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双極のトップクラフト  作者: 稀城ヨシフミ
異界からの帰還者
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“氷雪の姫君”と“インスタントキリング”

 生徒会の場所は共用棟の最奥地にある。

 共用棟は大講堂・体育館・職員室・大講義室など就職支援センターと主要基幹が目白押しで、案内板を見ないとほぼ間違いなく迷子だ。

 外に出て建物の目印を見つけようとしても、どの建物も見栄えが似ているために同じ建物にしか見えなくなってきて、迷路を歩いている錯覚に陥る。

 しかし、もう少し歩けばバトルスタジアム、野戦フィールド、演習施設、演習場(山一つ)がまだ敷地として存在する。相当に広大だ。


 宗次は共用棟をしばらく歩くと、やがて空間を変に切り取ったような一角を見つけた。

 生徒会室のある廊下は赤絨毯張りで、周辺の空気は荘厳でどこか近寄りがたい。

 今まで無機質な白の壁と天井は木目模様に変化した。

 照明も蛍光灯ではなく蜂蜜色のようなランプだ。

 生徒会室前には四つの大部屋がある。部屋はそれぞれ木彫りの大きな表札で


 “執行部会計科”

 “執行部広報科”

 “交渉部外渉科”

 “交渉部内渉科” 

 “自警部”


 とある。すべて生徒会直属の部だ。

 生徒会室の重々しい色調の木彫扉をノックした宗次は、


「入ります」


 ドアをそっと慎重に開ける。すると、


「わっ!!」


 突然真横から叫び声をくらった。じろりと宗次が目線を向ける。


「っぷぷぷーちょっとびくっとしたちょっとびくっとした!

 かーわい~い!」


 などと手を叩いてケラケラと笑っているのは生徒会長・皐月だ。

 ブロンド髪にとがった耳、そして絶妙なプロポーション。

 ふざけた真似をしていてもその容姿のせいで、彼女はどこか神々しく見えてしまう。

 宗次はにらみつけると皐月はまたも笑い出し、


「肩の力を抜きなね、しょーねん、あははっ。

 学園生徒会と私はキミたちを大歓迎だよん!」


 どこまでも俗っぽいしゃべり方で、ばしばしと宗次の肩を叩いた。

 宗次はあくまで冷静にたずねる。


「……で、何の御用ですか」


「うむ、それはだね。今後やっていくお仕事と仲間の紹介――」


 皐月が指を立てて説明しようとするところに、耐えきれないようにソファから立ち上がった人物がいた。

 その人物は一息に、宗次の前に思い詰めたように躍り出る。


 水色に深みが差したような肩まで伸びる髪が揺れた。


「逢坂さん。どうしてさっきあんな挑発をしたの?

 あれじゃみんなに嫌われてしまいます!

 あなたは自分の立場、わかってるんですか!?」


 そう幼い声を張り上げた少女は、宗次の身柄を確保したあげく大講堂で再びまみえた、鴇弥名織だ。

 名織は全体的に幼さがあるものの、目はぱっちりとしていて、鼻梁もスッと通っている。

 理知的で純粋そうで――何よりとてもきれいに整った顔を、今は静かな怒りにゆがめている。


「そうだな。嫌われるために俺はいる。元からそのつもりだ」

 

 名織は、静かに驚きの事実を言う宗次に面食らう。

 そしてその言葉の意味を理解して、再び沸騰しそうなほどぷんすか怒り出した。


「あなたはディバイドなんです、ほかのディバイドにも不要な迷惑をかけちゃうんですよ!

 それがどうして――」


「まあまあ、これは逢坂クンの深いメッセージかもしれないよ?

 その真意はわかんないけどさ、追々聞いていこうじゃぬぁいのよ。

 仲良くなれば入学式で見せてくれたあのすごい術の秘密も教えてくれるかもしれないしね。

 だからそうカッカしちゃやだよ?」


 皐月に頭を撫でられ「や、やめてくださいっ」と恥ずかしげな表情で手を払いのける名織。

 宗次はそんな二人から視線を外し、視線の向かいにあるソファで腰掛ける男に視線を移すと――


 青年と目が合った。


 青年は中肉中背で、細いフレームの眼鏡をかけている。

 耳は黒髪で隠れているが、肌の色的には純粋なヒューマンだろう。

 エルフの男性は、白人種のような素肌をしている。

 その男は宗次と目が合った途端、あからさまに険しい表情を見せ、軽く舌打ちまでしている。


 宗次は目をそらすと、至極まじめな顔で皐月に問う。


「俺が呼ばれた理由をお聞きしたいんですが」


「キミ、だけじゃなくキミ“たち”だよ。

 そう! キミたちを呼んだ理由はほかでもない!

