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第三章 斯くして告白は始まる

アルマディータ=ド・ラ・クール。

アルマの本当の名である。

霊魔界7種族の内、吸血鬼族の長であるブラド130世の長女にして、華の十七歳乙女である。

長く吸血鬼4氏族の長を務めている事からのクール家は吸血鬼大公家とも言われ、吸血鬼の貴族社会の頂点を占めている。クール大公家のアルマディータ公女は今、人間界で伴侶…いや、下僕を探している。

貴族社会では十六歳になると成人として認められる。

宮廷では出仕して仕事を任されるし、結婚だってできる。

貴族社会の場合は、主に家柄などが考慮され家同士が決める婚姻が多いのだが。吸血鬼族では一族の血のしがらみから一つの制約が存在する。

人形契約…そう揶揄される冷酷な現実。

婚姻に際しては吸血鬼同士であればお互いの首筋に牙を立て、愛の誓約とする。この時、魔力量が違う場合…少ない方は、その意思を奪われる。

不釣り合いなカップルは、結して幸せになれない。呼べば応え、請えば笑顔を見せてくれるがそこに意思はない。

愛ゆえの婚姻は一方に人形となった伴侶と一生を共にしなくてはならない苦痛を味合わせる。

吸血鬼界ではそんな悲恋物語がいくつも語り継がれている。

既に適齢期を迎えたアルマは、大公家の血筋から大きな魔力を持つ。

それゆえに釣り合いの取れた、意志を奪わない相手を見い出せずにいる。

見ず知らずの人と結婚するよりは、人形でも良いと覚悟は決めた。

でも、しかし見知っている方々の中から人形を作り出す事に抵抗感があるのも事実であった。


アルマの親友は愛の奇跡を信じて、長年秘中の恋人同士であった近衛兵士長と成人の儀として、契約を行った。

相談された時に止めていれば良かったのだ。

彼女のあんな絶望という笑顔を見るくらいなら、喧嘩してでも。

アルマの心の中のを闇色の渦が周りを侵食していく。

結果として、奇跡は起きなかった。

悲恋物語に一編の叙情詩が加わっただけ…。

感情の消えた目でアルマは食堂が見える厨房の奥から人々の動きを観察している。

いっそ鉛色とも言うべき瞳の輝きは見る人をゾッとさせるに十分な冷徹さを帯びている。

暗がりにいるので向こうからはこちらは見えないはずであるが、見るものがいれば凍りつくだろう。

頭の中でちらちらと昨日は一緒だったサイの顔が浮かんでは消える。

昨日はあれから昼食の後は楽しみなジュギョウがあるとの事でキョウシツへ行ってしまった。

放って置かれたことに若干イラッときながらもアルマはその他の人間の観察を続けている。

それにしても、やはり人間の魔力は分かりづらい。

ぼんやりと全体を見渡しながら物思いにふける。


『知らない人の人生なら、どうなっても良いの?』


自分の中の誰かがそう問いかける。

ぐっ。(''ω'')ノ

手を握り締める。

でも、先ずは適したターゲットを探し出してから。

考えるのはそれから。

自分の推測が当たっていれば人形になる確率は霊魔界の時よりも格段に少なくなるはずだ。

アルマは強引に現実逃避で質問から逃げる。

質問から逃げたいのもあったが、魔力の煌めきを感じたからだ。

早暁を彷彿とさせる青と紫の間、綺麗な蒼色の魔力。人間には何故この色が見えないのだろう。

サイが朝食を取りに来のが見えた。

ふと、目が合ったような気がした。


…とくん。


心臓が意味不明に跳ねる。

サイがこちらを見て、ニコっと笑って手を振ってくれる。

思わず微笑み返して…いや、満面の笑みで手をぶんぶんと振っている自分にハタと気づく。

何をしているんだ、私は。

顔が蒸発しそうなくらい赤くなるのが分かった。

これではサイを待ってたみたいではないか!

