村長の依頼
俊和とミリアナは水晶魔法でユーグリス村に移動し、俊和はミリアナの安全を確認する。
「ミリアナは無事ですね。ホテルの荷物をすぐに回収してきますので、小説を読んで待っていて下さい」
「分かりました。気をつけて下さいね」
俊和は頷き、水晶を使用する前にミリアナに忠告した。
「ああ。言い忘れていましたが、絶対に外には出ないで下さい」
「え? 何か強盗でもあったのですか?」
ミリアナは問いかけるも、俊和がイルフィンザールに移動した後だった。
「家の外が危険って何がでしょうか…………………。でも、外に出る必要はありませんね」
こういう場面で好奇心から外に出る者もいるが、人の言いつけをしっかりと守るミリアナには無縁だった。
水晶魔法でイルフィンザールに移動した俊和は、宿から荷物を回収して天使の家を見に行った。
「あの後に爆破テロがあったようですね」
崩壊して原型を留めていない天使の家を見て驚いている男に話しかける。
「あッ! 今朝のお客さんか。まさか天使の家で爆破テロが起こるとは思わなかったから、今日は店を早く閉めて来てみたんだ。お客さんは買い物をしてみたかい?」
「ええ。買い物と昼食を済ませました。彼女も一緒でしたが、爆破テロが起こる前に店を出たので大丈夫です」
ミリアナが気になっていたのだろうか、店主は安堵の溜息を吐いた。
「知り合いが爆破テロに巻き込まれなくて良かった。今回は商会ギルドが珍しく早く犯人を捕まえてくれたから、安心して生活できる」
「いつもは、どれくらいかかるのですか?」
「早くて十分ぐらい経たないと人が来ないな。だけど、今回は示し合わせたみたいにすぐに事件が解決したんだ。普段から早く事件を解決して欲しいが、商会ギルドの転勤の時期だから無理を言えないが」
「転勤、ですか」
「そうなんだよ。だから、誰かがわざと爆破テロを起こした、っていうのが俺の仮説だ」
店主の仮説が真実に一番近いだろう。
商会ギルド本部があるイルフィンザールは、商会ギルド支部にとっては憧れの存在。
だが、能力があってもイルフィンザールで勤務ができるのは少数。
必然と本部への転勤を狙う者が多くなり、血生臭いことも多発するという。
(いや、あり得ないとは思うが、商会ギルドの弱体化か?)
俊和は他の可能性を思案したが、すぐに考えるのをやめた。
商会ギルドの地位は高く、崩すのは簡単ではない。
それに、崩すならば内部からでないと崩してもすぐに修復されて人々の記憶から忘れ去られる。
一度商会ギルドを批判した者がいたらしいが、すぐに死刑に処されたという。
「なるほど、確かにそうですね」
俊和は頷いて、情報収集を始める為に店主と別れた。
夕日が沈む頃。
情報収集を終えた後、俊和は水晶魔法で帰宅した。
「俊和さん、お帰りなさい」
「ただいま帰りました。ミリアナは外には出ていませんよね?」
「私はそこまで子供じゃないですよ。それと、村長さんが俊和さんを探していました」
ミリアナは不満げな表情で俊和を睨み、俊和は首を傾げた。
「村長が? 税金は払っておいた筈ですが」
俊和は棚の引き出しから領収書を取り出し、確認して引き出しに仕舞った。
「ちょっと出掛けてきます。ミリアナも一緒に来ますか?」
「私はちょっと…………………………」
ミリアナは初めて村長と会った時のことを思い出して俊和の同行を遠慮し、俊和は納得した。
「分かりました。留守番を頼みます」
「はい、任せて下さい!」
数十分後。
俊和は村長の家のドアをノックし、慌てて村長が出てきた。
「俊和、悪いが頼みがあるんだ」
「博打で金が無いから貸せ、という用件でなければ聞きますが」
「そういうことではない! まず、儂は人から金を借りたことはない‼︎」
顔を真っ赤にして俊和に怒鳴る村長だったが、無言で俊和が手渡した書類を見てすぐに青ざめた。
「金銭の取引は、証明書や血印などを用いることにしていますので」
「…………………」
村長は黙っていたが、ふと思い出したかのように声を上げた。
「そうだった! 俊和、湖の調査を頼みたい」
「湖の調査を? それは先週業者に任せたと聞きましたが」
「俊和がいなくなってから蛇口から水が出ない。儂の家だけかと思ったが、違う湖から引いているお前の家以外は全部同じ現象が起きているんだ」
余談だが、万が一村長が農民の意見を無視すれば、商会ギルドから厳しい処罰を受ける。
生活に関わる重要な問題などは村長が自分一人で責任を持って解決することが一般的だが、ユーグリス村では俊和に頼ることが多い。
「なるほど。商会ギルドへ連絡はしましたか?」
「……………したが、無視された」
「商会ギルドのリストに載りましたか?」
「………………………」
村長は押し黙り、俊和が溜息を吐く。
「あれほどリストには載るなと言ったのに、聞いていないからですよ」
「うるさい‼︎ とにかく、水が出ないのは村として大変困っている。それに、調査が可能なのはお前ぐらいしかいないだろうからな」
「………………」
俊和はすぐに手帳で予定を確認し、頷いた。
「分かりました。明日の朝に調べてみます」
「おう、頼んだぞ」
俊和が帰宅すると、ミリアナはパジャマ姿で布団で寝ていた。
「くぅ……………」
「今日は疲れたようですね。私も早めに寝るとしましょう」
俊和は手早くシャワー浴び、着替えてから布団を敷いて就寝した。