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12:呼出

 皮膚の表面だけを薄く炙られているようなじりじりとした痛みを発する左手に時折息を吹きかけながら、先ほどから直は机の上で消しゴムを削り、削りかすを集めてはそれを丸める作業を繰り返していた。


 右の人差し指と親指で丁寧に形を丸く整え、ビービー弾くらいの大きさになるまで増築させるとそれを机の上に置く。たった今完成したものを含めると、現在、机の上には消しカスを丸めて作ったもの――命名、消しカス弾が全部で5つ、机の上端横一列に綺麗に並べられていた。



 (よし、こんなもんかな)


 直は小さく頷いてみせると、人差指を一番左の消しカス弾に持っていき……ぴしっ、と妙に慣れた手つきで弾く。それは目の前の席に座る亮太の後頭部へ見事に命中して……。



 「………………」


 しかし、ぶつけられた当人からは何の反応もない。それもそのはず、だってここは学校。そして今は朝のホームルームの真っ最中なのだから。たとえ頭に何かしらの違和感を感じたとしても、真面目な亮太ならきっと今はそれを放置するに違いない。


 もちろん、これまでの経験からそのことは直も承知済みだった。だからわざともう一度、消しカス弾をはじき飛ばす。飛ばす。飛ばす。飛ばす。


 ぴしっ、ぽこっ、ぴしっ、ぽこっ、ぴしっ、ぽこっ、ぴしっ、ぽこっ。



 「……いい加減にしろ、お前は――!!」


 仏の顔も何とやら。亮太も例外ではない。

 大抵のことなら理不尽ながらも水に流す亮太だが、それも度を超すとそうはいかないのだ。たとえ授業中だろうがホームルームの途中だろうが、己の頭部でリズミカルに次々と音を奏でる消しカス弾にしびれを切らした亮太は、わなわなと右手を震わせながらペンケースを掴むと後ろを振り向き直の脳天めがけ渾身の力でそれを振り下ろす――というのがいつもの定番、のはずなのに。



 「………………」


 計5つの消しカス弾が命中しても、亮太は無言で前を向いたまま、微動だにもしない。あまりにもそのままだから、一瞬、時間が止まってしまったのではないか、なんて本気で思ってしまった。視界の端に映り込んだ、ころころと音もなく床を転がっていく消しカス弾がなかったら。



 (うーん。やっぱり昨日からなんかおかしいなぁ、亮太)


 直は机の上に突っ伏すと、じりじりと痛む右手に息を吹きかけながら、まるで椅子に座らされた人形のように、ただそこにあるだけの亮太を見上げる。


 ――昨晩。直が西山病院への出前から戻ってきても、亮太の姿はいまだ店になく。結局、亮太が姿を見せたのはその日の深夜11時少し前のことだった。


 何の前触れもなく、店の引き戸からふらりと現れ『今までどこでなにしてたんだ』という義治の質問にも、虚ろな瞳で『ちょっと考えごとしてて』と始終、心ここに在らずといった様子。左頬の傷についても、しばらく無言を貫いた後、『転んだ』と一言。そのまま2階の自室に引き込んでしまった。


 まだギリギリ営業中だったこともあり、義治もそれ以上は追求しなかったが、今朝になっても亮太の様子は変わらないまま。普段ならすぐに気付き止めてくれるのに、直が寝ぼけてヤカンのお湯を湯呑みではなく自分の左手に注ぐ様子も、正面に座りただ黙って見えているだけだった。


 直は、亮太の後ろでうつ伏せたまま。しとしとと朝から降り続ける雨音と担任の先生の声を意識の遠くで聞きながら、しびれるような痛みで時折思い出したように軽いやけどで赤く腫れた左手の甲に息を吹きかける。そんなことを繰り返すうちに、いつの間にかホームルームは終わっていた。







 「――ねぇ、聞いた? 音楽室の怪談の話。昨日また山本さんの幽霊が出たって!」


 ホームルームと1限目の間にも10分の休み時間がある。その短い時間にも、席を立ち集まるグループというのはあるもので。今も数人の女子生徒たちが教室の後ろで団子のように黒い頭を寄せていた。

 うち1人が口元を覆いひそひそと、だけども近くのクラスメイトたちには確実に全員聞こえるであろう声でそう話すのが、机にうつ伏せたままの直の耳にも届いた。


 ……音楽室の怪談。当初は深夜、誰もいないはずの音楽室からピアノの音が聞こえてくる――というだけのものだったが、最近になりそれを弾いているのが山本詩織の幽霊であると噂の怪談話だ。


