王からミリアナへの贈り物
宿に到着した後、俊和はミリアナに部屋の鍵を渡す。
「今日は二号室を使って下さい」
「分かりました」
ミリアナは鍵を受け取って二号室に入り、自分の荷物が置いてあることを確認してシャワーを浴びる。
「ふう………」
ミリアナはシャワーで身体を洗いながら、自分の胸元を見て溜息を吐く。
「もっと大きくならないのかな………」
本当に、マーキュリーのスタイルを羨ましく思う。
俊和には何度胸でからかわれたことか。
「俊和さん……。
って、それはあり得ないですよね」
自分のもやもやを気にしないように、ミリアナは湯船から出た。
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ミリアナが持参していた小説のページを捲っていた時にドアをノックする音が聞こえ、すぐに小説に栞を挟んでドアの鍵を開けた。
「ミリアナ、話があります」
「はい、大丈夫ですよ」
ミリアナは俊和を部屋に入れ、ドアを閉めて鍵を掛ける。
「それで、話は何ですか?」
「見て貰った方が早いですね……」
俊和が持っていたスーツケースを開けると、銀色の刀身に純度の高いサファイアが埋め込まれた柄が特徴的な両手剣が一振り入っていた。
「この剣はシャリテと言います。
王からのミリアナへの贈り物かと」
「シャリテ………」
ミリアナは剣を取り、剣の輝きに目を奪われていた。
「そういえば、ミリアナは剣術を習ったことは?」
「一回もありません。
この剣の置物凄いですね………!」
「───」
俊和は絶句し、ミリアナが俊和の表情に驚く。
「ど、どうかしましたか!?」
「それはモンスターや人に襲われた時に使う護身用の剣です。
つまり、それで人を殺せます」
「…………嘘ですよね?」
「本当です」
ミリアナの疑問に真面目に答え、俊和は内心で溜息を吐いた。
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「どうして私の為にシャリテが届いたんですかね?」
「王はシャリテにミリアナとの離別と願いの意味を込めています。
まず、いくら元王女へ贈るとはいえ、あんなに純度の高いサファイアを両手剣に使用することはありません。
それに、両手剣でありながら凄く軽い」
俊和がシャリテをミリアナに渡し、ミリアナはシャリテの重さに違和感を感じた。
「確か、両手剣は重い筈ですよね。
なのに、どうしてこんなに軽いのでしょうか?」
「特殊金属フィリアノーグ。
フィリアノーグを使った剣は軽量でありながら切れ味が鋭い為、剣の中では最上級の質です」
フィリアノーグは鉱山都市と呼ばれるメティリムでのみ産出され、特殊金属の出土数の一割以下というとても貴重な特殊金属である。
「最上級…………」
その中で最上級となると、小国なら簡単に買えてしまうだろう。
王が本当に自分のことを考えてくれていることがシャリテを見れば一目瞭然である。
シャリテを抱えてミリアナは涙を流し、俊和は無言で退室した。
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俊和が自分の部屋に戻ってから三十分後。
ドアがノックされ、俊和はさっきまで書いていた手帳をズボンのポケットにしまった。
「誰でしょうか?」
「フューリ=イルフィンザールと申します。
少しお時間を頂けますか?」
「分かりました、一階の待合室でお待ち下さい」
フューリ=イルフィンザール。
俊和に決闘を申し込んで敗北した少年の父親で、商会ギルドの幹部。
更に、ユーグリス村で催眠魔法を使用した犯罪者でもある。
俊和は万が一に備え、準備を整えてから待合室に向かった。
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「すみません、遅くなりました」
俊和が待合室のドアを開け、俊和がパイプ椅子に座ったところでフューリが俊和に資料を手渡す。
「これが食べ放題を実施している店舗の誓願書です。違法な店舗の経営方針の改善にご協力頂き、誠にありがとうございます。
謝礼金はいくら程でご満足頂けますか?」
(なるほど、金は払うから黙っていろという訳ですか)
商会ギルドは基本、店への改善指導などは一切しない。
だが、客が他の調査機関への告発を特に警戒する。
金なら腐る程持っているので、揉み消しが失敗する方が商会ギルドは困るといったところだ。
「いえ、お金は不要です。
それでは失礼します」
「お待ち下さい!
商会ギルドからのクーポン券の一つでも………」
「すみませんが、明日は忙しいので。
本当に申し訳ありません」
俊和はフューリからのクーポン券を受け取らず、すぐに自室に戻った。
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「まさか私にも賄賂を持ちかけるとは思いませんでした。
映像水晶が欲しかったですね」
フューリに警戒されることを恐れて映像水晶を持たなかった俊和は、代わりに詳細を手帳にメモする。
メモをし終えた俊和は、イルフィンザールで入手した情報を個人的な考察を加えて整理し、仕事仲間に電話をかけた。
「イルフィンザールでの情報収集は時間の制約もあり、もう少し日が欲しいところです」
『でも、今のところイルフィンザールの情報は集まったんでしょ?』
「当初の目的の一と三分の二ですね。残りの三分の一は難しいと思います」
俊和が報告すると、電話口の向こう側から人が椅子から落ちる音が聞こえた。
『じゃあ、僕の出した指令は完璧ってこと?』
「はい。
後は個人的に気になったことを調べていました」
俊和は手帳に記した情報を仕事仲間に伝え、仕事仲間が絶句する。
『──詳し過ぎない?』
「いえ、情報に多過ぎはありません。
万が一があり得てはいけませんから」
一つの漏れが、大きな事故に繋がる。
あの時の失敗から、俊和は様々な情報を手帳にメモす
る習慣が始まった。
『あの時のことを引っ張っているのなら、君は悪くないよ。あれは、僕の責任だ』
「───」
あの時。
過去にもしはあり得ないが、俊和はあの時の出来事は嘘であって欲しかった。
だが、現実は元王女との共同生活。
嫌いではないが、微妙だ。
『ともかく、君に頼んでいた情報は僕がしっかりと受け取った。
お疲れ様、俊和君』
「お疲れ様です、キリカさん」
俊和は電話を終え、布団を敷いた。
「あの時が無かったら、か…………」
自分の育て親を亡くしたあの時。
キリカは自分の所為だと言ったが、あれは〇〇が全責任を負うべきだと思っている。
「──考えても無駄ですね」
俊和は溜息を吐きながら手帳をしまい、就寝した。