 自己紹介をしつつ親睦を深めあおうってぇ私の粋な計らいですわーぱちぱちー!」


「…………」


「さっきこの場の方々にはあいさつしたのでいいです」


「……」


 宗次は無言を貫き、名織はツンケンした。皐月は困った顔になって固まる。

 ツンケン少女はさらに宗次を突き放すように、


「私あなたのこと、好きになれそうにないです」


「奇遇だな、俺もだ」


 ……怒りの火花が飛び交う。

 皐月もさすがにいらついてきて、


「はーいはいはい!!

 なおりんは全国術士大会で優勝だったのよねすごいよね異名まであるのよね!

“氷雪の姫君”よね! よっプリンセス!」


「そ、その名前やめてください! ……そんな名前、マスコミが勝手につけて……恥ずかしいんです」


 名織は宗次からわざと顔を背ける。耳が真っ赤だ。


「じゃあちゃんとお名前言えるよね? さんはい♪」


「…………………………………………………………と、ときやなおり、です」


 雪のように白い肌を朱に染めて縮こまる。それは怒りか恥ずかしさからか。


「よく言えたね、えらいえらい♪」


「こっ、」

 名織は顔が沸騰しそうなほど赤らめて、

「子供扱いしないでください!!」


「私みたいな17歳からしたら年下なんてみんな子供だぜ。

 じゃ、このノリで次は逢坂クン言ってみよっか?」


 宗次は少しうつむき、言った。


「15歳」


「「……。」」


 一同、しんと静まり返り、


「あれっ終わり!? 待って、情報少ないとかじゃないよこんなの!?

 高度なボケってこのことなのね……うんうん、どうせなら色々聞いてみよっかな!

 答えなかったら生徒会クビね!

 星座と血液型と好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味はいどうぞ!」


 さらっとひどい条件を付け足され、宗次は眉間にしわを寄せて考える。

 そしてやがて、


「………………地球」


「……はい? 地球?」


「好きなものは、地球です」


「そ、そっか、地球、ね、うん……へー」


 はっきり言ってどんなリアクションをすればいいかまったく困りものだ。

 皐月は次の言葉を考え、


「うんとね、よしわかった、地球エピソードとかってあるかなあ!」


 宗次はポツリと言った。


「人間であることを……思いだした」


「「??!??!?!??」」


 一同、ちんぷんかんぷんである。

 皐月の笑顔はまるで街中を歩いていたら突然電波系に遭遇してしまったかのように少しひきつっていたけれど、


「えっと……あぁ、なるへろなるへろ、キミはちょっと変わった子なんだね、うん! 

 なんか怖くなってきたら私の紹介するね!

 ヴィオン・クローロジャッジュ・皐月。この学園の生徒会長です。すごいでしょー。

 おじいさんがエルフの家系で、私はクォーターなのだヨ。

 で、ついた異名は“インスタントキリング”――瞬殺さっ。

 っても、私にとってはあんまし瞬殺してるような自覚はないのだけどねぃ」


 へへんと胸を張ると、胸元がさらに強調される。


「……俺が確認した異名は日本の最強美少女だったような――」


 ……その独り言みたいな宗次の言に皐月は。

 カァアアアアアアアっ――

 と、超意外にも顔を赤らめた。


「ちょ! い、いやあれは、ててテレビが勝手に言ってるだけだから!!

 ってかうちの広報部のアホがおもしろおかしく言ってただけだからうんそれ気にしないで!!

 つーか私をほめるの禁止!

 やっべ、いきなり言うもんだからちょっと混乱しちゃうぜおねえさんさ! !」


 てれってれである。

 半ば必死だ。

 宗次は至極無意識に、そして無自覚に追撃をかけた。

 いじったりは好きだが、いじられるのは苦手らしい。


「でも、綺麗なのは事実――」


「なな何言ってんのキミ頭大丈夫!?

