喧騒の問題児
「貴様、魔術成績は何位だ?」
「あー、えー……と六五三三位……最下位です。正確には測定不能です」
階段状の講堂にて、堂々と朝礼に遅刻した禊は、銀髪のクラス担任レストレアに、重犯
罪者への尋問並みの気迫で、自らの順位を問われている。
そして『最下位』その言葉で周りからはクスクスと嘲笑されていた。
「違うな。正確には測定不能じゃなくて、測定不用なんだ。魔術一つ発動出来ない上に、
悠々と遅刻しおって、そんなのでよく魔総学院に入れたものだな」
睨みを効かせ真意を問う。そのレストレアの口元はクスッと緩んでいた。
薄紫色に塗られたルージュが、実に大人の女性を際立たせる。
「……どうせコネですよ」
出来るだけ気取られない様に情けなく発した言い訳に、周りの生徒はまたも嘲笑してい
た。そんな中、ムッとする愛莉栖が口をすぼめ、ぶつくさとぼやき出した。
「まあいい。本当の理由も、隣にいるお嬢さんについても、そのうち語らずとも教えてく
れるだろうからな」
真意を隠した言葉を言い残し、レストレアは講義を始めた。
「ここ世界創立魔総学院には、世界随一の魔術師が集まる。つまり君達も、今日という日
を迎えた時点で、実力を問わず世界随一の魔術師同様の扱いを受ける事となった。これに
例外はない……最下位、お前の最終目標とするモノはなんだ?」
なんで俺。などと言う皮肉は心の中に仕舞い込み、溜め息混じりに禊が返答する。
「魔天楼に出ることです」
「それは貴様の様な最下位のバカに限った話だ。よって答えはノー。隣の連れ、答えろ」
「ハイ。魔王になって世界一九六カ国の内、序列国家型統治制度における自国の世界ラン
キングを一位に押し上げる事です」
「素晴らしい、名前を聞かせてみろ」
「えへへ、愛莉栖です」
模範解答というに相応しい解答を、禊の隣で段差の低い階段に座る相棒、愛莉栖が答え
る。レストレアの口角が上がり、満足げに微笑む。一方で、禊に対して皮肉を語らいだ。
「愛莉栖か。君の様に可憐で愛らしい少女が、なぜこんな自分が他国に来たかすらも分か
らず、挙げ句阿呆みたいな成績を取る救いようの無いバカについて来たんだ? 自らの可
能性を殺す様なモノだろうに」
「ぼろっくそな言い様だな。間違ってねえけどよ」
黙れと言わんばかりにキツイ冷貌で一睨みされ即座に押し黙る。どうやら成績不振者は
喋ることさえも許されないらしい。
苦い顔を作った禊の隣で、愛莉栖は満面の笑みを見せていた。
「禊は愛のご主人様だからです! 昼夜問わず愛の事を抱き締めて――」
「おい、勝手に捏造すんな。それは普段からお前がしてることだろうが! 俺はむしろお
前の猥褻な奇行行為を止めたりひっぺがしている、歴とした被害者だからな!」
と、突き刺さる冷ややかな視線が心臓に痛い。
季節外れにも感じた真冬のような寒さと、背筋に貼り付いた悪寒に恐怖を覚えながら、
愛莉栖の口元を抑え込む。しかし、強引に口を抑えてから気付く。が、時すでに遅し。
「なるほどな、乖裏禊……貴様は側仕えの女を、そのようにして強引に、昼夜問わず襲っていたわけか」
レストレアの目は、まるで汚物を見る目をしている。
禊が顔面蒼白になっていると、隣でバンと机を叩く音が聞こえ、我に返った。
「先生、我慢の限界です。席を変えてください! 強姦魔と隣同士なんて僕の学院生活が
……いえ、人生が終わります」
急に申請された異議申し立てに、思わず『あ?』と声を漏らし、右を向く。
設置型の長机に手を突き、立ち上がったその者は、綺麗なハイトーンボイスの美少年。
一瞬だが女声に聞こえたその声の主は、禊と同じ男子学生の制服を着て、ブロンドの長
髪を一纏めに結っている。オシャレにも肩からスカーフを巻いた立ち姿は、同じ男子学生
とは思えない程の素晴らしい着こなしだ。
「おいおい、随分な言い草じゃねえか。そりゃあ確かに愛の行き過ぎた言動には、このク
