pro-2
目が醒めれば、そこは森の中だった。
いつか行った山の空気より、緑の匂いが濃い気がする。肌を撫でる風も心なしか柔らかい気がする。
ここが所謂異世界なのだろうか。現状では説明をつけることができない。
身体を起こし、周囲を見渡す。空を遮るほどの広葉樹の葉の群れ。その隙間から差し込む木漏れ日。辺りは見たことのない植生ではあるが、学者でもない僕が考えた所で、実はドッキリで今南半球にいますっ!! と言われてしまえば、そうなんだ、と納得してしまう状況ではある。
とりあえず身体を確認。とくに問題はない。いつもの、自分の身体である。
意識も問題はない。不自然に何かを忘れているとかも――おそらく――ない。そもそも証明もできないレベルでの意識介入で、これが胡蝶の夢だとか、培養液に脳みそ浮かんでいますっ。とかであれば、そもそも手の下しようがない。
頬を抓る。痛い。これは現実だ。それ以上も、それ以下もない。
(――起動)
試しに心の中で呟くと、三つの珠が、僕の周りをフヨフヨ漂い始める。赤、黒、緑、それぞれ攻撃用、防御用、身体精神用とされる、僕の黒歴史の、まさしく塊である。
しかし、これで神様と出合ったことは確実になった。
そしてここがおそらく異世界であるということも。
とりあえず、極端な夢オチ以外であれば、僕は死に、異世界にきた。それが現状で、現実である。
(攻撃用をアルファ、防御用をデルタ、身体精神用はベータとする。アルファはこちらに近づくモノに対する迎撃。デルタは僕に悪影響を与えるものからの防衛。ベータも僕の身体に悪影響のある全てを遮断。さらに身体の強化。常時身体を管理)
三つの珠が淡く光り、僕の周りをフヨフヨ漂い始める。
「――ふぅ」
やっと、落ち着いてものを考えられるというものである。
異世界に突入直後、未知のウィルスで死亡というのは情けなさ過ぎるし、魔物にせよ野生の動物せよ襲い掛かられればそれで終わりだ。後者であれば――物語的に考えれば――誰かが助けてくれるかもしれないが、何にせよ、下準備をやっておかないと落ち着かない。
まず、もう一度現状の整理である。
「トラック。死亡。神。異世界。転移。特殊能力」
この六つの単語があれば世界も征服できる。そんな気になれる魅力的なワード達である。
「説得力抜群じゃないか」
誰を説得するかは、別として。
しかし、一つ気になるのは特殊能力のアルファとベータとデルタである。神様がどのような仕様にしたのかが重要なところである。そして、いきなり異世界にきて焦ったというか、失敗したというか。――もしいわゆるどこかにある物語の様に、『世界そのものに悪意があり、僕を排除する』といった類の意思があれば、アルファは無差別に破壊を行ってしまうはずである。
もちろん今、その兆候はないが、なんにせよオートモードである。どの様な仕様であるかはかなり重要なのである。
と、手元に何やらA4のコピー用紙がある。
(三つの珠の仕様はこの世界に準拠する。その前提の上で、君のイメージにそった能力が付加されている。そしてこの紙は勝手に燃える)
「わあ」
あまり動揺少なく驚きの声を上げる。少し熱く感じたが、ベータがそれを癒してくれた。ベータさんマジイイ子。
そしてその時、小さく魔方陣らしきものが発生していた。
そんな設定を入れた記憶はないので、つまり、この世界の法則に則っているのだろう。
アルファに謎の破壊光線を頼んでも、おそらくそんなものはでない。それに近いものは、出来るのかもしれないが。
「なんにせよ、多少この世界を勉強しなきゃならぬ」
少なからず、ベータの挙動から、この世界には魔法、あるいは回復魔法というものは存在しそうである。
一人呟き、決意を胸に立ち上がる。
そして、少し待つ。
待つ。
待つ。
「残念ながら、聞こえる叫び声、逃げる馬車、襲われるご令嬢のコンボはないか」
そう、都合よくはいかないようで、自分で物語を切り開かなくてはいけないようだ。
「求む、ヌルゲー」
どこかで、神様が呆れている様な気がした。