 え、完全全開ディスコミュニケーションだと思ってたらなんで私をほめんの!? ちぎんの!?

 恋愛ゲームで対象以外の選択肢を全部無慈悲にしちゃうタイプ!?」


 そんな戯れ言を一息に言い切った皐月は、


「……はぁ、はぁ……あのさ、褒めないでくれると嬉しいかな。私そういうの弱いから」


 名織にはそうやってからかっていたくせに、自分勝手な人である。

 だが、素の自分をようやく引き戻せたようだった。


 宗次は――学内広報部がネットで配信していた映像を思い出す。

 彼女の仕合う姿は、公式戦ではほとんど3秒以内に終わっていた。

 映像だけでは仕掛けがわからないが、その試合と言ったら本当に悲惨だ。

 相手は防御をする暇もなく――防御を考える暇さえなく、ずたぼろになっていくのだ。

 瞬足の攻撃が幾撃も相手にクリーンヒットし、気が付いたらすでに相手はやられて試合が終わっている。

 まさにあっけなく、血も涙もない。

 是非この人と交えてみたい、と宗次は思う。

 宗次が皐月を見つめていると、急に胸元を腕で隠してきた。


「……な、なんかエロいこと考えてたりする?」


「――会長、もうちょっと上品にしゃべれないんですか。

 学園のトップという自覚が、まるでない」


 突然三人の輪に口を挟んできたのは、さっきからソファに腰掛けていた眼鏡の男だ。それは立ち上がり、こちらへと近寄る。 

 目つきが厳しいが、その表情はきりりと引き締まり知性を感じる。


「出たなコミュニケーション不全めがねやろう今年でにじゅういっさい先輩!

 はい、じゃ先輩もついでに自己紹介ねっ」


「……戦闘科・純日本人、

 7年生序列5位の吾方直士あがたちょくしだ。

 生徒会副会長をやっている」


 こちらに視線は向けているが、まるで吐き捨てるように言いのけた。

 皐月はビシッと生徒会長執務机の背後にある掛け軸を指さすと、


「ほら吾方先輩、生徒会長統制目標を言ってみて!!」 


「……和気藹々(わきあいあい)」


「だしょ? だしょ!? 吾方クン先輩も逢坂クンもそういうへんてこキザキャラは卒業してさ、

 もっと新しい世界に踏み出そうよ!

 ほら、キミたち二人は仲良く握手をしてねっ」


 宗次は握手を交わそうと右手を差し出す、が――

 しかし吾方は、いっこうに手を伸ばそうとしない。


「……先輩、握手を」


 お願いします、とまでは言わないのが宗次の性格だ。

 吾方はあからさまにため息を突き手を伸ばす、すると――


 バァンっ!!!

 

「――ッ!」


 しびれるような衝撃が、宗次の右手を突き抜けていった。

 音だけが大きな弱電撃の術だ、がS・デバイス起動中の波動が見えない。

 巧妙に術の発動を隠していたらしい。


「おっと悪いな、練習で使っていた術式が発動してしまった」


「……人の掲げた目標をりーかーいーせーよぉおおお~~」


 皐月の呪わしげな非難にも、吾方はひょうひょうと「以後気をつけます」と言いのけるだけだ。

 術の練習は誰でもするだろうが、ここまで作為的な事故あるはずがない。

 怪訝な顔で吾方を見る名織に吾方は笑いかけ、


「ああごめんね、僕、ディバイドが大嫌いなんだ。

 でもティアンスには分け隔てなく接しているから」


 そのカミングアウトは、ディバイド参画集社に所属する名織にとっては、かなり複雑だったろう。

 まるで人間と汚物を比べているような彼の――いや、偏見を持つ人たちには特有の不気味さがある。

 ここで吾方ははじめて宗次と目を合わせる。背は中背と思っていたが立ってみると160cm程度で、宗次が見下ろす形になる。

 眼鏡越しの瞳の奥には、何の感情も籠もっていない光が宿っていた。


「……僕がお前の実力をはかってやりたかったが、

 残念ながら僕の“愛機”は今メンテナンス中だ。幸運だったな、死刑が延びて」


 宗次は吾方に何の感慨も抱かない表情で、挑発し返した。


「呆れますね。そんなことで有事の際まともに戦えるんですか」


「……僕に意見するな下等生物」


 吾方はため息を一つつくと、扉の方へ歩いていく。


「生徒会長、私の部下がミッションの事後処理がありますのでこれで失礼します」


「ん、いーよいーよ、いってらっさいな」


 吾方は最後に首だけ振り向き、


「ふん、生徒会でお荷物が増えるのはたくさんだぞ」


 捨て台詞を残してその場を去っていった。

 皐月は「あの子供は」と言いたげに肩をすくめた。


「彼、あそこまでディバイドに偏見持ってたっけ……まいいや。

 7年生ってったら、そのまま留年せずにストレートでいけば21歳なんだよ?

