決着
少し離れた所で戦うルルー達の様子を、近付きながら観察する。
基本的にルルーが男に殴りかかり、メリアとレイズがそれをフォローする形で戦っている様だ。
ルルーの攻撃は単調だが、直撃すればその一撃は十分に重い。ドラゴンの膂力を舐めてはいけない。ドラゴンだと気付いている訳ではないだろうが、おそらくルルーが相当の腕力を持っていると既に理解しているのだろう。もしかしたら一撃くらいは受けたのかもしれない。男はルルーの攻撃を警戒し、当たらない様に立ち回っている。
しかし男がルルーを脅威に感じているのは腕力だけのせいではないはずだ。男が使う魔法は古代語魔法を除けば闇に属する魔法と炎の魔法だった。とすれば、そもそも魔法への耐性が人間よりも高い上、炎に関してルルーは一切受け付けない。それは人の姿をしている今でも変わらない為、ルルーへの決め手に欠けているのが実情だ。おそらく、男はフォローに回っている二人を狙いたいのだろう。が、二人はルルーと違い腕の立つ冒険者だ。上手い具合に立ち回り攻撃を受けない様にしている。しかしメリアの魔法は相殺される事が多く、レイズの矢は無効化こそされないものの普通に魔法で迎撃されている。
現状を見れば、期待以上とは言わないまでもレイズの存在はやはり大きい。少なくとも、男が古代語魔法を放つ暇は与えていない。
俺は握っている雷の魔法剣に魔力を通し、仲間に何をするのか察して貰える様大きな声でキーワードを紡ぐ。
「裁きの雷!」
男のいる位置よりも少し後ろ――その天井近くに現れる巨大な雷球。それがゆっくりと地面へと向かい落ちていく。そのままなら当たらない。しかしメリアもレイズも俺の意を汲んでくれた。
「灼熱の砲撃!」
叫ぶメリアが突き出した両手の先から、凄まじい勢いで一筋の炎が放たれる。直線にしか進まないが、圧縮された炎の威力はかなりのものだろう。それは男へと向かって放たれた訳ではなく、男の右脇を通過していく。灼熱の砲撃は術者が魔力を途切れさせない限り、その放出を持続させる事が出来る魔法だ。つまり、逃げ道を塞いでいる。
男の左方には剣を構えた俺と弓を構えたレイズ。そして正面からはルルーが突撃を始めている。ルルーの相手をするか、背後に逃げて雷球の餌食となるか。実際に打てる手は色々あるだろうが、簡単に見える答えを二択に絞り、一瞬の判断をさせる。はっきり言って、この二つの手はどちらも俺達に都合が良い。
さあ、どうする……?
「飽くなき探求!」
男はルルーと距離を取ろうと後ろへ跳躍。と同時に魔法を発動し、雷球を無効化しようとする。しかし詠唱せずに発動した程度の魔法では、如何に魔法を無効化する為の魔法と言えど裁きの雷を飲み込む事は出来ない。
それでも威力を削がれ雷球が一回り程小さくなった。しかし未だに雷球の落下地点は男を捉えている。男もそれは理解しているだろう。右腕を掲げ、おそらくは右腕に嵌めている魔法具へと魔力を通している。
「レイズ! 今だ!」
男の腕に嵌められた腕輪型の魔法具は、おそらく前回メリアの魔法や俺の魔法剣の能力を無効化した物だ。威力の落ちた裁きの雷なら十分に無力化出来るのだろう。が、それは俺達自身に対する対魔法能力を失うと言う事だ。
高速で放たれる五本の矢。そして灼熱の砲撃を放つのを止め、メリアが違う魔法を放つ。
「灼熱の怒り!」
「偽りの炎王!」
メリアの魔法に対し後追いで発動した男の魔法によって、男の背後に精霊界における炎の王を模した炎の魔人が現れる。その発動スピードはかなりのもので、レイズの矢が届くよりも速く、炎の魔人が左腕一本で全ての矢を握り潰し、右腕でメリアの炎を掴み取った。
灼熱の怒りは炎の魔法の中では下位の魔法だが、偽りの炎王は上位に位置する魔法だ。それを詠唱せずに簡単に発動してみせる辺り、流石は古代語魔法を扱えるだけの事はある。
偽りの炎王は擬似召喚魔法と呼ばれる魔法で、術者の意を汲みながら半自動で攻防を行なう。発動時に必要な魔力の他に、維持する為に常時微量だが魔力を消費し続けると言う欠点はあるものの、術者からの魔力供給が切れない限りは完全に消滅させるのが難しい。
