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AV専門店『希望』  作者: 満腹太
第一章 運命を追え
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第五話 犬を追え

短編的なもの。

小室秀美が本格的に長谷川の家に引っ越して半年が経った。


長谷川邸の庭は綺麗に雑草が刈り取られ季節の花が植えられていた。


錆着き開きの悪かった門は新しく建て直されていた。


小室主導により長谷川邸をリフォームしていた。


古いタイプのキッチン、台所と言った方が正しい場所は白く清潔感のあるシステムキッチンを入れ、隣室のゴミから流れた液体で畳が腐っていた和室と縁側、薄暗いリビングの一部を併合し大きなリビングキッチンに変えた。


薄暗いリビングの半分は和室になったが、それでも12畳の広さはあった。


トイレも排泄の無かった長谷川は一切使っておらず、昭和の雰囲気のある壁や和式便器を最新式の便座に変えた。


風呂も狭く小さな浴槽から壁の向こう側にあったキッチンの開かずの棚まで広げ大きな浴槽を入れた。


これで、1階は風呂、トイレ、キッチン、リビングに和室と全て小室が業者と決めていた。


それを長谷川は生活が良くなるなら構わないと言った感じで見ていた。


2階は4部屋あり長谷川と小室が一つずつ使い1部屋は倉庫として、残る1部屋はベットと机、棚が置かれ簡単な客室が出来た。


ちなみに、リフォーム代金は4000万を少し下回った程度で収まった。


リフォーム前に屋内にあった見たこともない調度品や何所かの国の民芸品は全て処分した。


食器や家具、調度品は長谷川が購入する前の持ち主が置いて行った物で、家族を失った寂しさからゴミを捨てることが出来なくなった老人が前の持ち主だった。


老人が病死すると甥に当たる男が建物と土地からゴミの処分金を差し引きした金額で松戸組に売り払った。


それを数年放置しいた松戸組は思い出したようにゴミを片付けようとしたが、あまりのゴミの量に片付けを諦め長谷川に安く譲ったのだった。


長谷川の住む家にあるゴミは前の持ち主の物だが、面倒くさがり屋な長谷川はゴミの中での生活に慣れる方を選んだのだった。


家のリフォームが終わらるとホテル暮らしだった2人は着替え以外をすべて処分していた為、生活道具をすべて新しく買い替えた。


家具を新調する様は新婚夫婦となんら変わりが無かった。



新しい生活を始めた2人は平日はAV販売店の仕事をし、休日には2人での買い物や『なんでも屋』の仕事をしていた。


そんなある日―――


『―――このように、杜撰<ずさん>な管理体制の新薬研究所の警備体制は、驚きを越え呆れる他ありません!』


長谷川と小室が朝のワイドショーを見ていた。


「毒ガスの強盗って怖いわね」


小室は不安な顔を長谷川に向けた。


「そうだね。でも犯人も残り1人以外全員逮捕されたし、毒ガスの製造方法をコピーした端末も直ぐに見つかるよ。日本の警察は優秀だからね。」


長谷川は小室の不安を飛ばすように明るい声で言った。


「優秀って言っても…、日本の警察はウェンズディ・キラーはまだ捕まえていないわよね?」


「あは、あはははは。」


長谷川は小室の皮肉に笑うしかなかった。



その日の夕方


2人はAV専門店『希望』でネット通販の注文分の準備を終えレジで宅配業者が来るのを待っていた。


カランカランとドアが開き一人の男が入ってきた。


その男は不精髭を生やした疲れた様子の中年男性は直ぐにレジに白いパッケージを持ってきた。


「いらっしゃいませ。『なんでも屋』希望へ。車の修理から田植えの手伝いまでなんでもしますよ。」


「頼む!犬がいなくなったんだ!探してくれ!!」


男は泣きそうな顔で長谷川に頭を下げた。


「そ、その依頼、承りました。」


長谷川は少し引きながらも依頼を受けた。


「それではお話を聞きたいと思います。奥へどうぞ。あ、お店頼みます。」


長谷川は男を連れ奥の事務室へ入って行った。


その2人を見ながら小室はわずかに頷いた。