 何のひねりもないネーミングで、中身も実にありきたりな話だが、本来この世を去った人間、つまり死んだ人間を指すはずの”幽霊”という言葉が、なぜか生きているはずの山本詩織に当てはめられるという、少し風変わりな怪談だった。


 元々ここ加羅都度高校には怪奇やオカルトじみた噂がいくつも存在しており、その手の話を好む物好きな生徒も多い。そして、このところ彼らの話題は専ら”音楽室の怪談”のようだった。恐らく、噂され始めてまだ日が浅い最新のもので、しかもその中心人物が今現在、加羅都度高校に在学中。今までになかったタイプの怪談でどの話よりもリアルで身近に在るからだろうが……。



 (だからって、わざわざ本人の前で言わなくてもいいのに)


 うつ伏せたまま、直は窓側へ向けていた視線を教室へと向けた。口元を覆っていた手はどこへいったやら、両手をめいいっぱい広げ意気揚々と音楽室の怪談について語り散らすクラスメイトの女子生徒、その周りを囲う数人、そして教室の一番前へと視線を移す。


 廊下側から2列目、黒板がよく見える1番前の席が噂の”幽霊”山本詩織の席だった。


 ここ数日、体調不良で登校してすぐ早引きしている彼女は、今日も青白い顔で、触れれば幽霊のように本当に今にも消えてしまいそうな雰囲気。今ではすっかり教室のクラスメイト全員に聞こえるような声で、自らのことを見世物のように話す彼女らの声が聞こえているのかいないのか、その虚ろな瞳からは判断できなかった。


 だが、休み時間に入ってすぐ詩織の前にしゃがみ込み、何事かずっと話しかけていたあずさの耳には、しっかりと届いていたらしい。心配そうに下げられて眉を不愉快そうにつり上げると、静かに腰を上げる――その時。



 「ちょっと詩織、大丈夫!?」


 同じく詩織の近くに立っていた友香の焦りを含む声。内心このまま全員殴り倒してやろうかという勢いで立ち上がったあずさだが、その声で我に返る。見れば、詩織が突然机の上に倒れ込んだところを友香がぎりぎり支えたところだった。



 「詩織!!」


 あずさがのぞき込むと、詩織はぴくりと身じろいだ後、意識しなければ聞こえないような掠れた小さな声で「……大丈夫」と座り直す。



 (……どう考えても大丈夫じゃないんだけど)


 同じ事を思ったのか、そんな詩織の様子にあずさと友香の視線が合い、自然と頷き合っていた。

 その後、あずさと友香は2人で詩織に付添い保健室へ。……多分、いや確実に、詩織はもう教室へは戻ってこないだろう。


 教室中がざわざわと波立つ中、さすがに場の空気を読んだのか、怪談話に花を咲かせていたグループもその中央で最も騒がしくしていた女子生徒も、ぴたりと会話を止め不安そうに教室を出る3人の後ろ姿を見送っている。


 クラスの中で今、詩織達に視線を向けていないのは、恐らく亮太だけだった。直もうつ伏せていた顔を上げると、亮太の頭越しに詩織の後ろ姿を目で追っていた。


 更にその後ろの席では、読みかけの文庫本を手に摩利夜もまた詩織へと視線を向けていて……ふと、それを直へと移す。鋭く細められた青い瞳には、針のような鋭さが含まれていた。







□  □  □  □  □  □  □  □  □  □  □






 「えーっと、もう1回お願いします」


 あまりにも突然だったから、思わず聞き返してしまった。

 すると目の前のクラスメイトは眉間に寄せた皺を更に歪ませ、何故かモップを片手に1本ずつ、計2本を持ったまま棒立ちする直をジロリと睨み付けた後、不愉快そうなため息を1つ。



 「……だから、話があるから放課後、旧校舎の裏庭に来てって言ったんだけど」


 苛立ちの含まれた口調でそう言い終えると、話はこれで終わりと言わんばかりに今度はすぐさま踵を返し教室の外へ。彼女の持ち場である廊下へと戻っていった。相変わらずじりじりと痛む左手を摩りながら、残された直は頭にクエスチョンマークを浮かべたまましばらく廊下を見た後、「えーっと、放課後に旧校舎の裏庭」と、1人頷きながらつぶやいてみる――と。