ラスの皆さん含め色々な方々が引いているとは思うが、無実の罪を着せられる覚えは無い
ぞ?」
「黙れ変態、呼吸を止めろ」
「止めたら死ぬだろ! とりあえず落ち着けよ!」
ファーストコンタクトで名も知ぬ美少年に、禊がたまらずツッこみを入れる。
そして始まる睨み合い。そんな主の姿を見て、少しばかり愛莉栖は違和感を覚えた。
「禊、珍しいですね。他人の言葉に食ってかかるなんて」
「誰のせいでこうなった? 愛の問題発言から始まってんだよ!」
愛莉栖の体内のセンサーが何かを感じ取り一変すると素知らぬ顔でしゃがみ込んだ。
「僕はいたって冷静だ。どうしても呼吸がしたいならエラ呼吸を覚えろ。魚類になれ」
「乖離、ヴァーリ、二人とも少し落ち着け」
『ヴァーリ』その名をレストレアが口にした途端、クラス中に緊張が走った。
「あれが軍神かよ」
「マジか、天才な上に超強力な魔巧まで持ってんだろ?」
「やっぱ金持ち王子は格がちげえな」
口々に外野の囁き声が聞こえてくる。その中で頻りに聞こえてくる『天才』だの『王子』
というのは、いわゆる妬みや嫉妬といった陰口に近い意味を含んでいた。
「コソコソと陰からしかモノを言えない奴らは黙れ。根性無しのヘタレが、他人を知った
風な口ぶりで言うのは虫唾が走る」
鋭い眼光で放った一言は、生徒の囁きどころかミリ単位の動きすらも封じてしまう。
「誰からでも構わない。何なら全員まとめて相手をしてやるぞ」
まさに蛇に睨まれた蛙達。言葉を失い硬直する生徒達が鎮座する中、あっけらかんと踏
ん反り返る少年は、余裕綽綽の笑みを見せていた。
ニッと少年のあどけなさの残る笑みに、ヴァーリが少し視線を泳がせる。
誰も気付かない所で、愛莉栖の髪の毛が一房、ピンと逆立った。再び何かを感じ取るセ
ンサーが咄嗟に反応したらしい。
「それなら俺が頭行かせてもらおうか。こっち来てからというもの、体動かす事が無くて
鈍っちまってよ――」
「おい。もう一度言うぞ貴様ら、今は授業中だ。それとも……自殺志願者か?」
沈黙を破り堪忍袋の緒が切れたレストレアは眉間にシワを寄せ、こめかみに青筋を立て
てドスの効いた悪声をを響かせた。
「異議なし。数々のご無礼すいやせんしたっ!」
スポ根精神など持ち合わせない禊が、真似事の如く頭を下げる。今のレストレアには火
に油とも言える行動だったが、謝ったという事実に免じてかそれ以上は深く追求はしてこ
なかった。
一方でヴァーリはと言うと、
「志願者ではありませんが異議主張があります。原因は全てはコイツにあります。まず僕
と席が隣なせいで、たまに授業に参加する時や朝終会の時などの際、机越しに体を汚染さ
れる。同時に大気が淀み内臓が腐食される。そして二つ左隣から怨念が聞こえてくるとい
った重複災害が起こります」
「そこには異議あり、俺は有毒ガスじゃない! それに怨念なんか……ん?」
禊が必死の猛反論をしかける寸前、言いかけて止まる。
確かに右に座るヴァーリと反対側、左の階段から『撲殺、焼殺、爆殺、射殺……』とい
う殺意の塊の様な怨念が聞こえてきた。
その正体は座り込む愛莉栖。普段のパッチリ二重を、カッと見開き瞳孔が開ている。
「こら愛! お前、初対面の相手に対して失礼だろ!」
「だってそこの人がイヤらしい目で禊の事を!」
今度は禊と愛莉栖のぎゃあぎゃあとした言い合いが始まる。
加えてヴァーリも参入し三人の言い合いが展開し出す。制御不能となった三人は、周り
の眼をはばかることなくどんどんと苛烈していく。
「貴様ら……いい加減出ていけ!」
三度レストレアの雷が落ちた入学初日。魔術成績最下位の禊と相棒の愛莉栖、そして学
年首席才色兼備の天才ヴァーリの三人は、レストレアの教員人生において断トツの速さで
問題児生徒録へと名を残し、放課後は校舎の全トイレ掃除という途方もない罰を受けるの
だった。