サイの後ろ姿を追いかける自分の視線を無理やり外して、全体視に切り替える。どうしても焦点が追い求めるが集中しないように視野を広げる。

視覚全体を脳で直接的に把握する方法で不特定多数を観察するのに向いている。

キュルル。お腹が自己主張を始める頃には食堂はガランとしていた。

最後の一人まで見て、候補となりえる魔力を持つ者の顔を記憶に刻みつける。今朝の段階では4〜5名といったところか。


「さぁて、アルマ。私達も朝ご飯にしましょうか?」

「はーい。」


由乃の声に天使の笑顔で応えるアルマに先程の鉛色の瞳の色は、ない。

取り敢えず全体は掴んだはず。後は追跡調査あるのみ。

アルマは心の中で自分に言い聞かせた。他の事は気にしない…まだ、今は。


「はぁ…とは言え。」


アルマはため息をつきながらハイティーンのページをめくる。結局、教室を覗いて回ることも出来ず、図書室で時間を潰している。

昨日とは色違いの淡いオレンジのワンピースはアルマを昨日よりも少しだけ大人びて見せていた。

午前中はサイの姿は見えなかった。

約束している訳ではないので彼に腹を立てるのはお門違いなのだが、何故か八つ当たりしたい気分であった。

まだ、昼休み時間も始まったばかりなのでぷらぷらとここへ来ても良いと思うのだが。

ハイティーンは『ココロときめくデートスポット』について特集を纏めているが、綺麗な景色の写真とは裏腹にアルマの心は全くときめいてはいなかった。無理やりページに意識を集中させた瞬間…。


「こんにちわ!」


突然、視界の中で手が振られる。

色々な意味で心臓がバクバクと引き攣る。

悲鳴を上げなかったのは淑女の嗜みというより、驚き過ぎて声も出なかったのだが。

顔を上げると…そこにはサイがいた。


「こんにちわ、サイお兄ちゃん!」


もはや鉄の心臓を自負するに至るアルマは多少引き攣りながらも笑顔を返す。

霊魔界においては多少なりとも自分の周りに漏れ出た魔力がある種の力場を形成するのでここまで無防備に近寄られる事はない。

人間界では魔力が拡散しやすく、上手く保持出来ない。

神が人間界をそう作り給うたのだから仕方がない。

あらゆる意味での『魔の手』から自由にいられるように。


「流石に驚かないか?…ごめんね。」

「レディを脅かそうなんて、趣味が良いとは言えませんですわ。」


少し怒って見せると、サイがポケットから出した昨日と同じ形の一口大の棒付き飴を恭しく差し出す。


「何卒、お赦しを…姫君。」


頭を下げるサイを満足げに見て、アルマは許してやる事にした。

何より、昨日と少し包装パッケージが変わっていて楽しみだったりする。


「良かろう、我が騎士殿。神の御名においてそなたの罪を許そう。」


わざと古風な言い方をしてみる。アルマとしてはこちらの方が馴染みは深いのだけれども。サイの預かり知らぬところだ。


「ははー。」


畏まったサイはニコニコして包装紙を剥がしてアルマに飴を差し出す。

パクっとそれを口で受け取ったアルマは少しだけお行儀が悪いかな?と反省をする。恥ずかしさで顔が赤い。白いプラスチック製の棒が恥ずかしそうにクルクル回る。


「また、お勉強?アルマも本が好きなんだね…頑張ってね。」

「ここ、空いてるわよ。」


破顔して、離れて行こうとするサイにアルマは慌てて目の前の席を指し示す。

出来るだけ澄ました表情をしたつもりだが、成果の方は怪しい限りだ。

今日は近くに座れるようにソファではなく、勉強机に座っていたのだ。

これも近くで観察する為に、と自分に言い訳して泣く泣くソファにお別れをした甲斐があったというものだ。


「では、お言葉に甘えて。」


サイはそう言うと正面の席に腰を下ろしめて持っていた本を広げた。

相変わらず吸血鬼の本なのだろうか?

人間界にはご先祖様が芳しくない噂だけを残しているのでアルマとしても訂正して回りたい気もある。

まぁ、実際に契約となったら追々説明して行こう。

アルマは雑誌に目を落としながら、本来の目的である魔力マナの観察に移る。

何かの秤があるわけではない。自分のそれと比較してみて大きいか、小さいか…慎重に。

昨日はドキドキしてあまりちゃんと視ることが出来なかったが、今日は落ち着いている。

自分の魔力の糸を紡いで魔力量を推し量る術式の展開の幅を徐々に広げていく。

いつもならなんてことない単純な作業だが人間界では魔力の拡散が大きいのかゆっくりしか進めない。

もう少しでサイに届く。

…という所でサイが急に立ち上がる。

他の本を探しに行くようだ。

前に読み始めた本は開きっ放しである。

ガクッ。あとちょっとだったのに。

アルマは顔に出さないよう歯噛みする。

戻って来たら触れられるように魔力の網を伸ばしておくことにする。

準備万端!