 もう少し社交辞令ってのを学んで欲しいね。ね、逢坂クン?」


 ああはなるな、という暗黙の忠告だった。

 もうなりかていると言ってもいいレベルだが、それは誰も指摘しない。

 無表情の宗次に、ばつが悪そうな名織……そんな二人の空気を変えるように皐月がパンと柏手を打った。

 生徒会長も大変な仕事だ。


「ふふん、実はもう一人、紹介する人がいるのだよ☆

 特別ゲストとしてこの人がきてまーす! ほらイギルんっ」


 ………………しーん。

 何の反応も見せない周囲に、皐月はわざとらしく驚く。


「あれー!? みんなの彼を呼ぶ声が小さいからかな~出てきてくれないなー。

 さ、もーいっかい! 私が『せーのっ』って言ったら『イギルーん!』って声をかけてね!

 さあいくよー! せーのっ、イギルーん!」


「……る、るーん?」

「……」


 声をかける、が出てこない。

 宗次はあたりを見回す。観葉植物に、執務机に、カレンダーに、ブラインド、カーテン、書棚、ホワイトボード……とくに変わったところは――


「二人とも声が小さいぞー、イギ――」


「普通に呼んでください。そこのカーテンにいますよね」


 宗次は指摘し、カーテンを指さした。その声につられ名織もそこへ顔を向ける。

 カーテンは不自然に膨らんでおり、しかもやけにごつごつした凹凸がついている。

 いったんそれを意識してしまえば「なんであんなオブジェクトの存在に気づかなかったんだろう」と思えるほど存在感が目立っている。

 皐月はうちひしがれながら「……はい」と答え、


「イギルん出てきていいよー」


 カーテンにくるまれて背景と化していた男が姿を現す。

 その男の容姿をどう説明すればいいか――さしずめ、制服を着た浅黒肌の大岩、と言ったところか。

 彫りの深い顔に、筋骨隆々の肉体。短い銀髪は、ソフトモヒカンの形に整っている。

 そんな柱のような大男は、キッとした目つきでつぶやいた。


「……コリガ・ドードック・イギル。

 生徒会自警部副部長代理だ、部長は校内にいるが、用事だ。

 それに今は副部長は出張中でいない。学外取り締まりの実戦投入に行っている」


「……なんでカーテンに隠れてたんですか?」


 名織が至極当然のことを聞けば、イギルはうつむき、ふるふる震え出す。

 やがて……なぜか皐月が思いっきり吹き出して笑った。


「ぷぷーっ地味ーっ!!!

 登場すんごい地味ぃ――っ!!」


「会長がやれといったんでしょう!」


 怒り心頭といった様子の岩石男。

 一見してわかる、オーガのディバイドだ。

 朝、バロットにカツアゲされていたオーガとは体型が段違いだ。きっと純血のオーガの子孫なのだろう。

 イギルはソファへ座ると、腕を組んで黙り込む。すねた様子だ。

 皐月はそんな彼に満足そうにうなずくと、新入生二人へ説明をはじめた。


「なおりんは学園の生徒会の機能もよく知っていると思うけど、復習の意味も込めてお話を聞いてね。


 生徒会には「執行部」「自警部」「交渉部」の三つがあるの。木彫りの表札は見てくれたかな。

 執行部、交渉部、自警部。

 幹部は会長(兼執行部長)、交渉部の内渉科長と外渉科長、自警部長と副部長の五名だね。


 ――執行部について。

 生徒を統括する生徒会の本部よ。

 会計科・広報科を下にぶらさがってるの。生徒会本部要員や顧問を合わせると、70人くらいいるわね。

 バトルアナライズ(個人の能力・術の傾向など大まかな状況を外部に配信)は広報部で行ってる。

 国家予算から上がってきた学内諸経費はほぼこの生徒会に割り振られるわね。

 部活動や研究室への予算の割り当てとか……学園の運営ってこと。

 反面、生徒会の事務手続きとか活動は目が回るほど忙しいわよ。運営って大変!


