第96話 「こんなこともあろうかと」と言ってみたい 7歳 春
「だーいじょーぶ だいじょーぶー。ぼーくはなんにも しーらなーいからー」
将来、村長婦人にグリグリされるかも、という幻視で傷んだ心を落ち着けるために、ブラック労働から目を逸らす歌を歌ってみた。
「ふう…」
7番まで自作して歌ったら、だいぶ落ち着いてきた。
あとは念の為に、グリグリされそうになったときに素早くお出しできるよう、こっそり現状と対策をメモしておこうかな。
僕は学べる児童なので!
最近の事業と管理者は、こんな形になったのを覚えているかな。
・漁業 :参加者皆で分ける
・水産加工業:参加者皆で分ける
・製薬業:村長婦人が管理
・木製品製造業:僕が管理
・塩製造業:村長が調整後に担当家を決定
・卸売交易業:商人が計算(管理は村長)
・建設派遣業:村長が管理 ※価格交渉のみ
・娯楽業:村長婦人(管理は僕)
・教育・学習支援業:村長が管理 ※価格交渉のみ
そこに、以下の事業が加わることになるわけで。
◯酒造業:管理者 村長婦人
◯女性教育事業:管理者 村長婦人
◯建設業:管理者 父ちゃん
◯交易品ブランド構築:管理者 僕
怒られそうになったら「こんなこともあろうかと」とか言って、この分担表をすちゃっと出そう、というわけだね。
「こんなこともあろうかと」は、一度は言ってみたい台詞だよね。
きっと準備の良さを絶賛されるに違いないよ。
それにしても、またも新規事業になるわけか…村長婦人、頑張るなあ。
飽くなき利益追求の姿勢、尊敬しちゃうね。
まるで村長婦人が村の全権を握ってしまいそうな勢いなのだけれど、これには文化的ガバナンスって理由があると思うんだよね。
村長は一見、飲んで遊んで暴れるのだけが仕事っぽいけど、ライオンの群れみたいに、村のリーダーたる雄ライオンは外敵と戦う時以外はゴロゴロしている、という分担感があると思うんだ。
いざというときに強く勇ましく戦うのなら全て許される、というか。
反対に女は戦いは避ける傾向がある。男が好き放題に戦いヴァルハラに去ってしまったとしても、女は子供を抱えて生きていかないとならないからね。
だから稼げる仕事は女衆が担当し、男衆がリスクを担当するという文化的分業なのかもしれない。
いわば男衆は死ぬのも仕事のうち、という戦士の文化が背景にありそう。
僕の感想としては「あー蛮族蛮族」という感じなのだけど。
なので父ちゃんは稼げる仕事をするからリスクを担当させない、という風に持っていくつもりだよ。死にそうな役割分担からは、できるだけ引き離さないとね。
勇ましくヴァルハラに去る蛮族担当は村長世代に任せたい。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「あれ?エリン姉はお出かけ?どこ行くの?」
「村長婦人のところで、お仕事!」
「お仕事?」
「そうよ!」
ちょっと誇らしげに、エリン姉が家を出ていく。
女性教育事業に関連して言うと、我が家でもエリンの教育は続いていてね。
冬の間、勉強を続けた成果でルーン文字が書けるようになってきた。
それで村長婦人から薬草レシピを書き写す仕事の手伝いを貰ってるみたいだ。
自立しているなあ。というか、我が家の教育事情を察知している村長婦人怖い。
たぶん母ちゃんが社交場でエリン姉が文字を勉強していることを話して、御婦人の誰かが村長婦人へご注進に及んだ、という情報経路だと思うのだけど。
この調子で村の情報インフラを握ってそうだ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「曰く、戦場で自分の右半身を預けられる友誼、左隣の仲間を守れるだけの信頼を得なければならない。だが、友誼と信頼は一朝一夕では得られないものだ…」
「すげえ…」
「かっけえなあ」
僕は、父ちゃんのクナトルレイク戦術メモの読み聞かせをはじめた
父ちゃんにくっついてクナトルレイクの練習を聞きながらメモしていたら「それなんだ?」と聞かれたので、中身を読んだら「もっと聞きたい!」とか言われてね。
子供向けの内容だったんだけど、大人も喜んで聞いてる
ときどき、父ちゃんも頷きながら聞いてる…。
いや父ちゃんが言った内容を整理しただけなんだけど。
これも教育事業ってやつに含まれるのかなあ。それとも娯楽事業?
たぶん聞き手はサーガを聞くのと同じようなノリだと思うんだよね。
そのうち誰かが歌にしそう。
それはそれで普及に役立ちそうだし、いいんじゃないかな。
クナトルレイク戦術の歌なんて、戦いの歌みたいでいいじゃないか。
きっと流行ると思う。
試合実況のリプレイ、ってジャンルに近い気がするね。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「そのクナトルレイクですが、夏の大民会のクナトルレイク大会の準備は揉めていて、なかなか進んでいないそうですよ」
「ああ、やっぱり」
なぜか知らないけど、村長婦人は僕に大人のクナトルレイク大会の準備状況について教えてくれる。
僕は子供クナトルレイク大会を担当しただけで、しかも次回は別の人と交代する意向だと言うのに。不思議だ。
「この村では出来たことが、なぜ大人が集まってもできないのでしょうね?」
「なぜって…うまく行く理由がないからですよ」
村長婦人には疑問なようだけれど、僕からすれば不思議なことは何もない。
「というと?」
「大きな大会を開きたかったら、戦争と同じで指導者が集まって戦い方を決めないといけません。
例えば戦争であれば、予め上陸地を決めたり、遠征期間とか、戦列の順番とか。相手が城塞に籠もって手強く抵抗してきたら攻撃か迂回するかの基準を定めるとかね。
事前に細かく話し合っておくか、誰に従うのかをハッキリ決めておかないと上手く戦えないはずです。
それは戦争に参加したことのある戦士達なら誰もが知っていることです。
ですがクナトルレイクの大会でも同じようにしなければ上手く行かない、と考えたり知っている戦士はいないでしょう。
これは想像ですが、誰もが自分の利だけを主張し、好きなように振る舞い、リーダーに従うことを拒否しているのだと思います。
つまり戦う前というか、開催前から負けてるんです。
今のままだと、必ず失敗しますよ」
言い終えてから、僕は肩をすくめた。
一兵士未満の僕にできることと言えば、せいぜい負け戦に巻き込まれないよう距離をとることだけ。
それと父ちゃんが下らない負け戦に駆り出されないようにしないとね。
いざとなったら、村長を身代わりに立てるという手もあるかな?
ヴァルハラ担当の度胸の見せ所だね!




