封印の神殿1
ルートラスが神殿と称したその場所に辿り着くまで、相変わらず森は長閑な様子だった。
正確に言えばまだ神殿に着いた訳ではなく、入り口の穴に辿り着いた段階だ。
「これが入り口で間違いなさそうだな」
「そうね」
俺の言葉にエリザが頷く。
ルルーは物珍しそうに穴を覗き込んでいる。
「落ちるなよ?」
「だいじょーぶ」
こう言う時は相変わらず幼い感じで喋るんだな。
「中、結構暗いね」
ルルーの目はかなり良いはずだし、人間よりは暗所での視覚も優れているはずだ。そんなルルーが暗いと言う以上は、明かりが必要かもしれない。
「全く見えないのか?」
「うぅん。わたしは見えるよ」
ルルーの主観だけじゃあ判断が着かないな。俺はルルーに倣って穴の中を覗き込む。
「……慣れれば明かりがなくても歩けそうではあるな」
奥まで同じ調子とは限らないが。
一応明かりを灯す魔法具は持っているが、使うべきか悩む所ではあるな。
「明かりの事なら、私に任せて」
そう言うと、エリザがそのまま呪文の詠唱を始める。
「闇は忌むべきもの。闇を祓い、穏やかなる光を灯せ――光源球」
言葉が紡ぎ終わると同時に、エリザの目の前に小さな光の球が現われた。
光属性の魔法を使える者は珍しい。光源球自体は簡単な魔法な為、余程属性との相性が悪くない限り覚える事は可能らしいが。
そう言えば、エリザの能力を確認してなかったな。
「光の魔法が得意なのか?」
「そう言えば、能力の紹介をしてなかったわね」
俺の質問から、エリザもその結論に至ったらしい。
「基本的に使う魔法は精霊魔法よ。使えるのは土精霊魔法と風精霊魔法。後はこの光源球みたいな簡単な魔術魔法を少し使える程度ね。一応、剣術も少しは出来るわ」
そう言って腰の剣を差すエリザ。抜いた姿を確認した訳じゃないが、鞘の形や大きさから察するに突剣類の様だ。
魔術魔法と言うのは、エルフの使う精霊魔法と区別する為に人間が編み出した魔法を指す呼称だ。
「俺の戦い方は――」
「貴方の説明は必要ないわ」
今度は俺の番だなと、自身について語ろうした瞬間、エリザは俺の言葉を遮った。
「戦い振りは前に見せて貰ったし、基本的に私は後衛に就くもの。それなりに状況を見極める目も持っているつもりよ」
なるほど。確かにエルフの洞察眼は目を張るものがある様だし、細かい説明をするまでもないかもしれないな。特に、今回は集団戦闘や乱戦の類いにはならないだろうから、ある程度の意思疎通を図りながら戦えば足を引っ張り合う事もないだろう。
「その言葉、信じておこう」
「ありがとう」
「それはさておき。明かりは問題ないって事だな」
「ええ。とりあえず私が先に降りるわ。光源球を私の真上に設置するから、その横に降りて貰える?」
「分かった」
俺が返事をすると、エリザは早速穴の中に飛び降りた。どうやら怪我なく無事降りる事が出来た様だ。
「良いわよ」
「了解。ルルーは俺が降りてから来てくれ」
「うん」
俺はルルーが頷くのを確認してから、エリザの横に着く様に飛び降りた。
決して広くはないが、動きが阻害される程狭くもない微妙な広さの空間。ルルーくらいなら十分立つスペースはあるが、飛び降りて来るとなると少し狭いかもしれない。
「俺達は少し奥にずれよう」
「そうね」
俺の意図を直ぐに汲み、エリザは通路へと進む。俺も少しだけ移動し、ルルーが降り立つ為のスペースを開ける。
「ルルー、これで降りれるか?」
「うん」
そう答えたかと思うと、ルルーは直ぐに飛び降りて来た。
見た目からは想像出来ない程鮮やかに着地し、ニコリと俺に笑いかけるルルー。
どことなく褒めて欲しそうにしている気がして、俺は頭を撫でてやった。
「えへへー」
「エリザ、先行して貰って良いか?」
嬉しそうにするルルーは置いといて、既に通路に入っているエリザにそう声をかけた。
「ええ」
通路は穴を降りた空間よりも狭く、位置を入れ替わるのは不可能ではないがきつそうだ。エリザも同じ様に判断したのだろう。俺の言葉に素直に頷いた。
エリザが光源球を頼りに通路を先導して行く。
多少カーブを描く場所もあったが、殆ど直進で開けた空間へと出た。
「これなら明かりは必要なかったかもな」
開けた空間の天井部分には所々穴が開いていて、そこから外の光が差し込んでいる。エリザも明かりが不要と判断したのか光源球を消した。
改めて、神殿と呼ばれたその建物を見る。石造りのその建物は、神殿と呼ぶには質素な造りだ。しかし差し込む光の加減からか、醸し出される雰囲気には厳かなものを感じる。
「二人共、何か分かるか?」
正直、俺はルートラスの言う結界とやらがどんなモノなのか分からない。森にある結界にも気付かなかったくらいだ。おそらく、この場所の結界も認識すら出来ないだろう。それでも調べると言ったのは、エリザとルルーがいたからだ。
「ここからじゃあ何も分からないわ」
「わたしも」
二人も何も感じないらしい。
「となると、奥に行ってみるしかなさそうだな」
元よりそのつもりではあったが、二人にその意思を伝えるべく言葉にする。
「そうね」
「うん」
二人がそれぞれ頷いたのを見て、俺は神殿へと向かって歩き出した。