・・・と、思った矢先隣の椅子がガタンと引かれる。


「こっちにも広げさせてね。」


サイが数冊の本をアルマの隣に広げ始める。地図やら中世のキリスト教会の伝承などだ。

しばらく立ったまま広げた資料を眺めていたサイは、徐ろにアルマの隣に腰掛けた。

二重の意味で予想を裏切られ、まじまじとサイの横顔を見つめてしまう。

本を読み始めたサイは他のことなど目に入らぬかのように目の前の本に見入っている。


(…案外、睫毛長いんだ。)


変なところに感心している自分に赤面しつつ、慌てて出しっぱなしになっていた術式を分解する。

魔術式構築と言うには単純な機構だが、相手の魔力を測る術が込められている。放置しても発動せず、当初流し込まれた魔力が拡散してしまえばそのうちに自然消滅してしまう。

一度、魔力により現実に干渉し事実改変された状況を放っておくと次に上書きする時に暴発しないようにそこに術式が残っていないかを気をつけるのが面倒なので、途中で発動を止めた魔術は分解して無形化しておくのが普通マナーであった。

例えば空気中から水素だけを抽出する術式を展開して、放置したところに加熱の術式を展開してしまうと大爆発が起ってしまう。

そういった事態を防ぐために、事前に展開場所に術式が展開されていないかを確かめる事と、発動をさせなかった術式からは魔力を抜き取って術式を分解しておくことは魔力行使の基本マナーである。

前の処理を終えて、隣のサイに魔力を伸ばそうとする。

はたと気づく。


(この距離なら直接触ってもおなじなんじゃないかな?)


直接肌に触れれば術式展開のみで魔力を流し込める。


(でも、何と言って触ろう。…突然触ったらはしたないし、恥ずかしいし、変な子って思われたらどうしよう。)


ひとしきり悶々と悩みながら、やっぱり魔力を紡いで術式を展開にする事にした。

今度は机を挟んでいない分だけ近いので早くできるはず。

少しだけサイに近づきながら、意識を集中する。

軽く目を閉じて、展開した術式に魔力を流し込む。

サイの魔力の入れ物である霊体アストラルボディに触れる。

アルマの意識が暗闇の中に飛んだ。周りが暗くなり、ぼんやりのサイの輪郭が光る。

サイの深層意識とも言うべき霊体の中へ意識の目を差し入れる。

そこには霊魔界であれば魔力、人間界であれば精神力と言った人格のコアがあるはずであった。

通常であれば、魔力量や精神力に比例した揺らめく掌くらいの大きさの球体が見えるはずであった。

人間でも同じ構造をしているのは昨夜寝ている由乃で試している。

アルマは思わず首を傾げてしまう。

何かが違う。でも、何が?

今、目の前には蒼い霧のような魔力が立ち込めているだけであった。

魔力の圧力である霊圧は十分に感じられるのだが、視えない事にはどれくらいの大きさかが分からない。


(壁…があるのかな?)


何となく前から反射される自分の魔力からそんな想像をして手を伸ばす。

他の左右上下後の5方向からは感じない反射圧がアルマの目の前に見えない何かの存在を告げている。

ゆっくりと伸ばす指先が何かに触れた瞬間。

アルマの全身を悪寒が走り、鳥肌が立つ。


『ぐるるるるー。』


獰猛な獣の低い警告音を聞いたのは錯覚だろうか?

アルマは本能的に術式を解除して自分の肉体に意識を戻す。椅子を立ってサイから距離を取るのを必死に止める。

目立つ行為は警戒心を喚起する。

時間的には瞬きの間くらいの時間でしかないはず。鳥肌は消えたが、額に軽く脂汗が浮かぶ。


(なに!?今のは?)


