アルウッドの集落
エルフからの依頼を受けた俺達は、各々準備を整えると言う事になり翌朝早朝からラジャスタの森に向かう運びとなった。
装備の充実している今は特別に準備する物はなく、携帯食等を多少用意する程度で準備を終えた俺とルルーは余った時間を休息に使い、その翌朝を迎えた。
朝食後にガルニールの南門でエリザと合流し、そのままラジャスタの森へと向かう。
ラジャスタの森は、ガルニールから南に下った場所にある。
その広さは偽りの砂漠と同じ程――つまり大きな街一つ分と言った所か。森としてはあまり大きくないだろう。
ラジャスタの森は概ね平和と言えた。モンスターはおらず、危険な野生動物もいない。まだ昼前だと言うのにも関わらず、森の中にあるエルフの集落へも簡単に辿り着く事が出来た。
「なるほど。随分と早くに我々の依頼を受ける人物が現れたと思ったら……アークウッドのお嬢さんとパーティを組んでいる方でしたか」
そんな第一声で俺達を出迎えたのは、金髪碧眼の男エルフだった。物腰は厳かでありながら柔らかい。人間で言えば見た目は30歳程に見えるが、彼の持つ雰囲気が多くの経験をしてきた事を物語っている。
どうやら、既にギルドから連絡があった様だ。
「私はルートラス=アルウッド。この集落の長を任せれている者です」
そう言って彼――ルートラスが右手を伸ばしてきた。俺はその手を取り、握手を交わす。
エルフであるエリザではなく俺に対して手を伸ばしたのは、このパーティの主導権を俺が持っている事をきちんと理解しているからだろう。ここが普段人間と接点のないエルフの集落だったら、俺を相手に握手を求めてくる可能性はないと言っても過言ではない。
「バナッシュ=ラウズコートです。俺の後ろにいるのがルルーセリア。そしてもう一人が知っての通りエリザ=アークウッド。今現在このパーティは俺達三人で形成されてます。まずは、貴方の依頼に応えられるかどうか判断して貰えますか?」
依頼内容が魔物退治。ルートラスが対象の事をどの程度把握出来ているのか分からないが、おそらく冒険者が訪れたとしても篩いにかけるつもりがあったはずだ。
「――失礼ですが、後ろのお嬢さんはもしや……」
エリザにはルルーがドラゴンだとバレたが、それは纏いし者としての力を見られたからだと思っていたが……
どうやら、エルフには特別な瞳があるらしい。
「……ドラゴンです。俺はその纏いし者。単純な戦力で言えば、それこそドラゴンが相手でも十分戦えると思います。どうですか?」
「……分かりました。どうやら知恵も随分回る様ですし、貴方がたにお願いするとしましょう。詳しい話は私の家でしたいのですが、良いですか?」
「はい」
「それでは改めて……ようこそ、ラジャスタが一家アルウッドの集落へ。我々は、貴方達を歓迎しますよ」
正式にエルフの集落へと招き入れられ、俺達はルートラスの案内の元その家へと向かう事になった。
「所で、一つ聞きたい事があるんですけど良いですか?」
その道中、俺はふと疑問に思った事がありルートラスにそう尋ねた。
「何でしょう?」
「さっきアルウッドの集落と言ってましたけど……もしかして、この集落に住んでる方は皆アルウッドの姓を名乗ってるんですか?」
あくまでも長であるルートラスの姓と言う意味で、アルウッドの集落と言った可能性もある。しかしその前にラジャスタが一家と言った。となると、集落全体で一つの家族の様に考えている可能性がある。
「その通りです。アークウッドのお嬢さんとは、それ程長い付き合いではない様ですね」
そう答えながら苦笑を浮かべるルートラス。
どうやら、エルフにとっては常識的な事らしい。
「まだパーティを組んだばかりなんです」
今日組んだばかりとは言わない。
「別に気にする必要はありませんよ。我々からすれば問題を解決して頂けるだけの実力があれば問題ありませんからね」
エリザとの付き合いが短い事でエルフへの心象が悪くなるのでは? ち言う俺の心配を読んだのだろう。再び苦笑を浮かべながらルートラスはそう言った。
エルフは元々知力の高い種族と言われているが、集落の長ともなるとやはり一味違う様だ。
「ここです」
そんな会話をしている内に目的地に着いたらしい。
案内されたのは何とか家と呼べる場所だった。
この場所に辿り着くまでの間に彼等が家と呼ぶ物をいくつか見たが、動物の皮か何かで作られたテントの様な物だった。
ルートラスの家も基本は他と変わらないが、おそらくは動物の骨を利用したであろう柱が何本かあり、皮張りではあるものの少なくとも外観は他と比べきちんと家の形を成していた。
ルートラスに促され中に入ると、特別に飾りや何かがある訳ではなく質素な空間があった。
「どうぞ」
そう言って丁度人数分ある切り株に座る様促され、俺達は腰を落ち着けた。
テーブルの様な物はなく、切り株と柱の一本に立てかけてある弓以外には植物に関する物が何もない。エルフは自ら植物を殺す事はないと言う噂は本当の様だ。切り株は、良く見れば座りやすい様に手を入れてある。おそらく、何らかの理由で既に死んでしまった木を利用しているのだろう。以前、弓もそうした木々から作られていると聞いた事がある。
「さて。龍を纏いし者がいるとなれば、正直に話しておいた方が良さそうですね」
「その物言いからすると、本来は最初にやってきた冒険者は捨石にするつもりだったんですか?」
「ええ。貴方には隠してもその内気付かれそうですから言っておきますが、そのつもりでした。そもそも、我々の依頼を安易に受けようと考える輩程度では殺されるのが目に見えてますからね」
俺の言葉にそう答えるルートラスの表情は、丁寧な口調とは違い冷徹さが窺えるものだった。
しかし同時にルートラスにとってそれは事実なのだろう。本来ならば依頼をギルドに通す時に、その実力をある程度指定する事が出来る。しかしそれでは、エルフの依頼を受けようと言う者が少ないと言う事実がある以上依頼を受ける者が現われない可能性が高い。そこで依頼内容をある程度伏せ、尚且つ依頼のランクも指定しない。これで、少なくともこれを機にエルフに恩を売ろうなどと安易に考える連中が依頼を受ける可能性が出てくる。そいつらが依頼に失敗すれば、事の重要性をギルドが理解するであろうと考えていたのだろう。
「しかし、貴方ならば奴を倒す事が出来るかもしれない」
「詳しい話を聞かせて下さい」
ルルーがドラゴンである事を見抜いた瞳を持つエルフが、倒す事が出来るかもしれない。そう曖昧にしか結論を出せない相手……
少なくとも、下位のドラゴンを相手にするよりもよっぽど強い相手なのだろう。
今になって嫌な予感を覚えながらも、俺はルートラスから詳しい話を聞くべくそう口にした。