第三話 プレゼント
閑話にしてもよかったかもしれない
「シグ、今ちょっといいかな」
夕食も食べ終わり、リビングで妹と歌いながら遊んでいた所、父さんから話しかけられた。ちなみにやっていた遊びは、名前は知らないが指を突き合わせて合計の指の本数を5本にする奴だ。
「ん~もうちょっと待ってね。……ちょっとティア、その分身4回目じゃない?」
「ちがうもん! まだ三回目だもん!」
「はぁ…じゃあそれで最後だからね」
こうゆうのってあるあるだよね。見ろ、椅子に座る父さんのあの微笑まし気な顔。だらけきってますわ。
メイドさんに掃除の邪魔だと言われている父さんを目の端に入れつつ、ゲームを再開していく。
「なに? 父さん」
結局もう一回分身を許した後勝った俺は、リビングの食卓の上で母さんとこの遊び…通称指突きゲームをして暇つぶしをしていた父さんに問いかけた。俺はこの状況を二度見した後、少し動揺し固まっていた。これほど見事な二度見は、チェック柄のシャツとぶかぶかのジーパンを着ていた友人を見た時以来だ。
傍にいる兄さんも固まっているが、こちらは単純にこのゲームに興味を持っているだけのようだ。
「もうちょっと待ってくれ、あと少しだから」
物凄くデジャブを感じる事を言う父さん。いつもの優し気な眼差しはどこかへ行ってしまい、今はかなり険しくなっている。それは向かい合っている母さんも同じだ。今度はメイドのシーラさんが微笑まし気な顔をしている。
「あっ、くっ! 負けてしまった。意外と奥が深いな、この遊び。ルールがいじりやすいし」
「ふふふ、やはり戦術に関しては私のほうが上のようですね。…確かにとても楽しかったわね、また今度やりましょう?」
俺は大の大人がこんな幼稚な遊びに白熱してる事に若干の戸惑いを覚えつつも、父さんに何の用? と問いかける。母さんがさらっと言った戦術という単語は無視する。たぶん歴史書の読み過ぎだろう。
「こほん…さて、数日空いてしまったけど、プレゼントを買ってきたよ。改めて確立おめでとう、シグ」
と言って父さんは一冊の本を手渡した。いつの間にかティアが父さんの傍にいて、こちらを見ている。
俺は正直プレゼントで喜ぶような質ではないが、家族を喜ばすためにも演技ぐらいはしないといけない。わざわざ俺のために買ってくれたのだから。俺はやさしい人間なのだ。
「お! 戦闘の手引き、か。ありがとう父さん」
と言って、にっこりと笑う。俺は自分の素の笑顔が気持ち悪いと思っているので、少し見栄えが良くなるように意識する。これがなかなか難しく、慣れてないと変な顔になってしまう。前世の頃から練習していなければ成功しなかっただろう。
「欲が薄いシグ直々のおねだりだからね、頑張って探したよ。体を動かすときは家の庭でやるといいよ」
「だけど本は高価だから私からの贈り物はないわよ、ごめんなさいね」
「それは事前に聞いてたし、ちゃんと了承もしたでしょ。謝んなくていいよ」
「あっそうだ、シグ、僕からもプレゼントをあげるよ。僕のお気に入りの羽ペンさ」
と言って兄さんが直方体の木箱を差し出す。俺はそれに少し驚く。
わざわざ兄弟のためにプレゼントを買うものだろうか。俺だったら買わないだろう。
「わぁ! ありがとう兄さん。こんなケースに入ってるなんて結構高価じゃないのかい?」
兄さんが俺のためにプレゼントを買ってくれたという事が嬉しく、今度は演技ではなく自然と喜べた。
「流石シグ。そうだよ、この羽ペンはそこそこの値段がする品だ。と言っても僕の手の届く範囲だからそこまでじゃないけどね」
と謙遜するように苦笑いしながら兄さんが言う。俺はそれを見ながら、できた人だなぁと思っていた。
「いやいや十分だよ!本当ありがとう、大切にするよ」
『いやぁ~兄弟までプレゼントをくれるだなんて温かい家庭だなぁ。クックックック』
慣れ親しんでいる日本語で独り言ち、引付のように細かく笑いながら過去を思い出す。前世の姉と俺は『あっ! ごめ~ん買うの忘れてたわww』といった感じだったので、少し新鮮な感じがする。
この引付の様な笑いは前世からの俺の特徴で、小さな笑いは引付、普通の笑いは棒読み、大爆笑は悪役の魔女になる。中学校で名前を忘れられなかった原因だと俺は勝手に思っている。
「坊ちゃま、私からは手拭いをあげましょう。安物でございますが私が少しばかり刺繍をして飾り付けさせていただきました。大切にお使いください」
俺が少し過去を思い出していると、今度はシーラさんが縁に魔術式の様なもの(この世界では飾りつけやお守りを作る際には魔術式を模倣した模様を付ける事が多い)が刺繍されたハンカチを渡してくる。その後ろでは兄さんが親から褒められている。
シーラさんからプレゼントをもらえるのも予想外だったが、先ほど兄さんからも貰って驚いたばかりなので、今回はさほど驚かなかった。
「うわ~、きれいだね! ありがとう」
「いえいえ、坊ちゃまは私が見ないところでよく掃除をしてくれていますからねぇ、私もなにか差し上げねばと思ったのですよ」
俺が生まれた時よりも皺が増えた顔を、めいっぱい緩ませながらシーラさんが言う。皺だけでなくまっすぐだった腰は曲がっており、この五年で急に老けた気がする。
彼女が言う見ていないところでよく掃除をしている、というのは俺が暇なときに自分の部屋や目についたゴミを魔法の練習もかねて掃除していたことだろう。もともと掃除は嫌いではなく、魔法の細かい操作が練習できると思ったので、去年あたりからいろいろ掃除をしている。彼女が見ていない時を狙ったのは、シーラさんの仕事を奪っているような気がする上、確実に彼女から話しかけられるだろうと思ったからだ。
「別に気にしなくてよかったのに…大切にするね」
両手で家族の思いを抱えた俺は、薄気味の悪い笑顔でそう言った。
指さしゲームの本当の名前ってなんなんですかね?