始まりの鐘
船がレトフンから出航して一ヶ月後。
「やっと着いたぜ…………………」
「う、気持ち悪いです……………」
ミリアナとハーメルンは船酔いで出航してから終始ベッドで横になっていた。
因みに、船を動かしていたのは俊和である。
「私はこれからミリアナとウェストフェリスの中心にある領主の屋敷に行きます。ハーメルンさん、ありがとうございました」
「また、何時でも大丈夫だからな……………」
俊和はハーメルンに礼を言い、ハーメルンは船酔いでぐったりとしながらも俊和に手を振った。
「俊和さん、休憩をさせて下さい……………」
「ダメです。急ぎますよ」
「え…………⁉︎」
俊和が急ぐと言いながら入っていったのは、お洒落なカフェだった。
「俊和さん、急ぐというのは……………?」
「冗談です。ミリアナが船酔いから回復してから行きますので、ゆっくりしても構いませんよ。それで、何か飲みたい物でもありますか?」
「えっと、ミルクティーで」
俊和はウェイトレスにジャスミンティーとミルクティーを注文し、家計簿に記録する。
「俊和さんはいつも注文してすぐに家計簿に記録するのですか?」
「いつも、という訳ではありませんが。基本はすぐに記入します」
俊和は家計簿を仕舞い、ウェイトレスからジャスミンティーとミルクティーを受け取った。
「いつ来ても、ここのジャスミンティーは味が良い。この店はミルクティーが売りですが、実際はジャスミンティーが一番美味しいと言われています」
「え!?なら、私もジャスミンティーに……………」
「ミリアナが頼んだのですから、自己責任でお願いします」
ミリアナは事前に教えてくれなかった俊和を睨み、俊和は澄まし顔でジャスミンティーを飲んでいた。
俊和とミリアナがカフェから出た時、ミリアナはすぐに俊和の背後に隠れた。
「知り合いですか?」
「私が大嫌いな幼馴染です」
ミリアナの目線の先には、鮮烈な赤い髪と豪奢な真紅のドレス、付き人はいないが、少女は周囲との身分差を雰囲気で示している。
「あら、そこにいるのはアステムブリングの王女様ではありませんか?」
「違います。人違いです」
「ああ、そうでした! 貴女は王宮から追放されたんでしたね!ごめんあそばせ」
少女はミリアナを嘲笑し、扇子を広げて自身を仰ぐ。
「なるほど、クイネ=メーデリンカ様でしたか。お会いできて光栄です」
「貴方、私に敬意は持ち合わせていませんね。一応、私は人の心がある程度読み取れるので」
「そうですか。失礼します」
「あ、ちょっと待ちなさ…………!」
クイネは俊和を睨み、俊和はクイネを無視してミリアナを連れてその場を後にした。
それから二人は街を散策し、女性から一枚のチラシを受け取った。
「ウェストフェリスの女王決定戦?」
「はい。ウェストフェリスの女王、つまり、最も知識が豊富な女性を女王と決定します。今回の優勝商品は純度が過去最高の巨大な清朝石!優勝後にはアクセサリーとするのも良し、売却してお金にしても構いません。無論、観光客の方でも参加可能です。是非、参加してみてはいかがでしょうか!?」
「えっと、俊和さんはどう思いますか?」
ミリアナが俊和を見た時には、俊和はスタッフから大会の参加登録の話を聞いていた。
「……………という訳です。回答者は女性ですが、サポートとして男性が参加することは大丈夫です」
「詳しく説明して頂き、ありがとうございます」
俊和は一礼して、ミリアナに耳打ちした。
「ウェストフェリスの女王決定戦は面倒なことになりそうです。まずは、ホテルに向かいましょう」
その頃、クイネは俊和と偶然同じホテルの最上階の一室で枕を抱えて顔を埋めていた。
「ああ、もう!私の馬鹿ッ!ミリアナに失礼なことをしたのに謝れなかった……………」
「また、交友関係の問題ですか?」
メイドは面倒臭そうな表情で書類を書く手を止めてクイネの方を向く。
「そうです! 私はいつもミリアナに助けて貰ってばかりなのに、どうしていつも失礼なことしか言えないのかしら………………」
「クイネ様はいつになったらミリアナ様に謝るのかとても不安です」
「これだわ‼︎」
メイドは溜息を吐き、クイネは椅子を蹴倒して立ち上がってガッツポーズで笑みを浮かべる。
いつもの悪い癖だ、とメイドが呆れていることをクイネは知らない。
「いきなりどうしました?」
「ウェストフェリスの女王決定戦の優勝商品で清朝石が貰えるらしいの。女王を決める戦いならばこの私、クイネ=メーデリンカの名において、負ける訳にはいきません」
「そうですか、頑張って下さい」
メイドはやっとクイネが立ち直ったと思い、書類整理を始めようとしたが、
「それで、ウェストフェリスについてはあまり詳しくないからイリスにご教授願いたいと思うんだけど、良いかしら?」
クイネに頭を下げられ、イリスは不満を隠さずに資料を机に叩きつけた。
「まずはこれを読んでからもう一度言って下さい」
「…………どうして?」
資料を手にとって疑問符を浮かべるクイネにイリスは呆れるしかなかった。
ウェストフェリスのある場所で、定時を知らせる鐘が鳴った。
「鐘が、鳴りましたね」
少女は牢の外に咲く花々に話しかける。
答えを期待して言ったのではなく、自分の悲しみを紛らわせるかのように。
少女の手足には枷が嵌められていて、自嘲の笑みが自然に浮かんだ。
ずっと、ずっと聞こえるような気がする定時の鐘。
「俊和…………」
少女の呟きはとても小さく、夜空に儚く消えていきそうなくらいに美しい声。
少女の涙はまた、昨日と同じように流れた。