不死者との戦い
「どう言う事だよ……」
俺は腰に納めていた剣を抜く事を余儀なくされ、ルルーはルルーで腕をぶんぶん振り回しながら暴れている。
俺とルルーが部屋に入った所までは良い。扉に罠はなく、特に問題はなかった。が、ルルーが扉を閉めた刹那、部屋の床が光を放った。思わず目を閉じて、光が収まり目を開けると、そこには俺に向かって剣を振り下ろす男の姿があった。
結果、俺は咄嗟にそれを避け剣を抜き応戦している訳だ。ルルーも似た様なものだろう。
男の目には生気がなく、体中至る所に傷があり血も流れている。不死者と二度目のエンカウント。二度目にして、今度は何体もの不死者と同時に遭遇。何て不幸だ……
元は人間だった男の不死者が三人。皆当然武装している。そして元は普通のモンスターだったであろう獣型の不死者が三匹。身体の一部が崩れている為元が何のモンスターだったのかは良く分からないが、四足歩行のモンスターだったのは判別出来る。生息地から察するにマッドウルフ辺りが妥当な線だろう。
そんな獣共を殴り飛ばし、再び襲って来るとまた殴り飛ばす。そんな事を繰り返すルルーは置いておくとしてだ……
振るわれる剣を避けながら周囲を見回すと、ここはそれなりに広い大部屋だと言う事が分かった。さっきまでいた部屋とは明らかに違う場所だ。どうやら開けた扉が閉じられる事で、転移の魔法が発動する罠が仕掛けられて様だ。それ自体はまあ仕方ない。が、問題は複数の不死者だ。さっきまでいた場所とそれ程瘴気の濃さは変わらない様に思えるが、こうも数がいると何かしらの意志が働いている様に思えてならない。
「……まずはこの場をどうするか考える方が先か」
幸い、部屋は密室ではない。少し距離はあるが扉が見える。どうやらこの部屋に扉はその一つしかない様だ。まさか、あの扉に罠があるなんてオチはないだろうと思いたい。
「ルルー! この場は逃げるぞ。あの扉まで走れ!」
そう叫ぶと同時、俺は扉へと向かって駆け出した。俺を囲む三人の不死者に対し雷撃を放ち、直ぐに追って来れない様にしておく。
ルルーも俺の言葉を素直に受け取り、むしろ俺よりも早く扉へと駆けて行った。
ルルーが無用心にも扉を開け放つが、何も起こらなかった為良しとしておく。まあ俺が注意しなかったのも悪いんだが。
俺も扉に辿り着き、振り返り様に雷撃を放つ。特に的を絞った訳ではないが、接近してきていた獣型の不死者に直撃していた。直ぐに扉を閉め、ルルーを促し部屋の外に伸びる通路を真っ直ぐに駆けて行く。この先に安全な場所があると良いんだが……
そんな思いも空しく、俺達が辿り着いたのは新たな戦場だった。
「滅するは闇、不浄を祓う聖なる炎――聖光の炎!」
前方で戦う何者かが、そんな言葉と共に魔法を放った。紡がれた言葉の通りに炎が顕現し、人の姿をした不死者を焼き払った。
扉はなかったが、通路が開け小広間と言った感じの空間。そこには肩口で切り揃えた黒髪の女が戦っていた。
「どうやらちゃんとした人間が残ってたみたいだな」
女から少し離れた位置で立ち止まり、俺は邪魔にならない様に声をかけた。
「新手かと思ったら、そっちこそ真っ当な人間みたいね」
「手を貸すぜ。まあ、止めは浄化の炎を使えるあんたに任せるけどな」
「……分かったわ」
それは短いやり取りだったが、冒険者にとっては十分なものだった。ルルーには下がっておく様に言い、俺は走っている最中に納めた剣を再び抜き放つ。
「喰らい付く雷」
剣を抜くと同時に魔力を込め、能力を発現するキーワードを紡ぐ。
俺の剣から放たれた一筋の雷光が、対象となった一人の不死者に巻き付く。それは蛇を模った雷で、足元から頭上へと螺旋を描き伸びたと思えば、まるで大きな口を開いたかの様に先端が裂け、頭から丸のみにする勢いで降り注いだ。
ダメージは与えただろうが、これくらいで不死者を滅する事は出来ない。
「頼むぞ!」
「任せて! 聖光の炎!」
女が再び魔法を放つが、俺はその結果を見ずに次の相手へと向き直った。
その瞬間に改めて状況を把握する。敵は人間型の不死者が三人。とは言え今の魔法で一人減っただろうから後二人だ。
対峙した二人目の不死者に雷撃を放ち、その隙にと俺に接近してきたもう一人の剣戟を左腕の盾で防ぐ。
「舐めるなよ」
盾で不死者を押しのけ、態勢を崩した隙に魔力を込め帯電させた剣で斬り払う。その一撃は不死者の右腕を斬り落とし、持っていた剣がカランと音を立てて落ちた。
「灼熱の怒り!」
当然腕を斬り落とされた程度で怯む不死者ではかったが、そこに炎の魔法で追撃が入った。浄化の炎ではない為それで滅する事は出来ないだろうが、十分な足止めにはなるだろう。距離を考えても俺が手を出す必要はないはずだ。なら、次は先に雷撃を放った方だ。そう意識を切り替えた次の瞬間には、相手にしようと思っていた不死者が俺の直ぐ傍まで迫ってきていた。背後で女が魔法を放つ声が聞こえたが、それはもう一体に向けて放ったのだろう。ならば、もう一度浄化の炎を放てば良い状況にまでするべきだな。
不死者の剣戟を剣で防ぐと同時に、剣に魔力を込める。
「裁きの雷」
頭上に現れた雷球が落ちて来る。俺と剣戟を交わす不死者はそれを避ける事は出来ないだろう。このままだと俺も巻き込まれる。が、俺は雷球が直撃する間合いを理解している。絶妙のタイミングで後方に跳び、雷球が不死者を飲み込む。これだけでもしばらくは再起不能にはなるだろうが、滅した訳ではない。
「聖光の炎」
俺が指示する必要等無く、女は再び浄化の炎を放った。
これで、この場にいる不死者は全て滅した訳だ。
「バナッシュ! 後ろから来るよ!」
ルルーの声で俺は追われていた事を思い出した。
「話は後だ。とりあえずこの場から離れよう」
「そうした方が良いみたいね」
女は俺の言葉に素直に頷いた。
安全な場所があるとは思えないが……
「あたしはそっちから来たの。とりあえず追われていた訳じゃないから、他に進むよりは安全だと思うわ」
見回すと、四方全てに道がある。どの道が正解なのかは分からない。となると……
「なら、そっちに行ってみよう」
この女がどこまで信用出来るかはまだ判断出来ないが、少なくとも自分が危険になる様な事はしないだろう。
俺達は女が指した道へと進む事にした……