第四話 『 私と彼 』
ーーー夢を見た。
此処に来た日の事から今日までの事が走馬灯の様に夢の中で色を変える。
私が此処に来たのは、奨学金を貰って通っていた大学三年の就職活動真っ只中の時だった。
総勢九人と言う大家族に揉まれてお世辞にも裕福とは言えない家庭で生きて来た私は、堅実で贅沢をしない生活を当たり前の様に送ってきた。
一度だけ彼氏がいたこともある。
大学に上がってお別れしちゃったけれど、とても性格の良い優しい人だった。皆はお世話でも格好良いとは言ってくれなかったけど。
夢だった企業からの内定の連絡が来て、余りにも嬉しかった私は思わずその場で目を瞑って飛び跳ねた。
家族みんなでいつか家族旅行に行くんだ! 奨学金も返済できる! 質素万歳! 贅沢反対!なんて心で唱えて。
ーーーそしたら、この世界に来てしまった。
婆ちゃんの魔法で、素質のある人間を呼び寄せたと説明されても、私は絶望でずっとずっと毎晩泣き明かした。 二度と故郷には帰れない上に、地球での私の存在は無かったことになっていると言われてしまったから、そんな勝手な事が許されるのかと何度も泣き喚いた。家族にも故郷の惑星にも忘れられるなんて、余りにも悲しかった。 けれど、そんな私を側で支えて温かな心をわけてくれたのは彼等だった。そう、 物語のお約束通り私の周りには美形の王子様が三人と、その人達を護るこれまた美形の騎士様三人がいた。
” フィリップ此処がよく分からないよ。 この人は結局どうなったの? ”
” ん? 何処だ、少し本を貸してみろ ”
フィリップ・ラズ・グリンディール
彼は王位継承権を持つ第一王子。 金髪碧眼で絹の様な真っ直ぐな髪を腰まで伸ばした美しい彼は、口数は多くないけれど威厳のある優しい人で、この国の歴史を教えてくれた兄の様な頼れる存在だった。
” セドリック、私も一緒に乗馬したい! ”
” 勿論だ。だが舌を噛むなよ ”
セドリック・レジ・グリンディール
第二プリンスの彼も同じ様に金髪碧眼で、オールバックにした肩までの金髪をいつも一つに結っていた彼は、兄弟の中で一番男臭い風貌で、私の一つ年上。 城に居ないと思ったら、大抵近くの大きな森の中を騎士達と競争して駆け回っているような人。 小さな頃からの友人の様に、私の話し相手になってくれていた。
そして、そんな二人の側近騎士だった猫族のミケルソンと蛇族のチェスター。 気付けば私はこの世界の彼等が大好きになっていて、帰れない事に絶望する事もなくなっていた。
皆と過ごす王城の生活は私にとって夢のお話の様に素晴らしい物だった。 侍女や使用人の皆とも何時の間にか打ち解けて、私はずっと此処に居たいとさえ思っていたんだから。
王子である彼等は教えてくれた、数年前から夢で小さな頃の私の映像を何度も見ていたと。 だから、私がこの世界にやって来た時にその小さな子が私の幼少期だとすぐに分かったと、私が導きの女神様で間違いないと思ったと。
” そうか、だが僕はそんなもの見ていない ”
素っ気ない顔でそう言い放ったのは、末の第三プリンス。
テディー・リリ・グリンディール
彼は一人だけ癖のある柔らかな猫っ毛で、瞳だって碧眼じゃなくて深い森のような綺麗な緑色だったし、上の二人は男の人らしい端正な顔立ちだったのに比べて、テディーは名前の通り中性的で、どちらかと言うと美人で可愛らしい容姿だった。
私の夢なんて見たことないと一蹴したテディーは、末っ子らしい性格で、王子様だから人を使う事に少しも抵抗なんて見せなかったし、それでもその言い方は嫌味ったらしくはなくて思わず即頷いてしまうほど自然と物事を頼むのが上手だった。
彼はお金に糸目なんかつけなかったし、欲しい物は絶対に手に入れていた。 多分その立場上、お札を見たことすらなかったと思う。
典型的な上流階級の人間だったけれど、決して人を悪く言わなかったし、怒って誰かを怒鳴りつける事も失敗した人を責めたりもしなかった。
” ねぇ、テディーお金は勝手に湧いてくる物じゃないのよ? ”
” あなたの為に動いてくれる人に感謝しなきゃいけないよ? ”
