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第七話『 国境の町アシュリー 』



「 エルちゃん、髪切りたいんなら私が切ってあげようか? 」

「 本当? ありがとう! 」

「 先に爪研ぎだけ済ますからまっててね〜ん 」

「 んふふ、はーい 」


爪研ぎを終えた手で、お尻まで伸びてしまった黒髪を手際良く切ってくれるのは今お世話になっている魚料理が人気の知る人ぞ知る酒場『 シーサイド 』の店主、フレディーヌさん。


テディー達と最後に会ってから、半年は経ったと思う。

日本のように、春夏秋冬の移り変わる美しい四季がないこのグリンディールは、年中爽やかな春の日差しが柔らかく照りつけている。

季節感が掴めない代わりに、あれから何枚もカレンダーを捲ってはその度に大切な一期一会を繰り返した。

ナイジェルの推理通り私はアルファベットを順番に名乗り、気付けばエルと名乗って生きていた。

サンバンから随分離れたこのアシュリーと言う町は、猫族が大半を占める魚料理が有名な田舎町であり、尚且つーーーー最北端の国境の町。


国境の駐屯兵に私のことが知れ渡っていたらどうしようと言う懸念から、国境から馬車で20分ほど掛かるこのアシュリーの中心部に私は生活の基盤を置いて、気付けば今迄の中で最長の2ヶ月を過ごしてしまっている。

時間は良薬なのかまだ何とも言えないけれど、あの頃よりはテディーを思い出す事はないし、名前が出て来たとしても動悸が激しくなったりすることもなくなった。

前々回の町で、女遊びに慣れていそうな男の人と一度だけキスをした……あ、したと言っても不可抗力でボケーッとしている所を不意打ちでキスされてしまった。

バカな私はテディーの体温の他の男に上書き保存してもらおうなんて考えて、ホイホイ宿屋について行ったけれどいざそうなると、途端に恐怖しか感じられなくて『 あ、そうそう魔女の呪いで、私と一度寝た男は他の女に手を出すと死ぬんだけど、勿論それでもいいよね? 』なんて笑顔で私に覆いかぶさる男に言い放った。すると、その男は半泣きで尻尾を巻いて逃げ出した。

安堵感と共に自分を大切にしなかったことへの劣等感と、馬鹿ことをしたと涙が溢れて来て止まらなかった。

きっとこんな言い訳をした事がバレたら婆ちゃんにデコピンを喰らうだろうけど、その話を逞しい町の娘たちにしたら何故か大ウケして、いつも間にかその町の女の断り文句として定着しちゃったから私は目をひん剥いて驚いた。余りにも有名になって所為で、その時から旅を共にし始めた仲間にはしこたま怒られたけど……でも、どの町でも人が驚くほど温かくて素敵で、私は益々グリンディール帝国が好きになった。

だからこそ、この国境を越えることを本心では躊躇してしまっているのかもしれない………アレから、神聖騎士軍もテディーも私の前に現れることは無かったから、もう探す事を辞めたんだろうと安堵と共に、言い知れない哀しさも小さな波のように私に穏やかに流れてきた。


テディーに会えない云々なんかよりも、ナイジェルを含めた城の皆ときっと二度と逢えない……その事実だけは何時までたっても、私の心に氷柱の如く突き刺さるんだ。


「 エールちゃーん。 もう、また考え事してるでしょ? いっつもそうやって険しい顔するんだから……あら、そろそろ迎えに来る頃なんじゃないの? 」


胸元までに揃えられた黒髪を満足気に触ってお礼を言うと、年齢不詳の色気漂うフレディーヌさんが、豊満な胸を押し付けて私を抱きしめる。 猫族らしく頬を擦りすりして喉を鳴らしてるから、多分、嬉しいんだと思う。 そんな彼女の腕の中から時計を見ると、確かにそろそろ迎えにやって来る時間だった。時計を凝視する私にニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるフレディーヌさんを呆れて一瞥する。


「 怒んにゃいでよ〜エルちゃん! 」

「 ねぇ、言葉遣いが中途半端になっちゃってるよ⁉︎ 」


頭から猫耳がぴょこんと揺れてる彼女は不敵にふふふと微笑んでから、谷間を寄せて私を見つめる。


「 ねぇ〜、エルちゃんもお店に立ってよ? お客様もあの子をウェイトレスにしろって何時も煩いのよ〜? 貴女はお人形さんみたいに綺麗だし、ウチも助かるのになぁ。 あ、でも他の男にお尻でも触られようもんならあの子が黙ってないわよね? 」

