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第三話『 汽車の中で思う 』

簡易な個室になっているこの汽車は、中々豪華な作りをしている。

そんな時、ガラガラと彫刻が施された扉の開く音が聞こえて来た。


「 帽子のお嬢ちゃん、切符の拝見をさせてくれ 」

「 あぁ、はいどうぞ 」

「 あれま!驚いたな、お嬢ちゃんクザンまで向かうのか? ……若いのにクザンまでの料金を払うなんて結構な出費だったろう? 」

「 お給料の9割は消えちゃったけど、仕方ないよ。 クザンは故郷だからね、弟の結婚式があるから馬車で帰ってる場合なんかじゃなかったの 」

「 へぇ! そりゃめでたいね、おめでとう!良縁に恵まれたんだな 」

「 ありがとう 」


15万ルベアを支払った証のその切符に穴を開けながら、汽車の車掌さんは労いと祝福の声を掛けてくれる。 何時から私はこんな風にスラスラと嘘をつける様になっちゃったんだろう……こうやって暖かく声を掛けてくれる人の想いを何度も踏み躙って。


「 馬車となると2週間は確実に掛かってしまうだろうからなぁ〜汽車がもう少し安くなれば帝国民も随分と移動が楽になるんだがね……って、私が言っちゃ駄目かもしれんが 」


戯けて切符を返してくれた車掌さんが、帽子のつばを持って和かに挨拶をしてそのまま次の人の切符拝見に向かう為に扉を開けて出て行った。

窓の外に流れる自然溢れる景色を眺めながら、思いを馳せる。

本当ならバゼルから馬車で3日で行けたはずのサザンカと言う田舎町に行く予定だった。 真っ直ぐに隣国との国境を目指すつもりだったけれど、神聖騎士軍が私を探してるという思わぬハプニングで仕方なく進路を変えてクザンを目指す。

聡明で洞察力に秀でたナイジェルの事なら、きっとバゼルに私が居た事実だけで私の思考回路なんて簡単に把握出来ただろう……きっと、隣国に逃げるつもりだと。 だから敢えて回り道して、方向の違うクザンまでの切符を買うしかなかった。 予想外の出費で正直かなり財布もさみしくなってしまったけれど。財布を見てため息を付いた私は、その中から小さな飴玉の様な石を取り出して眺める。


「 ……婆ちゃんの、おケチ 」


意地悪な笑顔を零すあの人を思い出すと、自然と頬が拗ねた様に膨らんでしまう。


” この世界の歪を直した報酬に私の魔法でアンタを隣国まで飛ばせって? ひゃっひゃっ、随分と大きく出たね ”


真っ黒のローブに鷲鼻という出で立ちの絵本の通りのあの魔女は、私の心を見透かす様な余裕綽々の笑みで私を一蹴した後、この飴玉の様な石を渡してくれた。


” 法律違反はしない主義だからねぇ。 ついにテディーに愛想が尽きたのかい? ひゃっひゃっ、仕方ないねぇ〜ならコレをあげよう ”


シワシワで爪の長い手が差し出したこの石を受け取った私にあの人は使い方と効力を教えてくれた。 懐かしいその出来事を思い出していると、上品な衣装を身に纏った10歳くらいの小さな男の子が音を立てて扉を開けて、私の真ん前に行儀良く座り、躾が行き届いてる様な仕草で会釈をして来た。


「 御機嫌よう、麗しきお姉さん。

席が空いていなかったので此方に失礼しても? 」

「 あら御機嫌よう、王子様。 どうぞお掛けになって 」


戯けて返すと男の子は照れ臭そうに歯で下唇を少し噛んで微笑んだ。目の下に逆三角の形で刻まれた赤いその子の種族を示す印が柔らかく歪む。 王子様と呼ばれたのが余程嬉しかったのか、男の子が子犬の様に尻尾を揺らして喜んでいる……この表現は決して比喩なんかではなくて、本当に尻尾を揺らして。


「 んふふ、貴方尻尾が出て来ちゃってるわよ? 」

「 あ、ごめんなさい。 僕はまだ子供だから上手く制御が出来ないんです 」


最初この世界に来た時は気絶するほど驚いたけれど、この世界には人間の他にも種族がある。 名称はあるけれど簡単に訳せば、犬族、猫族、虎族、蛇族、妖精族……そして類希なる魔力を保持する歴史上は絶滅したとされる魔法族。 しかし彼等は種族を越えて分け隔てなくこの世界で手を結び過ごしている。ディアリー族は俗に言う妖精族の名称で、東洋人の私とは顔立ちは似ていないけれど、黒髪を持つらしく、そのお陰で私は正体を怪しまれずに旅を続けれている。


「 レディー、貴女はどちらまで? 」

「 そうね、気の向くまま何処まででも。 貴方はどちらまで? 」


やんわり濁した事に気付いた男の子はそこに触れることなく、愛想良く返事を返してくれる。


「 ダルズベを経由して王都まで向かおうと思っております。 上流階級と言えど、不必要な出費を避ける事はとても大切な事ですから 」


本当によく出来た男の子だ。

汽車を使うのは大体育ちのいい上流階級の人達か成り上がった商人、もしくは短距離を移動する一般の帝国民しかいない。 身なりで分かっていたけれどやはり良いとこのお坊ちゃんのようらしい。