 ――交渉部について。

 内渉科・外渉科の二部門に分かれてる。

 内渉科は主に学園内部のこと――決闘手続きや決闘イベント・学内選考会などの企画立案進行なんかね。

 学園代表の術士を決めるための大会運営もやってるわね。

 外渉科は外部交流試合担当。毎年部署応募者数が非常に多くて、メンバーの回転率も生徒会で最も高い部署。

 外の人と交流試合は相手からの指定がない場合、外渉科の人員で回すから戦闘経験は一番多く詰めるわね。

 内渉科と外渉科の仲はプライドのせめぎ合いで仲が悪いから注意ね!


 ――自警部について。

 校内の自治組織で、学内不正者・事故者を適正に処決し、是正するおしごと。

 とはいえ不正者の最終判断をどうするのかは職員だけどね。

 自警部は生徒会内の部署応募数が一番低いの。

 華のない職場だし、学内への反感を一番に買ってるからね。

 反感の理由は「点数稼ぎ」みたいな行動をすることと、有事ではあんまり役に立たないことがある。

 寄せ集めだから連携下手・重大な事故ではそもそも手出しできるスキルを持たない・事故の規模が大きければ大きいほど、自警部メンバー自体にもダメージがいくから動こうとしない、とかとか。

 とにかくいろいろなしがらみがあるのよ。


 こんな感じだけど、ある程度わかったかな!? ん!」


 得意げに眉をつり上げて宗次に問うと、


「知っています」


「……むー、無愛想! ぶーあーいーそーうー!」


 ぽかぽかととぶりっこみたいな身振りでぽかぽか宗次を叩く皐月。

 宗次はもちろん「うっとうしい、どけ」と顔に書いた表情を見せ、皐月は離れながらくるくると回った。


「それでは君たちにィ……


 ――――ですげーーーーーーーーーーーーーーーーーむっ!!!!!


(にこっ)を、提案します!」


 にこにこする皐月に対し――宗次と名織、そしてイギルまでもが緊張した面持ちになる。

 皐月の提案はこうだ。


「試合形式はデスゲーム。時間無制限。どちらかのシールドを破壊した方が勝利。

 簡単でしょ?

 この後って学内案内だけよね? だったら私たちがしてあげるから、そのついでにちゃちゃっとやっちゃいましょ?」


「まだ採用じゃないんですか」と宗次。皐月は「いいえ?」と首を振り、


「採用は決まってるから大丈夫よっ。

 でも最後に一つチェックしておきたい。戦闘で誰と誰をペアにすればみんなが一番幸せになるのか判断するためにね」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 そこに名織が割って入り、


「生徒会役員になったのはいいんですが、その中の何部に入るのか私たち、もう決まってるんですか……?」


「お前たちはもう決まっている。俺たち自警部がもらい受ける」


 イギルが答えてくれた。

 戦闘の連携が必要なところは、基本的に交渉部か自警部。そして自警部の代表たる人物が来ているのだ。


 名織はあからさまにがっくりと肩を落とす。


「が、外渉科が良かったです……」


「…………この部が嫌なら来年まで頑張って成果を上げることだな」


「イギルん悲しいの?」


「……ばっ!」


 皐月にいきなり指摘されたイギルはあわてて、


「馬鹿を言わないでください。悲しくなんかありません、イヤな顔されたくらいで、そんな軟弱なっ!」


 反応から見るに、なにやら結構ショックらしい。

 皐月は慈愛の目で岩男を見つめ、


「この岩男は外見に反して打たれ弱いからさ、ちゃんと見守って上げてね。

 なおりんも我慢して。確かに自警部は人気でみても一番低い。

 けど、学内風紀が保たれているのは自警部のおかげなのよ。なくてはならない存在なの。

 なおりん、りょーかい?」


「……はい」


 ただ、それに異を唱える奴がいた。宗次だ。


「会長、俺は一人でも動けます。連携なんかしなくても――」


「その言い訳、自分でも子供だってことはわかってるんじゃない?」


「……」


「あはははは、図星なんだね。そう、生徒会もそうだけど基本的に単独行動は許可できないからね?