「それでは、その犬の特徴を教えてくれませんか?」


椅子に腰かけた長谷川は男が座ったのを確認すると話を始めた。


「ああ、昨日の夜。散歩してたら耳が片方ない犬がいてな。その犬を保護しようとしたが逃げられたんだ。頼む探してくれないか?」


男は涙目で長谷川に訴えた。


「…分りました。見つけ次第連絡します。」


「ああ、ありがとう!」


男は携帯番号を長谷川に教えると店を後にした。


「長谷川さん、あの人何か変よ?」


「そうだね。彼は何かを隠しているね。余りにも必死過ぎる。犬の怪我で必死の形相なんて可笑しいね。少し彼の事を調べます。あ、もちろん犬も探します。レジで待ってて。」


長谷川は事務室のドアを閉め意識をネットの海に沈めた。


男の足取りを監視カメラの逆再生で追う。


男の足取りを昨日まで遡ると確かに昨日の夜に犬と触れ合っていた。


海沿いの公園で大型犬の撫でている男。


犬は何かに気が付き男の元を去った。


犬を追いかける男だったが、犬には追いつくことができず見失ってしまった。


長谷川は犬の行方を追った。


犬は男と小さな女の子の元に戻り、尻尾を大きく振りながら2人の後ろを歩いて行った。


そして、2人と1匹は一軒の家に入る所を確認すると長谷川は意識を浮上させた。


「ふう、後は…あの依頼人を調べてっと。…後でいいか。」


長谷川は事務室から出るとレジで雑誌を見ていた小室に話しかけた。


「小室さん、ちょっといいですか?」


長谷川は小室に話しかけるが小室は聞こえないのか何も返事をしなかった。


「小室さん?…秀美さん。いいですか?」


「はい!なんですか?」


小室は名前を呼ばれると笑顔で返事した。


小室はリフォームが終わり一緒に暮らすようになってから小室が長谷川に名前で呼ぶようにお願いし、長谷川もそれに頷いた。


涙目で言い寄られた長谷川に断わる術は持っていなかった。


「…依頼された犬はこの住所にいます。その家に行って貰えませんか?その後、こちらから依頼人に連絡します。」


長谷川は小室に簡単な計画を話した。


「いいわよ。それじゃあ、行ってきますね。」


小室は外出用のバックを掴むと店を出ていた。


「さてさて、依頼人が気になるんで少し調べるとしますか。」


長谷川は一人になった店内で依頼人の調査を開始した。



小室が長谷川に指示された家行くと少女と犬、片耳が無い秋田犬が家の前の道路で戯れていた。


「こんにちわ。」


「こんにちわ!」


小室は笑顔で少女に挨拶すると少女も元気に挨拶した。


「可愛いワンちゃんね。名前はなんて言うの?」


小室は犬を撫でながら笑顔で少女に訪ねた。


「ウルフィーって言うの。カッコいいでしょ?」


秋田犬のウルフィー


「そ、そうね。カッコイイ名前ね。」


小室は少し引きつった顔をして言った。


PPPPP


その時、小室の携帯電話が鳴った。


「はい、小室です。」


『お疲れ様。長谷川です。来る途中に公園があったの覚えてる?そこからなら200メートルもないと思う。」


「ええ、そこに行けばいいのね。」


『時間は1時間後、依頼人にも連絡して来てもらいます。もちろん自分も不足な事態に備えてそこに行きます。』


「わかったわ。」


『それじゃあ。』


長谷川の電話が切れると小室は少女に近くの公園に行かないかと提案すると嬉しそうに頷いた。



1時間後、公園


小室と少女が犬とボール投げなどで遊んでいると長谷川と依頼人の男が現れた。


「それでは依頼された犬はこちらで間違いないですか?」


「ああ、この犬だ!」


男は犬に手を伸ばすが秋田犬は男の手が触れるのを嫌がり後ろに下がった。


犬はそのまま男を警戒するように低く唸り声を上げた。


「くそ!逃げるな!」


男は犬に手を伸ばすが犬は勢いよく走って逃げてしまった。


「あ!ウルフィー!!待って!」


少女が悲しそうな声を上げた。


「ちくしょう!」


男は犬の後を追って走って行った。


「長谷川さん!」


小室は長谷川の名を叫ぶと長谷川は頷いた。


「任せろ!」


長谷川は犬と男の後を追って走りだした。


