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転生―palingenesis―

作者: ふなむし

もうどれだけ歩いただろうか……。


見当もつかない。


入り口周辺は町もあって賑やかだったけど、このあたりには何もない。


真っ白な空間。


何もないから、自分がまっすぐ歩いているのかも定かではない。


しかし、町から歩いてきて相当の時間が経過している……。


――だが、不思議なことに腹は減らない。


この世界では、飯の心配をする必要がないと聞いたけれど、どうやら間違いないらしい。


△△△


この果てしない無の空間に来る前、僕は町にいた。


天国。


人はこの世界をそう呼ぶ。


現世で亡くなって、長いトンネルを抜けると、ここにたどり着いた。


天国に来たのはいいけど、とりあえず何をしたらいいのかも良くわからない。


僕は町の人間に何をするべきかを尋ねた。


親切な住民は、僕にまず役所に行き、入国手続きを済ますべきだと教えてくれた。


それどころか、親切な住民は僕を役所まで連れて行ってくれた。



事務所で天国入国の手続きを済ますと、事務員が町の地図と転生遍歴リストをくれた。


リストによると、現在僕はちょうど転生6回目を終えたばかりらしかった。


町の者にこのことを話したら、ひどく馬鹿にされた。


彼らが言うには転生6回目と言うのはかなりの“ビギナー”らしい。


この世界ではビギナーと言うだけで差別の対象にされるという余計な情報を、彼らは話してくれた。


僕は少し悔しかったので「じゃあ君たちは転生何回なんだ」と聞いたけれど、彼らは「個人情報だ」の一点張りで、教えようとはしなかった。


「お前みたいに自分から転生回数を教えるなんて、まさにビギナーだね」


これが彼らの決まり文句らしい。


この言葉がきっと時差ぼけした僕の頭を覚醒させた。


(――おそらく彼らもビギナーなのだろう)


もし彼らがビギナーでないのなら、きっと転生リストを印籠のごとく見せびらかすはずである。


それをしないことが、彼らがビギナーであることを物語っていた。


彼らも過去、今私がされているように町のものに馬鹿にされたのだろう。


真実を見透かされないように、自分の弱みを漏らさぬようにと、彼らの顔は不自然にこわばっていた。


それを見てとった僕は、紳士的な態度で、情報の提供を彼らに感謝して別れを告げた。


つまり、勝利宣言である。


彼らは悔しそうに、その場を後にした。


△△△


僕たち天国の住人には“過去”の記憶がない。


天国に入国した瞬間、前世の記憶は消去され、鋳型にはめた体を与えられる。


僕たちには成長、新陳代謝という概念がないので、この世界では肉体的な強さの差は存在しない。


過去の記憶もないので、この世界の人間は皆平等なのだ。


唯一平等でないのは、入国の際渡される転生のリストである。


だから、その転生の内容によって差別が生じるのは、確かに理にかなっていることだった。


この世界の住民にとっては、転生回数、転生遍歴こそが個性なのだ。



僕はもう一度リストを見返した。


リストには、過去転生してきた生き物の名称と絵、生き物の特性が記されていた。


一周目。アブラムシ。集団で植物の維管束に口針を突き刺して師管液を吸って生活する。


二周目。シロアリ。おもに植物遺体を食べる社会性昆虫。


アリという名前が付いているけど、ホントはこの生き物がゴキブリに近いことを僕は知っている。


三周目。オサムシ。主として地上を歩きまわる肉食の甲虫で、美しい色のものも多い。


また虫。でも、前がシロアリだっただけにちょっとうれしい。


四周目。テントウムシ。鮮やかな体色をもつ小型の甲虫。名前の由来は太陽に向かって飛ぶことから、太陽神の天道からとられた。


それにしてもテントウムシの主食ってアブラムシじゃなかったか?


前世の記憶はリセットされるらしいけど、こんなこと許されるのか?


五周目。ウサギ。おもに草原や森林、雪原に生息する。ペットとして人気。その肉は美味。


動物!


念願の動物!


この流れだったら……、次は肉食動物!


六周目。ゴキブリ。長い触角、扁平な楕円形な体、発達した脚などを特徴とする。種によっては漢方に用いられているものも存在する。


ゴキブリッ!


