすい。ちょっと、珍しい人間の魔力マナのタイプもあるのだと理解する事とした。

今日は触れようとするのは止めておいた。これ以上前に行ってはいけないと本能が告げている。

まぁ、サイの魔力マナがある事だけは確信できたので良しとする事にした。

さて、今日は何をしてサイを待とうか?


相変わらず図書室が昼間のアルマの居場所となっていた。

この椅子は本当に寝心地・・・ぢゃなかった。本を読むには最適な場所だ。

今日の教材も『ハイティーン』である。

『イケメン男子の心飯』特集という。

何でも人間界では男子の意識は胃袋とイコールのようだ。

おいしい料理で、男子は従属するらしい。安上がりな気もするが、もしかしたら契約せずに一緒に霊魔界に来てくれるかもしれない。

わざわざ危険な契約などせずともアルマとしては一時一緒に帰国して『公女殿下の契約が完了した。』という評価になれば良いのだ。実際に契約をしないと魔力マナ量が上がらないので『力ない下僕』というレッテルが貼られてしまうリスクが元々アルマの魔力マナ序列は神々の系譜(アカシックレコード)では高位はある。並の相手ではそれ程期待できないのだという説明で納得してもらわなくてはならない。

大公家の面子もあるので悩ましいところだ。


人間界では好きになった人と添い遂げるのが普通のようだ。

そこには魔力マナの量や家柄などは関係ない。お互いを思いやる気持ちだけが愛を育てるのだという。

吸血鬼族には許されない自由な恋愛。

身体の接触により相手の魔力マナを吸い取る事のできる吸血鬼族も、好きな者同士で一緒にいる事もできるし添い遂げようと思えばできる・・・ある一線を越えずにいられれば。

二人の思いやる気持ちが強くても、どうしてもその一線を超えた時には制御は効かない。

傷つけたくなくても相手を傷つけてしまうかもしれない。

だから、吸血鬼族では魔力マナ量でやんわりと身分が区別されている。

絶対数値もない魔力マナ量は大抵の場合、両親に視てもらいバランスの良い相手を探してもらうのが普通だ。

こちらでもお見合いというのがあるそうだがそれに似ている感じもある。

ただこちらでは双方の意思がもっとも重要な要素だが、向こうでは魔力マナ量のバランスこそが大切なのだ。

もちろん、身分の低い者の中にも極稀に強い魔力マナを持つ者が生まれ、貴族の家に入れる者もある。

でも、逆は悲惨だ。

貴族の中にも弱い魔力マナしか持てないものが生まれる前に、何故か事故に遭うこともあると聞く。

体の成長に伴って魔力マナが強くなることを期待された『愛されし子供たち』は、大人になるに従って究極の選択を迫られることになる。

自らは人形となって生きるか、魔力を低下させて家を没落させていくか。

魔力マナ量が高ければ、それだけ大きな仕事も任せられる。

霊魔界では魔術を使って狩りや農作物の生産をするのが普通だ。

もちろん、魔術で穀物や野菜が勝手にニョキニョキと生えてくるわけではなく、自らの手で耕し、水をやるのだが、その作業自体を魔術で補助して行っている。

狩りなどについても同じだ。

魚を網におびき寄せる魔術、囲い込んで網を引き上げる時に楽に引き上げる魔術など、いろいろと魔術と共に生活をしているのだ。

魔力マナが強い貴族などの階級では河の流れや山の位置を変えたり、気温を制御したりと規模の違う仕事が割り当てられる。

つまり魔力マナが強い者にはより、その力に相応しい大きな仕事が回ってくる。

努力ではなく、先天的な魔力マナのみで判断さえる閉塞的な階級社会。

誰も口に出しては文句は言わない・・・言っても何も変わらないから。

それは生んでくれた両親に対する侮辱であり、生まれてきた自分への侮蔑だから。


人間界ではみんなが努力している。少しでも前に進もうと。

自分を高めようとするその行為がアルマにはひどく崇高に思えてしまう。

魔力マナが全ての自分たちには眩しいくらいだ。

サイやサクラコも自分たちを高めようと授業を受けているのだ・・・たぶん。

サイに関してはさぼっている姿しか見ていないのでイマイチ確信が持てない部分もあるが、サクラコは間違いなく自己研鑽しているように見える。

人は努力して、自由に愛したい人を愛して自分たちの系譜を紡いでいく。

神祖ドラクールが教会との契約に基づいて旧神の残党を狩る時に見た人間はさぞかし光り、輝いていたことだろう。

その当時は今よりも更に貴族社会の見栄っ張り共は誇りという気概が服を着て歩いていると言われていた時期である。人間に憧れて・・・神祖様は本当に人間と人形契約してしまったのだろうか?