ぎこちない動きでサイの方に顔を向ける。そこには変わらず本に目を落としているサイがいる。

何かの外乱か、もしくは近くに邪魔者がいるのかもしれない。

アルマは静かに深呼吸しながら体をリラックスさせていく、体に余計な力が入りガチガチになっているのが分かる。体に力が入っているといざという時に動けない。

目だけで左右を視て自分を狙っている者がいないかを確認する。

少なくとも図書室の中には先程の獣の存在は感じられなかった。

この地にいる土地神などが先程のアルマの魔力に反応したのかもしれない。

人間に害をなすような妖魔の類いは霊魔界の各種族が担当地域で退治しているはずである。

見逃されている大物でも隠れているのだろうか?

アルマはまた同じ事を繰り返す気は起きなかったので、サイの魔力測定は場所を改めてすることにした。


「鈴宮くん。」


凛とした聞き覚えのある女子の声が遠くから掛かる。何故だが少し棘があるように思うのは気のせいだろうか?

サイが目を上げるのと、アルマがサイから視線を外すのはほぼ同時であった。


「こんにちは、鷹司さん。」

「こんにちは、お姉ちゃん!」


アルマは取り敢えず、ニコっと笑って

サイに調子を合わせる。

何より今朝の食堂でチェックした一人であったのだ。

性別は別としても、比較対象の意味でも魔力チェックをしたい相手である。

好印象を与えておいて悪いことはない。


「ええと、こんにちは…鈴宮くん。こちらは?」

「アルマです。由乃お祖母様の所に遊びに来ています。宜しくお願いします♪」


アルマはサイが何か言う前に必要な部分だけ言葉に魔力を載せて刷り込みを行う。


「あぁ、由乃さんのお孫さんね。私は鷹司櫻子と言います。宜しくね♫」

「宜しくお願いします、サクラコお姉ちゃん。」

「ごめんね、アルマちゃん。ちょっと鈴宮くんを借りますね。」


櫻子はそう言うと彩に向き直り、左手の時計を指し示す。

午後の講習が始まるまでまだ少し早いが早めに探しに来たのだ。

副生徒会長という立場上、講習をサボるのは戒めるべきという理由を自分で付けながら彩を探しにきた。


「ありがとう。もう、こんな時間なんだね?ちょっと待ってて。」


彩は立ち上がると手早く本を片付け始める。


「サイお兄ちゃんは帰ってくる?」


アルマは確認の為に聞いてみる。

魔力確認は少なくともここでは再開したくないので、場所を変えたかったがこの学校は自然豊かな…つまりあまり娯楽設備のない環境にある。周りには暇を潰せる所に心当たりは無かった。

ここで一人にされると少々厄介だ。


「午後は…」

「また、講習会があるから。」


サイが言いかけた一言を、サクラコが引き継いでしまう。

サイは何かを言いかけたようだが、肩を竦めて見せるだけであった。

このままでは昨日の二の舞いではないか!?

アルマの中に焦りが生まれる。


「そう言えばコウコウセイの授業って、どんな事するの?私も見に行っちゃダメ?」


想定外の質問に彩と櫻子の目は点になる。お互いに顔を見合わせてしまう。

次の講習会は三学年合同で行う民俗経済学に関する講義だ。

民俗学から見た経済というが実学と言うには程遠いと彩は思っていた。本来であればサボるつもりだったが、櫻子に捕まっては致し方ない。

円形大講堂を使うので生徒がまばらでも隅の方にいれば目立ちはしないが、少女が聞いて楽しいかと言われれば疑問だ。


「アルマちゃんにはちょっと難しいかもしれないなぁ、とお姉さんは思うだけれど。」

「生徒以外はバレたらまずいだろうしなぁ。」

「ちょっとだけ!ちゃんと静かにしてるわよ…お姉ちゃん、お願いします。」


少し澄ました顔でアルマが頭を下げると、乾いた愛想笑いを浮かべた櫻子が天を仰ぐ。

彩は案外小さい子には優しいんだな?と思いながら、櫻子を眺めていた。

副生徒会長という役職といつも彩を迎えにきている事から規則に忠実な頭でっかち…と言うは失礼だがお堅いイメージがある。

意外である。

櫻子を見ていたから、彩は見逃していた。アルマの目が一瞬煌めいた事に。

 

