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双極のトップクラフト  作者: 稀城ヨシフミ
異界からの帰還者
7/49

宗次の素顔

 試合を終え、生徒会室に戻った宗次と名織は、残る説明を淡々と受けた。

 話も最後となり、皐月が締めくくる。


「まあ、細部はこれからぼちぼち教えようかな。

 明日はキミらの部長さまもお出ましだしね。乞うご期待!」


「「…………」」


「んもうっ、暗いぞ~キミたち!

 お姉さんそんな陰気くさい空気は嫌いだぞっぷんぷんミ☆

 ほら二人とも、生徒会長方針を言ってみて! せーのっ」


「「…………わきあいあい」」


 ぼっそぼっそと辛気くさい声が、ほのかに聞こえた。


「……ソウダネ……コノチョウシナラ、フタリガウチトケアウノモ……キット、ハヤイネ……。

 ……ここいらで解散としましょうか。

 何かあったらさっきフレンド登録した私かイギルんのアドレスまでどうぞ?

 そして逢坂クン、キミはここにしばらく残るがいい!

 さあここからは女人禁制じゃ! 帰った帰った!」


 名織は一礼すると、そっと扉を開けて出て行った。


「ほらイギルんも出てね!」

「え、俺は女じゃないし会長女じゃ、」


 と困惑するイギルを、皐月は強引に生徒会室から退場させた。

 生徒会室の鍵をかける皐月は、怪しい笑みを浮かべる。


「さて、キミのことについて、個人的に聞きたいことがあるんだよ。

 か、彼氏っているんですか……!みたいな乙女な内容ではないのでごめんね?

 どっ、どうせアンタなんかに彼女なんて出来やしないんだから……なな、何だったら私が……そのぅ……え!?

 あ、アンタ彼女ができたって、どういうことよ!?

 あの委員長が!? あのインテリ腹黒女ぁ……、アンタ絶対にだまされてるんだからやめとき……ちょ、ちょっと聞いてんの!? ……もうっ!!

 って流れにもならないけどごめんね?」


「……用件、どうぞ」


「はい。言わせていただきます」


 皐月はこほんと咳払いすると、


「まず、あの入学式の巨大な髑髏どくろ

 キミはどんな魔術を使ったの?

 幻術なんでしょうけど、あんな魔術は私でも見たことない。

 それはあなたの出自にも関わってくるようなことだとも思うんだけど、違う?」


 魔力の素となる瘴気が少ないから、少なくとも地球では、あそこまで大がかりな術は使えない――それが世間の認識だ。

 

 宗次は、やはり黙る。


「そしてあなたの悪口は、名織の前だけで執拗に発揮されてる。

 それは本当の嫌悪から来るものなの? それとも心の奥に、彼女に言えない真意があるの?

 答えて」


 皐月の表情は、真剣そのものだ。

 宗次はやはり黙る。

 皐月も対抗するように黙る。

 やがて沈黙の応酬ののち――


「すみません」


 宗次は、頭を下げて謝った。


「……今はまだ、言うべき時期にありません。

 そして――俺の行動は、彼女を悲しませないためにある」


「……その彼女って――」


「鴇弥名織、です」


「な――なんと――!!」


 皐月は意外な顔を浮かべた――かと思ったら、一転、けろっと朗らかな顔をした。


「やっぱりね~。そんなことだろうと思った」


 今までのことが予定調和とでも言うかのように、うんうんとうなずいている。

 宗次もその反応に、さして驚きはしなかった。皐月はしみじみと語り始める。


「この学園――や、術士世界の暗部は根が深いことをキミも知っておろう。

 暗殺、もみ消し、不正、改竄、策謀、失脚……そんな不穏なワードが飛び交っているのが常。

 この学園は殺人までは頻繁には起きていないけれど、それでも結構ヘビーなのよね。

 それは、公然の秘密。

 それほどに聖術も魔術も、それを取り巻く世界の影響力は絶大で広大なわけ。

 企業も軍隊も研究機関も宗教団体もマスメディアもそして国家さえも――複雑に絡み合う母体がその気になれば、個人などという存在は塵芥じんかいの一つでしか無い。


 だからこそ、その母体は予測不可能な塵芥をもっとも怖れているのよね。

 取るに足らない塵芥が、世界を転覆させる嵐になる可能性はいつでもどこにでも存在するんだから」


 ――皐月の生徒会長という立場も、そんな学校だからこそ「ただの学生のトップ」という看板の域に収まることはないし、学園生徒会は世間一般の学生生徒会のように、大人の意見に従うだけの集まりではない。


 宗次は、まるで苦しみを払しょくするような顔つきだ。


「術のことも、鴇弥のことも……俺のことはいずれ、あなたになら話すときが来るかもしれません。

 ……あなたがそうするにふさわしい人なら」


「ほほう、なるほどなるほど!