「流石は、古代語魔法から生き延びただけの事はありますね」
そう言葉を紡ぐ男の声色はどこか余裕そうだ。確かに偽りの炎王を維持している現状は男にとって有利に感じるだろう。しかし、そこまで余裕があるとは思えない。古代語魔法を過信しているのか、それとも他に手があるのか……
「仕方ありません。檻は貴方達に使うとしましょう」
その言葉が何を意味しているのか、何となく想像が付いた。
「解呪」
男がそう呪文を紡いだ刹那、黒い塊が消失した。中に閉じ込められていたであろうフレンツ達がドサリと音を立て地面に落ちる。おそらく、まだクロースの様な状態にはなっていないと思われる。
だが安心は出来ない。男は檻を俺達に使うと言った。それはつまり、あの黒い塊を使って俺達を閉じ込めると言う事だろう。そしておそらく、あの塊は複数同時に展開出来ない。だからこそフレンツ達を解放したはずだ。だったら――
「皆、散れ!」
「無駄ですよ……漆黒の牢獄」
その言葉が紡がれた刹那、散開した俺達全員の周囲に幾つもの黒い柱が現れ牢の様な形になる。
くっ……発動時は多重に発動出来たか……完全に俺の失策だ。おそらくは闇の魔法と思しき黒い牢に、メリアは浄化の炎を放ち、レイズもおそらく浄化効果を付加した矢を放つ。だが、その程度で黒い牢は揺るがない。
ルルーは……どこだ?
「バナッシュ」
そう考えた瞬間、背後からルルーの声が聞こえてきた。
「これは古代語魔法に近い魔法みたい。多分、魔法具の力を借りて無理矢理強力な魔法にしてるんだと思う」
「って言う事は、普通の魔法じゃ対抗するのは難しいって事か」
「うん」
俺の言葉にルルーが頷く。
牢の隙間を縫う様に闇が生まれ、俺達の視界は既に阻まれている。外からの音も聞こえない。だが、自身とルルーの声は聞こえる。同じ牢の中だからだろうか。
「結局、お前の力を借りる事になったな……」
出来れば、俺達自身の力で解決したかったが……
「わたしは、バナッシュの力になれて嬉しいよ」
「そうか。まあ、そんな風に思われるのも悪くないかもな」
そう言葉を漏らすと、背中に抱きつかれる感触があった。見えないが、感触は確かにある。それがルルーのモノだとはっきりと理解出来る。
「ルルー。力を貸してくれ」
「うん」
ルルーが頷くと同時に、その力が――ルルーと言う存在が俺の中に入って来た。
「奴を、殲滅する!」
纏いし者へと変貌した俺は、全身から浄化の炎を発する。体外に爆発的に発した浄化の炎によって、俺を捕らえていたはずの黒い牢は完全に消滅した。
「な!?」
男の驚愕の表情が目に入ってきた。メリアとレイズは捕らえられたままだが、今はそのままでも問題ないだろう。どうやら俺達を捕らえた事で、偽りの炎王は解除した様だ。
「その波動……なるほど。纏いし者でしたか。ですがその不自然なまでに強力な力は一体……」
男は纏いし者を見た事があるのだろう。だが、ルルーの正体まではまだ思い至らない様だ。まあ、そんな事は関係ないが。
「お前の魔法は俺には通用しない。諦めるんだな」
「確かに貴方には効かないかもしれません。が、そこに倒れている連中にはどうでしょうかね?」
男の言葉は、脅しには値しない言葉だった。俺の動きを抑えるつもりだったんだろうが、今の俺ならば古代語魔法を放つ前に奴を殺せるだろうし、例え放たれても瞬時に消滅させる事が出来るだろう。
「もう、終わったんだよ。お前の実検はな」
そう言葉を発し、俺は跳躍する。俺の言葉が奴の耳に届いたであろう瞬間には、その背後へと回り込む。と同時に雷の魔法剣をしまいアリエステスを抜き構える。
男は俺が背後に回り込んだ事実には気が付いた様だが、振り返るのが精々だった。いや、むしろ戦士ならば振り返らずに回避行動を取っていただろう。
「終わりだよ」
そう言いながら、俺はアリエステスを振り下ろした。
驚く程呆気なく、男の首が飛んだ。
事後処理は大変かもしれないが、こうして黒幕が命を落とし、今回の事件は幕を下ろした……