割れた窓
窓を割って部屋から逃げ出そう。でも足の裏を怪我するのは嫌だから、玄関の靴を持ってきて、それであの窓を蹴破ろう。それから、蹴破ったあとはどうしよう。きっと追いかけられるから、誰かが来る前に逃げなければいけない。何せ借家の窓を割るのだ。ついに犯罪者になるのだ。
ずっと逃てはいられない。警察に捕まったら窓を割った理由を述べなくてはならない。何といおうか。もっともらしい理由が、何か無いだろうか。
頭痛がして目をきつく閉じる。呑み過ぎた、と、口の中でぶつぶつ独りごちながら、眇めた目でカーテンを見やる。暗い穴蔵のような部屋に閉じ込められた気分で、カーテンの外を妄想する。犯罪者とは、どんな気分だろうか。誰の目にも明らかな犯罪者になったら、一体どんな気分だろうか。
割れた窓。硝子の破片が刺さったままの靴を履いて、必死で逃げる自分。やがて疲れ果て、無様に捕まる自分。そうだ、言い訳など不要だ。どうせ皆から見放されるのだ。子離れの出来ていない母親は悲しむだろうが、きっと父親は大丈夫だろう。いっそ何も言わないままで、独房に連れて行かれよう。自由など要らない。自由から逃れたい。常に誰かに見られているような自由より、誰にも見られていない捕らわれの人生の方が、よっぽど良い。
そうしよう、そうしよう。