第九話『 重なるのは面影 』
『 ガゥ 』
私のベッドの上でゴロゴロ遊んでいるのは、可愛いナイジー。
残っていた食事を与えると、美味しそうにペロリと完食してくれた。
町の男性と同じ何処か中世の香り漂う衣服でも、クラウスがそれを纏うと映画の俳優さんみたいに気品が溢れ出る。 そんな彼が靴を鳴らして私のそばに近寄って来た。
「 ナイジーと一緒に寝るか? 」
「 うん! 」
「 そうか、なら俺はもう戻るよ。 明日もお互い早いんだし、海ちゃんも良い子に早く眠れよ? じゃあおやすみ 」
「 明日も頑張ろうね! おやすみ 」
私の頭を撫でてヒラヒラと手を振り部屋を去って行ったクラウス。
彼は本当に自立した大人だと思う。お金の大切さもよく知ってるし、人の痛みだって理解出来る人。
ーーああ、考えるのは辞めよ。
「 ふふふ、うん、暗い顔しちゃってたね。 ありがとうナイジー 」
私を励ますように先端の白い尻尾を揺らして、フンと両手をベッドの上で鳴らしたナイジーの首筋を撫でると嬉しそうに身体を委ねてくる。
元気に戻った私に満足したのか、シーツを押しながら、窓際の方まで近寄り、可愛いらしくお座りして窓の月夜を見上げていた。
その愛らしい模様の入った後ろ姿を見つめながら声を掛ける。
「 ナイジー? 」
返事をしないこの子は、もしかしてお母さんを思い出しているんだろうか? ……この子はどうやってこの街まで来たんだろう? どこで、お母さんとはぐれちゃったんだろう。
「 窓の外が気になるの? 」
ゆったり揺れる尻尾と後ろ姿を見てると、懐かしい気持ちがダムのように押し寄せる。 そして、あの人の影が重なる………ナイジェルは時折こんな風に虎の姿になると、尻尾を揺らしながら窓の外をボケーっと見つめていることがあって、いつも私は黄昏ているそんな彼を茶化していた。 思い出していると、途端に熱い物がフツフツとこみ上げて来た。
ーーーこの子とそっくりな彼の尻尾が鮮明に脳裏に浮かび上がった所為だろうか?
” お前は虎族が怖くないのか? ”
” うん、全然! 寧ろカッコイイよ ”
” ねぇ〜虎に変身して背中に乗せてよ ”
” お前は重たいから嫌だな ”
” ちょっと! いつもガウガウ鳴いてたのって文句言ってた訳⁉︎ ”
” 冗談だ。 後で乗せてやる ”
「 ……っ、ナイジェル 」
それは涙の混じった鼻声だったと思う。 だからびっくりしたのか、ナイジーは肩をピクンと揺らして私を振り返った。 子供だけれど鋭い眼光を揺らして、真っ直ぐ私を見つめている。 そんなナイジーは頬に涙を流す私のそばまでシーツを踏んで歩いて来る。
『 グゥル、グゥル 』
泣かないでと慰めてくれているのが、どうしてか手に取るように分かる。
” 私はお前の一番の友で、味方だ ”
テディーの事で泣いてばかりだった私にいつもナイジェルはそう言ってくれていた。 この子の様に、私が涙を流した時は、すぐに寄り添ってくれた。
ベットに肘を付けて泣き顔を抑えている私に、賢明に擦り寄ってくるナイジーの頬を震える手で触れる。
分かってる……この子はナイジェルではない。 虎族は自身の成長に従って、大人になれば大人の虎にしか姿を変えることは出来ないし、成虎の姿のナイジェルを私は何度も見ている。
「 …っ、あなたの名前はね、私の一番の友達の名前から貰ったの。 あの人もね貴方と同じ様な尻尾を揺らしてたんだ…… 」
『 グゥル 』
「 本当に大切な友達……っ、年も性別も違うけど、心から信用してる大切な友達なの。口癖は” 私は味方”だったんだ……一番喧嘩したけど、直ぐに仲直り出来るの。 虎の姿の彼はね、誰よりも無敵で最高なんだよ 」
『 ガゥ、グゥル 』
僕も居るよと必死に鳴いてくれるナイジーに、泣き顔で何度も頷く。
ずっとずっと後悔していたあの別れの出来事が、鮮明に押し寄せて来た。 彼の短剣を持って『 帰るくらいならここで死ぬ 』と言ってしまった事、忙しい合間を縫って懸命に私を探し続けてれていた事……後悔が壊れたダムのように溢れ出て、堪らなくなって涙と声がゴチャゴチャになる。
ベッドに顔を埋めてわんわん号泣する私に、ナイジーも戸惑っているかもしれない。
「 ……っ、ごめんナイジェル 」
謝ったって二度と会うことは出来ない。 彼の優しさも何もかも踏み躙って姿を消したのは私の方だ。
それなのに、我儘な私の心は少しも変わらない。
” ずーっと友達でいようね!約束 ”
” ふっ、あぁ、約束だ ”
「 ……っ、さよならなんてーー 」
『 グゥル! ガゥ! 』
少し高い子供の雄叫びを挙げたナイジーが、顔をあげてと叫んでいるような気がして、億劫な顔を上げると突進して来るように小さな身体を全力で私に向けて来る。
それは彼の精一杯の愛情が含まれている気がして、そんな行動もナイジェルと重なってしまって。
小さなその子を抱き締めて、淋しさを抱え切れなかった私はまた子供みたいに静かに涙をこぼし続けた。