 好感度をアップさせればそのうちイベントが発生するわけね。へぇへぇ親切設計だなぁ」


 皐月は、自分のデスクの上に腰かける。


「……正直なところきな臭いのよ逢坂クンは。

 私たちはある情報筋のロリにキミのことを少しだけ調べてもらったんだけど――」


「ある情報筋の……何……?」


「え、うん、聞こえなかった? ある情報筋のロリって言ったんだけど。しかもなんと合法。

 ……まじめな話を一回ぶったぎってそっちを話しましょうか?」


「いいです」


「私はむしろ話したかったなぁ〜。でさ、キミの出自がね、まだ私たちで調べ切れてないの。これって本当にすごいことよ?

 教師たちはどうかわからないけれど、少なくとも生徒である私たちの調査力じゃ、まだたどり着けない。

 実は、今もそれは継続中だったり。

 逢坂クンは調査されるのは折り込み済みだったかにゃ?」


「……はい」

 

 だが、教師たちとコネクションが違うことは知らないことだった。

 ーーこの情報も真意ではないかも知れないが。


「まあ私たちが動き出したのも、キミの成績が判明してからだけどね。

 質問に答えられる範囲でいいから答えて欲しいの。いい?」


「多少はかまいません……ですが会長、警告します。

 俺の領域に踏み込むと後悔します。

 ただし俺は止めません。

 問題に巻き込まれてもいいというなら、俺はすべて話すつもりです」


 ……あなたは間違いなく強いから。

 その言葉は、言葉になる前に口の中ですり潰してしまった。


「つまりあなたは、巻き込みたくないワケだ。特に名織のことを。

 でも、私はいいの? 私もか弱い女の子なのになー? チラッ、チラリラッ」


「……危険性を承知して踏み込もうとする女性ひとにこそ協力してもらいたいです」


「にゃるほどね。つまり運命共同体を募集中なワケだ。

 ふふん、その自分勝手さはとっても参考になるよん」


「自分勝手です、俺は。

 けれどあなたはまだ俺の目標の外にいる。

 聞きたくないなら話さない。決して」


 皐月は思わせぶりに腕を組み、


「……キミは世界を転覆させるほどの理論、背景、影響……いずれかの力を持っているよーだ。

 けれどそれをバラすには、危険すぎる。だから黙る、突き放す。

 キミの腹の中はそんなところ?」


 宗次は答えない。

 それが肯定だと、皐月はきっとわかっている。


「んー。実は私ね、かなり迷ってる。

 キミがどれだけの手数や切り札を隠し持っているのか、もう少し見極めたい。自分のためにならない世界の真実なんて、災厄以外のなんでもないから。

 闘いや成績を見れば、キミがイレギュラーであることは間違いなくわかるもん。

 実戦経験ありまくりよね、キミ。

 ーーそんでさ、もう一人の私が言うのよね、今ここでキミの事情を聞いて、すっきりしちゃいなよ、

 自分に素直になってキミが踏み込む物語に巻き込まれてしまえよ、って。

 ……ねえ逢坂クン、あなたがもしも世界一強くて、それを証明したとして……何が待っていると思う?」


「――ディバイドが、たくさん殺されると思います」


 考えなるまでもなく、最悪の事態は想定できる。


「そうだよね。でも、いやでも考えちゃうよね。

 最悪のパターンは、ディバイドを根絶やしにしようという戦争が起きる。

 キミはすでに私たちの危険因子だから。

 ティアンスたちの敵なのさ。

 なおりんに勝てる時点で、一年生のトップクラフトになったと言っても過言じゃない。

 そんな脅威を除外する――生存競争にとって、ごく当たり前のことよね。

 私たちが管理できるレベルを超えているかも」


 宗次は劇物のような存在だ。

 扱い方がわからない。


 皐月は少し目を伏せて、そして再び顔を上げ――


「そんなキミと、交渉をしてみようかなァ」


 ニタァアアアアアアアア――


 と、皐月が不気味な笑みを見せた。

 そんな不意の表情に宗次は身を堅くする。

 皐月はそして宗次に、絶大にして回避不可能な“圧倒的攻撃”を仕掛けた。


「キミは入学前、地下街区域にいたけどそこ出身ではないわよね?

