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ドラゴン・レイヤー  作者: 夕咲 紅
一章 暗き冒涜の使者
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刹那の死闘

 ルルーの身体が一瞬光に包まれ、次の瞬間には精神体(アストラル)化し俺の身体――魂の中へと入り込んだ。

 纏いし者(レイヤー)と呼ぶに相応しく、俺の身体の周囲には紅いオーラの様なものが現れゆらゆらと揺れている。

「ほぅ」

 なんて感嘆に近い言葉を漏らした男との距離を瞬時に詰め、剣を持たない左手で男の腹部に全力で拳を叩き込んだ。俺の動きが予想以上だったのか、男はその拳を防ぐ事もなく後方へと吹っ飛んだ。ドーム状になった洞窟の端まで飛び、その壁にぶち当たる。物凄い衝撃音がしたから、おそらく壁が崩れたと思う。距離は100メートル程だろうか。人間では考えられない腕力だ。

「メリア! 今の内に逃げろ!」

 その力に酔っている場合ではない。今の一撃で倒せる様な相手ではない。そして何より、ただの人間であるメリアはこの戦いでは邪魔にしかならない。

「分かったわ!」

 それは恐怖心からの返事ではない事が十分に窺えた。さっきまでとは違いその声にはちゃんとした意思が感じられる。メリア自身、足手まといにしかならないと理解しているからこその返事だ。

 メリアは踵を返し階段がある方向に向かって駆け出す。俺はそれを見送る事はなく、真っ直ぐに男の方へと視線を向ける。

「それが人間達の編み出した纏いし者と呼ばれる力か……太古の契約術を元にしただけあって、素晴らしい力だな」

 そんな声が、まるで直ぐ近くにいるかの様に聞こえてきた。

 そう思った瞬間、俺は目の前に現れた男によって殴り飛ばされていた。宙に浮いた状態で身を捻り、何とか態勢を整え着地する。

 お返しとでも言いたかったのか、同じ様に腹部を殴られたがそれ程のダメージはなかった。

 動きを捉え切る事は出来なかったが、それでも戦う意思を挫かれたりはしない。絶望的な差があった先程とは違い、今なら対等に渡り合えると確信が持てる。

 一度抜いた剣を鞘にしまい、体術の構えを取る。強度の高い魔法剣とは言え、ドラゴンの力には耐えられないだろう。

 地を蹴り男との距離を詰める。男は余裕の表情を浮かべ俺を待ち受けるが、フェイントを混ぜ背後に回ると通り抜ける瞬間にその表情が驚愕の色に染まるのが見えた。しかしその表情が俺の油断を誘うものだと直ぐに気付かされる。

 背後に回り込むと同時に後ろ回し蹴りを放った俺だったが、その蹴りは空を切る結果に終わった。そんな無防備とも言える態勢の俺に、真横から男の拳が迫ってきた。そう知覚すると同時に男との間に炎を顕現するが、瞬時に出した程度の炎は物ともせずにそのまま拳を放って来る。だが俺が炎を出したのは攻撃や防御の為ではなく回避行動の為だ。何とか男に手を向けその平から噴射する炎の勢いを利用して態勢を変える。飛ぶと表現する程の勢いを生む事は出来なかったが、相手の攻撃から逃れる程度の出力で今は十分だ。

 炎の勢いで身を捻ると同時に屈んだ俺は、頭上で拳を空振りした状態になっている男に向かってアッパーを放つ。しかしそれを跳躍する事でかわされた。男が少し離れた所に着地する間に俺も態勢を整えた。

 お互いに一度動きを止める。それは一瞬だが、とても長い時間に感じた。否、ここまでの動きの全てが人間の動きを超越した動きの為殆ど時間は立っていない。だと言うのにこんなにも長く感じ、身体はともかく精神が疲労している。超スピードの戦いに脳が着いていけていないのだろう。戦いと言う行為そのものに着いていけているだけマシとも言える。

「もう限界か?」

 表に出したつもりはないがそんな俺の心情を察したのか、男はそう尋ねてきた。だが、俺はその言葉に答えない。

 地力を考えれば俺は圧倒的に負けている。ならば、相手に攻めさせる訳にはいかない。そう考え、奴が攻勢に出る前に再びこちらから動く。

 再度の跳躍。と同時に炎の力を練り込む。その一部を拳に纏わせ攻撃力を底上げする。余力を残しつつ今度は正面から殴りかかると、俺が突き出した右手は男の左手の平で簡単に止められてしまった。男の手が傷を負う事も炎に包まれる事もない。それ所か男は俺の手を掴もうとする。しかし俺は直ぐにその手を引いた。

 全力で殴りかからなかったのは連撃を放つ為だ。男の意識が軽くでも左手にある内に、右腕を引くモーションに合わせ左手を突き出す。今度は頬を狙って拳を放ったが、その一撃は身を捻る事でかわされてしまった。しかし迎撃する暇は与えない。僅かに身体をずらし今度は右拳を腹目掛けて放つ。余り力を込められなかったが、その分スピードがあった為その一撃は男の腹を捉えた。吹き飛ばす程の威力はなく、大したダメージを与えた訳でもないだろう。だが、まだ俺の攻撃は終わらない。

 一瞬の怯みを逃さず、渾身の力を込め右足でハイキックを繰り出す。俺より身長の高い男の首元まで届かせる事は出来ないと判断し、肩辺りを目掛けて放った。その一撃は狙った通り男の左肩を捉え、確かな手応えを感じた。が――

 突然目の前に拳が迫って来たかと思えば、そのまま顔面を殴られ幾らか後方に吹っ飛ばされた。何とか態勢を整え着地はしたものの、かなりの痛みを感じる。それでも顔面が崩れたり拉げたりしなかったのは纏いし者として強化されているおかげだろう。

 本来なら肩の骨を砕いてもおかしくない一撃だったが、俺の顔面が潰れなかったのと同じ様に、人間の姿をしているとは言え男はドラゴンだ。ダメージがあったとしてもあの一撃で骨が砕けたりはしなかったのだろう。

「今のはなかなかの一撃だった。だが――」

 男がそんな言葉を紡いだ刹那、再び洞窟が大きく揺れ地鳴りが鳴った。

「ふむ……どうやら遊びが過ぎた様だ」

「どう言う意味だ?」

 これ以上戦う気がないのか、今まで感じていたプレッシャーを感じなくなり俺はそう尋ねた。

「力の一部しかないとは言え、我とここまで対等に渡り合った。その事実を賞して少しだけ真実を教えてやろう。この洞窟には幾重にも結界が施されている。我はその結界の綻びを利用し、力の一部だけを結界の外へ通した。それが今の我だ」

 つまり、本当のこいつはもっと強いって事かよ……

「その綻びも我が付けた傷だが、どうやら回帰の魔法により修復された様だ。そのせいで、綻びを抜け出た我の存在は本体との繋がりを失い消えようとしている。貴様も、真紅の姫も実に運が良い」

 助かった。そう思うが、まだ油断は出来ない。今気を抜けば奴が消えるまでの間に殺される可能性もある。否、そもそも奴が言っている事が本当だと言う確証はない。

「また幾許の時を重ねなければ、結界を傷付ける事は叶わぬとは思うが……もし次に顔を合わせる事があれば、その時は貴様等の命、ないものと思え」

 そう言う男の表情は、今までに見た事がないくらいに禍々しく、それでいて楽しそうなものだった。

 そして男の言葉が真実であったと証明する様に、その身が薄く掠れて行く。直ぐにその姿は完全に掻き消え、揺れも地鳴りも収まったその場所は、少しの間静寂に包まれた……

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