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保健室ではお静かにっ!

作者: 津山八雲

この作品は、2015年6月にツイッター上で『#フォロワーさんから貰った名前でキャラクターを作る』というタグで名前を募り、その時頂いた名前を用いて制作しました。

一応最初からコメディーにしようとは考えていたものの、そんなに皆様の笑いを頂けるという自信はありませんが、宜しくお願い致します。

また、お名前を頂戴した皆様には、この場をお借りして深く御礼申しあげます。

 アタシは不幸なのを自覚している。だからいつも何事も慎重に行動するようにしている。

 今だって、両手には先生から頼まれた授業で使うプリントが入ったダンボールで塞がっているものの、ゆっくりと足取りを確かにまっすぐと続いている廊下を歩いていた。

 後はもうすぐ左側に見える階段を下って、すぐ右側に目的の社会科準備室に到着する筈だ。

 もうこの本当にプリントが入っているのか怪しいくらい重い、いや重すぎるダンボールを降ろせるのだ。

 そうこう考えているうちに(くだん)の階段が見えてくる。あともう少し。アタシは心の中で自分で自分にエールを送る。ちょっと悲しいものがあるけど。

 大丈夫。階段から足音や話し声は全く聞こえない。絶対に人とぶつかることなんてありえない!

 そんな確証を得つつ直角になってる角を左に曲がって段差になった瞬間、足元に奇妙な感覚を覚えた。そして、気付けば体勢がおかしくなっていく。

「バナナ?」

 バランスを崩しながら見たものは、よくスーパーマーケットでよく見かけるような果物のバナナだった。いや、正しく表現するならば食べ終わったあとのバナナの皮だった。

「そんなバナナー!?」

 と、自分でも下らないなと、どこか冷めた考えをしつつアタシはダンボールやバナナの皮と共に落下した。そして意識が暗転していくのを感じた。


 ……。

「……! ……!?」

 なんだろう、どこからか声がする。けど、何も見えない。

「……はっ! こ……の……クズ……」

 ようやく鮮明に聞こえてきたけど、ちょっとこれは聞き捨てならない気がする。

 体になにか衝動が走る。暗転したままだけど、不思議と力が入る。そして、頭が勝手にしようとすることに逆らうことなく、衝動に駆られたまま行動する。

 思い切り目を開け、目の前でアタシを覗き込んでる何かに全力でアッパーを入れる。

「誰がクズよ!!」

 アッパーが炸裂した瞬間、思わず怒鳴った。

「ぐっ……」

 一方、アッパーを喰らった方はそんな悲鳴を上げて、数歩後ろに下がってから床に崩れた。

「ふんっ」

「夜影ちゃん!?」

「オゥ、意外とクズハってクレイジーだね。気が付いたと思ったら数秒で、アッパー……だなんて」

 やりきったという達成感に包まれたと同時に、アタシの耳にはそんな声が聞こえた。

 驚いたアタシは声をした方に目をやると、二人の女の子がいた。

「あれ? 茜とナシェ?」

 そこにいたのはクラスメイトの夕日茜(ゆうひあかね)月見里(やまなし)・オチェナシェ・伊美菜(いみな)だった。

 というか、ここは……?

 辺りを確認してみる。まずアタシが寝かされてたっぽいベッド、二人の後ろには白いカーテン。どうやらここは保健室みたいだった。二人が気付いてここまで運んでくれたのだろうか。

「あれ? じゃないよ!」

 茜は自慢のおさげを揺らしながら、怒ったような顔を作った。実際、茜の掛けているメガネの奥に見える目は怒っているように見えた。いや、多分本気で怒っている。

「……?」

 彼女には申し訳ないが、怒られている理由が分からなかった。

 というか、茜は普段怒るような女の子ではない。メガネにおさげという一世代前の恰好をしていて、普段おっとりしていて、ニコニコしているような子なのだ。

「イヤ、だって起きた瞬間にヤカゲを吹っ飛ばしたからネ……」

 ナシェこと伊美菜も何やら呆れていた。彼女はハーフだが、わざと妙な日本語を使っていることを除けば、面立ちやブロンズの髪といい、普通に外国人に見える。ハーフらしい特徴は日本人に多い朗らかな性格に、アメリカで多くみられるオーバーなリアクションのフュージョンって感じだろうか。

 アタシはナシェの言った言葉に目を白黒させた。

「アタシが夜影を吹っ飛ばした?」

 あれ? 普段『クズ』だなんて言わない…はずなのに?