 そこで私たちはキミと交渉する上で、実はすごく強力な切り札を手に入れたの。

 それがこれ――」


 制服の胸ポケットから現像した写真を取り出す。


「ほら、これを見て?」


「――――!」


 宗次は言葉を失った。


 少し見てくれが汚い犬と戯れている写真。

 笑顔が、そこにはあった。

 新入生一同に冷徹な印象を与えた男の笑顔が、写り込んでいる。


 ――宗次自身ですら鏡で見たこともないスマイルが、ばっちり激写されているのだ。


 反射的に、それを掴んでグシャッと握りつぶした。

 完全に皐月の術中にはまった宗次は、追撃を喰らう。


「残念、それだけじゃないんだなこれが!

 なななんと地下街区域の子供たちとサッカーに興じる姿も!!」


 ぐしゃっ。


「お年寄りに親切にしている姿もっ」


 ぐしゃっ。


「チンピラをとっつかまえてる姿も、ほら五枚くらい!」


 皐月は写真をばさっと投げ捨て、ひらひら舞うそれを宗次が高速で回収する。

 非常にキレがある動きだ。

 それで飽きたらぬ皐月はS・デバイスを起動。

 皐月と宗次の間に仮想ディスプレイの青い画面が映し出される。

 一枚目の写真を別アングルから取ったようなさわやかスマイルがそこにいた。


「なんと私のデバイスの壁紙にもしてまーす!

 笑顔がちょうステキ☆」


 宗次は迷わずそれを思いっきり殴りつける、が画面は水の波紋のようなノイズが広がり、また元通り。


「んでんで~、これがマスターデータのメモリだよーほらほらー!」

 

 プラスチックのようなクリアオレンジのチップが、皐月の親指と人差し指に挟まれみょんみょんと折り曲がっている。

 しかるべき電磁的削除をしなければ、そのメモリから宗次の和やか写真は抹消できないだろう。

 宗次は反射的に、体を乗り出し手を伸ばしていた。


「おっと――う、わわっ!」


 デスクから離れ逃げようとする皐月の腕をつかみ、不意に二人の足がもつれる。


「いったぁ……」


 宗次が皐月を床に押し倒すような形になってしまった。

 皐月の衣服が乱れ頭を痛そうにさするが、まだまだ得意げな顔は健在だ。

 宗次は、まだ反抗を試みる。


「……無意味なことはやめてください。それを俺に渡してください」


「あら、顔、赤くなってるね♪

 ……って、てかなんかマジでかわいいね。私もなんかドキドキしちまうぜ」


 皐月が軽く動揺するほどに、宗次の顔は朱色に染まっていた。


「……うるさいです」


 否定できない程度に紅潮してしまっている。


 ――最悪だ。


 ここまで翻弄されると思っていなかった宗次は、くやしげに歯をかみしめた。


「残念ね逢坂クン、実はマスターデータは金庫の中に厳重にしまってあるのです。

 私がその気になれば、このほっこり写真を共用棟掲示板に張り付けることも可能……!

 もちろんなおりんに記念アルバムとして送りつけることも、ね?」


 宗次は皐月を襲うような体制のまま硬直している。

 一方で彼女は……先ほどひっぱたいた宗次の左頬を優しく撫でた。


「キミは誰に対しても優しい。だから突っぱねたんだよね、なおりんのこと。

 どうしようもないキミの物語に巻き込まないように――」


 宗次は立ち上がろうとする。が、腕を掴まれ、逃がしてくれそうにない。

 皐月の瞳は、再び真剣の色に染まっていた。


「教えて、逢坂クン。あなたはここに何をしにきたの?」


「……俺は……俺、は……」


「ねえ。キミが答えようとしないのは、こう思っているからじゃない?

“鴇弥名織だけじゃない。

 あらゆる他人を、自分の運命に巻き込んで不幸にしたくない”――って」


 彼女の瞳が宗次を見透かそうとする。

 いや、事実、宗次が名織を拒む理由を的確に見抜かれた。

 宗次は、言葉を紡いでいくことがどうしてもできない。

 けれど――このままいくらあらがったとしても、ヴィオン・クローロジャッジュ・皐月という人物には――交渉の面においては、全く勝てない気がした。

 

 ぐらぐらと心が揺れはじめる。

 俺は――すべてぶちまけてしまってもいいのか?

