ミリアナの初バイト
「きゃああああッ!」
俊和が移動魔法を使ったことにより、空から降りることになったミリアナは自分の下着が見えてしまっていることに羞恥で必死に下着を隠そうとした為、手ではなくお尻から着地した。
「いたたた……、ここはどこでしょうか?」
「どこって、ここはイルフィンザールだよ。
あんた、今日からうちで働くバイトさん?」
「え!?
いや、あの………」
長い黒髪を一つにまとめ、髪と同じ黒い瞳に日焼けした肌が活発的な印象を与える女性がミリアナのことを勘違いしていた。
「ん?
とにかく、遊んでいる暇は無いよ!」
「うひゃあああ!?」
女性は中々言い出せないミリアナを抱き上げて、そのままパン屋に戻った。
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「これで良いかい?」
「これ、すっごく可愛いです!」
ミリアナが今着ているのは、パン屋の制服である。
質素でありながらも、機能的なデザインで人気のエプロンを女性が参考にして作ったエプロンらしい。
黒い布地に店の名前である『ベア』という訳でピンク色のクマがフェルトで縫いつけられている。
ポケットにはさまざまな動物が可愛らしくデフォルメされたフェルトがポケットごとに縫いつけられていた。
「そうかい?
最近の子はどういうのが好きなのかいまいちよく分かってないけど、気に入ってくれたなら嬉しいよ」
女性の笑顔で、ミリアナもつられて笑顔になる。
女性とミリアナがしばらく雑談した後、客の来店に気付いたミリアナが初めての接客をすることになった。
「いらっしゃいませ!」
「ミリアナ?
どうしてベアのバイトを?」
「俊和さん!?」
ミリアナは慌てふためき、女性が心配になってミリアナの近くに寄った。
「あれ?
俊和さん、久しぶり〜!!」
「お久しぶりです、マーキュリーさん」
マーキュリーは簡単にミリアナを見つけた経緯を話すと、俊和は頭を下げた。
「すみません、あの時は急いでいましたから」
「それに関しては大丈夫。
それよりも、ミリアナちゃんを貸してくれない?」
俊和はミリアナの楽しそうな表情を見て、快く承諾する。
「ええ、ミリアナは勝手に働かせて構いませんよ。
ああ、一つだけ注意を」
「何だい?」
「ミリアナにまかないなどを与える時は覚悟して与えて下さい」
俊和の真剣な表情に気圧され、マーキュリーはすぐに頷いた。
「良く分かんないけど………、気をつけるよ」
「すみません、私はこれで」
俊和は会釈をしてそのまま人混みの中に消えていった。
「忙しいね、あの人はいつも」
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「いらしゃいませ!」
「可愛いバイトさんだね〜!
コッペパン二つ下さい」
「ありがとうございます、少々お待ち下さい!」
ミリアナはコッペパンを二つ取り出し、ベアの袋に詰める。
最初は失敗続きではあったが、今では慣れた手つきになってきたことにミリアナは喜びを隠せなかった。
その後も順調に仕事をしていると、チラシを持ってベアに並ぶ人々が増え、行列と化す。
「ジャムパン一つと食パン三つ!」
「分かりました!」
「レーズンパン一つにスコーン七つ、後メロンパン四つ」
「はい! 承りました」
「特製ミルクパン八つにドーナツ十二個、クリームパン四つ」
「ドーナツは五分程度お時間を頂きますが、よろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
ミリアナは慣れてきても作業を疎かにすることは無く、寧ろ一つ一つの注文に丁寧に応えていた。
それを見ていたマーキュリーは、ぼそっと呟く。
「あの子、俊和さんに言ってうちの子に出来ないかな…………」
マーキュリーの右手に握られていたベアのチラシには、『美少女が接客をしてくれます!見るだけでも構いませんので一度だけでも来て下さい』と書いてあり、マーキュリーは深い溜息を吐いた。
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「ミリアナちゃん!
そろそろ休憩して良いよ」
「ありがとうございます!」
ミリアナはマーキュリーと交代し、休憩する。
「あれ?
これは………………」
ミリアナは本棚に王宮で読んでいた小説と全く同じ物があり、物欲しげに眺めていた。
「その本なら読みたければ読んでも良いよ」
「分かりました!」
マーキュリーから許可を得て、ミリアナは嬉しそうに顔を綻ばせる。
ミリアナは好きな本を読むことができ、時間を忘れて没頭した。
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「………………ミリアナちゃん、ミリアナちゃん!」
「は、はい!」
ミリアナは本に夢中でマーキュリーに返事が出来ず、二回目で慌てて返事をした。
「しっかりしてよ〜。ミリアナちゃんはベアの看板娘みたいな存在になりつつあるし、頑張ってね」
「すみません、ありがとうございます」
ミリアナは読んでいた小説を本棚に戻し、マーキュリーと交代した。