商会ギルド幹部の息子
イルフィンザールはいつも混んでいるが今日が休日ということもあり、街は活気に満ちていた。
「迷子になりそうですね………」
「手を繋いでいるから迷うことは無いでしょう。
くれぐれも、私の手を離さないようにして下さい」
俊和に言われてミリアナは俊和に握られている右手を少し強く握った。
「あの子可愛いよな…………」
「お前の顔じゃ無理に決まってるだろ。
それに、彼氏が付いているし」
俊和をミリアナの彼氏扱いする青年達にミリアナは恥ずかしそうに俯いていた。
だが、不良のような格好をした少年に声をかけられ、ミリアナは気分が悪くなる。
「やあ!
君の名前は?」
ミリアナに声をかけた少年は金属のように硬そうな銀色の髪に夕日のような赤い瞳は欲望に染まっていた。
「私の名前は………」
「わざわざ答える必要はありません。
失礼ながら迷惑なので、さっさと消えて頂きたい」
「だから?
僕を馬鹿にしているようだけど、僕の父さんは商会ギルドの幹部だぞ」
少年が商会ギルドの名を出したことで周囲が少年から距離を置いた。
イルフィンザールでは、商会ギルドに逆らえば営業停止に追い込まれ、最悪の場合は処刑される。
その為、イルフィンザールの子供は商会ギルドの名を出す人間には絶対に逆らうことはない。
普通の人間は、の話だが。
俊和は白と黒の水晶を破壊し、ミリアナが光に包まれる。
「え!?
どういうことですか?」
「すみませんが、私の知り合いの夫婦にお世話になっていて下さい。
すぐに私も向かいます」
「まさか……、移動魔法か!?」
俊和が白と黒の水晶に封じ込めた魔法を悟った少年が攻撃魔法で相殺しようとしたが、全く意味を成すことはなかった。
「ふざけやがって………!
あの女を飛ばした先を言え」
「言う訳ないでしょう。
君はもう一度幼年学校でやり直すべきでは?」
俊和の挑発に少年は腰に差していた剣を抜いた。
少年はそのまま、ミスリルで加工された柄の長い短刀を俊和に突きつける。
「俺と決闘しろ」
「馬鹿にされて剣を抜くような、精神的に幼稚な人間と話す時間が無駄です。
さようなら」
「俺と決闘しろって、言ってんだよ!」
この少年と話す時間で好きな本を探す時間が消えていくと思うと、俊和は少年を放置するよりもさっさと決闘に勝つことを選択した。
「構いませんが、場所を変えましょう。
まさか、場所を変えたら戦えないとは言いませんね?」
「当然だ!
どんなとこだろうとお前を負かしてやるよ」
少年が俊和の誘いに乗り、二人は障害物の少ない草原地帯を移動し始めた。
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移動し終えた俊和と青年は、互いに武器を利き手で握り、少年が決闘のルールを確認した。
「勝利条件は相手の降参、または戦闘続行不可能と判断出来る状態になった時。
お前が勝てば、俺がやってきたことを全ての被害者に謝罪と償いをし、俺が勝てばあの女は俺の所有物となる。それで良いな?」
「ええ、構いません」
無論、ミリアナが決闘の戦利品となっていることはミリアナは一切知らない。
俊和は自分が負けた場合は、ミリアナを連れて逃げれば良いだろうと考えていた。
決闘の審判は、少年の父親がするらしい。
少年に有利な判定を行う可能性が高いが、場所を変えた以上、文句を言う気は無かった。
「なるほど………、貴方でしたか」
「どこかで会いましたか?
まぁ、どうでも良いことですがね」
移動魔法を使用した男を見て俊和が納得し、事情を知らない男が首を傾げた。
その男は、俊和が商会ギルドを調べていた時にいた銀縁眼鏡の男である。
「貴方の名前をお伺いしても?」
「大した名前では無いので、お気になさらず」
「そうですか、それは失礼しました」
銀縁眼鏡の男は俊和に詫び、片手で眼鏡の位置を直した。
「双方、準備は出来ましたか?」
「ああ!」
「始めて下さい」
銀縁眼鏡の男の問いに少年と俊和は頷き、
「決闘は私、フューリ=イルフィンザールの名の下に公正な決闘を保証します」
フューリが宣言し、青年と俊和は互いに武器を構えた。
少年はミスリルの短剣、俊和は小さな黒い杖を一度触れて元の形にしてから握った。
「それでは………、決闘を開始する!」
「どおりゃあああ!」
少年は短剣を突き出して俊和の心臓を狙い、俊和の杖で弾き返された。
「遅いですね」
俊和が杖で棍のように鋭く突いたのをすんでのところで少年は回避する。
慌てて距離をとった少年は腰に取り付けていた手榴弾を投げ、すぐに短剣で袈裟斬りで斬りかかる。
「貴方の行動は分かりやすい」
俊和は手榴弾を銀色の水晶を破壊することで無効化し、短剣を握っている右腕を掴み、そのまま背負い投げの要領で少年を投げ飛ばす。
「げほ、げほ!
お前は魔法使いじゃねえのかよ」
「ええ、武器で戦闘スタイルを把握するのは危険ですよ」
少年はすぐに短剣を構えたが、目の前にいた筈の俊和の姿がなかった。
「どこだ………?
隠れていないで出てこいよ!」
「いますよ、貴方の目の前に」
俊和の声がして少年は短剣を突き出したが、俊和に捌かれ、拳を腹に受けて気絶した。
「早いですね。
息子はもう少しやれるとは思いましたが、私が親バカなだけでしょうか」
「さあ、どうでしょう」
あの後、フューリは息子に謝らせると言ったが、嘘だろう。
商会ギルドのメンバーやその子供が決闘で負けた時の粛清は、商会ギルドに所属する者、名を出す者全てが恐怖する。
少年が生きて明日を迎えることは、恐らくない。
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「あの少年の所為で遅くなりました。ミリアナに文句を言われるのは仕方がないことになりそうです」
俊和は近くを走っていた馬車を呼び止め、運賃を払って行き先を告げた。
「あのパン屋ですか?」
「ええ。お願いします」
あのパン屋というのは、俊和のお気に入りの店で、ミリアナを移動魔法で送った場所である。
そのパン屋は王族にも好まれており、王宮のスコーンはその店が全て作っている。
「しまった、 あの夫婦に謝罪しなくては………!」
ミリアナの大好物を作る店に食欲の怪物を放り込んでしまったことに気付いた俊和はすぐに白と黒の水晶を破壊して俊和が光に包まれる。
「ちょ、ちょっとお客様!?」
「お釣りは結構です……!」
俊和が移動魔法で移動した後、魔法を初めて見た男はしばらくの間、目を丸くしていた。