 彼女を自分の運命によって後戻りできなくさせるような事実を、すべて。 


「俺は――――――」


「会長、失礼しま――ンガァアアアアアアア――ッッ!!??!!??」


 耳をつんざく怒声が、放たれた部屋の入り口から聞こえた。

 そこには、イギルがただならぬ表情で立っている。

 生徒会室まで帰るとき――無表情で宗次の肩をぽんぽん、と叩いてくれた。

 そんな静謐で優しい先輩の姿はここにない。

 ソフトモヒカンはもっくもっくと茹だっており、今にも爆発大炎上してしまいそうだ。

 皐月に覆い被さる部下をギロリとにらみ、


「あぁいアイアイ逢坂ッ!!!!! きさままksmksmさまきさまああ!?!ァ!!

 なっっっずッェ会長を押し倒してィ瑠ぅううう鵜ゥウ宇羽雨迂!!!?」


「はぁ……邪魔されちった」


 誰にもわかるようなわざとらしいしかめっ面をした皐月は、しょうがなさそうに宗次をどけ、


「別に私と逢坂クンがいちゃいちゃしてようがねとねとしてようがイギルんには関係ありませーん」


「――しーー至極ごもっともでありますですがしかし!!!」


 血涙を流している。

 要らぬ誤解をされたらしい宗次も便乗して、


「勘違いしないでください、何もありませんよ」


「やましい男はみんなそう言う!!」


 どうやら皐月の言葉以外はすべて煽りと受け取るようだ。やっかいである。


「……この際だから言うけどイギルん? 私はイギルんのこと眼中にないよ?

 二回告白もらったけど脈無しだしこれからも無いかんね?」


 胸に大剣でも突き立てられたように反り返るイギル。

 皐月は遠慮ない追撃をかました。


「まだ大事な話してるからお外で待ってなね?

 私、聞き分けの悪いコは嫌いだなぁ」


 確かイギルのほうが年上だった気がしたが、そう言われた自警部副部長代理殿は引き下がるしかなかった。

 彼は磨耗した精神を振り絞るように、


「……逢坂……

 皐月会長を……じばぶぐるべぎい゛い゛う゛お゛お゛ん゛……!!!」


「……何言ってるのかわからないんですが」


 イギルのオトコの涙が光る。

 ここで誤解を解こうとしたら一波乱ありそうな気がしたので無言でイギルを見送った。

 ぱたむ、と扉が閉じて皐月は肩をすくめた。


「幸せにしてって言われちゃったね……」


「……俺は聞き取れません」


 獣の鳴き声みたいなイギルのセリフの正体を聞き取れたらしい。すごい。

 皐月は、気が抜けたみたいにため息をついた。


「はぁ〜。彼が乱入したのも運命なのかもね。

 私ももうちょっと冷静になって考えよっかな。

 ……でも、私がキミを一方的に調べるのってフェアじゃないよね!

 というわけで教えて上げましょう。キミの真実を」


「……?」


 怪訝な宗次に対し、皐月は人差し指をたてる。


「本当は、入学前の総合成績1位ダヨ。

 でも結局会議では“ティアンスの聖力とディバイドの魔術は比べられない”という結論に至ったの。

 でも、創立から今までその二つの比較方法は変えたこともないのに、いきなりそんなこと言い出されちゃった。みんなこぞって難しい顔をして、あなたをどうやってランキングから除外するかを考えていたの。

 私は抗議したけど、当然却下。

 ……ディバイドの先生は誰もそこにはいなかった。参加させられなかった。

 ひどい話でしょ?」


 裏話は続く。


「それにね、本当は自警部には采配させない予定だった。

 けれどいつの間にかとんとん拍子で内部配置が決まっていった。入学式が終わって、ほんとにすぐの会議でだよ?