「 貴方は良い子に育っているのね。 素晴らしい心構えだと思うよ、御両親は心配なさってないの? 」

「 えぇ、両親は仕事で先に王都に向かっておりますので 」


何処かウキウキと心を弾ませているその男の子の手には、剣を握っている証の小さな豆が沢山出来ていて、思わずその手をとって見つめてしまった。


「 恥ずかしいのですが、将来は神の末裔であらせられる神族グリンディール王家を御守りする騎士になりたいのです 」


夢と希望に膨らんだその子の明るい声と言葉とは裏腹に、私の心は暗く曇ってしまう……どうしても、この国にいる限りは逃れられないその名前に一瞬で気持ちが引き戻される。

でも、夢を語る男の子にそんな顔を見せちゃいけない。私は咄嗟に取り繕って笑顔を貼り付ける。


「 夢を持つことはとても大事な事だよ。 叶うといいね、応援してる 」


髪を撫でると、ピョコンと突然小さな可愛らしい耳が飛び出て来た。

思わぬ反応に喉を鳴らして私が笑うと男の子はまた照れ臭そうに微笑む。


「 実は、小さな頃に両親に連れて行かれた王城の中で迷子になった事があるのです………その時に泣いていた僕を見つけて、抱きかかえてあやして下さったのが第三プリンスと虎族のナイジェル騎士様だったんです 」


ーーーーー

ーーーー



あの男の子が下車した後も、汽車は変わらず目的地まで突き進む。

そんな中、一人になった私は耐えるように唇を噛み締めて目を閉じた。 いつかの光景が蘇ったから。


” プリンス・テディー様! 息子の御無礼をどうかお許しくださいませ…っ、どうか、どうか! ”

” 子が元気に走り回れると言うのは、この国が平和な証拠だよ。 おぉ、君は随分と重たいね ”


葡萄のジュースをテディーの装束に零してしまったポチャっとした男の子を抱き抱えて、穏やかに驚いた顔をしながらも、慈悲に溢れる眼差しで微笑んでいたあの人の顔を思い出してしまう。

あの人は、小さな子供や動物にとても優しくて決して怒ったりはしなかった……私はそんなところが好きだった。



ーーでも、その優しさを私に向けてくれたことは一度もなかった。



” ナイジェル! またテディーが他の女とキスしてたのっ……しかも朝っぱらからよ⁉︎ 私とは日が出てる日中は嫌だって拒否するくせに! ”


大好きだったテディーは顔の見える日中は絶対にキスをしてくれなかった。 悲しくて、一度だけ無理やり私からキスをしたことがある。

でも、その時テディーは私を無理矢理に引き剥がして此方を見ることもなく足早に立ち去って行った。

声を殺してボロボロ泣いている私になんて、一度も振り返ってくれることもなく。


「 ……最初から最後まで私の片思いだったんだよね 」


分かっていたのに、その事がどうしても悲しくて悲しくてやり切れない。 下車の前に男の子が発した言葉が頭から離れなかった。


” 第三プリンスは異界から訪れたあの”導きの女神様”を籠愛なさっておいでなのはご存知ですか? だから僕はその方も含めてナイジェル様と共にお二人をいつか御守りできる騎士になりたいのです! ”



” 導きの女神様 ” そう呼ばれていた頃の記憶が蘇っては雪の様に儚く消える。 約二年前、確かに私はそう呼ばれていてこの国の未来を救う役目を担った。 未来を救うなんて大それた言い方は少し膨張し過ぎかもしれない………結局は、私に流れているこの世界の者ではない人間の血が少しだけ必要だったってだけで。

その血を使って本当にこの世界の歪を修正したのは、魔女である婆ちゃんだった。


すっかり夜になった窓の外を見つめようとしても、汽車の明るさが反射して鏡の様に私が映るだけ。

そして、その顔は泣きそうに歪んでて、酷く情けない表情をしている。

泣きボクロが哀しげに細くなって。


「 ……ごめんね、籠愛なんてされてなかったんだ。 私はーー 」


帽子を深く被り直して、息を整える。 もうあの人を思い出して泣くのは懲り懲りなんだ……私は全部捨てて、新しい人生を生きるって決めたんだもん。 私の物語はハッピーエンドになんてならなかった。


「 お嬢ちゃん、消灯の時間だからシャンデリアの灯りを消させてもらうね 」


扉を開けた車掌さんに頷いた後、すぐに辺りを暗闇が包んだ。

この二年でこの世界での生活にすっかり馴染んだ私は、携帯電話の代わりに胸元のポケットに入れていた懐中時計を取り出す。

月夜に映るその羅針盤は日付けが変わる少し前を示していた。


「 うん、嫌なこと考えるのは辞めよ。 明日からも頑張らなきゃね 」


線路の上を音を立てて突き進む汽車に揺られて私はそっと目を閉じた。




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