 「大宝寺さんから話しかけてくるなんて珍しいわね。というか、あたしの知る限り彼女が転校してきて約10ヶ月で初だから、ある意味これって事件?」

 「ひぃぃ!? 委員長!?」


 突然の声に、直は思わず前に飛ぶ。気配もなく、ひょっこりと直のすぐ真隣に顔を出したのは、1年B組クラス委員長の日野友香だった。右手を顎に押し当て槍のように床にモップ突き立てている友香は、廊下に戻るなり黙々と布巾で窓を磨きはじめる摩利夜をしみじみと眺める。



 「今日はオレ、モップに手袋はめて遊んでません!! ちゃんと真面目に掃除してます!!」

 「うん? あぁ、確かに手袋はないけど。……何で両手にモップを持っているのかな、君は?」


 友香の姿に驚きつつも、一昨日のこともあり、直はすぐさま自分は真面目に掃除をしているということをアピールする。


 今日は3学期最後の登校日。長かった1年の締めくくりということもあり、現在、加羅都度高校の生徒は全員、大掃除の真っ最中だった。もちろんそれは直も例外ではなく、彼もまた教室のモップ係を任命されていたのだが。……その手には何故かモップが2本。左右の手に1本ずつ。水を含んだモップは思いのほか重く、直は懸命にバランスを保ちながら、床磨きに励んでいたのだ。



 「? だって、1本より2本のほうが掃除が早く終わると思って」

 「そうかそうか。じゃあ今度、食事の時、箸を4本両手に持って食べてごらん。きっと素早く美味しく食べられるだろうからね」

 「な、なるほど、さすが委員長! 早速、今晩にでも試してみま……」


 「――っていうか、あんたら真面目に掃除しなさいよっ!!」


 その時、感心するように大きく頷いてみせる直の足元から苛立った声と雑巾の塊が。ジャンケンで負けたためモップを勝ち取れず雑巾で床磨きをするはめになったあずさだった。こっちは泣く泣く床に這いつくばって掃除してんのに何モップ2本も持って呑気にご飯の話なんかしてんだテメーと言わんばかりの勢いで、丸めた雑巾を直めがけ投げつける。


 しかし慣れ、というやつだろうか。おしぼりと雑巾の違いはあれ、この手の塊が不意に飛んでくることが日常茶飯事な直は、流れるような動作でそれをひらりとかわして見せた。それがあまりにも自然で、あずさは一瞬固まるが……すぐに気を取り直すと勢いよく立ち上がる。



 「大体あんた、モップの数に合わせてジャンケンで人数決めたはずでしょうが! 誰のモップ勝手に使ってんのよ!」

 「あれ、そういえば。……これ誰のモップ?」

 「私が知るか!!」


 あずさの言うとおり、確かに掃除の前ジャンケンで教室のモップと雑巾係を分けたはずだったのだが。……あれ、これ誰のモップ?



 「……っていうか、それよりも」

 「モップ、モップ……はい?」

 「詩織もだけど、……杉原も一体どうしたわけ? 朝からボケーっとしちゃって」


 言われて教室の隅を見ると、そこには雑巾を片手に校庭側の窓に立つ亮太の姿。

 どうやら窓の掃除を担当しているようだが、しかし、よく見ると先程からずっと窓枠ばかり、それも縦に10センチほどしか手を動かしていない。この分だと、窓枠の限りなく一部分だけがピカピカに磨きあげられることになりそうだった。



 「芳田君に5つ目の消しカスをぶつけられた時は、さすがにブチ切れると思ったのにねぇ。残念」


 ……誰にも気付かれていないと思っていた今朝の悪事だが、我が1ーBの委員長様にはばっちり見られていたらしい。


 今度は、あずさの横にひょっこり顔を出した友香は、あずさと一緒に直に疑問の視線を投げかける。どうやら2人とも、亮太がこんな風になっている理由を直が知っていると思っているようだが……残念ながら、直自身も全く心当たりがない。知らないと答えるのは簡単だけど……。



 「亮太はー、えーと。えー、……あ、そ、そうだ。それより山本は? また体調悪くて帰っちゃたみたいだけど大丈……夫……」


 ……しまった。


 今朝のこともあるし、話題転換も兼ねてつい訊いてしまったが。あずさの表情が一瞬で変わったことで、直は慌ててキョロキョロと視線を彷徨わせ再度他の話題を探す。しかしこういう時に限って咄嗟には何も浮かばないもので。

 助けを求めて、あずさの横にいたはずの友香へ視線を向けるも、いつの間にかそこに友香の姿はなかった。どうやら場の空気をいち早く察し早々に立ち去ったらしい。さすが委員長、なんと羨ましくずるいのか。



