11話~静かにしろ!~
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この場を借りまして、御礼申し上げます。
その日の夕刻。いざ行かんと気合十分で会場へ乗り込んだ俺達だったが、その目の前には会場を埋め尽くさんばかりの人が居た。
今回は公園というよりも、芝生が敷き詰められた広大な広場。そこに特別ステージが設けられていて、野外ライブのような雰囲気を醸し出していた。
そして、そのステージの周りには、芝生が全く見えなくなるほどの人、人、人が押し寄せていた。
「なんて、数だ…」
岩本係長が絶句する。
それに、みんなも答えられない。決起会でポジション確認などもやったが、これではそもそも前に進めない。
仕方なく、俺達は会場の後ろも後ろ、ステージが辛うじて見えるくらい遠い位置で固まった。
「そうか。俺達と同じで、こいつらもオトハ様の声を聞きに来たのか」
悔しそうに呟く係長。
彼の言う通りだ。我々が決起会まで開こうとするくらいだから、他の人も惹き付けられるのは当然。最前列の奴なんて、テントを背中に担いでいる。きっと、泊まり込みで場所取りをしたのだろう。
前回の慰問会が、そんなに良かったって事なのか?オトハ様、終始不機嫌そうにしてたけど?
疑問に思うが、現状が彼女の人気っぷりを表している。俺達が来た後も観客は増え続け、俺達の周りも大勢の人で埋め尽くされる。
暑苦しい。息苦しい。これが夏だったら、まさに地獄。
早く始まってくれ。
そんな祈りが通じたのか、すぐに大型トラックが到着し、スタッフらしき人達が忙しそうに設営を開始した。今回は警官に加えて、白い制服を着た集団も居る。
海軍っぽいけど、ちょっとデザインが違うな。一体彼らは、何処の組織だ?
「あれが管理局員ですよ、先輩」
松本君がこっそり教えてくれる。
そうか、あれが…俺の電話を問答無用で切りやがった奴らか。
俺が苦手意識を向けるそいつらが、ステージの下に立つ。偉そうに胸を張り、マイクを構えた。
『それではこれより!蘇芳乙葉様による慰問会を開始する!』
局員が宣言すると同時、ステージ上のスクリーンにオトハ様の上半身が映し出される。その途端、集まった男達から「「「おおぉ…」」」と多くの唸り声が漏れ、空気を震わせた。
その空気を、局員の怒号がつんざく。
『静かにしろ!』
厳しい視線を向ける局員。場が静まり返ると、漸く満足そうに頷いた。
『良いか、貴様ら。この会は蘇芳様のご厚意で成り立っている。女性の皆様が温情を掛けて下さっているからこそ、貴様らが皆様方のお声を拝聴出来るのだ。そのことを弁え、十分に感謝を込め、ご質問させて頂くのだ』
随分な物言い。俺達を罪人か物乞いとでも思っているかのようだ。そして、オトハ様達女性を、まるで女神の様に敬っている。
これが、管理局か。
『それでは最初の…』
『ねぇ』
局員が指を振り上げようとした時、オトハ様が小さく呟く。それだけで、局員達は全員その場にひれ伏し、マイクを持った奴は『ははっ!』と頭を地面に擦り付けた。
参勤交代ですか?
『黒川ケイゴって男は、来ているかしら?』
ええっ!?出席確認するの?
『直ぐに確認致しますっ!おい、黒川!黒川と言う名の者は居るか!?居たら直ちに挙手せよ!』
これはぁ…仕方ない。
「はい。ここです」
代返を頼まなくて良かったと、俺は安堵しながら手を上げる。
すると、周囲の男達から「なんだ?こいつ」と訝しい気な視線が飛んでくる。そして、局員の鋭い視線も同時に突き刺さる。
『貴様、何故そんな遠くにいる!蘇芳様がお呼びなのだぞ?すぐに前へ来い!』
そんな理不尽な。
そうは思うが、俺は大人しく彼の言う事に従おうとする。前の観客達の間をすり抜けて、前に進…うん?あれ、なんで隙間を閉ざしたの?
「ちょっと、済みません。通して貰えませんかね?」
「「……」」
無視なんだけど?
前の奴ら。こっちを見向きもしないんだけど?
『何をやっている!貴様!蘇芳様をお待たせするなど、言語道断だぞ!』
俺に言うな。この目の前の男達に言ってくれよ。
「済みません!呼ばれているんで、通してください!」
俺が声を上げると、前の男達は少しだけ振り返り、歪んだ笑みを浮かべてまた前に向き直った。
ああ、なるほど。こいつら、俺に嫉妬しているな?俺だけ呼ばれたからか、それとも順番を抜かされるのを嫌ってか、俺を通さないつもりだ。
俺はそいつの肩をグイッと押しやり、無理やり道を作る。だが、その前に並んでいた奴も俺に迷惑そうな目を向けて来る。
これは、通れない。
こりゃ、不味いぞ…。
どうするべきか、俺は迷う。男達を掻き分けていた手が、自然と下がる。
だが落ちる前に、その手は誰かに掴まれた。
「先輩!」
松本君だ。
「諦めちゃダメです!僕達が道を作りますよ。ですよね?皆さん!」
「「「おうっ!」」」
松本君の合図で、岩本係長達が男の壁に突っ込む。まるでラグビーのスクラムみたいに、肉の壁を掻き分けていく。
「押せ押せ!」
「黒川を送り出せ!」
みんなの鬼気迫る勢いに、意地悪していた男達も怯む。巻き込まれては大変と、そそくさと体を外へ逃がす。そうして出来た道を通り、俺は最前列へと到着した。
「ありがとうございます、皆さん!」
「気にしないでください、先輩」
「そうだ、黒川。お前のお陰で、俺達も合法的にここまでこれたからな」
…流石は係長。抜け目ねぇな。
俺はみんなに手を上げて、マイクを持つ局員の前に出る。
「遅くなりました」
「遅いっ。とっととしろ!」
局員は押し付ける様に、マイクを差し出してくる。
遅いって…そう言うなら、あんたらも傍観してないで助けてくれたら良かっただろ?
