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双極のトップクラフト  作者: 稀城ヨシフミ
異界からの帰還者
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一悶着

 ポーン。



 小気味よい電車音で、少年は暗い夢から引き戻された。


『――次は、日本国立術士学園前。日本国立術士学園前。

 左側のドアが開きます。聖力式扉の突然の開閉にご注意ください』


「…………ようやくか」


 少年――逢坂宗次はつぶやいた。

 というのも宗次の目的地である学園の敷地内に入ってからその校門にたどり着くまで“聖動力車”に四十分は揺られたのだった。

 周りには、白い風景が広がっていた。

 別に雪が降っているわけではない、ひしめき合う生徒たちが着ているジャケットやマントが目に痛いくらいの純白なのだ。

 衣装の真新しさから察するに皆、宗次と同じ学園に通うことになる新入生だ。


 宗次が入学する“日本国立術士学園”と称される敷地の規模は、全国的に見てもあり得ない広大さだ。

 一見、そこをなんの情報なしに見て「ここは学園だ」などと言えるものはいない。

 都市部よろしくさまざまな企業、施設、研究施設、飲食店からアミューズメントに至るまでおよそインフラと言えるものはすべてある。この“学園”を端から端まで観光しようと思えば1日では不可能なほどの規模面積を有している。

 そんな学園が作られたのは今からおよそ110年前――西暦2070年中期頃、日本政府は関東平野の一部を、大規模開墾・建設・工事を経て完成した。

 それだけ、この学園に傾注する理由があった。


 日本国立術士学園――学園は、術士のスペシャリストを輩出するための、国内唯一の術士教育機関だ。

 術士教育の地球最先進は、日本である。

 そうなった経緯は様々だが、主な理由は他国に比べ(特に宗教観において)日本が寛容だったからだ。

 医療、発電、交通、製造、飲食、軍事……効率的な、それも個人レベルで発現させられる“聖術”は、まさに次代のエネルギーとして、全てのエネルギーの代替となった。

 ありとあらゆる生活基盤に“聖力”という神秘のことばが闊歩し、それを用いる術士――聖術士という存在が、各国で必要とされている。


 そんな国や国民の期待を背負える聖術士たちは――幸せなのだろうな、と宗次は他人事のように思う。

 いや――実際に他人事なのだ。

 宗次は“聖術士と真反対の一流”を目指して入学したのだから。


 学園には、一人前の術士となるための日本人をはじめとする地球人種ヒューマンや、

“アミギミア”と呼ばれる異なる惑星からやってきて、地球に移り住んだ聡頭種エルフの子孫たち――

 この二種族はひとくくりに“ティアンス”と称される。

 ティアンスは聖なる力“聖力しょうりょく”を用いて聖術という超常の力を行使する。

 そのティアンスの中に混じって、わずかながらつまはじき者が入学する。

 それらは“ディバイド”と呼ばれ、ティアンスと対極の位置付けがなされている。

 ディバイドは魔なる力を利用し、聖術とは似て非なる術“魔術”を扱う。


 ティアンスと、ディバイド。


 聖術士と魔術士。


 術の根源、性質、生まれ・境遇……二つの存在は光と闇のように対を為し、この世界に存在していた。



 聖術により作られた半透明の扉が、駅に着いたと同時に「バシュッ」という音を立てて消える。

 宗次は聖動力車から降り、駅の改札を抜けた。

 そのとき、ふとカフェの壁面ガラスが宗次の姿を映した。

 白を基調とした革製のマントとジャケットは、スマートな体格の宗次に似合っている。

 肌に張り付くタイプの黒いインナーに、ズボンの裾を中に入れ込むタイプのブーツ。何もおかしいところは無い。


「………………」


 ふぁさっ、とマントを翻してみる。

 背中に刺繍された、異世界“アミギミア”の神話に登場する宝剣“トランジアス”の装飾が、ガラスに反射して見えた。

 少しだけ誇らしくなって、ほおが緩みそうになる。


「……いけない」


 思い直し、気を引き締めた。

 駅を降りると目の前にはすぐに学園が――あるのだが、宗次の視界に入りきらなかった。


 ーーデカい。


 学園の前部だけを見ても、何棟にも分かれた校舎が左右の視界限界を占領しており、この建物が化物並に巨大であることをうかがわせる。

 クリアブルーの薄い光膜――聖術シールドが学園の外柵を覆うように空に伸びているのは、わかりやすい侵入者対策だ。

 まるで刑務所だなと思いつつ、宗次は校門を目指した。