 「……あのさ。あんたはどう思う? ……その、音楽室に詩織の幽霊が……って話」

 「えっ」


 すると、本当にぽつりと小さなあずさの声がして。視線を下ろせば今まで見たこともない神妙な顔つきの彼女と目があった。

 普段からあずさは、幽霊などの類は信じていないバカバカしいと豪語している。そんなわけで、普段から幽霊が視えると言いあれこれ語る直の話も、もちろんとりつく島なしで毎回バッサリ切り捨てまるで興味を示さないのに、そんなあずさ自ら幽霊の話を振るだなんて一体どうしたんだろう。



 「……あ、えーと、その。ほら、あんた幽霊視えるっていつも言ってるじゃない。だからまぁ、ちょっと専門家? の意見でも訊いてみようかなぁーなんて」


 ついつい不思議そうな目で眺めていると、何だかバツの悪そうな居心地の悪そうな顔のあずさは視線を逸らす。だけど、その瞳は普段の彼女からは想像もできないぐらい不安そうに揺らいでいて。そういえば、音楽室の怪談は彼女にとってただの怪談ではない、親友が関わる特別なものだということを思い出す。

 あずさは本当に詩織のことを心配しているのだろうということが見て分かった。だから。



 「その、ピアノの音はよく分からないけど、山本が幽霊って話は、絶対違うと思い、ます。オレ、直接見ればその人が幽霊かどうか分かるんだけど、さっき山本を見た時も全然変な感じはしなかったし。……えぇと、だから……」


 感覚というか、なんとなく、というだけで、証拠は? と言われると困るのだが、見れば幽霊と人の区別がつくのは本当だった。


 だからそのことを伝え、せめて詩織が幽霊なんてたちの悪い噂だけでも祓ってあげようと思った……のだけれど。考えてみたらこんな根も葉もなく突拍子もない話を、ただでさえ幽霊の存在を信じていないあずさに果たして理解してもらえるのだろうか。


 不安に思いながらちらりと様子を窺ってみると、やはりあずさの顔はいつも直が幽霊の話をする時のそれだった。この顔は絶対信じてない。というか無表情怖い。やっぱり、この説明では無理があったのかもしれない。



 「……えぇと、それじゃあオレはこれで――ぐぇ」

 「待ちなさいよ芳田。そのモップ誰のか分かんないんでしょ。だったら1本、私によこせ」


 そのままさり気なくその場を去ろうとした直だが、背中に軽い衝撃。振り向くと、俯き右拳を前に突き出したあずさがいた。前髪の影で顔は見えないが、声のトーンが少し低くて若干不穏な空気が漂っているような。



 「両手にモップ持ってたら掃除しにくいでしょ。だったら私が貰ってあげるわよ。……その、あんたの幽霊話はさっぱり分かんないけど、さっきの話は、まぁ割と参考になったような気がするし」


 しかしそう言うと、あずさは直の手からモップを1つ奪い、くるりと背を向けた。窓の外はこんな薄暗く灰色の空模様なのに、その時ちらりと見えた横顔が何だか少し晴れやかに見えて。思い上がりかもしれないけれど、ひょっとしたらさっきの話、あずさは快く受け入れてくれたのかもしれない、なんて思った。


 なにせ周りは詩織の幽霊が出るらしいと聞いてすぐ、面白おかしく話題にし、あらぬ噂を立て広め、囃し立てるような生徒がほとんどだから。内容はどうだれ真面目に応えてくれた直の姿勢が、あずさは素直に嬉しかったのかもしれない。それとも、絶対違う、と単に詩織の”幽霊”を否定してくれたのが嬉しかったのか。まぁ、そんなことはどうでもいい。



 「どういたしまして! 不束者ですがオレのモップちゃんをどうぞよろしく~!! ……って、あたっ!?」


 少しは役に立てたのかな、と、背を向けモップで床磨きをはじめるあずさに直は満面の笑みでパタパタと両手を振った。その時、ドンと肩が何かにぶつかる衝撃。多分、掃除中のクラスメイトの誰かにぶつかってしまったんだろう。申し訳ない。


 謝罪しようと慌てて振り向くと、思った通りそこには1人クラスメイトが。……黒いオーラとともに無言でこちらを睨み見上げる摩利夜がいた。廊下の掃除をしていたはずの彼女がなぜ教室にいるのか。その手には何故か雑巾が2枚握られていて。……いや、うち1枚は握り潰されていると言った方がいいだろうか。



