偽りの砂漠2
俺は剣を横薙ぎに払い、襲いかかってくるマッドウルフを斬り飛ばした。
イージーフライとの戦闘後、特にモンスターと遭遇する事なく中心地に近付けたまでは良かった。が、後もう少しと言う所で狼型のモンスターであるマッドウルフの群れと遭遇してしまった。黄土色の毛並みのマッドウルフは、砂地に擬態するかの様に寝そべって獲物を待つ。まあその存在には気が付いたから奇襲を受けた訳じゃない。数も五匹と多くはなかった。が、三匹のマッドウルフを倒した所で別の群れが合流。しかもそちらさんは八匹となかなかの大所帯。殆ど普通の狼と変わらないマッドウルフではあるが、その生命力はモンスターの中でも上位に位置する。防御力が高い訳じゃない。とにかくタフなのだ。自然治癒力も高く、多少の傷は直ぐに塞がってしまう。大して強くはないが、数がいると面倒な相手だ。それが、今は十匹。油断しなければ負ける事はないが、ルルーの事が気がかりではある。
「くっ」
正面から跳びかってきたマッドウルフを叩き伏せると、次の瞬間には右側からもう一匹が襲って来る。それを迎撃しようとすれば今度は背後からと、それぞれの合間を縫う様に俺へと襲いかかって来る。数匹同時の時もあり、正直ルルーの心配をしている余裕がない。だが、逆に言えばそれだけの数が俺に向かってきていると言う事だ。正確に数を把握している訳ではないが、おそらく合流した八匹の群れが俺へと襲いかかってきているのだろう。違う群れである二匹は、いくら同種族と言えど上手く連携が取れない為ルルーに向かっているんじゃないかと思う。
「出来れば地上で使いたくはなかったんだがな……」
このまま体力が削られていくのも問題だ。俺は右手に持つ魔法剣へと魔力を流し込む。俺自身は魔法を使う事は出来ないが、魔力を扱う事は出来る。俺の持つ魔法剣は、魔力を流し込む事によってその力を顕現する。
「喰らえ!」
バチバチと電気を帯びた剣から、次の瞬間には雷撃が放たれる。一筋の閃光が走り、俺に向かってきていた一匹のマッドウルフが黒焦げになった。
仲間が死んだ事で一瞬奴らの動きが止まった。その隙を逃さず、再び魔力を込めながらルルーへと視線を向ける。するとわくわくとした表情でこちらを見ているルルーの姿が目に入った。どうやら襲われている様子はない。とりあえず心配はなさそうだ。
俺が視線を外した事で好機と判断したのだろう。三匹のマッドウルフが同時に俺に襲いかかって来た。左方から跳んできた奴には雷撃を放ち、正面のマッドウルフに向かって俺から近付く。やや身体を左にずらし、その胴体を斬り裂きながらすれ違う。右方の奴は俺が位置を変えた事で着地するまで標的を失う運びとなった。
雷撃を受けた一匹は絶命した様だが、直接斬った奴は鈍い動きで俺から離れて行く。代わりに着地した一匹と、残っていた内の二匹が跳ぶ。再び剣に魔力を込めながら、同時攻撃の合間を縫う様に跳躍。そこに残りの三匹が透かさず襲いかかってきた。既に魔力を得た魔法剣には雷の力が宿っている。が、今度は雷撃を放たない。俺は群れから一番離れられる位置のマッドウルフへと向かって跳躍し、帯電したままの剣を振るった。その一撃はマッドウルフの右前脚を斬り裂く。これで死にはしないだろうが、機動力は失ったはずだ。それでも時間が経てば再生するのだろうが、まともに動けるのが後四匹になった訳だ。ダメージを負った二匹が回復する前に数を減らす必要がある。
「少し勿体無いが、アレを使うか」
ぼそりと呟きながら、俺は空いている左手でマントの内側にあるポケットから球状の魔法具を取り出す。手に平にすっぽりと納まる大きさのソレは、重力場を発生させる魔法を顕現する道具である。使い方は簡単だ。誤作動防止の為のロックを解除し、発生させたい地点に向かって投げれば良い。特に発動のキーワードを必要とせず、衝撃を与えれば重力場が生まれる仕様なのだ。
「ほらよ」
衝撃は強くなくても良い。出来れば四匹同時に当てたい所だが、基本的には俺を囲む様に動いている為それは難しい。だからこそ何とか奴らの攻撃を避けながら一か所に固まる様に誘導し、俺は魔法具を放った。
魔法具が地面に落ちた刹那、その地点から暗い蒼色がドーム状に広がっていく。それこそが重力場で、上手い具合に三匹のマッドウルフを飲み込んだ。重力場の顕現される範囲は半径5メートル程度。そこに巻き込まれない様に距離を取りつつ、再び剣に魔力を流し込む。重力場に捕まらなかった一匹は都合良く俺から離れる様に距離を取った。だからこそ、今がチャンスだ。
「裁きの雷!」
俺の持つ魔法剣は雷を操る。魔力を通せば雷を生みだし、そのまま放つ事も剣に雷を付加し攻撃力を上げる事も可能だ。だが、それは魔法剣としては最低限の能力に過ぎない。ある程度能力の高い魔法剣は、大概が特定のキーワードを紡ぐ事によって真の能力を発揮する。裁きの雷は俺の持つ魔法剣のそんな能力の一つだ。
簡潔に言おう。先程から放っている弱い雷撃とは比較にならない巨大な雷球を頭上に作り出し、それを落とす。ただそれだけの能力だ。が、威力は雷撃よりも格段に跳ね上がる。その上大きいが故に効果範囲が広い。とは言え、正直素早く動き回る相手には当て難い。だがしかし、現状では最も適した攻撃方法だろう。
巨大な雷球が、重力場に捕まり動けないマッドウルフ達をその熱量で焼き尽くす――
マッドウルフは生存本能が強いモンスターでもある。まともに動ける最後の一匹。どうやら動けるくらいには回復したらしい手負いが二匹。合計三匹のマッドウルフが、ここにきてようやく俺には敵わないと言う事を悟ったのだろう。群れとして生き残る事を選んだらしく、俺達から逃げる様に離れて行った。
「大丈夫か?」
剣を鞘にしまい、俺の戦いを見ていたルルーに声をかけた。
「うん」
と、笑顔で頷くルルー。
「それにしても、最初に襲ってきた奴らはどうしたんだ? 気が付いたらもう逃げてたみたいだが」
ドラゴンとは言え今は人間の姿をしているルルーが、武器も持たずにマッドウルフを短時間で跡形もなく消滅させるなんて不可能だ――と思う。おそらく逃げて行ったと思うんだが……
「一発なぐったら逃げて行ったよ?」
そう言いながらルルーは笑顔で拳を握りしめた。
――たった一撃を受けて、相手が格上のドラゴンだと気が付いたのだろう。そうに違いない。素手の少女が自分が苦労して追い払ったモンスターを簡単に退かせたなんて思いたくない。
「よし。それじゃあ先に進もう」
ルルーを促し、俺達は殆ど崩れていない石造りの建物へと足を踏み入れた。