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 前日より降り出した雨は止む気配を見せず、街は重苦しく暗い雲によって蓋をされているように見えた。正午を少し超えた時間だと言うのにも関わらず、街灯に頼ることでその内部の世界は通常通り動き続ける事が出来ていた。


 澤村は午前中のアルバイトが終わり、少しだけ遠出をしてデパートへと来ていた。その日の夕食のイングレディエントを買おうとしていたのだった。食材を選んでいた時、澤村は見知った姿を見つけ、思わず声をかけた。


「こんなとこまで来てたんだ。何買うの?」


 その問いかけに彼女は何の反応も示さなかった。彼女は澤村が声を上げた事に気づいていたはずだったが、どうもそれが自分が話しかけられているのかどうかわかっていないようだった。その反応を見て、澤村は少し違和感を覚える。声をかけた相手は間違いなくシキのように思えた。一緒に暮らしている相手の顔を、自分が間違えるはずがないのだが。


 しかし、彼女はシキにしては少しおかしいように澤村には思えた。身長、髪の長さ、顔つき、それは間違いなく自分が知っている通りのシキだった。彼女は澤村の見た事のない服を着ていた。いつ買ったのだろうか。シキの持っている服のすべてを覚えているわけではないが、持参した服は少なく、好んで着る服装と違うはずだ。服装が性格を表すとするならば、その服装からは気の強さという物を示している。彼女はまるでシキという容器の中に入っているのが別の魂のようだった。


 彼女は澤村が周囲の誰かではなく、自身に声をかけているのだとわかると、不審そうに彼を見た。それは睨むような目つきだった。澤村がナンパでもしているとでも思ったのかもしれない。しかしその顔はどこからどう見てもシキの顔のように思えた。他人の空似、という程度ではない。


「えっと、……シキ」と澤村は確認するように聞いた。


「シキを知っているんですか?」


「ええと」


「シキはあたしの双子の姉です」


 成程通りで似ているわけだ、と澤村は思った。一卵性双生児なのだろうか。一見彼女の外見はその服装以外ほとんどシキと変わらないように見えたが、よく見ると細部が少しづつシキとは異なっているようにも思えた。例えば、彼女はシキより若干釣り目気味に見える。些細な違いは喋り方からも感じられた。彼女の話し方は、シキのそれと違って、どこかぶっきらぼうな感じがした。


「あなたは、シキ、ええと、姉の事を知っているようですが……姉が今どこに住んでいるのかわかりますか?」


「姉妹で連絡を取ったり、しないんですか?」と澤村は聞いた。


「姉は家出をしていて、全然連絡がとれないんです」と彼女は言った。シキは携帯電話を持っていなかった。「あたしだけじゃなくて、両親も姉の事を凄く心配していて……出来れば連れ戻したいんです」


「はぁ、家出」


 シキは必死で自分の家の事を隠しているように思えていた。いま目の前にいる彼女の妹の話を聞いた話と混ぜ合わせると、どうやらそれは家出の事を知られたくないからなのかもしれない。だとすれば、シキの意向を組み、それを隠し通す事を手伝った方がいいような気がするような気もする。


 澤村のその逡巡を察したのか、彼女は酷く真面目そうな表情になり言う。


「お願いします、知っているのなら教えてください。彼女ももういい年ですし、子供でもないんだから何をするにも彼女の自由ではあると思っています。でも、彼女はまだ一人で暮らすにはまったくの準備のような物ができていないんです。学もなく、決まった仕事をしていたわけでもなく、一人暮らしを唐突に始める事のできるような金銭の準備ができているわけでもない。大人の体をした子供が、知性や分別を持たずに一人暮らしごっこを始めたような宙ぶらりんな状態なんです。多分、彼女は困っていると思います、一度、あたしや親と話をした方がいいと思って……心配なんです」


 断れない雰囲気がそこにはあるように思えた。仕方なく澤村は答える。


「……一応、一緒に住んでますけど」


「あなたと?」と彼女は聞き、澤村のことを見た。「恋人なんですか?」


「ああいや、そういうのではないです。わけあって一緒に住んでるだけで。シキさんの事ですが、そういう話はうちにきて、本人と直接話しあって貰った方がいいと思います」


 澤村は彼女を連れて帰った。帰路、澤村と彼女はシキについて少しだけ話をした。大した事のない話を二言三言話したが、あとは彼女は黙り込むようにして、何かを真剣に考えているようだった。その横顔を見て、シキでは滅多に見せない表情だ、と澤村は感じた。


 家の玄関を開けたところで、彼女は何かを感じたように立ち止まった。


「どうしました?」と澤村は聞いた。


「ここ」と彼女は言った。「何か、いますか?」


「シキと同じ事を言うんですね」と澤村は言った。そして不思議な感覚になる。本当に何かがいるのではないかと少し不思議な気分になる。でも、一体誰かがいるとして、何がいるんだろうか。この家の中に。


「あ、おかえりなさい」


 澤村を出迎えるように、部屋から出てきたシキは、澤村の隣にいるそっくりな顔を見て戸惑った。


「……サク、ちゃん」とシキは言った。サクというのが、どうやら彼女の妹の名前らしかった。シキは彼女の妹を見て困惑の表情を浮かべた。酷く顔が青ざめているようだった。


「ごめんシキ、さっきそこで会って。どうも彼女、シキと話した、」


 澤村はシキにサクの事を説明しようとしたが、それを言い切る前に、サクと呼ばれた彼女は玄関から土足のまま飛びかかるようにシキへと向かっていた。澤村が気づいた時には、彼女はシキを廊下に押し倒し、その首を両手で絞めにかかっていた。澤村は目の前で何が起こっているのか理解すると、慌ててシキに馬乗りになっているサクを慌ててシキから引き剥がした。跳ね飛ばすような形になり、サクは壁に背中から打つような形になり咳き込んだ。一方のシキも、首を解放された形になり、咳き込むようにして脳に欠乏しかけた酸素を送っていた。二人は咳の音まで同じだった。




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