 校門は同じようにシールドが張られているのだが、そこに三レーン、改札口のような機械が設置されていた。

 レーンにたどりついた生徒たちはやや不安げに立ち止まる。

 すると、土中に埋め込まれた仮想空中投影装置(地面に露出しているのは小さな丸いガラス窓だ)から青い背景に白い文字がモニタリングされ、同時に音声が再生される。


『ティアンスの方はS・デバイスを起動させた状態で校門を入ってください。

 ディバイドの方は携帯デバイスを起動し、画面の斜線部分にかざしてください』


 生徒たちは音声に従いながら――何か操作をしたのだろう、彼らを取り囲むように、微細に振動する白い輪っか状の波動が足下に出現した。

 彼らはそれを確認すると、レーンを次々にくぐって行く。


「……携帯デバイス、そういえばそんなものあったな」


 入学前、自宅に届いた入学案内の中に入っていたのだ。

 バッグから白い手持ちサイズの小型携帯機を取り出す。


 ……せめてしばらくは、平穏に過ごせればいいが。


 そのささやかな願いは、一秒も経たないうちに崩れ去る。


「おい、そこのにーちゃん! チョォーっと時間いいかなー?」


 不自然なほどフレンドリーなかけ声が宗次の背中にかけられたかと思うと、突然一人の男が肩を組んできた。横目で見るが、全く面識がない輩だ。

 男は碧みがさした髪の毛を馬のたてがみのように伸ばし、いかにも軽薄そうな人柄だ。

 制服は真新しいので同じ新入生と思われた――だが宗次がそれより気になるのは、


 ――こいつ、ディバイドか。

 体の線が細いな。おそらく地球育ちの大狼種ウルフだろう。


 面倒ごとになることを直感し宗次は自然早足になる。

 だが、青髪男は宗次に体重をかけ、


「ちょっと話したいことがあるんだよ。オレに付いてきてくんねぇかな」


 青髪男は犬歯をむき出しにして笑う。宗次は小さくため息をついて、


「断る。用件なら校門に入ってからだ」


「そうかい、じゃあ暴れ回ろうかなァ。ここいらのティアンスにむちゃくちゃ迷惑かけて、あんたと共謀したってわめき散らしてサ。せっかく頑張ってこの学園に入学したのにさ、こんなバカなオレのおかげで人生棒に振るって、いったいどんな気持ちよ?」


 青髪男の小馬鹿にしたような物言い。

 そのいやらしさに、宗次は思わず足を止めた。


「……早急に済ませろ」


 しぶしぶ承諾し、


 ――こいつ、容赦しない。


 そう心に固く誓いつつ、相手に折れてやることにした。



 校門向かいの雑木林まで連れられると、人影が2つほど木陰から見えた。その顔は、それぞれ沈鬱だ。

 肌がかなり青白いのは決してこの状況に苦心しているわけではない。そういう種族だからだ。

 この人等もまた、制服を着慣れていない新入生に見える。


 ーーこの2人も……ディバイドだな。地球育ちの巨鬼種オーガだろう。

 魔力の流れをまるでつかんでない。低レベルの魔術すら使えるか危ういなーー

 

 心中で宗次が分析したところで、急に青髪男の腕の力が強ばった。


「なぁスカした新入生、あんたもオレらと同じディバイドだろ?」


「ああ。それで一応聞く、あんたはどうしてオレがディバイドだとわかった?」


「何でってデバイスに決まってんだろォ?

 ティアンスは聖術を使えて携帯デバイスを露出させる必要がないからな」


「……まあ、そうだろうな……で、用件はなんだ」


「まあそう焦るなよな? 入学式までは時間あるんだからよぉ」


 みち、みじり。

 皮膚が裂けるような奇妙な音が、青髪男のジャケットの中から聞こえてくる。

 するとたちまち宗次の肩に掛かる青髪男の腕が重くなっていった。それだけではない、その手が膨張と同時に、みるみる青白い体毛を伸ばしていく。

 やがて彼の右腕は――異様なほど人間のサイズに不釣り合いな、獣の“前足”へと変化した。

 太さも雄々しさも、人間のそれとは比べようがない。

 青髪男はニヤリと笑うと、野性猛々しい腕の腹で宗次ののどを撫でた。


「いやぁオレさぁ、結構カネに困ってんだよね。

 これから同じ学校生活するんだから時々貸してくれよなっ。オレたちもう友達!」


「……入学早々、こんなことで金を巻き上げるとは……あきれるな」


「まあそう連れねぇこと言うなって。ステキな仲間もいっぱいゲットしたんだぜ? くれるもんもくれたし」


 左腕で、ひらひらと何枚かの金札を見せびらかしてみせる青髪男。

 先客2人はしぶしぶ脅されてここにいます、と言った表情をさらにしゅんとさせた。

 青髪男は甘ったるい声で宗次にささやく。


「なあ、オレみたいに強くなる方法教えてあげっからさ。

 その対価として授業料を納めてもらうのは当然だろ?

