第84話 大人になろうよ 6歳 冬
冬の朝の空気は冷たい。
夜明けにきんと冷えた空気は、深く吸い込むと肺が痛くなりそうだ。
そんな冬の早朝から、浅く雪の積もった競技場で多くの男達が雪を蹴立てて走るザクザクとした音と、歌声が冬の朝の空気を切り裂いて響き渡る。
「フォルセティよ、見よ!
黄金の玉座に座す神々よ!
卑怯な手で勝ちを盗むな!
盾壁は正義、猪鼻は真実!
正義の戦士のみ、ヴァルハラへ!
クナトルレイクの掟を守り抜け!!」
「「クナトルレイクの掟を守り抜け!」」
最初は父ちゃんが歌い、貴族子弟たちも歌いながら続く。
単調な歌詞なので、憶えられたら最初の歌い手は交代。
歌いながら、雪の積もった競技場を何周も走るんだ。
もちろん、装備をつけて盾を構えたままでね。
「声が小さぁーい!もう1周だ!!」
「「はい!」」
「もっと走りたいか!!もう3周追加だ!!」
「「はい!!」」
うーん。どこかの映画とで見たような訓練風景だ…。
この方式は個人的には好きじゃないんだけど、効果的だからこそ古今東西の軍隊が訓練に採用していたわけだからね。僕の好みはいったん横においておこう。
彼らが口にしている歌詞は、僕が子供クナトルレイク大会で開会式と閉会式で宣言した内容を元にして戦歌に仕立て上げたものだね。
学ぶのが好きじゃないというのであれば、まずは叩き込んでいくしか無い。
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「金持ち隊、盾の壁の陣形!」
走り終えて、息も絶え絶えに座り込んでいた貴族子弟たちの一部がのろのろと立ち上がり、横列に盾を構えて並んだ。
「遅いぞ!疲れているときこそ、素早く陣形を組め!
次!家畜隊、ロングシップ陣形!」
前のチームの動きを見て横隊を組もうと立ち上がっていた貴族子弟達は、慌てて縦隊を組む。が、やはり遅い。
「遅い!後ろを向け!金持ち隊はロングシップ陣形、家畜隊は盾の壁の陣形に組み換え!」
後ろ向きになり、さらに陣形変更を指示されて貴族子弟達が位置取りに混乱し陣形の変更が遅れた。
「やめ!船長報告!小隊の陣形転換が遅れた理由は!」
金持ち隊と家畜隊から1人ずつ代表《船長》が進み出て、理由の説明が求められる。
「疲れていて指示を聞き逃しました!」
「指示を誤解し、位置取りに迷いがありました!」
父ちゃんは説明に頷くと、命じる。
「よし!改善の提案を隊内で話し合え!」
「「はい」」
指示を持ち帰り、隊内で陣形変更の際の位置取りやメンバーを再確認する。
「もう一度、金持ち隊、ロングシップ陣形!」
「「はい!」」
「よし、だいぶマシになったな!」
横から見ていても、先程よりもかなり動きが良くなっていた。
「次!家畜隊!盾の壁の陣形!」
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「父ちゃん、夜の座学はやめようか。たぶん向いてないよ」
「そうだな…あまり頭に入っていたようには見えなかったな」
初日の夜、セミナーを終えた僕は父ちゃんに訓練方法の変更を提案した。
座学での学習が効果を発揮するのは、幼少期から積み重ねた訓練があってのこと。
貴族子弟達は、おそらく椅子に座ってじっと我慢する方式の教育を受けたことがない。
新しい教育内容を新しい教育方式で詰め込むのは無理がある、と僕は判断した。
「だからね、まずは体を動かしながら憶えてもらおうと思うんだ」
工夫その一が、走りながら歌っていた戦歌。新式クナトルレイクはフォルセティの正義の精神を大事にする、というやつだ。
工夫その二は、チームの連帯責任制。北方戦士には、ハル、という小隊で連帯責任を取らせる習慣がある。それを応用して、金持ち隊と家畜隊でチームとして連帯責任を取らせる形にした。ちなみに、金持ちとか家畜というのは、ルーン文字に基づいたアルファ・ベータ的な呼び方ね。
工夫その三は、バディ制の導入。二人組でチームを組んで試合や訓練中に互いに助け合う仕組みだね。これも北方戦士にはフェラグという伝統がある。
工夫その四は、最初に訓練の目的と要旨を説明し、すぐに試し、不足している点を話し合い、また試す、という短期高速学習サイクルを回すことを重視した訓練メニューにした点。
体力や技量と同時か、それ以上に頭とコミュニケーション能力を鍛えることを念頭に置いている。
最初にプレイヤーとして鍛えながら、自分のプレーを客観的に見られるようになったり、自ら改善できる技能を身に着けてもらわないといけない。
彼らは、最終的には自分の村に戻り、父ちゃんの指示がない状態でリーダーシップを発揮してチームを改善する練習を開発してもらわないとならないからだ。
そして、僕は父ちゃんの訓練メニューや彼らが話し合っていること、効果があったりなかったりしたことをメモしておいて、夜は父ちゃんと話し合うんだ。
じゃあ夜の間、貴族子弟達は何をするかって?
