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第二話『 ディーと神聖騎士軍 』

ーーー

ーー


「 いらっしゃい! 二名さんね、好きなところに座って 」


この世界で一番の国家が繁栄するグリンディール帝国の王都から、数百キロ離れた小さな地方都市。

羽根帽子の貴婦人や、恰幅の良い髭の紳士が行き交う煌びやかで幻想的な王都のように栄えてはいないけれど、教科書で見た中世の田舎町のようなこの町並と、何より人との距離が昔の日本の様に近くて私は割と気に入っている。



「 ディーちゃん、手が空いたらコッチに酒持って来てくれ! 」

「 うん、すぐ持って行くね! えっと、いつものでイイよね? 」

「 おうよ、流石この店の看板娘だな~! すっかり馴染んでるじゃねぇか 」

「 褒めても何も出さないから! 」



ーーー私の偽名を呼ぶいつもの見知った常連客達の声に、目の下の泣きボクロを細めて、笑顔で振り向き声を交わし合う。 まだ昼前と言うのに、美味しそうにお酒や食事を嗜む人達の楽し気な喧騒だけが店の中に響く。


「 ディーちゃん! それ終わったら今度はコッチにシャンパンをお願いしてイイかしら? 」

「 あらお姉さんいらっしゃい! 今日も相変わらず美人だね! 」

「 知ってるわよ、私は今日も艶やかでしょ! でも貴方みたいにその色っぽいホクロがあれば尚良しなんだけどねぇ 」

「 ふふ、私のチャームポイントだからね 」


煩い店内の中で声を張り上げ、営業スマイルもすっかり板についた私は、王城から逃げ出して一期一会の様々な出会いのお陰で酒場を転々として、今は数百キロ離れたこのバゼルという地方都市の常連客しか訪れない小さな酒場を手伝っている。


店がようやく落ち着いた頃を見計らって、店主さんが私に何時ものまかないを出してくれた。


「 ディー、お疲れ様。 はい、これ召し上がれ。 今日もイキイキしてたわねぇ 」

「 だって楽しくて仕方ないよ! 美味しそうにこの店の料理を食べてる人を見るのっていい事だよね! …あ、いただきます 」

「 ねぇ、不思議に思ってたんだけど”いただきます”って手を合わせるのって貴女の種族の風習なの? この辺にはディアリー族は居ないから貴女の種族の習慣ってよく分からないのよね 」

「 これはね、命をいただく事への感謝が込められているのよ。 ディアリー族の風習って訳ではないんだけどね……忘れたくない大切な習慣なんだ 」

「 へぇ、素敵な習慣じゃない! でも淋しいわね……折角慣れて来たのに、もう約束の40日が経っちゃったもんねぇ 」


今お世話になっている酒場の店主さんが寂し気に眉を下げて、曖昧に微笑みながら私のそばに置いていたコップにお茶を注いでくれた。


「 ごめんね、でも隣のハーバルディラン王国で母が私の帰りを待ってると思うから…… 」

「 いや、謝ることはないよ! やっと探し出せたお母様の為に貴女は王都から遥々このバゼルまでやって来たんだしね。 それにしても隣国となると、まだまだ道程は遠いね 」


曖昧に微笑む私に労いの声を掛けてくれる優しい店主さん。 偽りの理由でこうやって素性を隠してグリンディール帝国の大陸を突き進んでる私は、この人の様な優しい人達に助けられてようやく半分辺りまで辿り着いた。



ーー王都から……彼から少しでも離れる為に。



「 もう荷物もまとめ終わったのかい? 」

「 うん、夕方にはバゼルを出発するつもり……本当にお世話になりました 」


食事を終えて、店の裏口に立った私は店主さんにそう言って最後の挨拶とともに頭を下げると、店主さんの方から鼻を啜る音が聞こえて来た。


「 またいつでもいらっしゃい 」


差し出された手と固く握手を交わして、笑顔で最後を迎えたはずだったけれど、夜に向けて一旦営業中の札を下げていたはずの表の扉が、カランカランと鈴の音を立てて開いた。 店主さんも予想外のその音に思わずサッとそちらを振り向く。


「 すまないけど、今は準備中だよ? ……っ、し、し、失礼致しました! 」


ツカツカと靴を鳴らしてフロアまで出て行った店主さんの声が、その入って来た主を捉えた瞬間に踏ん反りかえる様な動揺と萎縮を纏った事に、私は最悪の予感が的中してしまったと気付いた……だって、鈴の音が鳴った途端、圧倒的なオーラが店内を支配したから。 その人の気配は一人ではなく何人か引き連れてやって来たと安易に想像がつく。向こうからは見えないこの裏口の前で息を潜める私の額からは冷や汗が流れ出る。


