混戦、激戦。
レストレアと別れた禊は、細い路地裏を何回も右へ左へと通り抜け、大通りからかなり離れた隠れ家らしい雰囲気の宿屋を訪れていた。
「すまん、俺の判断ミスで愛が捕まっちまった。どんな罰でも受ける。だから、今だけは力を貸してくれ! この通りだ!」
宿屋の二階角部屋、そのスウィートルームとは思えない程の粗末な床で、禊は両膝を付き頭を垂れていた。
「頭を上げろ、禊。そんな事してどうにかなる事でもなかろう」
「だが、……俺ってヤツは」
禊の目の前では妖然に抱かれ、子供の様に体重を預け寝座る京杞がいる。豊満な胸と胸の間に後頭部を埋め、実に快適そうだ。
「大方の調べはついておる。先刻そこいらで愛莉栖とスイスの女性徒に会っての、状況説明はスッカスカだったが、ワシがこの地を訪れた理由と合致しそうだったのでな、歌音に探らせておいたのじゃ。そしたら、わんさわんさと有力な情報が湧き水の様に出て来ての……イタリア空軍中将【雷帝のヴェルゴ】ヤツが恐らく、今回の事件の首謀者じゃ。ちなみにソイツの息子は、魔総学院二年【雷獣】イグニース・フェルナンデス。最近入学した最下位とは格式も、魔の素質も、月とスッポン……いや太陽とスッポンじゃな」
「ああ、確かにそうかも知れない。だけど、それでも守りたいんだ」
「……」
京杞は禊の意思には応答しない。代わりに、妖然が訊ねてきた。
「坊や、勝機はあるの? 無策で突っ込んではただの命知らずよ?」
「ああ、ある。死にに行くんじゃなくて、俺は奪い返しに行くんだ。愛も、ヴァーリも、ヴァーリの家族も、一人も欠ける事無く全員!」
「欲深じゃな、いつか身を滅ぼすぞ」
「俺は死なない、京杞さんとの約束を忘れたことなんかねえ」
再び深く頭を下げる。そこで、ようやく京杞が折れた。
「わかった、ただし四天使は出さぬ。人臓発現は出してやるが重複はするな。身の危険は愚か、その守りたいものまで傷つけてしまうやもしれんでな」
呆れているのかいないのか、よく分からない京杞の忠告を聞いていると、別室から千華がアタッシュケースを抱えて出てきた。
そしてそのまま禊の側まで歩み寄ると、ケースを開けて中身を確認させた。
「一応数は多く持たせる。じゃが、忘れてはいないだろうがこの薬は劇薬。使えば使用者の身を蝕む、文字通り悪魔の薬物じゃ。常人ならば一本投薬しただけでも、肉体が弾け飛ぶか細胞が崩壊して皮膚形成に異常をきたし突然変異するかの二択だが、ヌシはそれがたまたま起きず適合している。しかしそれも、量が多くなれば話は別じゃぞ?」
舐めるように血だらけの禊の皮膚を見る。そんな京杞は微かに目を細めた。
「では、愛のことは頼んだぞ。ワシはしばし寝るとしよう」
投げやりに言い置いた京杞は、柔らかな妖然のマシュマロに後頭部を更に深く埋めると静かに寝息を立て出したのだった。
「ありがとう京杞さん、それと……心配かけてすまない、皆。愛は必ず取り返して連れて帰ってくるからよ。ちょっとの間待っていてくれ」
「そんな、気になさらないで下さいまし禊様。千は禊様を信じておりまするゆえ……どうせなら、その……いっその事、私もお供したいくらいで……」
千華が気遣ってくれている。若干後半部分は聞き取れなかったが、どうやら禊の無事を信じてくれているらしい。
それだけでも今の禊に取っては、砂漠に見つけたオアシスの水に等しい潤いがあった。
「んじゃ、そろっと行ってくるぜ!」
姉妹達の表情を順々に見る。妖然は微笑み、千華は恥ずかしそうに頬を赤らめ、歌音は天真爛漫な笑顔で元気に手を振っている。
三人が大切な姉妹の心配をしていない訳ではないが、それ以上に強く固く結ばれた絆が、愛莉栖は無事だと直感的に伝えていたのだ。そうと分かればすることは一つ。
愛莉栖とヴァーリを迎えにいくだけだ。
その先に、悪魔がいようが獣がいようが、力ずくで奪い返してやる――
禊が宿のドアを出た所で、タイミングよくタブレットが振動したのだった。




