第二話 確立の日
七五三的な
家族と街に買い物に行った一週間後、俺は家族と一緒にレストランで外食をしていた。
この世界では前世のようにレストランが一般人に馴染んでおらず、主に貴族や金持ちが利用している。今日俺たちがきたレストランも例にもれず、客は皆身なりがいい人だけだ。
今日は[確立の日]で、そのお祝いとして俺らはレストランに来ていた。確立の日は一年の決まった日に訪れるので、俺らの周りにも家族連れが多くいて、楽しそうに親子が話している。
「改めてシグ、確立おめでとう」
公衆の場だからかこころ小さめの声で父さんが言う。それに合わせて妹以外からささやかな拍手が送られる。妹は一歩遅れて拍手をしてくれた。かわいい。
確立の日というのは5歳を迎えた子に送られる祝いの儀式だ。この世界では文明が低いので子供が死にやすいのだが、魔力があるため5歳ほどまで生きれば体が丈夫になり、死ぬことが少なくなる。なので5歳まで育ったら祝う習慣ができたのだ。最近では魔学…魔法技術が発達したのでそこまでめでたいことではなくなっている。前世で言うところの誕生日だろうか。ケーキを食べて無駄に蠟燭を消す行事は、めでたいのではなく祝いたいだけだろうから。
因みにこの世界に誕生日を祝う習慣はない。
また、この歳になって町や村に定住している子は、[情報ギルド]に登録しなければならない。逆に言えばこの歳になるまでギルド登録はできず、他のギルドにも入ることはできない。
情報ギルドとは、その町にどんな人が住んでいるかを調べたり、情報を売ったり買ったり回したりしている。街の規模によってはギルド内に図書館が存在する事もある。数あるギルドの中で、唯一複数の国との深い関わりを持つギルドである。他にも[冒険者ギルド][魔術師ギルド][鍛冶屋ギルド][商人ギルド][料理人ギルド]があるが、まだ詳しくは知らない。
ギルドに登録すれば、ギルドカードがもらえる。それは身分証明証となり、宿屋の利用や街の関所を無料で通ることができるようになる。使う機会が多いので、あるとないでは大違いだ。
何はともあれ俺が5歳になったので、祝うためにレストランまで来たわけだ。俺としては本で学んだテーブルマナーを実践できる時なので、わくわくする。マナーがきっちりしている人はかっこ良く、俺はかっこいいのは好きだ。自分が偉くなった気がする。
レストランで頼む高めの料理だとしても、食材が前世と比べて雲泥の差があるので、俺は料理はあまり楽しみではないが、兄さんやティアは楽しみのようだ。ナプキンを無意味に触ったり、ちらちらとキッチンの方を見るなど、少しそわそわしている。兄さんがデブになる気しかしない。ティアは俺が矯正する。
暫くして料理が来たので、各々自分で頼んだものを食べながら雑談をしていく。
「いや~とうとうシグも5歳か~、時の流れは速いね~」
「そうねぇ、この前までハイハイしかできなかったのに、もうこんなに立派になって……なんだが自分がぐっと老けたような気がするわ」
思い出話としてテンプレートすぎる台詞を両親がしんみりしながら言う。ぐっと老けたとか言っているが、二人ともまだ二十代なのでまだまだ若い方である。
ふと父さんの料理を見てみると思ったほどすごい量ではなく、運動部の男子高校生の夕食程しかない。いや成人男性にしては十分多いのだが、中世の貴族という事でもっと食べるかと勝手に思っていた。家でのご飯より少し多いぐらいだ。
「シグは将来どんな職に就くの? 商人といっても色々あるしね」
俺がテーブルマナーをしっかり守るように気を使いながら食べていると、兄さんからこれまたテンプレなセリフが飛んでくる。
「僕は商人にはならないよ。冒険者か魔法使いになるんだ」
「……え?」
鎮まる一同(妹を除く)。そんなに意外なこと言ったつもりは無いが…と考え、魔法チートのことはまだ言っていなかったと思い出す。