ここまでの流れを完全に無視してゴキブリッ!


……やるせない。


そう言えば転生リストをもらった時、事務員に「生き物に貴賎の差は存在しませんよ。お気になさらずに」と言われたっけ。


その時は気にもしなかったけど、今ならその意味がわかる。



天国にいるものには大きく分けて二種類いる。


天国で生活するものと、再び転生を目指すものの二種類だ。


現世で生きることに嫌気がさしたもの、天国での生活に満足するものは前者。


天国の生活に飽きた、もしくは満足しないものは後者。


あと、自分の転生リストが恥ずかしいもの。


直近の前世がゴキブリであるなど、その事実を一刻も早く消したいものなどは、後者を選ぶ。


かくの如く、僕は一刻も早く転生を目指すことに決めた。


△△△


一際高くそびえ建つ“転生の城”。


城の先端部は遠すぎて、霧にかすんで見えない。


果てしない白の世界を抜け、ようやく私はここにたどり着いた。


ここにくるまで、相当の時間がかかったのだ。


嫌でも鼓動は脈打つ。


城門はギギギと嫌な音を響かせて開いた。


城の中には…、私たちと同じ体をもった係員と思しきものがいた。


それ以外のものは見当たらない。


時計も机もここには何もない。


それゆえに、ただ不気味である。


先ほどから、城の内奥から微かに音が漏れ聞こえている。


よくよく耳をすませると、それが奇声や阿鼻叫喚の声だと分かった。


――少なからず、私のような転生希望者がここにはいるのだろう。


それにしても不気味だ。


声がドームのような形状をした城の内壁に反響し、さながら亡者の呻きを思わせる。


(まぁ、それもしかたないだろうな。)


――彼らはここで人生が決まってしまうのだから。


転生希望者にとって、まさに今が一世一代の勝負なのだ。


ただし、現世ではなく来世の、だけれども。


ここで素晴らしい結果が出れば、宝くじ一等当選などの比ではない。


さぁ、いよいよだ……。


転生の場!