「…であるから、首都を交通の要衝である東に遷都した事が後の経済に与えた影響は大きいのであって…」


出入り口にほど近い位置に微妙に間を開けながらサイとサクラコは座っていた。

間には勿論潜り込んだアルマは机の上に頭が出ないように深く腰を下ろしていた。

講師を中心にして座席が徐々に高くなっているのでこうしていれば見つかることはないだろう、というのがサクラコの考えだった。

確かに誰にも気づかれていない。今のところは上手くいっている。

ここに来る間にさりげなくサクラコの手を握り、魔力量を確認してみた。

その時、確かに淡く碧色に輝く球体が目の前に浮いていた。アルマにとっては見慣れた光景だ。

色はその魔力の属性を示すものとされている碧色は風属性に多いのでサクラコにもその素質があるのだろう。大きさは魔力量を、輝きはその強さを物語っている。

アルマは先ほどの図書室でのサイに触れた時の事を思い返しながら次の機会を狙っている。

さっきの異常な光景はなんだったのだろう。魔力マナは感じられる。でも視えない。

次は少し時間をかけて調べてみよう。

潜り込んだ講義は分野は異なるものの城で受けているものとさして変わらないように思えた。

今受けている講義の中で話しているのは地政学とも言える内容だ。アルマから言わせれば地脈の流れに合わせて中心地が出来るのは当たり前の事であり、逆にどのように地脈を都市に結びつかせておくか?という事になぜ人間の議論が向かないのかが分からない。


人々の信仰の中心を都市に置く事で、地脈を固定するのは霊魔界では常識である。

信仰、心のよりどころ、祈り、縁起物・・・言い方は色々であるがこちらでいう『神頼み』的なものは向こうでもある。「作物のために良い天候が続きますように」とか、「子供が健康に育ちますように」など極々素朴なものから「大切な人が生きて帰りますように」などという深刻なものまで。

人々の祈りは地脈の糧となり、人々を潤していく。

純粋な信仰は力。いい意味でも、悪い意味でも。

神が世界を分かつ前、混沌が支配していた時代でも信仰篤き信徒を抱える神が権勢を誇っていた。

信じるという事で力になる事も、そして恐怖で縛り付ける事で、見返りを与える事でも力を得る事ができた。今は亡き旧神と呼ばれる旧き神々は邪な信仰で人々を縛り付け、お互いに争っていたという。

アルマのみならず霊魔界に広く伝わる伝承である。

唯一神が人々を導き7つの種族を率いて旧き神々を退け、今の平穏な世界があるというものだ。

旧神を退けた唯一神は名前を持たない。だから、『神』もしくは尊敬と揶揄を込めて唯一神ななしと呼ばれている。

唯一神ななしは旧神なき世界を天上界しんせかいと人間界に分けた。魔力マナの有無で差が生まれるのを嫌ったとも言われている。こちらは魔力拡散も大きいようなのでここで生きられる種族が人間だったという説も囁かれている。

唯一神ななし天上界しんせかい天界ヴァルハラ霊魔界ゲヘナに分け天界の天使族には人間の輪廻守護を、霊魔界の6種族には人間界の守護を任じた。その後、自らも天上界から消えて本当の『名無し』となってしまった。

人間界に残る土地神や妖魔の類は旧神の眷属であったものや霊魔界に入れる魔力マナを持たない弱い霊体力の種族と言われている。

人間に害をなさない限りは霊魔界は干渉しない。ひとたび害有りとなれば担当種族の警護の任にある者が討伐を行い、人間界の平穏を裏側から支えている。

旧神の中には未だに隠れて人々信仰を集めようと画策している神もいるという話だ。

霊魔界の役割は人間界に残る旧神の残党討伐という意味も含まれている。

因みに7つの種族の一つがアルマの出身である吸血鬼族である。

主に西方の教会領をメインにしているので、まさか今回の事で東方へ飛ばされて来るとは思いもよらなかった。てっきり、西方人の中から下僕を選ぶのかと思っていた。


「割と面白かったわ。」

 

彩から奪い取った飴を片手にアルマは先程の講義の内容を思い出していた。

人間は基本的に魔力を持たない。

だから、明確な形で地脈を把握する事ができる者、つまり魔力を生まれ持った人間が人々を導き、都市を築いて来たのだ。

千三百年も昔には全国に神を祀る社を建てたという。自然神が起源らしいが、自然豊かなこの土地柄らしい選択だ。それも全て信仰を集め、地脈の固定を図ったものだろう。

元々農耕民俗であったこの地の人間には自然と一体になっている信仰は受け入れ易いに違いない。

そう言えば、この地を担当している魔人族も農業が特産であった。

やっぱり地域性と民族性がお互いに似るのかな?

