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pro-3

 現在の目標はこの世界を知ることである。


 もしかすると、この世界には知的生命体が存在せず、植物だけの世界かもしれないし、魔法なんか目じゃない超高度科学社会が形成されているかもしれないし、神々が争っていて世界がヤバイ、なのかもしれない。


 まずは、友好的な知的生命体と出会う必要がある。いるかどうかは、別として。


 僕は鬱蒼とした森の中を疾走する。


 おそらくは時速40kmくらいで走っている気がする。ベータの身体能力強化は素晴らしい。


 身体能力強化はもちろん動体視力も強化されているので、木にぶつかる心配はない。やろうと思えば、拳一つで木を粉砕し直進できる気がするのも凄い。積極的にやろうとは思わないが。


 そんな環境に気を使った現代人的思考はこれから邪魔になるのかもしれない、なんてとりとめもなく考える。


「―――わっ」


 ボヤッとした所為か、腕に木の枝がぶつかる。普通であれば裂けても良い所だが、薄っすらと赤くなっただけである。それすらも、ベータにが淡く光り、魔方陣を放つことで、跡すら残らない。


 現在はデルタとベータを常時起動中である。デルタには一定以上身体を傷つけるモノからの防衛。ベータには身体能力強化。


 そしてアルファはどこか落ち込んだように、その身体を少しだけ赤黒くして、後ろからフヨフヨついてくる。


 先ほど、狼っぽいものが僕に襲いかかってきたときのことである。


 前後左右、どちらに向け進もうか立ち止まっていた僕へ、涎を垂らし、理性無き目つきで僕を睨んでいたソイツは、身を一瞬屈めるとその牙と爪で飛び掛ってきた。


 ---と、思うやいなや、アルファから炎の槍が発射。残滓に魔方陣を浮かべ、哀れ狼っぽいものは瞬時に蒸発してしまったのである。


 同時に、アルファが立て続けに炎の槍を発射。呆然とその様子を見ていたのだが、火事になった様子もなく、なんだろうと思い、二十発目で気付く。もしや、これは一族根絶やしではないか。


 アルファは僕に襲い掛かってきた狼っぽいものを敵性と判断。同一種族も同じく敵性。この森に住まう全ての狼っぽいものを絶滅させようとしているのかもしれない。


 慌ててアルファの活動を休止、さすがにどこの悪逆皇帝様かと思う。やりすぎである。


 三つの珠は僕の意識とリンクしているので、僕の内心を読み取ったアルファちゃんが、とても落ち込んだのである。


 デルタとベータも、どこかやれやれ、といった風情である。


 この世界の生物に初めて出会った感動もどこへやら、残念ながら何とも言えぬものになってしまった。


 展開的に、強大な力を見せる→狼っぽいもの怯える→優しさをもって接する→「くーんくーんと啼いて顔を舐めてくる→初めての異世界での友達ゲットだぜっ、というフラグをボキッとアルファは折ってしまったのである。


 しかし、アルファ、ベータ、デルタに自意識的なものがあるなど、設定を考えたときあっただろうか? もちろん考えすぎかもしれないし、黒歴史として灰と化したノートにはそう書いた記憶はないが、あの神様が面白がって付け加えたのかもしれないし、この世界に適合するときに、そうせざるを得なかったのかもしれない。


 まだまだ考えることもあるし、試したいこともあるが、少しずつ森の木が薄くなっている。気がつけば森は終わりに近づいていた。





「なんて美しい世界だろうかぁ」


 森を抜ければ、そこには舗装した道が遠くまで続いていた。それは知的生命身がいる証拠だろう。この道に沿って歩けば、どこかにはつけるだろう。


 しかし、そんな現実的な考えよりも、先に身体を支配したのは大きな感動であった。


 両腕を広げ、空を見上げ、深呼吸する。


 温かく降り注ぐ太陽の光り。舗装された土の道。風にたなびく草原。湿度の低いカラッとした優しい風。澄んだ空気と、空を飛ぶ謎の種族。おそらくは竜か、あるいは他の種族か。番のようで、遠くに見える山に向かっているのだろう。


 今は後ろに控える森がシュヴァルツヴァルトと言われれば、そうなんだ、と軽く頷いてしまう。


 それはどこか懐かしさを感じる光景、景色、状況。


 これは、原初のイメージ。


 所謂、日本人の原初のイメージといわれる田園風景が、人為的に作られたものであるというように。


 このどこかケルティックでヨーロッパな雰囲気を感じる気候や植生。


 これは、『物語の原初のイメージ』。


 氾濫したエンターテイメントでは味わえない、最高の『現実/娯楽』。


 呆然とする。


 生まれて初めて、と言って過言ではないほど、僕は感動している。


 エンターテイメントは罪悪である。それは人々に空想を抱かせる。それが少量なら良いが、幼い頃から与えられ続ける数多の物語は人に害悪である。


 手を伸ばしても、絶対に届くことの無い、まさしく夢物語。それは、悲しき神話を人の中に生む。本来現実には在らざる、社会活動に差し障る非生産的な神話。


 それが僕の持論としてある。


 けれど、どうだろう。一度、その神話に触れた時のこの感動。


 届かざる物語の中にいるという奇跡。


 得がたきものである。


 ―――コツン、コツン。


 感動の渦の中にいる僕の肩にアルファが軽くぶつかってきて、仄かに光る。


 [何か、いる]


 言語化すれば、こういった意思が伝わってくる。


「そう、ありがとう、アルファ」


 恥ずかしそうに漂うアルファを撫でると、嬉しそうに撥ねる。やれやれ、といった様子のデルタとベータ。


 さて、感動するのはここまでだ。あまり大きな感動を持つと、この先、期待はずれだったとき絶望するかもしれない。


 物語の中にいる、この感覚。


 遠くに馬車が見える。正確には頭に角がある馬っぽい存在が引いているのだが、ほぼ馬車である。


 そちらに歩みを始める。


 その一歩ごとに、物語が動き出すような気がしながら。


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