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澤村が次の朝目覚めた時、ベッドの中にシキはもういなくなっていた。彼女は行ってしまったのだという事が澤村にはわかった。それは眠っている間に失われてしまったのだった。澤村はシキがもう戻ってこないのだとわかると、一人で朝食をとって、アルバイトの時間までテレビを見て過ごした。
その日の夜、アルバイトを終え家に戻ると、家の玄関に見知った顔がいた。しかしそれは間もなくシキではなく、サクだと言う事を知った。彼女は澤村を見ると、力なく立ち上がった。その顔からはおおよそ力という力が無くなっていた。
「シキを埋葬してきた」とサクは言った。
「そうか」と澤村は言った。それはある程度覚悟していた事であり、痛みはなかった。「お疲れ様」
「澤村、ごめん」とサクは言った。
「謝る事でもないと思う」と澤村は言った。「多分、誰も悪くない」
「うん」と彼女は言った。「今日は帰る」
澤村は家に入ると、風呂にも入らず、ベッドへと向かった。
何もかもがどうでも良い、と思えてしまっていた。もう眠ってしまいたかった。しかし、澤村はどうしても眠る事が出来なかった。そしてまた、電気を消す事も出来なかった。情けない、と澤村は思った。
それが自分にとっての胸の痛みのせいだという事が、彼にはわかった。それはシキの不在だった。シキがいない事によって、彼は酷い痛みを感じさせられていた。彼の魂は痛みによって締め付けられている。
以前はこんな時は、いつも孤島の事を考えていた。孤島の事を考え、辛さを紛らわせる。そうすれば、眠れるハズだった。今は孤島の為の期間なのだ。だから、何が起こったところで、俺は孤島に行くためであるならば、そのすべてに耐える事ができる、ハズだった。
それが今は、彼は孤島の事を考える事が出来なかった。寂しさは切実な痛みとなり、澤村を襲う。彼は痛み以外考えられなくなる。感情が澤村を襲った。
澤村はシキの言っていた事を思い出した。
本当に辛くて、感情と感覚がくっつく。今がそうだ。俺は痛切な痛みを感じているのだ。それが体を支配しているのだ。孤島などを考えられる余裕などない。
シキ、と澤村は思った。彼にはシキが必要だった。どうしようもなく、彼はシキを欲していた。
ふと彼は、シキとの生活こそが、自分の求めていた孤島なのだと言う事に気づいた。そうだ、あの生活こそが、俺の求めていたものだった。彼が思想として持つ孤島よりも、よりはっきりとした、正しい孤島だったというのに。あの夜家に帰りたくなかったのは、つまるところそういう事だったのだ。そうだというのに、いったい俺はどうして、あんなに簡単に、孤島の実現を求めるあまり、現実の幸せを素直に享受する事なく、簡単に捨ててしまったのだろうか。
澤村は自分の考えていた孤島の事を信じられなくなっていた。孤島なんて、自分の妄想でしかない事を思い知らされていた。
彼を乗せない船は彼の部屋を離れて、孤島へと向かう海へと離れていく。孤島自体も彼を離れていき、やがて見えなくなり、そのまま戻ってこなかった。彼は眠る事が出来なかった。
澤村の孤島は崩壊していた。孤島はもう力を持っていなかった。