「 もう! フレディーヌさん茶化してるでしょう‼︎⁇ 」

「 んふふ、まぁ、店の鍵はポストの中に投函しておいて〜私はもう眠たいから寝ちゃうわね〜ん。 今日はお店はお休みにするわ 」

「 ねぇ、フレディーヌさん! 」

「 ンニャー 」

「 …っ、もう 」


フレディーヌさんの髪と同じように艶のある茶猫が、尻尾をフリフリして二階に呑気に上がって行く。

猫の姿に変身した彼女は何時も気まぐれだけれど、そんな魅力のお陰で男客が大半を占めるこの店はいつも繁盛している。

勿論気まぐれな店主はうっふんと妖艶に微笑むだけで、店の事は従業員に任せることが多い。

そして逃亡中の私は、フロアに立ちすぎると記憶に残ってしまうという懸念から、此処にやって来てからはずっと調理場の方に回して貰っている。

そんな時、準備中の立て看板を気にする事なくカランカランと鈴を鳴らして誰かが入って来た。

そして、それが誰か分かっていた私はその人に向かって泣きボクロと頬を緩めて振り向く。


「 おぉ、雰囲気が変わってる。 良いじゃないか似合ってるよ海ちゃん 」

「 クラウス、迎えに来てくれてありがとうね 」


ミルクみたいな甘い無造作の白髪と、少しだけ焼けた艶のある小麦肌を持つ彼は、刹那な雪と陽気な南国を持ち合わせたような不思議な魅力で女の子をいつも魅了している。 町の娘曰く、一世紀も前に絶滅したとされている魔法族の様なミステリアスさが堪らないらしい。


” 無気力 ” ”脱力感”そんな言葉が似合いそうな立ち振る舞いだけど、いざという時の行動力や言葉の重みは皆が魅了されて、素晴らしいとどの町でも定評だった。


思い返せば、確かに婆ちゃん以外の魔法族には会ったことないし、婆ちゃんの存在自体、王家と一部の人間しか知らないようだった。


「 ん? どうした海ちゃん 」

「 ………いや、何でもないよ 」


” 互いに余計な詮索はしない” それが、私達の間で交わした約束事。 だから私は彼が魔法族なのか、そうじゃないのかは知らない。 知っているのはクラウスと言う名前と、私より二つ年上の25歳ってだけ。

柔らかくゲラゲラ笑いながら私の切ったばかりの髪を梳く。

そう、あの時しこたま私を怒ったのは何を隠そうこのクラウスで、四ヶ月前些細な出来事で一緒にこの国境を目指す事になった。

元々、私の名前は非公開にされていたし、偽名を使っていたのは王城の彼等を惑わす為だけだったから、クラウスには本名を偽ることはなく二人の時は彼も私の名前を呼ぶ。


「 帰ろうか、腹減った 」

「 うん、魚屋さんに寄ってから帰ろう 」

「 あぁ、此処に来る途中に新鮮な鮎が並んでたから、取り置きしてきた。海ちゃん好きだろ? 」

「 うん、大好き! ありがとう 」


差し出された左手の薬指に嵌められている銀色。私は躊躇もせずにその手に自分の手を重ねる。


ーーーそして私の左手にも同じ銀色の指輪。



ーーーー

ーーー



「 そういや、フレディーヌさんは居なかったのか? 」

「 居たんだけど、猫になって寝ちゃったの 」

「 おいおい、またか 」


クスクスと平和な顔で笑う彼に目線を合わせて、私も同じように微笑みながら、猫や人間が行き交う町の中をブラブラと歩く。

時折二人の足元をワザとらしく通り抜ける猫が、猫族なのか、本物の猫なのか未だに区別がつかない。


「 だから居なかったんだな。 何時もなら” やーい偽装夫婦 ” って茶化してくる癖によ 」

「 んふふ、まぁ正論だけどね 」



町の中を歩く私達は、手を絡めて仲睦まじく歩くことは決してない。

あの魔女の呪い事件の後、散々怒られた結果、クラウスは女除け対策に、私は馬鹿なことを二度としない為にと互いの利害が一致して ” 偽装夫婦 ” を演じる事になった。 だから食事は共にしたとしても宿の部屋は別々だし、恋人と言うわけでもない。


「 ん、なんだ? 俺の顔になんか付いてるか? 」


ジッと彼を見つめながら隣を歩いていた私を、戯けた眼差しで見下ろしてくる長身のクラウス。

彼に名前を伝えたのも、共に旅をしているのも、その人柄に城に居る大好きな兄達を重ねてしまったからかもしれない………彼には何だか、昔から知っているような懐かしさを感じてしまった。 たぶんそれは、フィリップ、セドリック。 そして、彼等の護衛をしていたミケルソンとチェスター。


ーー無意識に、彼等を重ねていたのかもしれない。



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