アルマも気になって図書室で祖先である吸血鬼ドラキュラに纏わる本をいくつか手に取ってみたが、描かれている血を吸われた人間は殆どの場合に自由意志で動いているように思えた。

人間界にも魔力マナが強い者がいたことが伝承に残っているのだろう。

まぁ、史実としては何千人も虐殺したかのように記載されている神祖様だが、あれらはきっと旧神の残党であったのだろう。

魔女狩り、黒死病・・・いくつもの危機が旧神達に利用され、人間が犠牲になってきた。

吸血鬼族がそれらの裏側で人間と手を組み、旧神達を葬ってきた。

表側では出てこない本当の話。

教会が吸血鬼や病気などの人々にとっての恐怖を利用して、神への信仰心を煽った。


曰く・・・

神への祈りがあれば、病気にならない。

信仰心があれば吸血鬼に襲われても十字架で退治できる。

更には旧神の信者を減らすため、魔女狩りと称して旧神の信者を狩りもした。

霊魔界はそうやって人間界を陰で支えている。

唯一神ななしがそう決めて、人間は護られながら暮らしている。

でも、好きな人とずっと一緒にいられるなんて楽しいだろうな。

アルマは両親を思い出していた。

母は吸血鬼族の四公の一角を担う名家から嫁いできた。

当初は魔力マナの差があるとして危ぶまれた結婚であったが何のことはなく幸せな家庭を築いている。

思えば物心ついた時から仲の良い両親を見て過ごしてきた。

自然に自分もあんな風に幸せな家庭を築けるのだと、深く考えもせず思っていた。

いざ、自分が大人になってみると不釣り合いなくらい大きな魔力マナを持つに至っている。

相手が人形になってしまう事に耐えられる自信はなかった。

だから、お母さまにお願いして一度だけのわがままを聞いてもらった。

自分を・・・諦めるために。


そよ風がアルマの頬を撫で、ハラリとページをめくっていく。

その音が優しくアルマを起こした。


「大丈夫かい?」

 

心配そうにサイが覗き込んでいる。

頬を伝わる涙が首筋に落ちる。

何が悲しかったのかも忘れてしまっている。

きっと何か夢を見ていたのだ。

哀しい夢を。

アルマはくしゃっとはにかむように笑うと手の甲で涙を拭って身体を起こした。


「この席は危険だわ。とても、風が心地良くて寝てしまうんですもの。」

「僕の特等席だからね。」

「もう…私のだわ。」

 

顔を見あわせてクスクス笑うとサイは少し真面目な顔で同じ事を聞いた。

 

「大丈夫かい?」

「大丈夫よ。夢を見ていたみたい…もう覚えてないくらいだから、もう大丈夫よ。」

 

スッキリとした笑顔を向ける。

サイは頷いただけでこの話をやめたようだ。

 

「また、授業を抜け出してきたの?サクラコが、また追いかけて来るわよ。」

「大丈夫。今日はこの後、自習だからここにいるよ…というか鷹司さんは、ほらあそこにいるよ。」

 

サイが指し示す先でサクラコがこちらに手を振っている。

寝顔をバッチリ見られてしまったようだ。


「今日はサクラコお姉ちゃんも一緒なのね。」


ハイティーンを片手にアルマは同じデーブルについて話かける。

自習で図書室を使っているのは今のところ3人だけのようなので、少し声を出しても問題はない。


「自習と言って、自分達で勉強をするのだけれど、息抜きみたいなものね。」

「一緒にいたかったの?」


わざと「誰と?」とは言わず、聞く。

何気ないアルマの一言にサクラコの耳が赤くなる。

分かりやすい!…アルマはサクラコの初心な反応に思わず笑ってしまう。


「な、な、な、な、誰とかなぁ?」

「アルマと一緒にいたかったなんて、嬉しいな♫」


暴走する前に助け舟を出しておく。

サイは全く気がついていないようだが、サクラコは少々意識しているようだ。まだ、自分の気持ちに気がついてはいないのかもしれない。

宮廷育ちのアルマにとって人の機微ほど気を遣うものはない。

貴族間のいざこざが起きないように大公家と言えども四方に気を回さねばならない。いざとなればアルマとて表情から感情を読み取らせない事など容易い。

こっちに来てからあまり成功しているとは思えないが。

最終的に障害とならないか確認する為にアルマはサイの交友関係も調査を始める事とした。

隣で何故か胸を撫で下ろしているサクラコを尻目に、正面に座るサイの方に身を乗り出す。

 