 「あ、だ、大宝寺……さん。……えーっと、ご、ごめんなさい」

 「……さっき、後ろからこれが飛んできたんだけど」


 そう言いながら、差し出された右手には握り潰されているほうの雑巾が。……雑巾ってこんな細いものだったろうか。異常に細く水気のないさまはまるで枯れ木のようで。一体どれだけの力が込められていたのか想像するだけで恐ろしい。


 すると、後ろから「げっ」と、小さくあずさの声が聞こえた。

 そういえば摩利夜の髪、いつも全身の身なりをきっちりしている彼女にしては珍しく後頭部あたりが少し乱れているように見えるが。……ま、まさか。


 先ほどあずさが直に向かって投げつけた、あの雑巾の塊。まさか直が避けたせいで、それが廊下で窓を磨く摩利夜の後頭部に直撃したとか?

 そんな素晴らしい偶然があってたまるかと思いたいが、……氷点下の視線と、こっちを見上げる青い瞳の奥から発せられるこの強大な不愉快不機嫌オーラと、枯れ木状態の雑巾がそれを如実に物語っていた。自然と顔が青ざめる。



 「……あの、……その」

 「……後で、旧校舎の、裏庭」


 それだけ言うと、直に枯れ木を押し付け、摩利夜は再び廊下へと戻っていった。……大きく息を吸い込み、思わずため息が。



 「それにしても念を押すなぁ、大宝寺さん。よっぽど重要な話なのかしらねぇ」

 「わぁ!?」


 ……もれそうだったところに、突然の声で縦に飛び上がり声を上げた直の横にひょいと顔を出していたのは、いつの間に戻ってきたのか楽しそうにニヤリと口元を歪める友香だった。

 というか、雑巾投げたのオレじゃないのに……。涙と恨みが半分ずつ混じった目で、こっそりこちらの様子を伺っていたあずさを見ると、あずさは半笑い状態でさっと視線を逸す。つ、ついさっきまで、ちょっと心温まる空間を共有してたのにこの裏切り者! 今すぐ抗議したい!



 「ふむふむ。呼び出し、放課後の裏庭、大事な話……ね。……なるほど『告白』か!」

 「えぇ~っ!?」

 「ぶっ!?」


 だけども、ポンと手を叩く音が聞こえ、人差し指を立てながら妙に明るい声でつぶやいた友香の声で、そんなことは吹き飛んだ。

 直はおろおろとその場で慌てふためき、「そんな~、オレには李央ちゃんが~!」と頭を抱えながらその場でぐるぐると回り出し、あずさは思わず吹き出した後、「いやいや、冗談でしょ!? 絶対あり得ないわ、まさか大宝寺さんに限って!」と友香に詰め寄る。すると。



 「あれ、よく分かったわねぇ。大正解~、今の冗談でした。まさか告白はないわ。多分これは決闘の申し込みね」


 抑揚も悪気も全くないその言葉にガクっとあずさは傾き、回転しながら直は床に倒れ込んだ。それを眺めながら、友香は顔だけはなおもニヤニヤと笑っている。



 「気をつけた方がいいわよ、芳田君。大宝寺さん、ああ見えてもの凄ーく強いから。この前も剣道の授業で、先生を瞬殺してたし」

 「……決闘かどうかはともかく。まぁ確かに、あれは見事な剣さばきだったわね」


 何だかどんどん話が進んでいくが、まさか本当に決闘のために呼び出されたというのか。

 確かに摩利夜がどんな意図で自分を呼び出したのか分からないが。しかし、先ほどの彼女の眼光を思えば、それも全くあり得なくはないような……。


 何だか不安になって、一体どうすればいいんだろうと瞳の端に涙を浮かべながら助けを求め床の上から2人を見上げてみれば。



 「うーん。でもあんた結構体格いいし、普通に殴り合えばそこそこ善戦できんじゃない? ねぇ、友香」

 「そうね。兎に角、最初が肝心よ芳田君。相手に一切の攻撃の隙を与えず、最初から拳を打ちこみまくれ」


 所詮他人事と言わんばかりに談笑する2人の適当極まりない物言いに、床に倒れたまま直はうな垂れる。

 詩織のことで最近、落ち込んでいるように見えたこの2人が、こうやって楽しそうに話しているのを見るのは少し嬉しいような気もするのだけど。


 …………本当に、自分は一体どんな理由で呼び出されたのだろう。

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