「えぇ? 冒険者? 冗談はシグは言わないし…なんでだい?」
「……商人は人とのつながりが大事でしょ? 僕そうゆうの嫌いだしさ、それにいろいろな所を旅してみたいんだ。僕には魔法の才能があるみたいだし、向いてると思うんだよね」
ただでさえ人と接するのが嫌いで、他人に興味がなく会話を膨らませれない俺が、商人である父さんのようにしょっちゅう人と取引すようになれば、俺の胃にストレスで穴が開くか、商会が潰れるなり俺がクビになるなり、ひとまず辛い人生になってしまうだろう。
「え!? 魔法の才能? 確かにティアと遊んでいるときに簡単なのを使っていたようだけど……それにシグには商売の才能があると思うけどな」
「いやいや、僕に商才はないよ。ただ魔法のほうはすごいんだ。本に載ってるほとんどの魔法は使えるからね」
これは嘘じゃない。まだ本で読んだだけで試していない魔法もあるにはあるが、それ以外は全部使える上、使ったことが無い魔法も原理や規模を考えると十分今の俺でもできる。
「う~ん、そうかぁ。まぁ今のところはそれでいいんじゃないかな。本気で冒険者とかになりたいならしっかり勉強するんだよ」
あれ? 案外すんなり通ったな。それだったら──
「あっ! それだったら戦闘に役立つ本買ってよ。うちには歴史書とかはあるんだけど戦闘に関することが一つもなかったんだ。ちょうど確立を迎えたし、プレゼントとして買ってよ」
「あぁ、それはいいね。分かった、じゃあプレセントとして一冊買ってあげるよ。ただし、本は高価だからね、私とシンディの二人分とするから。それでもいいかい?」
「え!?」
驚く母さん。
「うん、全然いいよ」
というか他に欲しいもんないし。……帽子ぐらいかな。
(ちょっとキシル、しっかり止めなくていいんですか!?)
(小さい子供が夢見てるんだ、無理矢理抑えちゃかわいそうだろう。暫く経てば真っ当な将来を目指すさ)
なんか二人でこそこそ話してるが……ちょっとした相談だろう。俺らが話している間にもティアは黙々と料理を食べている(兄さんの手をたまに借りながら)ので、俺もそれに倣おう。
テーブルマナーとか知らね。面倒臭くなった。
途中妹が眠っちゃって料理に顔面ダイブしたが、食事は無事楽しく終わった。外出する準備ももうすぐ終わり、戦闘に関する本も買ってもらえる。この世界では基本的な事は大体不潔で、日常のちょっとしたことでもストレスが溜まるが、異世界生活は順調に進んでいる。予想より面倒ごとが少なくて良かった。
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まさかシグ……息子が冒険者になりたいと思ってるなんてね。上流階級の人には冒険者は野蛮だと思われているし、自分で言うのもなんだけど、うちの商会は大きいからね。ちょっと意外だったな。たぶんシグはこのまま冒険者を目指していくだろう。シンディにはああ言ったけどシグは賢いから、ちゃんと考えて決めたはずだ。
シグはそこいらの大人よりずっと優秀だ。計算はできるし字だって読める。今日の飲食店でも最初の内は貴族並みの行儀の良さで食事をしていた。本人にどこで知ったのか聞いてみたら「礼儀がきっちりしてる人ってかっこいいから、覚えてたんだよ。家の書庫の本に載っていたんだ」と言っていた。私は読書が趣味で、妻は歴史や法律が好きだから我が家にはたくさんの本がある。シグは片っ端から読んでるよ、と言っていたからとても教養がある子になるだろう。
個人的には将来はダリルの補佐をやって欲しいけれど…子供の人生は親が決めるものではないしね。ダリルは私の後を継ぐと言ってくれるし、別に焦らなくてもいいだろう。とりあえずは魔法の才能とやらを見ておかないとね。
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