共生の始まり
自由貿易都市ガルニール。
ここリバルライド大陸の南端に位置し、大陸を統べるファルニード王国から自治権を認められた唯一の都市。
大陸では王都ファルニクエスに次いで大きな街で、港を利用し他の大陸と貿易を盛んに行なっている。当然、大陸内の貿易も盛んだ。商品の売買に関しては王都よりも盛んと言えるだろう。その最大の理由は、周囲に未踏破のダンジョンが多いと言う事だろう。
ダンジョンと一口に言ってもその種類は多様で、洞窟や迷宮、塔や遺跡等様々だ。いつ誰が作ったのか定かではないそれらからは、財宝と呼べる物が多く発掘される。しかし当然の様にモンスターが生息し、命を脅かす罠等もある。程度の差はあれどとても危険な場所である。それでも一攫千金を求めて、数多くの冒険者がダンジョンに足を踏み入れる。
世界各地に存在するダンジョンではあるが、ガルニールの周辺程踏破されていないダンジョンが多く存在する場所はない。それ故に街自体も危険に晒される事があるが、多くの冒険者がいる為対応する事が可能な上、元々危険を見越している為自衛手段も多く用意されている。
そんなガルニールの街並みを今、俺――バナッシュ=ラウズコートはゆっくりと歩いている。
「ねぇねぇバナッシュ! あれなーに?」
嬉々とした声色で背後からそんな言葉を投げかけてきたのは、鮮やかな真紅色の髪に、天真爛漫そうな金色の瞳をキラキラと輝かせている少女だ。見た目は15歳くらいの可愛らしい少女で、しかし美しさを兼ね揃えたその容貌は見る者の目を奪う。事実、さっきから周囲の視線を集めている。本人は全く気にした様子はないが……
「バナッシュ?」
俺がなかなか答えないせいか、少女――ルルーセリア=エルド=ガーネットが小首を傾げながら俺の名を呼んだ。心なしか悲しげに目を潤ませている。
このまま泣かれても困るな……
「どれの事だ?」
「あれ!」
そう言ってルルーセリアが指差したのは、荷馬車用の荷台だ。馬は休ませているのか、今はその場にはいない。別段珍しい物ではないが、俺が説明してやるとルルーセリアは楽しそうに「そうなんだー」と笑顔を浮かべる。
ルルーセリアは無知だ。さっきからずっとこの調子で、普通なら知っていて当然の事や、何でもない事を尋ねてくる。だがそれは仕方のない事でもある。なぜなら、ルルーセリアは人間じゃない。本人の口から聞いた訳ではないが、俺はその事実を自然と理解して――否、理解させられた。
俺がルルーセリアと出会ったのは数時間前の事だ。下層へと進む洞窟タイプのダンジョンを探索している最中、倒れているルルーセリアを見つけた。そこにはイビルドラゴンがいて、最終的には倒した訳だが……
「はぁ……」
思い出しただけで気が滅入る。溜息を吐いた俺を見てルルーセリアが「どうしたの?」と聞いてくるが「何でもない」と答える事しか出来ない。なぜなら溜息の原因がルルーセリアだからだ。それを口に出せばこいつは落ち込むだろう。それはそれでまた面倒な事だ。
俺は面倒な事は嫌いだ。とは言え、自他共に認めるお人好しでもある。困っている人間は簡単に放置したりは出来ない。損な性分だ。そのせいで、今こうして面倒事に巻き込まれている訳だが……
「なあ、いつまで着いて来るんだ?」
「ずーっと、だよ?」
どうしてそんな当然の事聞くの? なんて具合に言葉を返される。因みにこの問答、既に十回以上繰り返している。理由は聞いた。だが納得は出来ない。
「俺が纏いし者ねぇ」
纏いし者――それはある種の超越者。精霊や力のある生物の精神体を一時的に体内に吸収する事で、その力を借りる事の出来る者の総称。その手段は三つあり、方法によって借りられる力に差が出てくる。
一番簡単なのが相手を殺し、その力を無理矢理奪う方法。それでも子供が武器も持たずに下位のモンスターを殺す事が出来る位には力を得ると言われている。
次が対象から限定的にだが直接力を借りる方法。この場合一般的な冒険者が一般的な装備を身に着けた状態で、下位の龍種を倒せる位だろうか。この方法の場合はそもそもの個体能力や相性等によって変動する為はっきりとした強化値は分からない。
そして最後が契約。特定の精霊等と契約を交わす事で、いつでもその力を借りる事が出来る様になる。直接力を借りる方法と同じ様に思えるかもしれないが、実際は雲泥の差だ。契約を交わしていても状況によってその強化具合は変わるが、少なくともきちんと手順を踏めばただ力を借りた時の十倍以上は強化されるだろう。
纏いし者になる事自体は難しくない。多少でも魔力を扱う事で出来れば可能だ。ただし、それは一番簡単な方法での話だ。それでも難しくないのは方法であって、実際には力を奪える状況になる事自体珍しい。普通の動物やモンスターにも精神体は存在するが、力の弱い生物は死んでしまうと直ぐに精神体が霧散してしまう。そもそもが精神体に近い存在である精霊を殺すのは難儀であり、ならば強力なモンスターはどうかと言えば、そもそも倒す事が難しくなる。又、苦労して倒して力を奪ったとしても、この方法では長続きしない。役に立つ状況が少ない。その為技術として確立してはいるが、事実上纏いし者と呼ばれるのは契約を交わした者と考えて差し支えはないだろう。
ならば、俺は一体何と契約を交わし纏いし者となったのか……
それこそが目の前にいる少女、ルルーセリアだ。それも、嬉しくはないが契約相手としては最高級の相手――真紅の火龍。
契約者と共に生きる。それが掟なのだとルルーセリアは言う。だが俺はそれを求めてはいない。契約を交わしたかった訳でもない。助けようとした相手に必要もないのに助けられ、共に生きて行くと勝手に宣言されたに過ぎない。けど……
人間の街について何も知らない少女を一人置いていくのは心が痛む。ドラゴンである以上、そう簡単に殺される事はないだろうが、死ななければ良いと言う訳でもない。
「結局、しばらくは様子を見るしかないか……」
そんな俺の言葉が聞こえたのか聞こえてないのか……ルルーセリアは一瞬首を傾げ、その後は二コリと笑顔を浮かべた……