「サイお兄ちゃん、名前を教えて!」

「ん?すずみや さい…だよ。」

 

言霊になり得る正式姓名が分からないといざという時に魅了チャームの術式が展開出来ないのよね〜。

自分勝手にきな臭い誘拐の計画を進めつつ、アルマは続ける。

 

「んーっと、自分を形取る…字…漢字?って言うやつを教えて!」

 

アルファベットに比べてなんと複雑な表記文化だろう。

最初に辞書で学び始めた時には諦めかけた事を思い出した。人間界の文化の多岐に渡る事。民族の多様性とはよく言ったもので、地政学の観点からも言語が異なる事は理解できるけど、なんて辞書の厚さ!

ハイティーンを読んでいるくらいなら問題ないが、きっと言霊術式のためには何十画もの漢字を覚える必要があるに違いない。

サイは自分のノートに何やら書き始めた。


「はい、こうやって書きます。鈴がなる、宮を、あざやかに彩る。」

「へぇー、綺麗な名前ね。お姉ちゃんは?」

 

無邪気を装い、まだワタワタしているサクラコに向き直る。

アルマの質問でお姉さんモードに入ったサクラコは落ち着きを取り戻して自分のノートに名前を書き始める。

 

「鳥の王たる鷹が、司る、櫻もことほぐ、子ども。」


春の到来を告げる桜はこの国では、季節柄出会いと別れの象徴であるという。華やぎ、寿ぐ。周りが明るくなる良い名前だ。

彩も凄いが、櫻子も名前の説明は恥ずかしくないのだろうか?

言霊の形を記憶に刻み込みながらニヤリとしてしまう。

 

「二人共、ありがとう。鈴宮 彩と鷹司 櫻子ね。うん、覚えた!」

 

でも、吸血鬼族相手に簡単に名前を明かしてはだめよ。

魔力マナのない無防備な人間は特にね。

裸で夏の海に行くようなものだわ。

なんか破廉恥な例えだけど、全身日焼けしちゃうし無防備も良いとこよね。

あれ?裸で冬山だっけ?

因みに太陽と言えばこちらの伝承にある吸血鬼の弱点ってどこからきたのかしらね。

別段、吸血鬼族は太陽の下にいても灰になったりしませんし教会の聖水やらニンニクで退治されたりしません。

神祖様…夜型の生活だったのかな?

こちら側に来てる時には主に夜に活動していたのかもしれない。

確かにちょっと夜更かしした次の日の太陽はそれは恨めしく見えるもの。

お布団を防御壁に一時間は戦える自信はあるわ!

まぁ、ニンニクみたいな強い匂いの食べ物は個人的にはあんまり好きじゃないけど、それは好き嫌いの範疇だもの。

あと、十字架型の剣や聖女を意味する白木に心臓射貫かれたら死ぬって書かれてたけど、普通に心臓突かれたら死んじゃいますから!

それは人間も変わらないよね?

身体の構造は基本的には私達と人間のそれは変わらない。

教会の権威を高めるために悪の吸血鬼を強く描いているのかもしれない。

案外、神祖様の悪ノリだったりして。

…まさかね。(。ŏ﹏ŏ)

あの血を吸うところは妙にリアルで嫌だけど。

もし、魔力マナの無い人間にあんなことしたら、その人の意思は無くなる。

古くからの知り合いが人形になる。自らの意志を失い、生ける人形となる契約行為。

そこには恋愛感情なんかない。お互いに自分の意思を持って生き残れるかどうか、自己保存を賭けた戦い。

吸血鬼以外と契約しても相手が吸血鬼になるわけじゃない。

相手が人間なら、細胞の再生能力の強化で寿命が延びる副次効果はあるけど。でも、意思を失い主人に魔力を捧げるだけの存在になってしまう。

それがいまから私が作ろうとしている…従者。

もし、好きになった人の魔力が弱かったら?