そうは思うが、俺は何も言わずにマイクを受け取る。オトハ様が映る、ステージ上のスクリーンを見上げる。
『黒川です。お待たせしてしまい、申し訳ございません』
『遅いわ。何をしていたの?』
『それは…会場内が酷く混んでいて』
俺が答えると、後ろで「「おぉ…」」とか「うっ」と言う声が聞こえる。
みんな、オトハ様の声に反応しているみたいだ。
『混む?…そんなに人が居るの?』
そのオトハ様は、ちょっと不安げな顔。
おや?オトハ様からは、こちらの様子が見えないのか。
『大盛況ですよ。蘇枋様の声を聞きたいと、前回の3倍くらいの人数が詰めかけています』
『チッ』
ええっ?舌打ち?人気になって嬉しいんじゃないの?
『なら、早く終わらせるわよ、黒川。ほら、質問を言いなさい』
ええっ!?質問までする流れなの?
これは完全に、会場を敵にしたな。
俺はそう思い、恐る恐る後ろを振り返った。だが、そこにあったのは、
「「うぅ…」」
「「はぁ、はぁ」」
阿鼻叫喚。殆どの者が前かがみで、座り込んでいる者も少なくない。彼女とちょっと会話を交わしただけで、こんなになってしまうとは。
これでは最初から、俺しか喋れなかったかも。
『分かりました。では…』
俺はもう一度後ろを振り返る。俺をここまで送り出してくれた仲間達が、そこに座り込んでいた。
でも、ここまで送ってくれた彼らの熱意は、本物だった。
その思いに、俺は答える。
『オトハ様は犬を飼われているとお聞きしました』
『ええ。飼っているわ』
彼女が答えると、局員がこちらへ歩いてくる。俺の質問が終わったと思い、マイクを回収しに来たみたいだ。
だが、
『それで?』
オトハ様から逆質問が来た。すると、局員も慌てて引き下がった。
そう、そう。今のは質問じゃない。事実確認だ。だから、早とちりしないでくれ。
先輩達の想いは、まだ果たされていないのだから。
『犬を飼っているから何?』
『優しい方だと思いました。動物を愛でられるオトハ様は、とても心が暖かい方なのだと』
『ふっ。そんな訳ないでしょ』
嘲笑とも取れる笑みを浮かべ、長い黒髪を手で梳くオトハ様。でも、彼女の目元は少しだけ、鋭さを失ったように見えた。
少しだけ、雰囲気が柔らかくなったように感じる。
質問をするなら…今だ!
『オトハ様。その子のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?』
『ハティよ』
おお。答えてくれた。
係長。やりましたよ。
心の中で係長に報告し、答えてくれたオトハ様に相槌を打つ。
『ハティ…美しい名前ですね。オトハ様の愛とセンスを感じます』
『止して。センスなんて無いわ。だって、見た目で付けたはいいけれど、やること成すこと全部おバカさんなんだから』
うん?北欧神話の狼の見た目で、おバカさん?それって…。
『もしかして犬種は、シベリアンハスキーですか?』
おっと。つい、2つ目の質問をしてしまった。これは流石に怒られるか?
そう思ったが、局員達は胸を押さえるだけで、近寄って来ない。オトハ様も口元には笑みが浮かんでおり、気分を害した様子ではなかった。
寧ろ、ちょっと楽しそう?
『あら?良く分かったわね』
『ええ。偶に動画とか見ますので』
あの子達の動画は、いつも心を温めてくれる。見た目が美しいのに、見た目に反して抜けたことをしてくれるからホッコリするのだ。
『うちの子は動画以上のおバカさんよ。散歩中はリードに絡まるし、エサ皿をひっくり返して落ち込むし』
『そいつは大変だ』
『ホント大変よ。毎日、毎日ね』
そうは言うが、語っている彼女の口元は緩みっぱなしだ。冷たかった声にも、人らしい温かみが伝わって来る。 余程、その子を溺愛しているのが分かる。
ただの傲慢な女性なのかと思っていたが、そんなことはなかった。彼女の人間らしいところが見られて、俺も嬉しく思った。
もう少し質問したい。そう思ってマイクを持ち上げようとした。でもその手は、誰かに掴まれた。
「もっ、もう、止めろぉ…」
局員だ。
マイクを渡した時は尊大な態度だったのに、今は息も絶え絶えだ。俺に震える手を差し出して、マイクを寄越せと必死に訴えてくる。
ああ、そうだな。俺ばかり質問する訳にはいかない。
俺は反省し、局員にマイクを返す。
しかし、彼はマイクをしまって、松葉杖を突きながら撤収の準備をし始めてしまった。
えっ?もう終わるつもりなのか?
「ちょっと、他の人の質問はどうするんですか?」
「他の、人?」
局員が、恨めしそうに俺を睨み上げる。そして、俺の後ろを指さす。
「お前以外…誰が、残ってると、言うのだ?」
えっ?
驚いて、後ろを見る。すると、
「「「……」」」
死屍累々。
みんな、地面にキスをしていた。