「そう、しかも容赦なく」

 すると、床から何かが立ち上がった。

「あ、夜影」

 そこにいたのはアタシが吹っ飛ばしたという風喰夜影(かざはみやかげ)がいた。

「あ、じゃない。くず『はっ』、『こ』んなことしてる暇はない、次『の』授業が始まる。早く起きろ『くず』は。って忠告しただけだったのに」

 ここでようやく理解出来た。

 普段クールな夜影がクズだなんて言う筈ないのに、悪い事をしてしまった。

「あ、ごめんね。ちょっと寝ぼけてて……」

「次やったら許さない」

 すかさず謝罪するが、そういわれてそっぽを向かれる。ショートの髪が顔が別の方を向くと同時に揺れる。これは相当怒ってるかもしれない。

「クズハ、自分の名前忘れたんじゃないよネ?」

 ナシェがそんなことを口にする。うん、それはない。

 あ、言い忘れていたけど、アタシの名前は片野宮葛葉(かたのみやくずは)。中学二年生だよ。

「そうだったら検査いるな」

 そこに新たな声が聞こえてきた。やけに大人っぽい声で、これは聞き覚えがない。

 声のする方に目をやったら、閉じられたカーテンの外から白衣を着た女性が入ってきた。

 多分保健の先生だろう。アタシは健康診断以外で保健室(ここ)を使ったことはなかったので、多分初めてお会いする。

 保健便りか何かできっと名前を見ていると思うが、名前が出てこない。

「大丈夫です。きちんと名前覚えてますから」

 とりあえず、そう返す。

「頭打ってたみたいだから、無理はするなよ。じゃあ名前を憶えているなら……」

「アタシの名前ですか?」

「いや、ウチの名前を回答してみな」

 最悪だった。いや、ほぼ初対面の人間の名前を回答するなど、相手が有名人でない限り不可能……。

「さすがに知ってるよね」

「ユーメイジンだもんネ」

「知らなかったら本当にこの一年半この学校にいたのか怪しくなる」

 という夜影たちの声が聞こえてきた。最悪だった。いや、この人なんで有名なのかも気になるけど……。

「すみません、存じません……」

 少しは考えようと努力はしたが全く思いつかなかった。

「はっはっはっは……」

 先生はなぜか笑い出した。

「思い出せない、じゃなくて知らないと来たか。月一で保健便りに顔つきの写真まで掲載してるのに」

 ああ、なんか思い出してきた。そういえばあったような気もする。毎月毎月顔写真がついてる半端なく迷惑な配布物が。

 内容もさして興味ないし、それが月一だとあまりもウザいので完全に記憶から滅却していた。

「いるんだよね。内容がつまらないからって校内で捨てたり、顔に落書きして公開処刑までしたりする子が。あんたもそのクチ?」

「いえ、滅相もないです」

 そこまでされることが分かっているならやらなきゃいいのにと思わなくもない。

「まあ、正解を言っておくと橘夕日(たちばなゆうひ)っていうの。宜しく」

そう言って橘先生が本当にクイズの答えを言うように言った。

自分の名前をクイズにするものでは決してないと思います。

そこで、丁度昼休みの終了と、五時間目の開始を告げるチャイムが響いてきた。

それを聞いた途端に先生の顔は突然神妙な面差しに変わった。

「ああ、始まったか。仕方ない。遅刻理由書を書かなきゃ……。ああ、付き添い扱いにしておくから他の子ももう少しサボっててもいいよ」

 神妙な顔をして言った内容がサボりの煽りというのはどうかと思います。

 アタシはそう思ったが、先生は理由書を取り出して、書こうとする。

「なんで君は……、えっと名前なんだっけ?」

 先生はアタシの名前を思い出せなかったらしく、というか知っていたかもどうか怪しいが、神妙な顔は一瞬で瓦解した。

なんというか、出来ればそれは自分の名前をクイズにする前に確認してほしかった。

「片野宮葛葉です」

「片野宮さんはなんであんなところで倒れていたの?」

そういえば周りには誰もいなかった。つまり、誰も見てなかったのだろう。とはいえ、アレを説明するのは正直恥ずかしい。

「えっと、その……」

やっぱりここで詰まってしまう。

「やっぱり頭打って記憶パー……とかなの?」

「記憶ソーシツとまで言わなくてモ、事故の瞬間って記憶飛ぶらしいヨ?」