 自警部は学生と一番揉める場所だから、難癖を付けられて生徒会にいさせられなくする、そう画策している人がいるんでしょうね。

 これが世界で唯一ディバイド教育に力を入れている教育機関の現状よ。

 大人にも――もちろん生徒にもあなたを摘み取ろうとする人がいる。それを覚えておいて」


 ディバイドとしてのしがらみを、宗次は否応無く認識させられる。


「でもね、逢坂クン」


 皐月は邪悪な表情で腕を組み、そして心から楽しそうに笑う。

 まるでこれからスケールの特大ないたずらを仕掛ける前の悪ガキの笑みだ。


「あなたがそれ以上に――ルールやしがらみをも“征服”してしまうほどの腕があるなら、

 もう我慢なんてしないでやっちゃいなよ。

 私ももちろん協力してあげる。

 発言力、影響力、牽制力……その集合体、権力という強さを、ここで手に入れるのだ!」


 学園創立で一番の波乱が起ころうとしている。その中心に宗次は立っている。

 皐月は宗次の手を取り、小さいアクセサリを握らせた。


「――おめでとう。キミは今、キミにはない力の一端を手に入れた。

 これからも頼もしい生徒会の一員として、がんばってくれたまえ」


 宗次は、青地に金色のダイヤを1つ模した肩章――生徒会役員のしるしを手に入れた。


 コンコン。


「そろそろいいですか」とイギルが扉の向こうから急かす。

 

「じゃあ、逢坂クン。寮のこともあるだろうしそろそろ帰りなよ。追ってキミの携帯デバイスに連絡を入れるのでヨロシク」


 宗次は一礼し、扉に手をかける。

 背後から、生徒会長に最後の問いが振られる。


「あの写真みたいな笑顔、なおりんに見せられる日は来るかな?」


 宗次は振り返ると、優しく笑った。


「来ないと思います。永遠に」



  ▽  △  △▽  △  △


  △  ▽  ▽△  ▽  ▽



 宗次が帰り、続けざまにイギルが困った顔で部屋に入ってきた。

 

「イギルん的にはどうよ? あの子、ちゃんと管理できそ?」


「……確信しました。あいつに力で勝つのは不可能です。

 って、そんな話をしている場合じゃありません。

 あのお子ちゃ……うちの部長が何回もコールしているのに会長につながらないと」


「え? あのロリ風情が? ほんと? ……あ、回線切断してっうお!?」


 外部通信の遮断を解除すると、着信履歴が30も現れゾッとした。しかもものの五分の間に、である。


 おそるおそるこちらから呼び出してやると、


『ちょっと!!!』


 鼓膜付近から突如伝わる怒号。

 聖術を用いた術式スピーカーは、このような声の大きい通話者への音声調整機構がついていない。

 とんだ欠陥だ。


『さつき! 新入生のバトル終わったらデータ送ってくれるってゆったじゃん!?