「 ……っ、御無礼をお許し下さいませ! 神聖騎士軍様! ま、まさかこの様な地方に貴方様方がお見えになるとは想像もしておらず……も、申し訳ございません! 」


” 神聖騎士軍 ” その言葉に私の胸が途端に数か月前の苦い思い出に抉られる……そう、ほんの数か月前まではその名前は何よりも近い場所にあったのに。


「 そう慄く事はない。 此方が貴殿の酒場に勝手に入って来たのだからな。 私はグリンディール帝国、神聖騎士軍のナイジェル・セト・ビットマンだ。 準備中のところを押し掛けてすまないな 」


地を這う大地の如く重厚感ある声、そして声の主が発した自身の名前を聞いて脳裏に浮かぶのは、数ヶ月前の城で過ごしていたあの頃の記憶。


” ナイジェル! 26歳のお誕生日おめでとう ”

” 知っていたのか? ありがとう ”


その重厚感ある声とは裏腹に、心優しい人で、綿飴みたいに柔らかくて栗色の猫っ毛。彼は振り回されていた私を、側で何時だって慰めてくれた ………でも、どうしてナイジェルがこんなところ迄来たの? だって、だって彼はーーー


「 ナ、ナ、ナ、ナイジェル様で御座いますか⁉︎⁉︎⁉︎ 貴方様は……貴方様は確か、そのお名前は、確か! 」


この夢のような状況にパニックに陥ってしまったらしい店主さんの悲鳴に近い声が聞こえてくる。


「 ナイジェル様と言えば”第三プリンス”の側近騎士様と存じ上げておりますが……な、な、何故そんな高貴な御方がこんな辺境まで⁉︎ 」

「 確かに私は第三プリンスであらせられる” プリンス・テディー ” の側近だ。そして、その麗しき主からの大事な御命令で此処までやって来たと言う訳だ 」






” プリンス・テディー”






その言葉を聞くだけで、心が刃物で抉り取られるようにズキズキと痛む……時間は薬だなんて誰が言ったのか知らないけど、私にはその処方は一切通用しなかった。あんなに傷付けられてもなお、バカな私は未だに……あぁ、思い出してしまった。



” ねぇ、テディー? 一体此処で、私の部屋で何をしているの ”


” 見て分からない? 君の寝台で他の女の子と楽しい事してるんだよ ”




あの日、私のベットの上で他の女の子との情事を見せつけて来た私の大好きな……ううん、違うね ”大好きだった”王子様。



ーー大好きだった、テディー。



王都から離れれば離れる程に、畏れ多いと町の人々は王子様達の名前を口にする事はなかった………私も決して、あの日から口にする事はなかったその名前を、奇しくも友人と慕っていたナイジェルの口から聞いてしまった私は口を強く両手で押さえて裏口の扉を背にズルズルと崩れ落ちる。



「 何故、貴殿にその話をしたかと言うと、近所でも見目麗しいと評判のこの酒場で働いている女の事で聞きたいことがあるからだ 」

「 そ、それは、ディーの事でしょうか……? あの子は確かに二度見してしまう程の美しい女の子ですが 」

「 ……ディー? その女はディアリー族の様な黒髪を持ちながらも、ディアリー族とはまた違う浮世離れした異国の顔をしているか? 」

「 も、申し訳ございません! この辺りの人間はディアリー族の顔立ちを知りませんので、な、何とも申し上げられません 」



夕方までなんて悠長な事は言ってられない。 今すぐに宿から荷物を取って一刻も早く此処から脱出しなきゃ駄目だ……もう、城には戻りたくなんてない。 何とか音を消して立ち上がり、ドアノブに手を掛けて泥棒の様にゆっくりと慎重にそれを回していると、考え込んで黙っていたナイジェルの声がフロアから聞こえて来た。


「 その女は、何処にいる? ……店主よ、そのディーと言う女には不思議な習慣が無かったか?” 命をいただく” と手を合わせたりなど 。あとはそうだな、珍しく目の下にーー 」



背筋が凍ったかと思った。

このままでは見つかってしまう、そう思った私は盗み足で裏口を出た後、全力で宿まで駆け出した。

久しぶりにこんな走ったからか既に息切れが激しくて、でも、小さくなって行く酒場を冷や汗を流しながら何度か振り返ると、最後の最後に本当に小さくなって行く酒場の裏口からナイジェル達が慌てて飛び出て辺りを見渡し、糸が切れた様に地面にしゃがみこんだ………そのナイジェルの口の動きで紡いだ言葉が分かった途端、喉の奥で止まっていた涙が瞳から流れ落ちる。


「 ……っ、ごめんね 」


遠い景色に映るナイジェルが揺らめいて濁って見えて、抱え切れない想いが溢れ出た私は聞こえることの無い声でナイジェルに呟いたあと、決意をし直す様に前を振り向く。

ただ、まっすぐに前を見る……私の名前を悲しそうに呟いたナイジェルを振り切って、ただ真っ直ぐに走った。












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