恋い焦がれて、愛した人をその手で人形にしてしまう事に堪えれられるだろうか?

だから…誰も知らない人を、誰でもない人を選びたい。

出来るだけ魔力マナのある人を選べば、リスクは減らせるはず。

だから、慎重に選ぶ。 

 

「どうしたの?アルマちゃん。怖い顔してるわよ。」

「…飴食べる?」

 

ちょっと考え事をしてしまった。

そんな顔が怖かっただろうか?

彩の中では何だか飴さえ与えておけば私はオッケーってなってないかな?

自分の尊厳の為に言っておくと、そういうのではありません。

彩の持ってくる飴は美味しいけどね。

 

「明日は天気が荒れそうね。台風が近づいてるみたいだから。」

 

櫻子が曇りがちな外を見ながら、少し憂鬱そうに言う。


「週末は晴れてくれると良いんだけど…鈴宮くんは週末はどうするの?

街はちょっと遠いから、ハイキングに行くって人もいたりするけど。」

「天気次第かな〜、部屋で読むかあのソファで読むか?」

「わ、私は弓道部の選抜練習があるから土曜日は遊びには行けないんだけどね。…土曜日は。」

 

何故か繰り返す櫻子を放って、アルマは耳慣れぬ単語を繰り返す。

 

「きゅうどう?」

「うん、弓で的を撃ち抜くのよ。弓を使った武道なの。」

「へぇー、アーチェリーみたいな感じね。」

「良かったら見に来てね。」

「ありがとう、櫻子お姉ちゃん。」

 

アルマも大公家の娘として、多少護身術としての武道の心得はある。

アーチェリーも一通りは手ほどきを受けている。

筋肉がある方ではないので、得意とは言い難いが、的に当てるくらいは出来る。


「明日…講義あるのかな?」


ポツリ。

彩が呟く。何となく先程より雲が厚くなっているように思える。


「授業がなかったら、遊んでね♫」

「アルマちゃん、講義がなくても一応自習になると思うので、お勉強になるのよ。」

「でも、彩はお勉強してなさそうだよ。」

 

プッ。

吹き出した櫻子が彩を見る。


「そうなのよね〜、鈴宮くんってそれほど一生懸命に見えないけど、これでも学年一番の成績なのよ。」


櫻子は内緒話をするようにアルマの耳元で囁くがしっかり彩のところまで声は届いている。


「こほん…聞こえてます。」

「へぇ〜、人は見かけに…ゴニョゴニョ」

「私も不思議なんだけどね…ゴニョゴニョ。」

 

わざとらしい彩の咳払いも徒労に終わる。それでも無駄な反撃を企てる。

 

「じゃぁ、明日は部屋で自習かな。」

「アルマ知ってる〜、そういうの引き篭もりって言うんだよね?櫻子お姉ちゃん。」

「えーっと、若干違うけど…まぁ、大体あってるかな?」

「いや、全然違うし…。」

 

どうも一対二では形勢は不利なようだ。彩は天を仰ぎたいのを我慢しつつ、本に目を落とす。


「じゃあ、明日は彩お兄ちゃんのお部屋でみんなでお勉強ね。」

「…(@_@;)」

「…(¯―¯٥)」

 

それぞれがアルマの言葉に表情を凍らせて、絶句する。

彩はあんぐりと口を開け。

櫻子は何を想像しているのか耳まで赤くなっている。


(これで明日、嵐が来ても彩に会う口実ができた♫

殿方の部屋に行くなんて、我ながら大胆だけど、櫻子を誘えば…この分なら誘わなくても来そうだけど。)

 

アルマの目が手元の雑誌の一言に釘付けになる。

『掴め!これで彼も貴女の虜』


(なになに虜って、えーっと確か下僕みたいなものよね?

人間界にもそういう仕来りや魔術があったりするのかな?こういう紙面で公表しているだなんて大胆ね。

公然の秘密なら、対抗魔術の一つや二つは用意されているのかも。

危ない、危ない。魔力マナがないからって油断してちゃダメだわ。まだまだ事前勉強ね。)


やや勘違いも混じりながらアルマは人間界攻略バイブルに認定したハイティーンの一言一句を記憶に刻み込みつける。お弁当からスィーツまで何故か料理の事がズラリと並んている。


(食事を征すると、攻略出来るという訳ね…ふむむ〜。あれ?彩の飴もそういう事なの?!

