一時の休息
階層の表記に一部不備がありましたので修正しました。
「この辺りなら大丈夫そうね」
通路をしばらく進んだ所で、扉のない小部屋の様なスペースに出た。そこで足を止めると、その女はそんな言葉を漏らした。
「今から結界を張るから、少しだけ様子を見てて。もし敵が入って来る様なら足止めもよろしく」
そう言いながらマントの内側から四枚の紙を取り出す。それらを通路との境目を含む四方に置き、呪文を唱え始める。
「魔を祓いし聖なる光よ、我らに暫しの安息を与え賜え――破邪の方陣」
その言葉に応じる様に女から光が溢れ出し、四方に置かれた紙へと伸びる。すると紙からも光が溢れ出し、今度は四方の紙同士を光の線が繋ぐ。
「これは……?」
「魔方陣を利用した結界魔法よ。あたしの力じゃ本来は人一人分くらいしか展開出来ないんだけど、魔法の効果を高める魔方陣を利用して、このスペース全体に結界を展開したの」
俺の疑問に女は答えたが、少しだけ冷ややかな視線を送られた。
「悪いな。余り魔法には詳しくないんだ」
最低限の知識は持っているつもりだが、俺自身が魔法を使えないんだから仕方ないだろう。
「あら。別に何も言ってないわよ?」
……良い性格してやがる。
「まあいいさ。それで、この結界はどれくらい持つんだ?」
結界魔法とは、現象物質問わず外部からの干渉を封じる防御用の魔法だ。その範囲や効果時間は使用者によって異なる。魔法陣が魔法を補助するモノなのは知っているが、あんな風に紙に描いた物があるのは知らなかった。
「三十分は持つと思うけど……瘴気のせいで誤差は出るかもね」
「なるほど。それじゃあ、さっさと話せる事は話しておいた方が良さそうだな」
「そうね」
俺の言葉に女も頷く。とりあえずは自己紹介か。
「俺の名前はバナッシュ。こいつはルルーセリア。見ての通り冒険者だ」
「見ての通り? あなたはともかく、その子は冒険者には見えないんだけど……」
「まああいつは駆け出しだからな。それで、あんたは?」
ルルーの事を深く問われても答える訳にはいかない。イビルドラゴンの様な人に牙を剥くだけの下等龍種とは違い、真紅の火龍と言う知性の高い至高龍種の存在は稀有だ。その子供ともなれば人の手でも対抗する事が可能であり、狙われる可能性も出てくる。
俺は女の言葉を適当に流し、相手の自己紹介を促した。
「あたしはメリア。あなた達と同じく冒険者で、魔法使いよ」
ただの魔法使いじゃない様だが……まあ、言えない事があるのはこっちも一緒だ。お互い信用している訳じゃないしな。
「それで、あんた達は何人のパーティだったんだ?」
「……へぇ、意外と切れるのね」
俺の問いかけに、スゥッと目を細め女――メリアはそんな言葉を口にした。
「どう言うこと?」
そんな俺達のやり取りに、ルルーが不思議そうに言葉を挟んで来た。
「さっきから遭遇している不死者は比較的最近発生した奴らだった。と言う事は、俺達よりも先にこの場所にきた冒険者が死に、そのまま不死者になった可能性が高い。で、浄化の炎を使える魔法使いであるメリア。さっきも一人で数人を相手にして引けを取っていなかったから、おそらく仲間が殺され、敵が増えたんだろうよ。そこで、その内の何人が仲間だったのかって聞いた訳だ」
「へぇ、バナッシュ頭良いね」
「そんな事ないさ……それで、どうなんだ?」
その答えによっては、まだまだ不死者がいる可能性もある。割と大事な情報だ。
「あたし達は五人でこのダンジョンに挑んだんだけど、途中で他の冒険者に会ったわ。そのパーティは四人パーティで、大所帯にはなるけど力を合わせる事にしたの。合流したのは地下3階で、瘴気の存在が気にかかったからね。最初は手を組んで正解だと思ってたわ。不死者の群れと遭遇するまではね」
「不死者の群れだと?」
「ええ。地下5階にあった広場で、あたし達は巨大なサンドワームと遭遇したの」
サンドワーム――そもそも大きなミミズの様なモンスターだが、それが巨大って……
「壁に穴が開いててね。その広場はサンドワームの餌場だったらしくて、周囲には冒険者のなれの果てや小型のモンスターの死骸なんかがたくさんあったわ。それでも気にせずサンドワームと戦っていたんだけど……」
「死骸が不死者化したのか?」
「ええ。その時点であたし達はその場から逃げる事にしたわ。でも、即席のパーティじゃ逃走時にチームワークなんて発揮出来る訳がないじゃない? それは悲惨な逃走劇だったわ。後はあなたの想像通りよ」
なるほど。だが、やはり納得いかない部分がある。そこまで急に不死者化する程濃い瘴気ではない。だと言うのに、死して直ぐに不死者化している。と言う事は、やはり何者かの意思が働いているとしか思えない。
「どうやらあなたも同じ考えの様ね」
メリアも同じ考えを浮かべているらしい。まあ、ある程度瘴気についての知識があれば誰でも同じ答えに辿り着くだろう。
「俺としては、ここから脱出する事をお勧めするんだが……あんたはどうだ?」
「そうね……正直魔力にも限界があるし、今が退き時だと思うわ。あなたとならそれも可能そうだし」
それは単身での脱出が難しいと言う事だろう。俺の場合、最後の手段としてルルーを纏う事で脱出可能だろうが、現状一人での脱出は厳しいのが現実だ。
「意見が一致して良かったよ。上に戻る道は分かるか?」
「ええ。このまま戻れば階段があるわ」
そんなメリアの案内の元、俺達は階段へと向かった。
その道中不死者やモンスターと遭遇する事はなく、階段のある大部屋まで辿り着いた。きちんと確認はしなかったが、メリアの言葉から察するにここは地下5階。地下4階に上がってもメリアの案内なしにはスムーズに脱出する事は出来ない。この調子で敵と遭遇しない事を祈っておこう。
「まったく……困ったものですね」
突如聞こえてきたその言葉に、俺達は足を止めた。
姿は見えない。だが、気配は感じられる。
「誰だ?」
「このままあなた方を逃がす訳にはいかないのですよ」
俺の問いかけに答えるつもりはないらしい。どちらかと言えば高い声色だが、男の声だと判別出来る。未だ姿は見せないが、一体何者なのか……
「まあ、不自然な不死者化の黒幕って所なんだろうが」
少なくとも無関係ではないはずだ。なら、ここで叩いておいた方が得策かもしれないな。
「いつまでも隠れてないで出て来なさいよ」
挑発する様な口調でメリアが言うが、やはり相手は姿を現さない。
気配はあるが、場所までは特定出来ない。さて、どうしたものか……
「バナッシュ」
「どうした?」
ルルーに声をかけられ、視線は逸らさずに聞き返す。
「あいつ、階段の正面にいるよ」
どうやらルルーには相手の姿が見えるらしい。俺達に見えていない事を理解したのだろう。ナイスだルルー。
「聞こえたか?」
「ええ」
俺の言葉に、メリアが笑みを浮かべ頷いた。メリアもここで叩いた方が良いと判断したのだろう。どうやら、俺とメリアは似た様な考え方をするらしい。
「先手必勝だな」
俺がそう呟くよりも速く、メリアは呪文の詠唱を始めていた。