言葉に詰まるアタシを前にして、茜とナシェが妙なことを言い出す。

「病院行かなくて大丈夫? 救急車とかじゃなくてもタクシー券とかあるよ?」

二人の言葉に先生も不安そうな顔を見せる。

「そんなことはないですから。大丈夫ですから!」

ここは全力否定をしておく。仕方ないけど、言うしかない。

「実は階段で転んでしまいまして……」

「それだけ?」

夜影が怪訝そうな顔をする。

アタシはこけた原因を言うに言えず思わず赤面する。

「?」

突然赤面する一同を見て、やっぱり言うことが憚られるけど、ここは正直に言うしかない。

「実は足元にあったバナナの皮に気付かなくて、そのまま踏んじゃって……」

恥ずかしくて俯いていたけど、言い終わった瞬間(とき)に少しだけ顔を上げると、夜影は絶句したまま固まっており、茜は言葉がきちんと伝わったかどうか怪しくなるくらい目を白黒させていた。

先生はさして興味がなかったのか、明後日の方を向きながら、

「そんなこともあるんだね……」

と、呟くだけだった。

そしてナシェは……。

「ははははっ……。クズハ、ジョーダンは止してヨ。今時……どころか学校でバナナ食べる人なんて見たことないヨ。小学生の遠足じゃないんだから」

と、大爆笑していた。

「これが冗談なら、アタシだってもうちょっとマシな嘘つくわよ!!」

気付けばさっきとは違う意味で赤面していた。

というかそもそもバナナの皮でこけたという事実が夢であってほしいくらい。

「じゃあホントなんだ……」

「うわ……」

これには夜影と茜は引いていた。

二人のイタイ子を見たような目線が突き刺さり、ちょっと精神的なダメージを受けた。

割と効果は抜群だった。

「なんて説明欄に書くべきかな……」

事実らしいことが分かった先生は生徒が何故保健室を使用したかを記入する理由書になんと書けば良いかを真剣に悩んでいた。

「普通に階段から転んで落ちたと書けばいいじゃないですか!?」

「いや、『バナナの皮』というのもしっかり明記しておいた方が、今後は清掃時にきっちり除去されるかもしれないよ?」

「本当に恥ずかしいからやめて下さい! あとそう何度もバナナの皮が落ちててたまるものですか!」

 今後も落ちていたら、野生の猿か何かを疑った方がいいかもしれない。いや、猿みたいな野生動物が校内、しかも校舎内にいたなら大きな問題だけど。

「ネェ、クズハ」

 先生に抗議している時になにやらニヤニヤしたナシェが話し掛けてきた。

「何?」

「バナナの皮で滑って階段落ちても、受験で滑り止めの高校にすら試験落ちないようにネ」

「あんた何うまいこと言ってんの!? 不吉だからやめなさい! それに褒めてないからドヤ顔もやめなさい!」

 何故かドヤ顔までし始めるナシェを止める。こっちも全力だ。

「気を付けましょうね」

「二人で受験を落ちることなく乗り切りましょう」

 アタシがナシェを止めた直後に、後ろからそんな会話が聞こえて、かつ冷たい目線のようなものが背中に突き刺さるのを感じた。

「ちょっと、なんかアタシと一緒にいると受験に失敗するみたいなこと言わないでよ! というか『二人で』ってどういうこと!?」

「ああ、伊美菜を入れたら三人ね」

「今まで楽しかったよ。葛葉ちゃん」

 夜影はそっけなく言って、茜は寂しそうな顔を見せた。

「友情よりジンクスか……。ドライな時代になったものだね」

 そんな私達の会話を聞きつつ、時代の変遷に哀愁を漂わせていた。

「助けて下さいよ!」

 思わずそうツッコむと、先生は溜め息をついた。

「あのさ片野宮さん、ここは保健室だよ? もう少し静かにしない?」

「責められるのはアタシだけですか!?」

 なんで、こうなってるのかもうわからなくなってきた。

 しかし、先生は少し微笑むと、

「冗談だって」

 と言った。

「そうだよ。冗談だよ」

「ク……馬鹿ね」

「クズハはジョーダンが通じないネ……」

 口々にそういう風に言ってくれた。夜影の言葉にはちょっと気になったけど……。

「良かった」

 とりあえずちょっと安心した。

「じゃあ話がまとまったところで……。ねえ片野宮さん?」

「はい」

 どうやら先生が話を纏めてくれるみたいだけど、一体なんだろう?