益々危ない!唐揚げに、玉子焼き…究極最終兵器は『肉じゃが』って言うんだ。

食べた事がないから、味の想像が出来ないのが辛いけど…このレシピなら。

…って、由乃がいるぢゃない!彼女に習えばいいんだわ。)

 

我ながら良いアイディア、と満足げに微笑むと頭の中で習得の優先順位とレシピを叩き込む。

一度目を通した本の内容は大体覚えている。アルマの特技の一つである。

幼い頃から 鍛えられた賜物だろうか?

城で入れ替わりにやってくる教師は詰め込むだけ詰め込んでは、去っていく。思い返す間もなく、全て頭に入れない限り寝る間もなくなるのだ。もはや、貴族子女のサバイバル術の一つと言える。


ニヘラとちょっと不気味に笑ったかと思うと、何やらすごい勢いでページを

めくり始めたアルマに少しだけ興味を示した彩であったが、すぐに自分の世界に戻る。

この歳だと本の中に新しい世界を発見出来る機会も多いはずで、本を読むことが大変な冒険であるかのように錯覚出来る。幼い時に育ての親である鈴宮嚴志郎の書庫にあった歴史書を乱読する事でこの国の過去の殆どの戦場を彩は経験していた。想像の中ではあったが。

今は戦場を国を越え、拠を西方に移して、まさに吸血鬼と対決をしようとしているところではあったが。


「ところで、鈴宮くん。この分校舎に伝わるミステリーって聞いたことある?」

「('・ω・') 」


櫻子が自分のノートに英単語を書き写しながら、彩に質問する。

彩は随分話題がぶっ飛んだ内容で追いつけずに櫻子の顔をマジマジと見てしまう。


「あ、あのさ。私、ミステリーとかが割りと好きでね。

生徒会の仕事で活動してない同好会の整理とかしてる時に、うちの学院で『陰陽術&ミステリー研究会』というのが登録されてた事があってね。そこの古い資料の整理をさせられ…する事になったの。」


何やら、またまた話が明々後日の方向へ流れる。

部活動は生徒会から予算もつくから活動報告やら会計報告やらが厳しく管理される。一方、同好会やサークルは予算配分はなく、放課後に集まるだけだから活動場所の確保のために結成の申請はするが、卒業して活動がなくなっても解散申請は出されないままになる事が多いらしい。

生徒会の仕事の一環として櫻子はその不活動の同好会の整理を任されているようだ。

口ぶりからすると押し付けられたようだが、生真面目な性格だからか? 

  

「鷹司さんがそんなにファンタジスタだとは思わなかったな。そういう小説とか読むんだ?」


彩は何やら鬼気迫る表情で雑誌を凝視しているアルマを目の端で見ながら、櫻子にちらりとだけ視線を送り、話に相槌を打つ。


「うちは元々神主の家系でね。兄とかもそっちの仕事をしているの。

まあ、私はちょっとだけ興味があってね。遊び程度にそういうのを見てるだけなんだけどね。」

「ふ〜ん。うちの学院って所謂七不思議ってあるの?」 

「その研究会の活動日誌に、本校舎のとは別にこの分校舎の伝説に裏山の湖のものがあるの。」

「裏山って、そこの?ああ、少し登ったところにある湖ね。」

 

一年生は校舎の周りの地形把握と言うことで教師引率で裏山にハイキングに出かける。今年も晴れていれば週末に実施される事だろう。

台風がズレなければ土曜日は台風一過で快晴なはずである。

ハイキング日和になる見込みである。


「そうそう、その湖は結ばれないカップルで行くと運命的に結ばれるって、縁結び的なスポットなんですって。」

「明らか…怪しそうだね。」


ビクン!

何に反応したのかアルマがガバッと顔を上げる。


「それ、面白そうな話ね。」

 

何が琴線に触れたのか?

櫻子と彩は顔を見合わせてしまう。

アルマはすぐにまた雑誌に目を落としてしまう。

櫻子は『んー、じゃあ後でね。』と応えて何となくこの話を閉じた。

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