暫く走ると前を走っていた男が立ち止まり辺りを見回した。


「くそう!見失ったか!!」


イライラした口調で言い放った。


長谷川はすでに周囲の監視カメラにアクセスし秋田犬の場所は特定できていた。


「見つけたら連絡します。」


長谷川はそう言いながら男の脇を通り抜けた。


何度か道を曲がり小さな神社の境内に秋田犬はいた。


「さあ、怖がらなくていいんだよ。すぐにあの子の所に帰してあげるから。」


長谷川はそう言いながら犬の頭を撫でた。


長谷川は膝を付き犬の首を撫でていると首輪が不自然に少しだけ膨らんでいるのが分った。


長谷川は犬の首輪の隙間からSDカードを見つけると指の間に挟んだ。


長谷川はこれでSDカードの内容を読み取っていた。


「ふむふむ、なるほど。」


長谷川はSDカードの内容が予想していた通りの先日盗まれた毒ガスの製造方法であった。


「はぁ、はぁ、はぁ…。そ、そこにいたのか…」


長谷川がデータを読み取り終った時に依頼人の男が現れた。


秋田犬は男がしっかりと掴み嫌がる犬を無視し首輪の周りを調べ始めた。


「…ない…、ない、なんで!無いんだ――!…どこかに落ちたのか!!」


男は地面に這いつくばり周囲を探し始めた。


「あの、この秋田犬はどうするですか?」


長谷川は這いつくばっている男に聞いた。


「あぁ?もう、いらん!それよりも探すのを手伝ってくれ!!」


「なにを探すんですか?」


「そりゃ、こいつの首に隠していたSDカードだ!頼む探してくれ!」


「男は泣きそうな表情で長谷川に訴えた。


「これですか?」


長谷川は指に挟んだSDカードを見せた。


「そ、それだ!返してくれ!」


男は長谷川の指からSDカードを奪い取った。


「それで、この秋田犬はどうするんですか?」


「もう、いい!さっきの子に返すなり捨てるなり好きにしろ!」


男は直ぐにその場を立ち去った。


「…そうですか…。依頼はこれで完了しました。」


長谷川は男の後ろ姿に向かって小さくつぶやいた。


その彼の表情は妖しい笑顔だった。


男を見送ると秋田犬と一緒に小室と少女が待つ公園に向かった。


「ウルフィー!!」


少女は秋田犬を見ると笑顔で駆け寄った。


秋田犬も嬉しそうに尻尾を振って女の子に抱きつかれていた。


微笑ましい光景を見ていた長谷川に小室が話しかけた。


「どうだったの?」


「依頼は完了です。依頼人も納得して帰りました。まあ、彼は予想通りの例の事件の1人でした。」


「やっぱり。」


小室は何か納得した顔をしていた。


「やっぱり?知っていたの?」


「なんとなく、ね。」


「何となくですか…。」


「それで、何であの人は私たちに依頼したの?」


「それが、どうやら国外に逃げる手段を手に入れたんですが、肝心のSDカードを一時保管用にあの犬を使っていたようです。今までいた組織のサポートが無くなったので別の組織に渡りを付けたのは良いんですが、今度は犬に嫌われて大事な取引道具を回収できなくなったんです。それが今回の経緯ですね。まぁ、予想ですが。」


「別の組織って?」


「ええ、メンドクサイ組織です。かの国の政府が後ろ盾にいますから。」


「かの国?それってどこ?」


「それは、秘密です。それにあの依頼人はSDカードを回収しましたが、データは抜かせてもらいました。」


「それって?」


「彼は来週まで生きている事はできないでしょうね。」


長谷川と小室は家路に向かう少女と秋田犬の後ろ姿をいつまでも見送った。



数日後、依頼人の遺体が人気のない海沿いの工業地帯で発見さてた。


首と胴体は別れた姿で発見された彼は殺人事件として捜査されるも証拠の少なさから迷宮入りした。


その死体発見の第一報をテレビで見た長谷川は何かを思いついたように呟いた。


「あ、依頼料貰うの忘れてた。」


「もう、しっかりしてよね。」


呑気な長谷川としっかり者の小室。


彼が彼女に尻に敷かれる日も遠くない。


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