 もうなにしてんのはやくっ!』


 幼いトーンの罵声が皐月の耳を抜け生徒会室に響く。

 皐月も負けじと悪態をついた。


「わぁーかったわよそんな怒らなくてもいいじゃん。

 だから全部ちっこいままなのよ? ろーりろりろりろりめがね!」


「ロリ」という煽り文句は電話の向こうの彼女にすごく有効だ。

 案の定ヒートアップしてきた電話主との通信を一方的にシャットアウト。

 先ほど行われた宗次VS名織の試合模様を、件のロリに送信してやる。

 その間に皐月は、世間話のようにイギルへと声を向けた。


「……それにしてもあの子、ヤバいわね。きっと絶対に、強い」


「あなたほどの方でも、そう思われますか」


「うん。もしものことがあったなら……私、彼に求婚してみようと思うわ」


「そうですか、求婚……は!?」


 なにを言ってるのかさっぱりわからない、という顔をするイギルに、皐月は至極まじめに答えた。


「強いけど危ない子は囲ったほうがいいじゃない。

 それに結構かわいいところあるのよ。何かきっかけさえあれば惚れる自信はあるわね」


 ぽっ、と皐月の頬が染まった。

 イギルの体に衝撃が駆け抜け、硬直する。


「そん、そ、そん……それは、もう……」


 今まで大木のように強かなイギルの体は、まるで枯れ木に成り果てたかのように、フラッフラの足で何とか立ち続けている。

 実はイギルへのちょっとした意地悪でもあった言なのだが、相当堪えてしまったようだ。

 ……フッ、美しいって罪ね……などと心の中でいい気になっておいた。


「……俺、帰ります」


「う、うん、じゃあね。……あのぅ、気を付けてね?」


 ゾンビのようなおぼつかない足取りで退室しようとしたイギルは、ふと思い出したように振り返る。


「そういえば……あいつ……

 俺の『名声を得てどうしたい』という質問にちゃんと答えていましたよ」


 イギルは地獄耳だ。時にこんな思わぬ発見を聞かせてくれる。


「なんて言ったの?」


「“悪魔を殺しに行く”と……」


 イギルはそれ以上の会話をむしろ拒むように、生徒会室を後にした。


「悪魔……?」


 悪魔、と言えば――思いつくのは一つ。

 魔界に生息すると言われる悪魔種デビル

 アミギミア史にははるか昔、ギーア帝国の前身である国の、半数の人間を一日で刈り尽くした、と言われる伝説がある。

 伝説は伝説であって、それが事実だったのかはいまもって究明されていない。アミギミアでは特に悪魔の話題に触れるのは御法度であるとされ、未だ明かされないことばかりなのだ。

 ――そんなデビルと彼に、何のつながりがあるのかしら?

 

