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ドラゴン・レイヤー  作者: 夕咲 紅
一章 暗き冒涜の使者
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黒い悪夢の来訪

 俺達には目もくれず走り去って行くフリーズリザードの群れを見て、俺は自分の予想が的中したのだと判断した。それはつまり、フリーズリザードよりも厄介な相手が現れたと言う事だ。

 現状俺達には二つの選択肢がある。フリーズリザードの後を追う形で撤退するか、強大な敵と戦う覚悟で先に進むか。

 結局何の財宝も見つけていない事を考えれば、先に進みたい気持ちはある。だが、俺は思い出した。俺はこの洞窟でイビルドラゴンと戦った。そもそも、上の階ではフリーズリザード同様イビルドラゴンが発見されたと言う話はなかったにも関わらず。あの時はルルーの事で頭が一杯で気にしなかったが……

 それ所か、ルルーだってドラゴンだ。それはつまり、魔法の結界によって封印されたこの洞窟の奥地には、ドラゴンが住んでいると考えられる。となると、この先に現れたのは――

「ドラゴンかもしれないな」

 ぼそりと、俺はそんな呟きを漏らした。

「どう言う事?」

 焔の剛球(フレアボール)を放つ事なく魔力を用いて分解したメリアが、俺の言葉を耳にして口を開いた。

「言っただろう。俺がルルーと出会ったのがこの場所だ。更に言えば、実はその時にイビルドラゴンと戦ったんだよ……」

「つまり、この先はドラゴンの住処があるかもしれないって訳ね」

「ああ。そう考えられなくもないって所だが……どうなんだ、ルルー?」

 俺達の思い浮かべた推論の答えを知っているであろうルルーに、今更かもしれないがそう尋ねた。

「……分からない」

 だが、返ってきた答えはそんなものだった。

 気落ちしたかの様に俯き、弱々しい声の返事だった。本当に分からないのか、それとも知らないフリをしているのかは判断出来なかった。

「それは置いておくとして、どうする? 俺達も逃げるか、それとも戦うか」

「この先にドラゴンがいるかもしれないなら、今は逃げるべきじゃない? 倒せるくらいの下等種だったとしても、無事じゃ済まないと思うし」

「そうだな。結界の事も含めてギルドに報告しに戻るか」

 最近は資金稼ぎすらまともに行えない。まったく、運が悪い……

 そんな風に考え溜息を吐いた刹那、更なる悪運が舞い込んで来た。

 言葉では表現出来ない雄叫びが聞こえたかと思うと、周囲の景色が一変した。洞窟内部である事に変わりはないが、ドーム状の大きな空間へと変わったのだ。一部床が凍っている事から、その場所がフリーズリザードの巣だったと思われる。つまり、突如洞窟の内部構造が変化したのだ。

「どうなってやがる……」

 なんて陳腐な言葉は、再び聞こえてきた雄叫びによって掻き消された。

 俺達の視線の先には、低空に浮かぶ黒いドラゴンの姿があった。巨大とは言わないが、先日戦ったイビルドラゴンよりも二回り程大きいだろうか。イビルドラゴンと良く似ていて皮膚は黒い鱗で覆われており、後ろ足の方が発達した四足歩行であろう姿。浮いているのだからその背に翼があるのは当然だろうが、その浮力が翼から生まれている訳ではないのは一目瞭然だ。何せ、翼は一切動かしていない。おそらく魔力を用いて浮遊しているのだろう。

 風貌だけ見ればイビルドラゴンと見間違えるかもしれないが、その存在感はまるで別物だ。下等な龍種ではない。おそらく、ルルーと同じ至高の龍種……

『やはり貴様だったか、真紅の姫よ』

 紅い瞳をギロリと動かし、黒き龍はそんな言葉を紡いだ。()()ではあったが、それは()ではなかった。魔力を用いたテレパシーとでも言えば良いのか、その言葉は直接脳に響いてきている様だ。

『一度逃げ遂せたのだから、戻って来なければ良かったものを……そこの人間にでも唆されたか?』

 おそらく、黒き龍はわざと俺達にも分かる様に言葉を紡いでいるのだろう。

 その内容から察するに、ルルーをこの場所に連れて来るべきではなかった様に思える。

『この地に戻った以上は、見逃す事は出来んぞ』

 その言葉を紡いだ刹那、黒き龍が光に包まれた。それも一瞬の事で、直ぐに光が晴れる。そして黒き龍が浮かんでいた場所には、一人の男が立っていた。

 腰近くまで伸びた長い黒髪、冷たい眼差しの紅い瞳、異様な程に整った顔立ち、身体付きもバランスの取れた体型をしており、その全てが異彩を放っている。

「人の姿を取るのは幾年振りだろうか……」

 その言葉が、男が黒き龍だと物語っている。ドラゴンが人の姿になれると言う話は聞かないが、ルルーの事もありそれ自体は別段驚く様な事ではない。

「貴様は契約者の様だな。ああ……我が眷属を屠ったのは貴様か」

 男が俺へと視線を向けた瞬間、反射的に剣を抜き構えた。殺気の類は感じられない。それなのに、俺は今命の危険を感じた……

「我等は仇討ち等と言う考え方をしないが……真紅の姫と契約を交わした事を悔むのだな」

 仇討ちはついでにとでも言う様に、男が言葉を紡ぎゆっくりと動き始めた。それは本当に緩慢な動きとしか思えなかったが、気が付けば男は俺の目の前まで辿り着いていた。

 驚きの声を上げる暇もなく、俺は首を掴まれ宙に浮かされていた。そう理解した次の瞬間には、片腕で持ち上げられた俺の身体は地面に落とされていた。

 思い出したかの様に俺は呼吸を取り戻し、空気を吸い込み息を整える。

 横を見れば、そこにはさっきまで少し離れた所にいたはずのルルーがいた。黒き龍と遭遇してからは言葉を失ったかの様に何も喋らず、呆然としていたはずだった。しかし今のルルーにはしっかりとした意思が感じられる。

 どうやら俺は、ルルーに助けられた様だ。

「やはり苗床を手放すのは惜しいか? まあ、どちらも逃がすつもりはないが……」

「わたしは死なないし、バナッシュは殺させない!」

 その瞳には力強い意思が込められていた。出会った時の静かな雰囲気でもなく、ここ数日行動を共にしていた天真爛漫な雰囲気でもなく、それはどこか厳かで、とても凛々しい雰囲気――

「面白い。一族の力を借りて漸く逃げ遂せる事しか出来なかったと言うのに、我と戦うと?」

 男は嘲笑を浮かべ、それでいて本当に可笑しそうに笑い声を上げる。

 本能が俺に語りかける。

 逃げるなら今しかない――

 本能が俺に語りかける。

 一矢報いるなら今しかない――

 それは相反する二つの感情。メリアの方は見ない。おそらく絶対的な力を持つ強者を前に、メリアも硬直してしまっているだろう。だから俺は一人で決断するしかない。否――

 俺の傍には、魂で繋がり合う存在がいる。

 俺達が力を合わせれば、きっと……

 そんな気持ちが湧き上がって来る。それは俺一人の意思ではなく、彼女が抱いている意思でもある。だから俺は、その名を呼ぶ。

「ルルー!」

「うん!」

 俺の呼びかけに、ルルーが応えた――

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