「お昼食べた?」

「あっ……」

 そういえば、まだだった。

 四時間目が終わった直後に先生から呼び出されて、あのプリントの入った重いダンボールを運ばされていたんだった。

 食べる時間なんて微塵もなかったんだ。

「ちょっとさ、もらったフルーツがあるんだけど食べてかない?」

「いいんですか?」

「いいよ。二日前にもらったんだけど、一人じゃあ食べ切れそうにないんだ」

 持ってきたお弁当を放課後に食べればいいかと思ったけど、この申し出はとってもありがたかった。

「頂きます!!!」

 思わず食いついていた。いや、実際にフルーツに食いついたわけじゃないけど。

 そんな正直に叫んだアタシにまた、

「もう少し静かに。今は一応授業中」

 と、諌めつつも、保健室の端の方に置かれていた冷蔵庫から林檎を取り出して見せてくれた。


 先生が切ってくれた林檎は美味しかった。

「ごちそうさまでした」

 四人揃ってそう言った時に、先生は冷蔵庫の中やらゴミ箱の中やらを見てなにか唸っていた。

「どうしたんです?」

 夜影が不審に思ったのか、そう尋ねた。

「それがさあちょっと計算が合わなくてね」

「ケーサン?」

 苦い顔して顔して答えた先生に、ナシェも話題に入る。

「うん、その貰ったフルーツの詰め合わせなんだけどね、バナナが一個少ないな……って思ってね」

「バナナ……ですか?」

 予想していなかった言葉に茜が不思議そうな顔をする。

「食べたような気もするし、食べてないような気もするし。食べたならゴミ箱に皮がありそうなものだけど……。……あっ」

 四人の視線がアタシに突き刺さる。

 そんなアタシはなんとなく謎が解けた気がした。

「原因はあんたか!?」

 思わず怒鳴る。さっきは静かにしろと言われたけど、今はそんなこと構ってられない。

「いや、バナナあったのはこの上でしょ? 現物見ないとなんとも……」

 なんとなく先生が冷や汗をかいているのが分かった。多分身に覚えがあるのだろう。

「じゃあ、とってきます」

 先生の言葉を遮ってそう言った。

 そのままベッドから起き上がる。

「葛葉ちゃん大丈夫?」

 無理に起き上がったわけではないが、茜が心配してくれた。

 大丈夫という意味を込めた笑顔を見せながら、廊下へ続くドアを開いて出る。

「ア、クズハ!」

 その瞬間、ナシェから声が掛かったので、思わず振り向いた瞬間だった。

「!?」

 何かを踏んで、滑った。

 体勢が悪くバランスが崩れた。

 そして床に倒れた。

「アア、クズハが階段から落ちた時に散乱させたプリントがまだ残ってるから、気を付けてって言おうとしたのにナ……」

「遅かった」

「なんで誰も片付けないのよ!?」

 そういえば保健室は階段のすぐそばだった。

 そしてやっぱり今日もアタシは不幸だった。

読んで頂きありがとうございました。

この作品は前書きで申した通り、ツイッターが起源となりました。

頂いたお名前で作品を作るといったもののもう三か月近く前の話になってますので、フォロワー様でもほとんど覚えていないかもしれません。

それでも、ここまで出来たのはいつも多くの方に励ましていただいているからだと思います。

@yakumobookをフォローして下さってる皆様にこの場を借りて心からお礼申し上げます。


また、今回はフォロワー様以外に、友人のるーぶる(なろうでのIDは503611)や、拙作の始まりのエガリタスの原案のとカゲからもお名前を頂きました。

今後も様々な方とご交流できればいいなと思っております。

どうぞこれからも宜しく御願い致します。

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