 なんたって入学試験、ディバイド中2位のオレ様にさぁ!」


 宗次はそんな彼へ、わざとらしく大きなため息をつく。


「ハァ。ただの試験ごときで、威張られても困る」


「……テメエ、自分の状況わかってねーみてーだなぁ」


 宗次ののどにちくりと痛みが走った。爪を突き立てられたのだ。

 大型獣のようにまがまがしい爪先は、鎌の刃先のように鋭く尖っている。

 もう少し深くまで差し込めば、人間の薄い皮など簡単にめくり取ってしまいそうだ。


「このたくましいオレ様の腕とてめぇのモヤシの腕が、獣化が使えるヤツと使えないヤツの差ってやつよ。

 おっかねーだろ? 一言オレの下僕になるって敗北宣言しろよ、なぁ?」


「なああんた――名前は?」


 この期に及んですっとぼけるような宗次の問いに、青髪男は「はぁっ?」と声を上げた。


「余裕コいたつもりかよ! ギャハハウケる、超ウケる!

 いいじゃねえかスカした兄弟、センスあるよ超あるよ!

 オレの名前はザクメニア・ドラリューダ・バロットだ!

 てめぇの兄貴分の名前だ、もっちちゃんと『さん』付けな!」


「……バロット。あんたは、色々なシチュエーションに出くわすリスクを考えるべきだ」


 そうつぶやいた宗次は、バロットの左腕――人サイズのままのほうの腕へと静かに人差し指を当てる。


「あ? てめぇなぁ、『さん』付けって言っ……ィイイイイイ!?」


 バロットは突然顔をゆがめたかと思うと、宗次から飛び退った。

 かと思うと今度は「あ、ぁ、ぁあああ……」とうめき腕を抱えながら、その場にへたり込んでしまう。

 ひらひらと、バロットが落とした金札がひらひらと舞い、チャンス!とばかりに囚われの二人はそれを回収して逃げた。


「てめぇ、今、な、にをぉおお……っ!」


 悶絶するバロットの左腕は、右腕とは比べものにならないほど膨らんでいた。

 ジャケットが裂けそうなほどにパンパンだ。しかも変な汗を首筋からダラダラと流している。奴にとって、それは未経験の異常事態なのだろう。


 苦しみながらも殺気をガンガン飛ばすバロットに対して、


「ーーやはり、急な魔力の注入は体に負担がかかるか。バランスもかなり不自然だ。

 しかし、これで倒れないのは純粋に褒められるレベルだな。

 ……こいつ、鍛錬すればすぐにでもーー」


 宗次はどこまでも冷静に相手への分析を行っていた。


「なァにぃ……ぼそぼそと、しゃべってぇぇ……やがるぅゥゥウウウ!!」


 いつの間にか口に出していたらしい思考を打ち切り宗次は、両手で襲いかかってきたバロットに、手のひらをかざす。


「――<捕縛>」


 宗次はたった一つの言葉を唱えた。

 するとそれに連動するように、複雑な術式印“ルーン”が真っ赤な光を発しながら、焼き印のように地面に迸った。

 ――これは術を発動した後に形として残る術痕だ。

 バロットの獣腕が、空中でぴたりと制止する。見れば黒く濁った闇のリングが、彼の両腕にぎちぎちとはまり込んでいる。

 バロットはあせりながら腕をねじらせるが、どうあがいても脱出できる様子にはなかった。


「う、嘘だろてめぇ……ど、どうやって詠唱し――ごが!!!」

 

 宗次は顔面に右ストレートを1発たたき込んで、返事しなくなったところで術式解除を行った。

 闇のリングは蒸発するように消え、びくびくと震えて倒れるバロットと、赤い文字の術痕だけが残った。


「……ただの試験ごときで威張るな」

 

 それよりも大切なのは、実戦なのだから。

 そう、バロットにはもう届かない独り言をつぶやいた。奴はまさかここにディバイド1位の人間がいるとは思いもよらなかったのだろうが。

 さてこいつをどうしようかと思案する宗次だったが、


「ちょっと、何やってるんですか!」


 いきなりの非難の声に宗次は完全に虚を突かれ、そちらへ顔を向ける。


 そこには少女が立っていた。


 理知的な瞳、クリスタルを思わせるような薄蒼のセミロングヘア。ジャケットの下は短めのスカートだ。


「なんてタイミングだ……」


 宗次はうつむくと両手を挙げ、無抵抗を示す。

 少女は宗次よりもずっと年下に見える童顔なのに、臆するそぶりをまったく見せないのは、この状況で宗次に打ち勝つ自身があったからだ。

 対して、宗次が少女に警戒する必要はなかった。この少女の素性をよく知っているからだ。

 そして、最も見られたくない人物に見られてしまったと、宗次は心底後悔する。



 ……こうして少年の学園生活は、最悪の幕開けとなった。

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