まぁ前の霊魔界の長たる魔王様も魔人族の出身だったので、この東方人に似ていたのだろうか?

さすがに偉すぎてアルマも直接謁見した事はない。

魔王様について過去形なのは、十年前に亡くなられたからだ。

未だに真相が分からない。

十年前に魔王の居城であった魔人族の首都べリアル宮から半径十キロが全壊するほどの魔力爆発があった。

その跡地はまるで隕石が落下したかのようなクレーターになっていたという。

べリアル宮は魔術がかけられており、瞬時に元の様相に自動的に再構築された。

しかし、魔王その人はその事故で帰らぬ人となってしまったのだ。

十万を超える首都の住人の全ては爆風圏外に一瞬で瞬間移動させられて住人に死傷者が出なかったという事が更なる憶測を呼んでいる。

犠牲者は魔王様そしてそのお妃様のお二人。

お二人のお子様のうち長子は行方不明のまま。

下の子は住人と同時に瞬間移動して無事という奇妙な状況になっていたという。

なぜ、生存と死亡が確認できるのか?

生存している霊魔界の住人は全員が神の系譜アカシックレコードに名前が記載されており、ここから魔王様とお妃様の名前が消えたことでお亡くなりになったことが確認された。

その場にいたと思われる皇子の方は名前があった神の系譜アカシックレコードの場所には空欄が刻まれていた。生きてはいると思われるが、行方が分からなくなっている。

長子の生存の望みが系譜にある事を理由に魔人族4家では族長を新たに決めていない。今は先代魔王の執事を務めていた氏族から氏族長代理が選ばれて置かれているだけのようである。

魔人族の中には原因を『旧神からの報復』という説と、『魔王様が何かの魔術式を開発しようとして失敗』した説など様々憶測を口の端に乗せていた。

長子が行方不明であることが更に拍車をかける。

だから、口さがない者は言う。


『皇子がこの大爆発を起こし、魔王様とお妃様を殺したのだ』と。


魔王の座については別の理由からこれまた空席が続いている。

通常、霊魔界の長である魔王は7氏族長の中で最も魔力マナが大きいものが選ばれるとされている。

今の系譜では先代魔王の次子が序列第一位だが、魔王の座にはついていない。

魔王の剣と呼ばれる神剣が魔王として認めないのだ。

実際を見たことがないアルマには想像の域を出ないが、多数決などではなく剣が自らの意思を表して認めるのだという。唯一神ななしの神託なのだろうか?

誰かが抜け駆けをしてその座を簒奪しようと企んでも、剣の選定なくしてはできないらしい。

剣に認められることなく、無理にその席を簒奪しようとした者はその剣によって弑逆される。

魔人族を除く6氏族長もその事には表だっては反対をしてはおらず、現在は魔王空位のまま霊魔界が運営されて十年を経過している。

運営といってもそれぞれの領域くにが個別に仕事をしており、全ての領域くにに渡る一大事などここ十年で発生してはいない。

いつまでこのまま空位が続くのか・・・多少不安にもなっている。今のところは大きな事件には至っていはいないが。

序列第二位のドラクール百三十世、つまりアルマの父親も魔王の不在の事務処理などで領域くにに殆ど帰って来ない。

いつの時代でも中間管理職はつらいのかな?

アルマは図書室で仕入れたこちらの情報を何となく思い浮かべながら首を傾げる。


(お父様も大変ですね。アルマも頑張りますから、お父様も頑張ってね。)


屋上を流れる風は図書室のそれとは少し異なり傾きかけた夏日を少しだけ爽やかにしてくれる。

講習会が終わった瞬間にサイはサクラコから逃げて来た。

図書室ではもう場所がばれているので、今回は屋上の配水タンクの脇に出来た日陰にいる。

サイは読みかけの本をちゃっかり持ってきているようだ。そういうところは抜け目がない。

サクラコと一緒にいても良かったのだが、何故かサイを追って来てしまった。

でも、自分の選択に後悔はなかった。

本日二本目の飴玉を手に入れたことより、

屋上からの景色が思いのほか綺麗だった事よりも、

こうして二人きりでいられることに満足していた。

サイのお日様のような笑顔を見ているとアルマも楽しいのだ。


(人間はつくづく面白い存在だ。)


アルマは独り心の中で呟く。

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