騒動の始まり
翌朝。
目を擦りながら起きたミリアナは、保存庫の中身を見て愕然とした。
「もう食べ物は無いのですか………!?」
「当たり前です。
保存庫の中に無限に食べ物が入っている訳がありません」
「え………!?
王宮では食べ物がその日に無くなっていても明日には満杯でしたよ!?」
(王宮の使用人の給料が高いのは、ミリアナが王宮の保存庫の中身をすぐに空にするからか………)
執事の仕事をほとんどしなかった俊和は、ミリアナの為の食料集めに奔走していたと思われるような人達に敬服する。
正直、ミリアナの満足する量を毎日掻き集めるなど、正気の沙汰では無い。
「それはあくまでも王宮の話でしょう。
ミリアナ、今日は遠出します」
「遠出って………、どこへ?」
「商業都市イルフィンザールに行きます。
ですが、行商人に小麦の買取をして貰いに行くので、外出用の支度をしておいて下さい」
着替える為に移動したミリアナを家に置いて、俊和は外に出る。
北にある取引所を見ると、買取交渉で揉める行商人と農家の姿があった。
俊和が眠そうに荷車に寄りかかる青年を見ると、青年を叩き起こして水晶から小麦を大量に吐き出させる。
水晶は様々な用途があり、こういった食材などを運ぶことは、決して珍しい物ではない。
「小麦を売りたいのですが、構いませんか?」
「あれ、俊和さん?
小麦を売るって………、ちょっと待って下さい。
いつもより量が多いんですけど!?」
「ええ。
溜まった小麦を一括売却しようと思いましてね」
「は、はあ………………」
理由には納得がいくが、もっと少なくして欲しいと青年は目で訴えるが、俊和は無視した。
「分かりました。
では、八千五百万リフスで良いですか?」
買取金額としては、一般の買取金額と比べて少し低い。
青年は俊和が了承してくれることを内心で祈った。
「それなら問題はありません」
青年の願いが通じたのか、俊和が了承し、買取証にサインをして八千五百万リフスを受け取った。
俊和が買取証をサインした時、青年が安堵の溜息を漏らす。
「俊和さんに買取価格を上げられるかと不安でしたが、そんなことは無くて良かったです」
「今回は特別です。すぐに食料の買い出しに行かなくてはいけないので」
「なるほど。また、うちをご贔屓に〜!」
今回が本当に特別であることはこの青年自身が良く理解している。
本来なら、一般の買取金額の三割増しもあり得た。
青年は幸運に感謝して、家に向かって走り出した俊和に社交辞令を言いながら手を振った。
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「ミリアナ、準備は大丈夫ですか?」
「はい、いつでも平気です」
ミリアナは白のワンピースに茶色のショートブーツといった姿にネコ柄の肩掛け鞄を持っていた。
「あの…………………、どうですか?」
ミリアナは恥ずかしそうに胸元を抑え、上目遣いで俊和を見た。
「とても綺麗ですよ。凄くお似合いです」
「俊和さん、ありがとうございます!」
「それではイルフィンザールに行きましょうか」
俊和に褒められて気を良くしたミリアナと、内心で笑う俊和を乗せてイルフィンザール行きの馬車はゆっくりと走り出した。
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商業都市イルフィンザール。
商会ギルドの本拠地であり、一番人が集まりやすい場所の為、探し物があるならイルフィンザールと言われる程だ。
馬車から降りたミリアナは、イルフィンザールの活気に圧倒されていた。
「凄い………、こんなにも人が集まる街を初めて見ました」
「ミリアナが王女の時に、一度は見たのでは?」
王女ならば、多数の式典に招待される可能性が高い。
俊和は何気ない質問をしただけだったが、ミリアナは寂しげに笑った。
「いえ。王女の時は外出は一度もさせて貰えませんでした。
メイドさんや王妃様に読んで頂いた絵本や資料室にある本でしか王宮の外は知りません」
「そうでしたか………。
なら、今日はいつもより多くの店に行くことにします」
俊和が一人で先に進もうとした時、ミリアナは恥ずかしそうに俊和に頼む。
「あの、手、繋いでくれますか?」
「構いませんよ、お嬢様」
俊和が片膝をついて手を握るとミリアナは顔を赤くして嬉しそうに小さく笑った。
少女漫画が好きらしいから、こういうことに憧れていたのかも知れない。
俊和は自分みたいな男で良ければ、と小さく付け足したことを、ミリアナが知ることはなかった。