記憶喪失
「やっと、着いた〜‼︎」
数ヶ月振りだとはいえ、ユーグリス村に戻ってきたミリアナは五年、十年振りの感覚がした。
「一々大袈裟ですね。淑女の嗜みを理解していないのではないかと不安になります」
「と、俊和さんに言われたくないですよ!」
ミリアナは図星を指されてムキになって反論するが、俊和は既に家の中に入っていった。
「む、無視ですか⁉︎」
「相手にする価値が無いと感じただけですよ」
俊和はいつものようにジャスミンティーの用意しようと外の倉庫に向かう途中、見知らぬ男を見た。
「新しい住人でしょうか。こんな場所に来るとは、物好きな方だ」
自分もそうだな、と感じ、俊和は倉庫のジャスミンティーの茶葉を探す。
「おかしいですね……………………、見当たらない」
ウェストフェリスに行く前は相当量の茶葉があった筈だが、少しも見当たらない。
「盗まれた………………………?」
当然だが、茶葉に足が生えて歩き出す訳がない。
人に盗まれたとすれば、凄腕の鍵師か灰色の水晶持ちぐらいしかいないだろう。
「ま、盗まれたなら買えば良いだけです」
茶葉は一箱百万リグス程度だが、俊和は気にしない。
どこにいるかも分からない犯人を探す労力と金を考えれば、新しく買い直した方が良い。
面倒臭いという理由も、一割程度含まれているが。
俊和はついでに倉庫の整理整頓を済ませ、新しい鍵をかけて外に出た。
俊和が湖に到着した時、村長は腕組みをしながら湖を見ていた。
「俊和、清朝石はお前の好きにしろ」
「湖は浄化されましたか?」
「ああ。清朝石とは違う方法で旅をしていた神父の方に浄化して貰った。だが、あんな方法だとはな…………………」
余程村長にとっては不可解なのだろう、村長は湖の水質検査を念入りに行っていた。
「あんな方法、とは?」
「神父の方が黄金の剣を引き抜いただけだ。それだけで湖が浄化出来るとは到底思えない」
「黄金の剣、ですか…………………」
俊和が知っている剣でそのような芸当が出来そうな剣はアレしかない。
即座に俊和の頭の中で神父の格好をした茶髪の男が思い浮かんだ。
「神父の方は今、どちらに?」
「安宿にいると思う。失礼のないようにな」
村長は神父を余程尊敬しているのだろう、できれば俊和に会わせたくないと目で語っている。
(あの神父は何をするか分からない。念の為、手荒なことになっても良いようにしておきますか)
俊和は手持ちの道具を見て、家に帰ることにした。
「ただいま戻りました。ミリアナ?」
俊和が家に帰った時には、ミリアナの姿はなかった。
どこかに出かけているのだろうとは思えないので、少し心配になってくるが……………………、
「と、俊和さん。何でもありませんよ」
俊和はすぐに食料庫を漁ってたと思われるミリアナを見つけた。
何でもないと言う割には口に蜂蜜が付着し、目が凄い勢いで泳いでいる。
口調だけいつも通りならバレないと思ったミリアナの浅ましさに俊和は呆れた。
「ウェストフェリスで買った蜂蜜入りスコーンはどうでした?」
「凄く美味しかったです!中の生クリームと蜂蜜が合わさってスコーンの美味しさを更に……………、あ」
無意識に自白をしたミリアナを優しい目で見る俊和。
それでやっとミリアナは自分の失言に気づいた。
「お仕置きはしないでおきます。今は、ですが」
「いつかはお仕置きされるのですね…………………」
お仕置き免除で済むと甘い考えを持っていたミリアナは肩を落とし、椅子に座った。
「そういえば、ユーグリス村で神父を見ましたか?」
「神父さんですか? あ! さっき俊和さんに渡したい物があるから安宿に来て欲しいと伝言をお願いされました」
「すれ違いでしたか…………」
俊和は鍵をミリアナに投げ渡し、外を睨む。
「どうかしましたか?」
「遅くなると思うので食料庫に保存されている食料を限度を考えて食べて下さい」
俊和はミリアナに警告し、安宿に向かった。
「やはり、貴方でしたか」
「もしかして、僕のことを知っている人ですか?」
俊和の頭の中に浮かんだ人物の特徴と全く同じ人物を見て、予想が確信に変わった。
「久しぶりですね。お元気そうでなにより」
「は、はあ…………。貴方は誰ですか?」
(記憶障害、ではなく記憶喪失ですね。彼には申し訳ないが、このままの方が安全だ)
俊和は神父が記憶を失う前を知っている。
だからこそ、俊和はこの安宿に来る前に準備をしてきた。
「どうして私をここに?」
「ユーグリス村に着いた時は自分の名前以外は全く覚えていなかったのですが、柳沢さんに渡すべき物があったような気がしたんです。それからこの安宿で泊まるついでに荷物を漁ったら、ユーグリス村に住む貴方に渡すべき物、とメモが貼られた荷物を見つけました。貴方に渡すことができて今はホッとしています」
「すみませんが、ここで開封しても構いませんか?」
「はい、大丈夫です」
俊和は神父に渡された箱を神父に断ってから開け、俊和は疑問を抱く。
中身は何の変哲もない手帳が三つと鬱金色の水晶が一個入っていた。
(これがわざわざ渡したかった物でしょうか?手帳を送る意味が理解し難い)
それに、水晶の色にも疑問がある。
赤系統の水晶なら神父の性格上、あり得なくはない。
だが、治癒系統の黄系統の水晶を渡す神父の考えが読めない。
(問い詰めても記憶を失っている為、意味がない。しかし、記憶を取り戻せば村は壊滅する。さて、どうしようか…………………………………)
俊和が悩んでいると、神父はティーポットからジャスミンティーをティーカップに淹れ、俊和に手渡す。
「宜しければ、どうぞ」
「ありがとうございます」
俊和はジャスミンティーを一口口に含み、リラックスした表情で安堵の溜息を吐く。
「このジャスミンティーは凄く美味しいですね」
「そう言って頂けると嬉しいです。最近始めたのですが、茶葉に拘り始めるとなかなか上手くいかない」
神父は相当苦労したのだろう、嬉しそうな顔で自身もティーカップにジャスミンティーを淹れてゆっくりと飲み干した。
「もし可能であれば、今後の予定を教えては頂けないでしょうか?」
「今後の予定………………………。そうですね、村長の許可が下りればこの村で教会を作りたいと思っています。許可が下りなかった場合はこの村を出て旅をしようかと」
神父の予定に問題がないことを確かめ、俊和は家に戻って神父に渡された三つの手帳と鬱金色の水晶を調べることにした。
「なるほど。では、私はこれで失礼します」
「貴方との話はとても楽しかった。暇な時にでもまた話が出来たら良いですね」
神父は笑って俊和を見送り、安宿の窓から見た夜空に流れ星が見えた。
「僕の記憶は…………、いつ思い出せるのだろうか」
神父は流れ星に記憶を取り戻せることを願い、穏やかな表情で夜空に輝く星を眺めていた。