頭と体を昼間鍛えた分、夜は筋力を鍛えてもらう予定。
メニューは何にしようかなあ。
村で男手が不足している薪割りでもやってもらうかな。
体も鍛えられるし村の労働力不足も解消できるし、一石二鳥だよね!
貴族子弟の皆も、はじめて村の経済に貢献できて歓喜の涙を流すに違いないよ。
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ところで。僕は貴族子弟の訓練だけをしているわけにはいかないのだ。
父ちゃんの仕事を手伝いたいのは山々だけど、僕にも大事な仕事がある。
「なんだ!また来おったのか!まだ樽は出来てないぞ!」
「えー。あっちにいっぱいあるじゃん」
「あれは酒を仕込む用の注文じゃ!」
僕は木工製品の製造業事業部長として、村の木工職人の人達に交易用の規格化された樽の発注をかけているのだけれど、納品状況が思わしくないのだ。
それで毎日のように、足を運んでいる。
「鱈漁の漁期が始まる前に、交易用の樽が欲しいんだけど…」
「まずは酒じゃよ!村中から注文が殺到しとるんじゃ」
そう。発注者の競合が激しいのだ。
秋の空前の豊漁のせいで、酒の醸造樽が軒並み塩漬け用に徴用されてしまった結果、村では空前の樽不足に陥った。
そして今、酒飲み達が一斉に酒を作りたい、と樽の発注に声を上げているのだ。
「いや、酒は村の中の消費じゃない?交易は外貨を運んでくるから優先して欲しいんだけど…」
「知らん!酒が優先じゃ!」
「ぐぬぬ…」
だめだ。酒飲みにマクロ経済の理屈は通じない。
彼らには将来もたらされる銀貨より眼の前の一杯の蜂蜜酒のほうが大事なのだ。
では、別のカードを切るとしようか。
「ところで、大人用のクナトルレイク戦士の盾を発注しようかとも思っていたんですが」
「ほう…?」
途端に、僕を邪険にあっちへ行けとばかりに手を降っていた職人の動きが止まった。
「なにしろ子供用の盾と違って、大人用のクナトルレイクの盾は大きさや頑丈さ、そして何より品格が求められます。美しく神々の紋様が印された色取り取りの華やかな盾は、大民会で行われる大会では、さぞ華々しく映るでしょうし、吟遊詩人にも謳われて長く村々の誉れとなるでしょうねえ」
「…それで?」
僕は満面の笑みを浮かべて、示唆をする。
「そうですねえ…。なにしろ、それだけの素晴らしい盾を発注するからには、技術力と生産力を証明していただかなければなりません。
寸分たがわず正しい寸法で作れる正確な技術力と、発注した数を納期通りに収めるだけの生産力。
ちょうど、ここにはそれらを証明できる案件があるのですが…?」
すると、なぜか木工職人は豊かな髭をしごきながら大きな声で独白を始めた。
「ふむ…そうさな…これは独り言になるが、なにも全ての酒樽が緊急というわけでもなかろう。どうしても、という家格の家には既に数を納めているわけであるし」
「そうでしょうとも!…そして交易樽には良い価格がつくことでしょう!もちろん、これは独り言になりますが」
そうして独り言を聞いて、独り言を言っていたら、どういわけか規格化された樽の注文は、酒飲みどもの酒樽制作の注文の前に捩じ込まれることになったのだった。




