浮気者は嫌いです
「…………海が見たい」
ぽつりと独り言のように溢した言葉が、するりと心に吸い込まれて染み込んでいく。
自然と視線が前を向いていた。
「うん、海に行こう。もうすぐ夏だし。やっぱり夏といえば海だよね。山もいいけど虫がいるし、海のが良いよね。シーフードも食べたい。マグロ、エビ、カニ……あー想像するだけで食べたくなってきた。よし行こう、海が見える観光地……いやいっそ引っ越す? あ、いいかも。そいえば海が綺麗に見える評判の学校があったっけ、そこ行くか。えーと、パンフレットどこやったっけなー」
「ちょ、おいま、お前待てっ!!」
「……………………ん? あ、まだいたの」
高校受験の記念に取っておいた高校のパンフレットを仕舞っているあたりを漁っていると、後ろから声が掛かって振り向く。
そこには、制服姿で抱き合う男女の姿。場所はベッドの上。しかも私の部屋の私のベッドである。
そして抱き合っているのは、私の彼氏と私の親友だ。
「お前、この状況……な、何か言うことないのかよ!?」
「え? あー……避妊はちゃんとしたほうがいいよ」
「違うだろ! 状況わかってのか!?」
「彼氏と親友に浮気されて私の部屋の私のベッドの上で超濃厚ディープキスしてるところに遭遇して転校先探してるとこだね」
即座に返すと、二人はぐっと顔を引き攣らせて口を噤む。
静かになったのでパンフレット探しを再開する。お、みっけた。
わ、制服かわいー。意気揚々と住所のところを探していると、親友が気まずそうな、取り繕うような笑みで話しかけてくる。
「あ、あのさ涼葉ちゃん、これはその……事故というかぁ、アキも祐介くんも本気じゃなかったっていうかぁ。その、ね? わかるでしょ?」
「あは、ごめんだけどわからーん」
「っ、だ、だからっ、アキは悪くないんだって! 祐介くんが誘ってきたの!」
「はぁ!? お前が最初に浮気しようって言ったんだろ!?」
「アキが悪いわけないでしょ!?」
「手前ぇ!!」
「あー、ハイハイハイハイ。ここで痴話喧嘩始めんなっつーの」
うるさかったので、彼氏の私物……いや元カレの私物だった鞄を投げつける。
「何するの!?」と金切り声で言われたが、それはこっちのセリフである。
「あのさ、なんで被害者ヅラしてんの? いつもよくわかんない思考回路してんなーとは思ってたけど、ここまでとは思ってなかったよ? 超可愛くて自慢の親友だと思ってたのに、超残念だなぁ」
せっかくブランドのバックとか化粧品とか貢いでたのになぁ。
彼氏の方も、いったい何十万使ったかな。もしかしたら百万行ってるかも。
「そのピアスも、ネックレスも、新色のリップも」
二人が身につけている小物を指差して、目を眇める。
「私があげたやつだよねー。貢いで尽くして捧げまくって、超大事に大事にしてきたのに……冷めちゃったじゃん。超萎えた」
私はこの瞬間が一番嫌いだ。
大事に大事に手塩にかけて尽くしてきた人たちへの愛情が一気に冷めて、もう路傍の石のようにしか思えなくなってしまうこの瞬間が。
もう二人が何をしても、私を罵ったとしても、何も思えない。
「もう帰ってくれる? でなきゃベランダから蹴り落とす」
「お前、今までなんでも言うこと聞いてくれてたじゃねぇか! いいだろ別に!」
「そうだよぉ! なんでもくれたし、服を盗っても許してくれたしお金もくれた! それとおんなじじゃん!」
「同じじゃないんだよ、もうね。もう興味なくなったからさ。と言うわけで出ってって」
なおも騒ぎ立てる二人を無理矢理家から追い出して、二重に鍵を閉める。普段使わないオートロックまで閉めた。
スマホを取り出して、二人の連絡先と二人の映っている、或いは少しでも二人に関連する写真を全て破棄する。
それが終わったら、家中を歩き回って二人の私物をゴミ袋に詰め込んだ。
「燃えるゴミって明日だっけ。ラッキー」
二人の痕跡を家から消しても、まだ彼らの残り香が漂っている気がして、お気に入りの柑橘系のアロマキャンドルを点けた。ほんのり甘くて、すっきりとした葡萄みたいな匂いが充満する。
さっきまで二人に出そうと思っていたショートケーキを冷蔵庫から出す。リビングへ行くのも面倒だから、行儀悪くもキッチンで立ち食いすることにする。
艶々と赤く輝く甘酸っぱい苺と、滑らかに舌の上を滑る生クリーム。ふわふわのスポンジはほんのり甘くて、軽い噛み心地と共に消えていく。
うむ、さすがはデパ地下で一番人気の超高級ショートケーキ。そこらのケーキとは格が違うね!
パクパクとケーキを食べ進めつつ、片手でケータイを弄って件の高校について調べる。
「ん〜〜……私立麗双高等学校、創立二百年の名門私立。倍率は毎年驚異の六十倍超え、編入するにも合格率は三パーセントを下回る数値、ね。なにそれエグゥ」
へー、結構頻繁に編入試験やってんだなぁ〜と思いながら、麗双校の特集記事を読み進める。
次の編入試験は……来月か。今から手続きすれば間に合うかな。
「……お?」
不意に見つけた住所の欄に眉を動かす。
この地域は、確かあそこの縄張りだったような〜〜……?
しばらく考えたが、まぁいいか。別に行くなって言われてるわけじゃないし。
頭の中でやるべきことを整理する。
「住居探しに編入試験の手続き、転校の手続き。そんなとこかな」
とりあえず住居探しからだね。いいとこがあるといいけど。最低条件は海が見える大きな窓がある家!
脳内に記憶してあった物件をいくつかピックアップしながら、最後の一口を大きく頬張った。




