地鳴りの洞窟2
フリーズリザードを倒した俺達は、出来るだけモンスターとの戦闘を避けつつ最短距離で地下50階へと降りた。
更なる階下へと進む階段のある部屋の前まで辿り着き、先程浮かんだ考えが正解だった事が判明した。
「結界が、解かれてる……」
「ああ。やっぱりさっきのフリーズリザードは下から登って来た奴みたいだな」
驚きの意が含まれたメリアの呟きに、俺はそう答えた。どうやらメリアは俺と同じ考えには至らなかったらしい。
「貴方はそう考えたのね。あたしはてっきり、どこかのバカが連れてきたのかと思ったわ」
「その可能性も考えたさ」
そう言いながら、俺は階段へと近付く。
下の階から冷気が流れてきたりする訳ではないから、フリーズリザードの巣窟になっているって事はなさそうだ。
「さて、心の準備は良いか?」
「当然でしょう」
「うん!」
俺の問いかけに、二人がほぼ同時に答えた。
封印が解かれた理由が気がかりではあるが、この機を逃す手はない。俺も決意を固め、俺達は階下へと進んだ。
マッピングをメリアに任せ、俺達は慎重に洞窟内部を進んだ。地下51階では財宝の類は見つからず、又モンスターと遭遇する事なく一応踏破し更なる階下へと進んだ。
その先も財宝はなく、数匹のフリーズリザードと遭遇はしたがそれ以外のモンスターと遭遇しないまま地下55階まで来てしまった。
その探索中、洞窟内部の空気が冷えて来たのを察知して足を止めた。
「どうしたの?」
「この先から冷気が流れてきてるな。もしかしたら、フリーズリザードの巣があるのかもしれない」
「良く分かるわね。殆ど気温変わってないと思うけど」
確かに僅かな変化だ。おそらく以前の俺なら気が付かなかっただろう。
「バナッシュはわたしとつながってるから、冷たい空気にはびんかんなんだよ」
何故か嬉しそうにルルーが口を開いた。が、まあそう言う事なんだろう。纏いし者状態にならなくても、やはり俺は纏いし者でありルルーの契約者だ。そう言った変化は付き物らしいから不思議ではない。
「なるほどねぇ。ねぇルルーちゃん、あたしとも契約しない?」
「いやっ!」
メリアの誘いを即答で拒否するルルー。と言うより、普通ならば何人もと契約を交わす事は出来ない。特殊なケースも存在はするが、同一個体の契約対象は一人と言うのが通例だ。メリアもそれは知っているはずだから、冗談のつもりで言ったのだろう。
「嫌われちゃったわね」
なんておどけて言うメリア。
「とにかく、気を付けて進もう」
周囲に注意を払いながら先に進むと、思った通りフリーズリザードの巣があった。奴等が放つ冷気のせいで、洞窟の壁や天井、床も全て凍りついている。フリーズリザードの巣は大概この様になる。
「中にいるのは……五匹だな」
そっと中の様子を窺い見て数えると、大小合わせ五匹のフリーズリザードの姿が見えた。
フリーズリザードは群れで行動する事は少ないが、仲間意識が強く一つの巣で集まって生活している。餌を求めて巣を出るのはほぼ単独行動で、巣以外での戦闘は先程の通り大して苦労はしない。だが、巣での戦闘となると話は違ってくる。
「微妙な数ね。先に道はあるの?」
「ああ。巣の向こうに道が見える。とは言え、ここ以外にも道はあったし……どうする? 一度引き返すか?」
「五匹くらいなら倒せるでしょうけど、その方が無難かもね」
引き返した結果行き止まりしかなく、巣を突破しなければならないという可能性もあるが……その時は巣の中の数が増えていない事を祈っておこう。
俺達が踵を返し、来た道を戻ろうとした刹那――
洞窟全体が揺れ始め、轟音とも呼べる地響きが鳴り揺れも強くなった。立っている事すら難しく、俺達は各々壁に手をつき揺れが収まるのを待った。壁や天井が崩れなかったのは幸いだ。
「今の揺れは……いつもの地鳴りとは違ったな」
この洞窟が地鳴りの洞窟と呼ばれるのは、頻繁に地震や地響きがあるからだ。不思議な事に揺れているのは洞窟内部だけで、内部のどこかが崩れたと言う話も今の所聞かない。魔法的な要素で地震が発生している為と言われているが、明確な理由は判明していない。
「確かに大きかったわね」
等とメリアが頷いたが、異変は直ぐに訪れた。
「バナッシュ!」
ルルーが俺の背後を指差しながら叫ぶ様に俺の名前を呼んだ。直ぐに振り返り、ルルーの慌てている意味を理解した。
「逃げるぞ!」
フリーズリザードの団体様が、俺達に向かって突進してきていたのだ。巣にいたはずの五匹どころではなく、その数は一見しただけでは数え切れない。
普段なら戦闘中でさえ機敏とは言えないフリーズリザードが、ドシドシと足音を立てながらそれなりのスピードで追いかけてくる。その様子はまるで、何かから逃げているかの様な――
「メリア! 炎を維持させる事は出来るか!?」
「出来るけど……どうしようって言うの?」
走りながら尋ねた言葉に、意外と余裕のある声で返事が返ってきた。
「おそらくあいつらは何かから逃げてる。だから、障害物があればそれを避けて通ると思うんだ」
「――なるほどね」
細かい事を伝えなくても、俺がどんな風に魔法を展開して欲しいのか理解した様だ。
「我が矛、我が盾と成りし炎よ、その力を持って我が前に姿を示せ――焔の剛球!」
焔の剛球は本来、炎の球を生み出し標的に放つだけの魔法だ。メリアくらいの使い手ともなれば詠唱せずとも簡単にその効果を発現する事が出来る。しかし敢えて詠唱を含めその魔法を発現したのは、緻密なコントロールをする為だ。
本来ならば両手に収まる程度の大きさで放つのが普通である魔法だが、今は大の男を余裕で包み込める程大きな球体を作り出している。走りながら詠唱をし、足を止め振り返ると同時に発現した炎の球を、メリアは前方に突き出した両手の先で維持している。放つ為に顕現した魔法をコントロールし停滞させるのは簡単な事ではないだろう。それに通常よりもかなりの魔力を要したであろう大きさだ。双炎の二つ名は伊達じゃないと言う事か。
俺とルルーはその後ろに隠れさせて貰い、フリーズリザードの群れは炎と言う自身と相反する障害物を避けて俺達の横を通過して行った。