 あ、もちろん大会なんかはシングル戦があるから個人で動いてくれてかまわないけれど。

 自警活動(警邏、もめ事の対処など)は基本的に三人一組スリーマンセルで動いてもらう。

 それが嫌なら生徒会、抜けてもかまわないけど――」


「……わかりました。で、相手は?」


「いるじゃない隣に」


 不敵に皐月が笑い、意味を察した名織はびくっと驚いてから、ぴょんっと宗次の隣から飛び退く。

 なぜかファイティングポーズをする名織に構わず皐月は指を立て、


「闘いもそうだけど、バトルにも礼儀は必要だからね。

 円滑な執務をできなさそーだなーって子は、即クビ――なんてこともありありだからしっかり戦ってね!

 人間関係の構築も、立派な責務なんだぞ、逢坂クン☆」


「…………わかっています」


 でも実は、わかっていなかった。

 正直人付き合いが無くてもどうにかなる、と思っていた。


「……ところで一つ聞きたい。二人は明確な目標があって生徒会を目指したのか」


 怒ったような表情と怒ったような口調で訪ねるイギル。純血のオーガは皆こんな感じなので宗次は気にしない。

 名織は会長に一瞬視線を移し、すぐイギルへと戻る。


「私はもちろん世界大会へ行くためです。学内3位までなら、世界大会にも行けますから」


 皐月に遠慮したのか、宗次にはその目標が小振りなものに思えた。

 イギルは宗次に首を向ける。


「お前は?」


「……名声を得る。

 来年、学内トーナメントシップでトップクラフトになります」


「なに……?」

「え……?」

「ふぇ?」


 イギル、名織、皐月はそれぞれの反応を示す。イギルは宗次の耳を疑うように、名織はバカを見るように。皐月は面食らったように。


 ――学内ベスト32位までをトーナメント形式で戦わせ、最後まで勝ち続けた者が学園トップクラフト。

 これが学内トーナメントシップである。

 その選考会は前年の秋に行われ、1~7学年のベスト5を選出、そこからワースト3位までの人物を切り捨てトーナメント要員が決定する。

 そのため必然、1年生が今年の学内トーナメントシップに参加することはできない。

 つまり宗次は、最短ルートで皐月を倒すと宣戦布告をしたのだ。(来年皐月がトップクラフトとは限らないが」


 皐月はむふふふ、とおもしろそうに笑う。


「まあ、私も実はストレートでトップクラフトになったよ。

 一年でトーナメント参加権を得て二年で優勝。それで三年目の今、ここにいるから。

 でも逢坂クンは名声を得てどうしたいのさ?」


「…………………………」


「あー、ま、答えたくないなら無理しなくてもいいよ。ごめんねねね?

 さぁーイギルん! さっそくバトルスタジアムの空きを調べてっ」


「……自分から提案したのに予約しておかなかったんですか」


「うるっさいな大岩みたいなナリをしているのにそういうの気にしないの!

 ほーらちゃっちゃと電話する! こーるこーるっ」


 忙しくイギルをはやし立てる皐月に変わり、名織が宗次へ声をかけた。


「何で、そんなに無愛想なんですか?

 中学校でそういうこと、学んでこなかったんですか……?

 ……もしかして、ティアンスにいじめられてきたとか――」


「そんな事実は一切無い。

 必要だと思うからこう接しているだけだ」


「でもこれから一緒に活動をしていくのに、こんな――

 こんな態度を続けるなら、私はあなたを好きになれませんっ」


 ……そこで宗次は初めて笑顔を見せた。


「そう思ってくれるなら、俺も本望だ」


 名織は再びカっとなる。

 けれどさっきと違うのは、彼女が少し涙を溜めているところだ。


「……もう許さない! 実力で少しわからせてあげますっ!」


「そうか、それは楽しみだ。じゃあ俺から一つ条件を提示してやる」


 どこまでも相手をバカにして止まない宗次は、どこまでも真面目な態度で相手を怒りに駆り立てる。


「俺は三十秒、スタート地点から動かないでいてやる。

 手加減なしの本気で俺を倒してみろ、鴇弥名織――!」

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