「……あ」


 日本人である逢坂宗次が、魔界の悪魔種と接点を持つ、たった一つの可能性があることを思い出した。

 皐月はS・デバイスを起動。ネットに接続し、検索ワードを口頭で入力。


「“悪魔点デビルスポット”」


 検索結果は膨大にあり全てを調べるには時間を要するだろうが、逢坂宗次というパーソナリティを、ここを起点に掘り下げられるかもしれない。

 そんな自信が、皐月には芽生え始めていた。

 皐月は視線を検索結果に走らせながらひとりごちる。


「あの子が学校で一位になること――それは、ディバイドがティアンスを上回ることが出来る、ということ。

 あの子は、世界をひっくり返す覚悟があるのかな……」


 ディバイドは弱い。

 名織との試合で見た皐月は、今までの自分の価値観をそっくり翻した。

 魔界から逃げてきた、牙を抜いた獣。そんな程度に認識していた。


 しかし。


 鴇弥名織の鉄壁術式を破った。

 それどころか、無傷だった。

 彼がまさか、あんなにも強いなんて完全な計算外だ。今の彼は止めようのない魔獣じゃないか。

 皐月自身は逢坂宗次の生徒会入りを歓迎してはいる。

 彼が歴史を変える人物になる可能性も、きっとあるだろう――

 その一方で、皐月は彼に刃を向ける可能性もある。

 だが彼は、仮に生徒会に入らなかったとしても、その息を止めるまで、自分の理解を超える何かをやらかすに違いない。

 その確信は決して消えることはないだろう。

 だったら皐月は、彼が自分の正義に合致した生き方をしようとするなら、彼のとなりに立ち、支えよう。


 理由はたったひとつ。


「すんごい、おもしろそう……うふ、く……くくく…………くはははっ……」


 いつの間にか皐月は笑っていた。その声は次第に大きくなる。

 というか、おかしくなる。


「むひょむひょむひょひょぉおおおお! おもしろくなってきたなぁもうっ!」


 ――私は、こんな波乱を待っていた。

 十年前の、七年生事件のような悲惨な事件は起こしたくはない。

 その上で、世界をひっくり返すような大事件を、この目で間近に見てみたい。

 総合成績一位が生徒会役員に採用されるのは決まり事ではあるが、もう一人のイレギュラーを入れるという案は入学式のミーティングでも言わなかった。

 あの入学式での提案は、実は皐月の独断によるごり押しだ。

 責任は取る。

 だからこそ、皐月は彼を絶対に信じ、守らなくてはならない。

 皐月は最初から期待していたのだ――ディバイドの彼がステージに上がってくれることを。

 彼ならもしかして、






           何かが、いる






 ハッとして後ろを振り返る。しかし誰もいない。

 どこからか小さく、猫の鳴き声がした。

 猫なんているはずのない部屋のどこかで、確かにその鳴き声はした。


 ――ああ、今夜も来ちゃうのかな。

 だから夜は、大っ嫌い。


「彼ならもしかしたら……私のこと、ちょちょいと救ってくれたりするのかな」


 彼をはたいた手を、皐月は優しく撫でた。



  ▽  △  △▽  △  △


  △  ▽  ▽△  ▽  ▽



 宗次が生徒会の赤絨毯を敷いた廊下から抜けると、名織が仁王立ちで立っていた。

 あなたを待っていた。これより迎え撃つ。そんな表情で宗次をにらんでいる。

 名織の真横を通らなければ帰れないため、当然宗次は近づいた。

 無視しても絶対に追っかけてくるだろうし、しょうがなく目の前で立ち止まる。


「……ん」


 名織は、むくれたまま手を差し出す。


「仲間、ですから」


 握手をしよう、という意思表示なのだろう。

 あれほど痛めつけた女の子が、形式的にとはいえ、仲間意識を持ってくれている。

 彼女は13歳にして、とても性格が出来ているのだ。

 宗次は、泣きたくなった。少し涙が瞳をぬらしそうになったが、ぐっとこらえる。



 宗次は嬉しかった。



 ――この人は本当にいい人だ。だからこそ、このひとだけは絶対に巻き込まない。


 そう思いながらも、渋面を作り“しょうがなく握手をしてやる”といった体で手を握る。


「……なんで私のこと、そんなに嫌いなんですか?」


 不意に質問を浴びる。宗次はぶっきらぼうに、


「さあな」


 とだけ返し、静かに手を離した。


「……なんですか。怒ってるんですか。だからそんなに手が震えているんですか」


 確かに、宗次の手はふるふると震えている。

 ――違う。

 嬉しいだけだ。

 手が震えるのは、嬉しくて、緊張して――だからそれは、当然の感情に決まっているだろう。


 すべて叫んでやりたいことなのだが、堪えた。


「仕方ないですけどよろしくお願いしますねーだ」


「……あぁ……じゃない……ふん」


「え?」


「何でも無い」


 冷たい対応をするたび重苦しい感情が喉に詰まったようになって、気分が悪くなる。

 だが、我慢しなければいけない。

 宗次が「もういいか」と聞くと、


「それだけじゃないに決まってます。フレンド登録、しますから」


 二人の間にクリアブルーの仮想画面が突如立ち上がる。

 画面には“フレンド登録”の文字が踊っている。


「……?」


「デバイスを貸してください。携帯デバイス」

 

 宗次は内ポケットに入れていた携帯デバイスを名織に見せると、いきなりひったくられた。

 携帯デバイスをぽちぽち操作する名織は、S・デバイスとの操作の差異にまごついていて、フレンド登録を完了させられない。


 ――和む。

 真剣な表情でそう思った。


「……んーと、あ、これ操作して……できたっ」


 ぱっと表情が明るくなって、だが宗次の手前、また名織も険悪な顔をする。

 宗次は本人に知られることなく、へこむ。

 何度も何度もへこむ。


「フレンド登録終わりです。

 ……勘違いしてほしくないんですけど私はあなたの友達フレンドじゃないですから。

 用がないとき以外は呼ばないでください。

 あと私のアドレスを悪用したら絶対自警部に突き出しますので、です」


 自分の所属に突き出されるのを想像すると、妙に滑稽だった。

「わかっている」とだけ答えると、


「もう一度言っておきますけど、他の人には絶対私のアドレス教えちゃだめですから」


「ああ、もういいか。俺は帰る」


 携帯デバイスをひったくり返し、宗次は力強く、足早に歩く。

 さっさと、ここから消え去ってしまいたい――そんな風に思いながら。


「逢坂……さん!」


 名織は、宗次を引き留める。宗次は、無表情で振り返る。

 彼女は、気になっているだろう最大の謎を問うた。


「あなたはどうして、ヒューマンなのにディバイドなの? 日本人、なんでしょ?

 地球にいた人間の資質は本来、ティアンスです。聖術士のはずなんです。あなたはどうして……」


「余計な詮索はするな。踏み込まれる筋合いはない」


「………………」


「……事情があるからだ。それ以上でも以下でもない」


 沈黙に耐えきれずに答えてしまうところは、宗次の悪いところだ。

 冷徹になりきれない。


「ま、どーでもいーですけど」


 宗次の言葉を素直に受け取ってくれたらしい名織は、いーーっと顔をしかめ、宗次を追い抜かして走り去ってしまった。

 ――彼女と仲を深めるべきではない。その行為が彼女にとって危険だからだ。

 その後ろ姿と、デバイスに写った「フレンド」のたった一人だけの表示を眺める。


「鴇弥……ごめん」


 気がつけば、本当に突然の夕立のように――宗次のデバイスに一滴だけ、滴が落ちた。

 伝って落ちそうになったもう一滴の涙と、あふれそうになっていた瞳の涙を、全て制服でごしごしと拭き取った。


「はぁ。こんなんじゃ、だめだ」


 だったら自分に出来ることはただ一つ。


 冷たく突き放せ。

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