「なんでアイツはお咎め無しなんだよ、不平等だろ!」
日が完全に沈み、街路灯が本通りを照らす中、ようやく掃除を終えた二人はヘトヘトに
なりながら帰路を歩いていた。夜の町並は日中の賑わいを忘れ、どこか怪しさを感じさせ
ている。
それもそのはず時刻は既に午後一〇時。
「つーか、愛……なんであそこまであの男を怨むんだよ。お前には特に何にもしてないだ
ろ?」
「禊はバカです! アレに気付かないなんて、どっからどう見ても……はぁ」
隣では愛莉栖が文句を言う度に、重い溜め息を吐いていた。
「とにかく、明日からは真面目に講義を受けるぞ」
「はいです……はぁ」
連れ立って歩く愛莉栖は、いつになく長々と元気がない。
そんな中、禊は呆れて立ち止まった。愛莉栖にではない。
このまま最短経路で行けば本通りを真っ直ぐ進むと、二人の住む寮にはすぐ着く。
しかし、目の前に立ち並ぶネオン街、その街中を彷徨くダークスーツの男達が、道行く一人身
の女性や気弱そうな男女カップルに、こぞって声を掛けていたのだ。
面倒事はもうたくさんだと言わんばかりに、禊は愛莉栖の手首を掴むと、大きく道を迂
回しようと右に曲がった。が、偶然そこで思わぬ光景を目の当たりにした禊は絶句した。
それはダークスーツの男に連れられ、店の裏口から店内に入っていく一人の学院生の姿
だった。そして、事もあろうにその横顔には覚えがある。
というより、数時間前まであーだこーだといがみ合っていた人物。ブロンドの長髪を一
纏めにした紛れもない、美少年ヴァーリの姿だった。
「どうかしたのですか?」
「いや……なんでもない、帰ろう」
気付いていないのか、ポカンとする愛莉栖を連れ、脳内から追い払う様に被りを振ると
禊は足早にその場を去った。
二〇分後、遠回りしたはずの寮は思いのほか近く、時間が掛かったのはむしろ部屋探し
で階層が二桁もある上に、四棟もあるので端から地道に確認する必要があった。
「ったく、なんでこんなややこしい部屋の並びしてんだよ」
「迷路みたいでしたね、でも愛の迷路は禊への直線一本です!」
ツッこむ気も失せ部屋へ入った禊は、リビングに着くなりフローリングに横たわった。
だが、先に配送されていた段ボールの荷物達を、愛莉栖がせっせと運んでいると、隣の
部屋から激しい物音が聞こえてきた。
「なんでしょうか、今の音……」
「さあ? 気にする程の事でもねえだろ」
「ですよね、それにしてもついに来たんですよね……禊、新政国家アトランティウスに。
ここで開催される大会【魔天楼】で優勝すること。京杞との約束を果たす為、愛は禊に身
も心も捧げる覚悟ですよ?」
ふう、と一息吐いて愛莉栖が微笑む。
そんな彼女の首筋には、月明かりに照らされた『愛』の文字が刻まれている。
「京の四天使、その一人に力を借りて優勝出来ませんでした。じゃ、さすがに殺されちま
うぜ。それに、ここで勝つことが後々の俺のお尋ね人に繋がるかもしれないしな」
「はい。ですから愛の力、存分に使ってください。そ・の・た・め・に! 愛の穴という
穴、袋という袋に禊の精、違った、愛の素、違う違う魔力、魔力を下さい! さあ、さあ!」
暴走寸前の愛莉栖の頭にげんこつを落とし、静まらせた。
デカデカと出来たタンコブを愛莉栖が優しく撫でる。
「何はともあれ、当面の目標は魔天楼への参加だ。自国推薦で魔総学院に入ったとはいえ、
行動次第じゃ魔天楼参加権利の半分が剥奪されちまうしな」
「そうですね。魔天楼参加権は二つ、一つが魔総学院の生徒であること。もう一つが成績
優秀者であることでしたっけ?」
「ああ、成績って言っても俺の頭じゃ天地が逆転したって無理な話しだ。だからそこら辺
を明日、先生に詳しく教えてもらおう」
自分で言っておきながら担任の冷ややかな双眸を思い出す。
(果たして成績不振者兼強姦魔録の残る俺に、あの人は教えてくれるのだろうか……)