係員に誘導された先は、野球場程はあろうかというだだっ広い部屋だった。


真ん中には、ポツンとパチンコスロットのような機械が配置されている。


「あなたに素晴らしい幸運が訪れますことを」


私の背後で係員がボソッと呟いて、入り口のドアを閉める。


これで、この殺風景な空間には、あのみすぼらしい機械と僕だけになった訳だ。


△△△


ついにこの時がきたか…。


足のつま先からぷくぷくと気泡がはじけては、またつま先からぷくぷくと気泡が生まれる。


はじけた気泡が即効性の毒のように全身を駆け巡る。


緊張が僕の感覚機能を狂わせていた。


僕は次の一歩を踏み出すこともできない。


何もできないまま、僕はしばらくその場に立ちすくんでいた。



とりあえず、気泡は止まった。


ようやく僕はこんにゃくみたいになった足を引きずり歩く。


ここには独特の空気が広がっている。


数億回、数兆回、いや考えるだけで気が狂う程の数、ここに絶望と歓喜の声がこだましたはずだ。


――そういった無数の声が時代を超えて僕に語りかけてくるような気がする。


微かな声と僕の不安をかき消すかのように、突如として機械がカタカタと動き出した。


機械のギョーンという起動音が冷めた空間に鳴り響き、熱を思い出させる。


どうやらそうのんびりとさせてはくれないみたいだ。



スロットのルーレットが回っている。


4つ赤いボタンがあるがこれを押せば、ルーレットが止まるのだろうか。


ルーレットが決めるのは、来世の能力と種族のようだ。


機械の上部の但し書きにそう書いてある。



ルーレットには4つのレーンがある。


1から3のレーンには1から100までの数字。


4のレーンには種族の絵柄をそれぞれ記す。


レーンを止めるにはそれに対応するボタンを押すこと…(中略)。


…この場合、数字が高ければ高いほど、優れていることとする。


1のレーンは種族間での知能を決定する。


2のレーンでは種族間での肉体の強さを決定する。


3のレーンでは種族間での美醜を決める。


4のレーンでは種族を決める。


これらの項目に運の要素がないのは仕様である。


運だけは完全にランダム。


この機械を設計した神でさえも運を決めることはできない。


よって、このスロットもチャンスは皆平等である。


では、貴殿の幸運を祈る。



そこまで読んでも、僕の頭の中は思考停止していた。


この世がこんなにつまらないスロットに支配されているなんて…。


信じられなかった。



この転生の城に来るまで、転生がどのように決められるかを考えていた。


なにせ本当に長い道のりだったのだ。


そればかり考えていたと言ってもいい。


僕がまず考えたのは、転生の場に神がいる可能性だった。


台座に座った神が有無を言わさずミコトノリを告げ、私たちの来世を決定する。


僕はこんな場面を想像していた。


もちろん、サイコロなどギャンブルみたいなもので全てを決めてしまうという可能性も考えなかった訳ではない。


だが、僕は全てを運で決定するその方式を心の内で勝手に消去していた。


神が決定する。


これが、僕にとって何より好都合な方式だったからだ。



僕だけは神に愛される自信があった。


僕には転生リストがある。


それも、悲しい、悲し過ぎる転生遍歴を記したリストが。


神も僕の転生リストを見れば、憐れみ許してくれるだろうという心づもりがあった。


神に嘆願すればよもや、少なくとも再びゴキブリに転生などという悪魔の所業を、まさか全知全能の神がするはずがないという思いがあった。


神でさえ説き伏せる自信があった。



だが、僕の思惑に反して、転生は完全に運任せで、おんぼろスロット任せだった。


……だが、僕はあきらめない。


ここであきらめることは、即ちゴキブリ転生を示す。


今、僕にできることは何なのか……。


僕の脳みそがぐにゃりぐにゃりと動いては軋む。


△△△


ルーレットの数字は1から100までの数字。


しかし、それは順番に1から100まで並んでいるわけではない。


完全にランダム。


……しかし、配列はいつも一緒。


先ほどから目が痛くなるほどスロットを眺めているが、100の次は86、24の次は97が来ることを僕は確認している。


このようにして、1から100までの配列を把握すれば、1から50というような平均より低い数字になる危険はある程度回避できる。


これを気付くのと気付かないのとではきっと雲泥の差が出るだろう。


(――救われた。)


額からは安堵の汗が滴り落ちる。


但し書きには、このスロットが運で決まると書いてあったが、僕に言わせれば、それは“嘘”だ。


これは頭脳戦。


神との知恵比べなのだ!



とりあえず、高めの数字の配列をリストアップする。


リストアップすると言っても、紙も鉛筆もないので要するに頭の中に暗記するだけなのだが。


……後はここ一番で目押しに失敗しないことだ。


ドクドクと普段聴きとれない心臓の音が高鳴る。


いきなり、種族を決定するボタンを押すなどと言う無謀はできない。


だから、ここは一番無難そうな肉体の強さを決定するボタンを押すことにする。


肉体が弱くとも、知恵があればなんとかなる。


美貌があればなんとかなる。


事前に把握していた、78、69、88、90,81という比較的高めの数字が続く配列めがけてスイッチを押す。


――これなら、どの数字に転んでも大けがをすることはあり得ない。



……はずだった。


確かに、数字は一回、90という高めの数字にとまった。


けれど。


止まってから、動いたのだ。


完全に想定外の事態!


僕はまんまと神に欺かれた。


――激しい頭痛が訪れて、遠い過去の映像が灯る。


デジャブというやつだろうか。


遠い記憶。


この場所で。


頭を抱える僕が見える。


僕は毎度同じ過ちを犯し、ゴキブリになるべくして、ゴキブリになっていたのかもしれない。


そんな気がした。



スロットはピタッと止まらずに、慣性でピッピという電子音とともに滑り始めた。


90。


81。


24。


45。


1。


結局止まったのは1だった。



これで僕の来世は少なくとも種族間で一番弱い生物になることが決定した。


この悲劇を慰めてくれる唯一の要素、せめてもの救いは“種族間”限定だということだ。


そう思わないとやり切れなかった。


ライオンの中で一番弱いライオンが、ウサギに負けるだろうか?


