どこにでもある失恋の話。でも…
帰りとは反対方向の電車に乗った。
私。一体どこに行きたいのだろう?どこでもいいか。
ドア付近に立つ私は、通り過ぎる景色を見つめる。
電車がホームに入ったせいで、景色は途切れて、窓はまるで鏡のように私の顔を写す。
可愛くない顔がそこにある。
全然可愛くない。今日はもっと変な顔――。
◆◆◆
「は?絵梨……今、なんつった?」
「だから、別れよって言ったの。あんた絶対浮気するもん。私、そういうのわかるから。
遠距離でやってく自信ないの。前にも言ったじゃん」
「……お前さ。俺を見送りに来て、それをわざわざ言いに来たの?」
「うん、そう」
私はあいつにそう言って、「じゃね」とその場から立ち去った。
私は自分から――失恋した。
駿――今日、東京の大学に合格して、あっちに住むために出発した。
駅まで見送りに行って、わざわざ告げた『別れよう』。
私はこっちで就職を決めた。
あいつには付き合い始めた中学のころから、夢があった。
真面目すぎるあいつの性格じゃ、夢を追うのに、私は邪魔になる。そんなこと嫌ってほどにわかる。
あいつはそれを叶えるために、今日、旅立つ。
大丈夫だよ、駿。あんた割と顔がいいから。ちょっと落ち込むかもしれないけど、東京には可愛い子がたくさんいるから、すぐに彼女が出来るよ。
律儀に遠距離なんてバカみたいだし。
本当は私が疲れるから、嫌だったんだ。
彼氏は近くにいて、いちゃついていたいもん。すぐ近くで「好きだよ」っていつも言って欲しいもん。
私だって、高卒でやっと就職出来たんだし。
あんたのことなんて、かまってられないから。社会人は忙しいんだよ。学生と違うし。
すぐに彼氏作るし。駿のことなんてすぐに忘れられるし。
音楽が鳴って、反対側のドアが閉まる。
電車がゴトンと動き出した。
私。どこに行きたいんだろう?
どこにでも転がってるような話だし。
どこにでもあるような失恋の話だし。
「あーあ。可哀想だね」と誰かが慰めてくれる。
ネットで書き込みしてみようかな?
「皆さんはどうやって傷を癒しますか?」なんて――。
「……う」
変な顔がますます変な顔になる。我慢してた涙が出そうになる。ちょ、ここではやめて!
超恥ずかしいからっ!!
「ぅ……」
やめて、やめて、やめてって!!恥ずかしいから。こんなのどこにでもあることなんだから。電車の中で泣くのはやめて、私っ!!
「う……うぅ……」
ど、どうしよ。止まらない……あ。どうしよ。ダメだ。止まらない。
どんどん涙が出てくる。
「……くぅ……」
やばい、やばい、やばいっ!!私から別れよって言ったんじゃんっ!!泣かないでよ、私っ!!みんなが気がつき始めてる……どうしよ、どうしよっ!!?
私は慌ててその場に座り込む。人に泣き顔を見られるの恥ずかしい……どうせなら、具合が悪い人を装うしかないっ!!結構冷静じゃないっ。大丈夫みたい――。
でも、どんどん涙は溢れてくる。
私ってこんなに弱いやつだったっけ?
お願い。もう少しで次の駅っぽいじゃん。
もうちょいこのまま……。
「大丈夫ですか?」
もう少しなのに……心配して声をかけてくる人が出てきちゃったよーっ!!
どうしよ。どう、答えよう!?
「すみません、こいつ、朝から体調が悪かったみたいで。次の駅で降ろしますから……」
座り込む私の頭の上で――知っている声がした。
ドアが開くと、私はぐいと腕を持ち上げられて、駅に降ろされた。
「すみませんでした」
私を心配してくれた人に謝っているのだろうか?
そう聞こえたあと。私は肩を抱えられて、駅の階段の裏側へと連れて行かれる。
電車がゴトンと動いて、行き過ぎる。
「……探したぞ、バカ」
私は駿に抱きしめられていた――。
◆◆◆
誰もいないホームで、駿は私の頭を抱えるように抱きしめたまま。
「お前のことなんてわかるんだよ。マジじゃないことぐらい、バレてんだよ」
「……よぐ……あの電車に……」
「お前の捻くれた性格に、どれぐらい付き合ってきたと思ってんだ、バカ」
「バカ、バカ……言うな……バカ」
「電車の中で座り込んで泣いてるバカより、よっぽどいい……バカ」
駿にいっぱいバカ扱いされた。
「今だからもう一度、言っとく。よく聞け……お前が大好きだ」
駿はそう言って、私をぎゅっと抱きしめる。
「……ほかに言い方あるじゃん。『愛してる』とか。あんた、一度も言ったことないじゃん」
「お前なぁ……」
こんな場面でも『大好き』止まりか?何年付き合ってると思ってんの、私たち?
駿は、こんな私に呆れてるんだろうなぁ。どうせならこのまま愛想をつかしちゃえばいいのに……。
「『愛してる』は……お前への結婚のプロポーズにとってあんだよ。
こんなこと言わせんなっ!!」
「……え?」
あれ?それはどう言う……!?
私は駿から離れて、その顔を見上げた。
「見るんじゃねーよ」
駿のやつ。すごい照れてる――だからもう一度、私を抱きしめた。
「……そうか、そうか。じゃ、せいぜい稼いで貰おうか……」
駿の言葉の答えがこれか……私?
「それはいいけど。その前に、お前。俺は東京行くの、一日遅らせたんだぞ?
謝るなりしろよ。ちゃんと責任とれよな?」
そうでした。
どう責任とろうか、駿。何がいい?
「浮気すんなよ……」
「……うん」
大好きなのは駿だけだから――それは大丈夫だよ。