当たり前の様にお金を惜しみなく使い、人を使う彼にお節介を何度だってしつこく言い続けた。
そんな風に付かず離れずの距離で一年間を過ごした私達だったけれど、そんな彼に恋に落ちたのは私が先だった。
” もしかして僕の事好きなの? 別に恋人になってあげてもいいよ ”
そんな言葉を皮切りに私達は、曖昧な恋人関係をスタートさせた。
今でも思うけれど、どうして他にも素敵な男性に囲まれていたのにテディーを好きになってしまったんだろう。 でも、だって、あの時のテディーは確かに掴み所のない不思議な人だったけれど根は素敵な人だった……でも、恋人になった途端、彼は変わってしまった。
ーー女の子と浮気ばかりを繰り返すようになった。
ーーーー
ーー
あぁ、懐かしい記憶。
これは多分私の部屋の窓から綺麗に見えていたバラ園だ……やっぱり、私は毎度の様に号泣している。
「 ……っ、どうして他の女の子とキスするの⁉︎ 」
顔を真っ赤にして泣きベソをかく私を喉を鳴らして見ているのはテディーだった。
「 辞めて欲しいの? どうして? 」
私を試す様に毎度こうやって、反省の色もなく問いかけてくるテディーに一生懸命に思いが伝わる様に、何度も何度も私は伝えていた。
「 嫌だからよ! テディーが好きだから…っ、私以外とそんな事しないでよ! 」
「 へぇ、そんなにヤキモチ妬いて泣くほど僕の事が好きなんだね 」
「 どうして何時も他人事みたいに言うの⁉︎ 約束してよ! もうしないって言ってよ 」
「 あ、もう執務の時間だ。 さぁ、部屋まで送ってあげるよ 」
手をつないで歩き始めようとしたテディーの腕をガッと掴み、彼に精一杯のワガママを伝える。
「 ねぇ今此処でキスしてよ、お願い 」
「 僕はプリンスだよ? 僕の言うことは聞かなきゃいけないよ。 何度も伝えたでしょう? 日の出ている時間は君とキスは出来ない 」
前に視線を戻したテディーは、絶望で涙が止まってしまった私に気付いてくれない。只々、柱の影が幾重にも伸びた外廊を手をつないで歩く。
この手は一度だけ私を抱いた………あの日の事は私にとって幸せな思い出なんかにはならなかった。
” はい、コレで顔隠して ”
テディーはずっと、私の顔を枕で見えない様に隠させて行為を終わらせた。 それはキスもなく、愛の言葉もなく、私はただの動物になってしまったような錯覚に陥って、枕で声を押し殺して泣いた。
テディーはそんな私に最後まで気付かずに、全てが終わると足早に部屋を立ち去って行った。
日中にキスをしたがらないのも、あれ以降手を出して来ないのも聞かなくても嫌という程意味が分かる。
ーーー私の顔を至近距離で見たくないんだ。
ーーーー
ーー
あぁ、これも懐かしい。
半年もの間、毎日の様に他の女とキスをするテディーを余りにも見過ぎて、私の心は麻痺してしまっていた。
テディーがワザと私が目撃してしまう場所でしてるっていうことにも気付いていた……麻痺してしまった私はそれと引き換えに、ただその事実を静かに受け入れる様にさえなっていた。
そして、その度に少しずつ心が殺された。
「 僕の事が好きだと何故いつもの様に言わないの? キスを見て何も思わない? 」
心外だと言う顔で見つめてくるテディーの考えている事が、私にはもう分からなくなった。
テディーは望んだ物は何が何でも手に入れる人だった。
そして、それは多分人に対しても同じだった………この世に一人しか存在しない”異界の女”を所有したいと考えたのかもしれない。
自分に愛を向けてくる異界の女を手に入れて弄ぶことが残酷なほど純粋で無垢な彼にとって、最高の暇潰しになったんだろう。
それでも、その手を離せなかった自分が情けない……それほど本気であの人が大好きだったから。
ーーーそして、あの場面を見た。
テディーは見知らぬ女と私のベッドで事を行っていた。
何よりも心を抉られたのは、彼がその女の顔を枕で塞いでいなかった事かもしれない。
彼の返答に、私はどんな反応を示したんだっけ? ………あぁ、そうだ。
ーーー私は、静かに涙を零して彼に微笑んだ。