やはり、ライオンが勝つだろ?


(……いや、実際のところ、それもどうかわからない。)


頭の中では、自分で出した例えの決定的な致命が瞬間的にはじき出されていた。


一番弱いライオンぐらいになると、生まれた瞬間に重篤な病気を患って生後すぐに死んでしまうなんてこともあるかもしれない。


それに、ライオンでなく、最弱で、かつ、ゴキブリなんて可能性も0ではない。


ゴキブリや虫を経てきた僕にとって、今回いきなりライオンなんて良い動物に転生できるはずがない。


それに、どうせ1が出たんだ。


ここで良い生き物を出して、すぐに死んでしまうのももったいない。


もう、なんでも良い。


僕は自暴自棄の虜にされていた。



適当に押した残り二つのボタン。


出たのは奇跡的にどちらも1だった。


…………。


最弱。


最低知能。


最醜。


これがそう遠くない、確定した僕の未来だった。


それ以上でもなくて、それ以下でもない。


いや、ここまで来ると少しすがすがしい気もする。


さっきまでの不安と緊張が何だったのか、夢だったようにすら感じられる。



もうどうでもいい。


僕は種族決定のボタンを押した。



いや、押そうと思った。


――けど、押せなかった。


ボタンが押す前に止まってしまったから。


絵柄は……天使?


えっ?


僕押してないよ……。


……。


機械の故障?


だったら、やり直しきくよね?



タンタンターン。タンタンターン。タンタンターン。


ファンファーレみたいなどっかで聞いたような音が機械から流れる。


と同時に、部屋の入口が開けられた。


出てきたのは先ほどの係員だった。


「おめでとうございまーす。えー、見事あなたは神に選ばれました。但し書きに書いてあります通り、1が3つのレーンで出た場合、自動的に種族が“神”になることになっています。おめでとうございます。2045代目“神”の誕生です!」


但し書きは確かに読んだけど、途中面倒くさかったので飛ばして読んだっけ……。


そんなことも書いてあったような…。


なるほど。


神は種族で一つしかいないから、能力が1でも、最弱でもあり、最強ってことになるのか。


なるほど。



まぁいいや。


とにかく、ゴキブリじゃないみたいで安心した。


△△△


もうどれだけ歩いただろうか…。


見当もつかない。


――真っ白な空間。


(それにしても、疲れた……。)


今、役人が後ろから追いかけてきたら、きっと私は逃げ切ることはできないだろう。


役人……。


あいつらは悪魔だ。


神すらも使役する。


役人どもは、神が仕事をやって当たり前だと思っているのだ。


あいつらはいいよ。


何人もいるから仕事分担できるけど。


こっちは体が一つしかないのだ!



あぁ、あのころが懐かしい……。


アブラムシの時に食べた、あの美味しい樹液は今も忘れない。


シロアリの時に食べた、あのブナの樹の味は生きてるうちで一番旨かった。


オサムシの時、天気のいい日には庭を駆けずり回った。


いい汗かいてたなぁ。


テントウムシ。あの頃は太陽が大好きだった。


いっつも太陽を追っかけまわしてたっけ。


ウサギも楽しかった。春には、草原を駆けまわり、冬は雪と戯れた。


……ゴキブリ。


――今思えば、ゴキブリの時ほど濃密な自由を感じたことはなかった。


私もあのころのような自由がほしい……。



神は全知全能である。


であるが、ゆえに不自由である。


生きとし生けるものが勝手気ままに生きるおかげで、私は彼らの後始末に日夜追われることになる。


彼らの自由は、即ち私の不自由なのだ。


こんな不自由な人生なら、ゴキブリの方がまし。


このままじゃ、過労死だ。


――だから、役人に捕まる前に、早くこの紙を提出しないと。



「はい。転生希望届け、確かに受領しました。


3098兆年6カ月24日2時間3分43秒の長いご公務、ご苦労様でした、神様。


後は、新しく就任される神様が業務を担当してくれますので、心配はいりません。


本当にお疲れ様でした。」


――あぁ、今はこの事務員の声が天使の声のようにさえ聞こえる。


私は救われた。


ありがとう、神様。


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